#021 この錯覚まみれの哲学的ゾンビの世界で meme
「面白い見解ですね」
「見解ではなく、『壮大な錯覚理論』という理論ですわ。残念ながら私の理論ではございませんが」
話し込んでいる内に、陽葵の点数が追い付き始めてきたので、セオリーは囚人たちへ『そろそろ許してあげなさい』と宣言する。
「何を根拠にそのようなことを?」
「根拠ならありますわ。貴方は変化盲や不注意盲はご存じ?」
陽葵は首を横に振る。普通の高校生はあまり知りえない知識の話だ。
「変化盲は人が何かに注意を向けているとき、途中で発生した明白な変化に気付かない現象をいいます。例えば……」
そういって、セオリーは実際に会ったとある実験の話をする。
実験者が歩行者と地図をもって道を聞いていた。そこへ労働者風の二人の助手がドアを運搬しながら、強引に二人の間を通る。
その瞬間、実験者はドアの後ろ側を持っていた人と入れ替わる。
トリックを仕掛けられた歩行者は、全く別人にアンケートを取られているのに気付かないのである。
「馬鹿なことを、そんなのは普通気付くでしょう?」
「そういう風に言った半分以上の歩行者は気付きませんでした」
不注意盲も同じような有名な『バスケットコートのゴリラ』という実験がある。
被験者へ6人がボールをパス回しするから何回行ったか数えてくれと頼む。そうすると被験者はパスの回数を注意深く見るが、その間をすり抜けていったゴリラに気付くことが出来ない。
ゴリラは挑発的に胸を叩いて見せているのにも関わらず。
「大多数の人間は自分には普通の視覚体験を持っていて、意識に豊かで詳細な描像が流れていると思っていますが、それは素晴らしい勘違いなのですわ」
セオリーは陽葵へ露骨に嘲笑う。
「それ以外にも左側の世界が概念ごと消え去る『半側空間無視』や、目が見えないのに色や形などが分かる『盲視』などからも説明できますわ」
「なら、貴女はこれに気付いていたというですかっ!?」
陽葵は声を荒らげ得点カウンターを指して、終了の鐘が鳴る。
セオリー 65274点 陽葵 84752点
セオリーは得点が追い抜かれている事には気付いていた。気付いてもいたし予想もしていた。
「無論です。寧ろ気付いていないのは貴女の方ですわ」
セオリーは「さっさと二戦目を始めましょう」と言って髪を耳に掛ける。
「私の戦略が何かも分からないのに随分と余裕ですね」
「いいえ、気付いていますわ。『主人と奴隷』戦略でしょう? 随分と従順な『奴隷』もいたものですわね」
セオリーの後目に図星を付かれ、陽葵の息を呑む姿が見える。
「分かったところで、これがこのゲームの必勝法です。貴方に勝ち目はありません」
(本当に残念な子……)
陽葵の哀れさにセオリーは重々しい溜息を付かずにはいられない。
囚人NPCの中に従順な奴隷がいることに彼女は恐らく気付いていない。
最初からゲームの呈を成していない。このゲームには最初から不自然なアルゴリズムをもつ囚人NPCが存在する。故に必勝法はない。
(行動から推測するに彼女の信奉者か何かでしょう。主人の思惑を忖度して、健気ですわね)
「分かりましたわ。そうしましたら世界なんてものは自分の認識一つで変わる悲しい現実を見せますわ」
開始の鐘と同時に、セオリーは大きく息を吸い、そして思いっきり叫んだ。
「前髪ぱっつん女の8割はっ! 自分が可愛く思われたいっ! メンヘラ地雷女ですわーっ!」
明らかに陽葵を標的にした悪質な噂をセオリーは開幕早々に流す。
「なっ!」
その光景に隣の陽葵は開いた口が塞がらない。
「さ、最低っ! それが大人のすることっ!? 酷いっ!!」
「別に貴女とは言っておりませんわ。もしかして思い当たる節でも?」
セオリーは白々しい微笑みを見せる。
これには深い理由があり、彼女が『噂』を流すという説明を初めて聞いた時から思いついていた戦略であった。
その為には囚人NPCのアルゴリズムの解析し確信を得なければならなかった。
「そんなものが戦略になる訳がない……鬼才と呼ばれている割には大したことは無いですね」
「残念ながら、私は自分のことを鬼才や天才なんて一度も思ったことはありませんわ」
鼻を鳴らして、陽葵は「主人同士は裏切りを、奴隷共は主人の命に従い協調するのです」と宣言をする。
しかし明らかに陽葵の発言に対しての囚人NPCの動きが悪かった。
「……どういうこと? いいえ、そんなことはあり得ない」
頭上のカウンターには、セオリー5876点、陽葵1758点と表示されている。
暫くしても、差は縮まらない。
「一体何をしたのですかっ!?」
「だから噂を流しただけですわ」
(思いのほかうまくいきましたわ……やはりそういうアルゴリズムなのですわね)
陽葵の奴隷に扮したプレイヤーはともかく、囚人NPCは噂を自己複製して伝える機能が付与されているとセオリーは最初から疑っていた。
無論、噂の内容に根拠も無いデマである。数字は根拠を持たせるための仮初、半分では信憑性が薄く、9割だと胡散臭さが増すため、ぎりぎりのラインを付いた。
女の子は自分が可愛く思われたいのは普通の事で、それが必ずしもメンヘラとの因果関係がある訳ではない。
「だだの噂っていう訳でもございませんが、私は『ぱっつん女子』イコール『メンヘラ』という象徴、即ち『ミーム』を作り出しました。そうすることで貴女の言葉に対する懐疑心を煽りました」
『ミーム』の具体例にトイレットペーパーの三角折りがある。
元はとあるホテルの『このトイレは掃除しました』ということを示すものであったが、それがいつの間にか世界的に広がっている。
実体は雑菌の付いた手でべたべた触るので、とても不衛生。セオリーは正直やめて欲しいと思っている。
「『ミーム』を多くの人の心へ拡散させるものを『マインドウイルス』と言います。例を挙げるなら、SNSで顔が見えないから何をやってもいいという腐った根性ですわね」
嘆かわしいとセオリーは肩を竦めて見せる。
「それを貴女はアルゴリズムを解析して、それを仕込む作戦を立てたのですか?」
「人間もこの囚人NPCと同じ、意識という物が存在しませんので簡単でした」
「人間がNPCと同じ意識が無いなんて、それは言い過ぎです。信念があればそんなものに惑わされる事はありませんっ!」
「貴女は大変有意義なモラトリアム期間を過ごしているのですわね……」
そういってセオリーは失笑して見せる。
「脳内プロセスは物理法則によって支配されています。『意識』や『自我』が存在するという感覚はその物理法則が見せる随伴現象と一時的虚構、即ち錯覚にすぎません」
「馬鹿なことを、私という存在は今ここに感じています。私が今喋っている感覚があります」
「それは環境外部の入力とその反応の出力の積み重ねられた産物。貴女が感じているのは制御の錯覚というものです」
得点カウンターが、セオリー45875点、陽葵25872点と表示され、セオリーの勝利は揺るがない。
「例えばあなたが友人に電話を掛けようとしたとしましょう。最初に脳活動が行動を計画し始めます。これはニュースでもなんでもよく外界の出来事によって引き起こされます」
セオリーは電話している仕草をとって見せた。
「次に脳活動が電話を掛けようという思考を生じさせます。そして最後に通話ボタンを押す。すると自分は自身の意識的思考が電話を掛けるという行為を生じさせたと根拠も無しに思い込むのです」
「そんな筈はありません。私がそれは意識的に行った行為で……」
「貴女のその因果的判断はどこから来るのですか?」
陽葵は答えられなかった。
「脳はミームに対して自動複製を行う様に出来ています。そうして『有意義な情報だから』や『己の思考を殺して、他人の思考に流された方が無難』といった根拠を後付けするようになるのです」
「……たったそんなことで覆されるなんて」
セオリーの後目に映る陽葵は膝を付いた。
初見にもかかわらず自分の知らないゲームシステムをたった30分のうちに把握され、有効な手段を打つ、そのセオリーの才と知識に叶わない事を悟ったようだった。
「私からすれば、私を含め人間なんていう生き物は全て環境外部からの入力に自動反応する『哲学的ゾンビ』にしか見えません」
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