#020 自己複製する悪意 Representation and illusion
8月15日 17:15――私立霜綾学園向かい雑居ビル屋上。
「あのクソマッドサイエンティストっ!」
望遠鏡のレンズ越しに見えるVRフルフェイスヘルメットを被るセオリーに対して、暁は暴言を吐き捨てる。
視界を奪われた状態で、且又が付近にいるというのに、その危険性がまるで分かっていないセオリーに、焦燥を駆り立てられた暁は居ても立っても居られなくなる。
「私が行こう」
立ち上がろうとした暁を、ヘアゴムを加えた凰華が静止する。
たくし上げた後ろ髪をポニーテールに結うと、ロープと懸垂下降器を手に取って屋上の柵へと歩き出した。
自分の目の前を平然と通り過ぎていく凰華を呆然と眺める暁。
「且又が何かしようとすれば直に連絡をくれ」
と言い残し凰華は地上8階の屋上から懸垂下降して行った。
「普通に階段で降りろよ」
虚しいぼやいた暁は望遠鏡へと視線を元に戻す。
「――っ!」
目を離した隙に美術室内の且又の姿を見失う。探し回っていると、且又は学園の屋上へと移っていた。
レンズ越しに見る且又はまっすぐ暁自身を見つめて不敵な笑みを浮かべている。
且又は暁を見つめながら、携帯端末を取り出して何処かへと掛け始める。
「レーツェル。お前、奴がどこに掛けているか分かるか?」
『え? 何言っているの? 暁だけど?』
苦笑交じりのレーツェルの言葉に驚くも束の間、携帯端末が震えだす。
「……お前、且又乍而か?」
『そういう君は神藤暁かな?』
レンズ越しに対峙する両者の間に、雨気を含んだ一陣の風が流れ込む。
遠い空の方で微かに地震のような雷の轟きが聞こえてきた。
「何の様だ?」
『いや何、少し会話でもどうかなと思ってね。お互いにちゃんと話をしたことが無かっただろう?』
奴の胸糞悪さ関していえば右に出るものはいない。
暁の脳裏に且又の策略に嵌められ殺された同期の白銀の記憶が呼び起こされる。
白銀はどうしようもない『クズ』野郎だった。女たらしで痴情が縺れると公安部に立てこもる。
暁の部屋に匿ってくれと言って転がり込んだこともあった。
「話か? それなら良い場所がある。こんな炎天下じゃなく冷暖房完備の個室だ」
『それは実に魅力的だがお断りするよ。そもそもそこに行くためには条件がいるだろう?』
(食えない男だ……)
実のところ且又が白銀の殺された事件と今回の事件に関与しているという証拠を掴めていない。
レトロウイルスベクターの出所は権藤会系グループの売人だという事は掴めているが、押収した破損データだけでは証拠に成りえない。
『正直なところ、僕は本当に何もやっていない。ただマッチングアプリの基幹システムを作っただけだ。君にも来ているだろう? 結婚相手マッチングアプリの広告』
「残念ながらそういう話には疎いんだよ。それにどうやら俺はそこにいるマッドサイエンティストの実験体らしい。その手の話は間に合っているんだよ」
暁に欠片もその気は無いが、セオリーとの関係を皮肉って見せる。
レンズ越しから且又の肩を竦める姿が映る。
『あの大元のソースを作った。他にもCCCの中で、パーティーメンバーのマッチングサービスの基幹システムも作っている』
『この人は嘘を付いているっ! あれはコミュニケーションツールなんかじゃないっ! 悪意を伝播させるんだっ! 人と人との趣味性を共有させることで嗜好性を操るんだっ!』
突如としてレーツェルが暁と且又との通信の間に割って入ってきた。
『君はレーツェルだね。なるほど、そういう事か。三笠博士が君を創りだした理由が漸く分かったよ』
レンズ越しに肩を震わせて笑っている且又が見える。
一般人であれば背筋が凍り付くような薄気味悪さだが、暁にはこれと言って怒り以外の特別な感情が沸かない。
『しかし惜しい、実に惜しい。いいところを付いているがまだ足りない。アプリは関して言うのであれば、使っている人が自ら流布しているだけさ』
白々しく且又は肩を竦めて見せる。
『僕は非現実への憧れ、幻想への渇望する彼らの後押しをしているだけ、結局彼らのその感情は現実への期待と劣等感の裏返しだからね。即ちプロデュースしているだけだよ』
皮肉を極めた且又の冷笑を浮かべる。
『僕の行動理念は唯一つ人間の可能性――その輝きを見たい。それだけさ』
且又の話が正しければ、彼はレトロウイルスベクターの売人とCCCのプレイヤーを結び付ける土台を作った。
『そろそろ、「アセンション」を配り終える頃だ。そして今日から7日後。彼らの幻想が現実を塗りつぶさんと動くだろう。愚かにもね……神藤暁、君は一体どんな輝きを見せてくれるのだろね』
「どういう意味だっ!?」
『また君に会えるのを楽しみにしている』
預言者の如く演説した且又は一方的に電話を切り、ふと瞬きをした瞬間にはもう且又は忽然と姿を消していた。
「レーツェル。如月に連絡を」
『うん……分かった』
遅れて屋上へと現れた凰華が隈なく捜索を開始したが、やはり且又の姿は見当たらない。
「一体あいつは何者なんだ……くそっ!」
その悪態は自分に対する怒りと情けなさから来るもの。
証拠が無いという理由で友の無念を晴らす絶好のチャンスを棒に振った。
且又の話に耳を貸さず、直に殺すべきだったと激しく後悔し暁は天を仰いだ。
見上げる空はまるで自分の脳裏を投影したかのようだった。
額に水滴が触れ、頬を伝う。
次第に深まっていく雨足。それは情動を失った暁を慰めるかの如く代わりに泣いていた。
CCC。無間牢獄――
セオリーは陽葵の出方を伺うため、この手のゲームの定石で打って出る事にした。
「この中に裏切り者が出ましたわっ! 報復しなさいっ!」
高らかなセオリーの宣言により、急激に釈放されていく囚人が増え、セオリーの上空に掲示された点数が劇的に上昇し、一気に陽葵の点数を追い抜く。
現在、セオリー 5876点、陽葵 2875点
セオリー―の取った戦略は『寛容なしっぺ返し戦略』。
初手は協力から始まる上品な手で二手目は協力をするが、裏切られた場合。相手の一つ前の手を出し続ける
簡単に言えばやられたらやり返す、しかし『寛容な』と言うだけあって、折をみて協調路線へと切り替える。
(大体のNPCのアルゴリズムが分かってきましたわ……)
「流石ですね。驚きました。これほど早くコツを掴んでしまうとは……」
「褒めても何も出ませんわ」
驚いたと言っている割に陽葵は毛ほどの動揺を見せていない。余裕綽々と言った様子だ。
「ねぇ? 博士、このゲームって現実に似ていませんか?」
「まぁ、そうですわね」
陽葵の問いセオリーは生返事で返す。意外でなんでもなくまさにその通りで何を当たり前のことを言っているのかという感じだった。
「実際に相手が何を考えているか分からないところとか、信じても裏切られたり、許し合ったり、何よりも母集団、つまり周囲や社会の常識に従っていれば、個人が脅かされることが無い辺りとか」
「まぁ、そうですわね」
個の思想と集団的創意は必ずしも一致しない。集団的総意に反すれば個はつまはじきにされる。そうなりたくなければ自分の思想を殺すしかない。
理解はできるが、セオリーは生まれてこの方、集団的総意に従ったことは一度も無い。
「私は現実もこんなゲームの様に単純ならば良いと度々思うことがあります。この意識を切り離してゲームの世界やファンタジーの世界で暮らせたらなぁと……博士はそう思ったことはありませんか?」
「残念ながら一度もありませんわね。私から言わせてもらえば現実も幻想も大差ありません。現状の社会は利己的な遺伝子の意志に過ぎず、個の視覚世界は脳が見せる壮大な錯覚ですわ」
夢の国に住む陽葵にセオリーは持論である理不尽な世界の歩き方を語る。
ここまで読んで頂いた読者の皆様、読んでくださって誠にありがとうございます(人''▽`)
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また【新作】の供養投稿をはじめました!
「暗殺少女を『護』るたった一つの方法」
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「あのヒマワリの境界で、君と交わした『契約』はまだ有効ですか?
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