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姫百合荘の業務連絡  作者: 嬉椎名わーい
2/6

2、龍子とパンテーラ

毎月定例の姫百合荘(ひめゆりそう)住人との個別面談は続く。

「では次は龍子(りゅうこ)、いってみよかー」

紅鬼(くき)は2階正面(ファサード)側の「第3ベッドルーム」を訪れた。


舞浜龍子(まいはま りゅうこ)、25歳。あたまおかC「クレージードラゴン」と呼ばれた時代もあったが、今はいたってマトモである。

女子プロレスラー、アイドル、舞台女優、カメラマン助手といろいろな仕事を転々としてきた、なんでもこなせる器用な人。

「去年四万(しま)温泉に行って以来、久々だね、2人きりになるの。(『姫百合荘こまんたれぶー』第2話参照) どう?体の調子は」

紅鬼がキルトのカバーをかけたベッドに腰を下ろすと、いつもなら異常なほど距離が近いポジショニングの龍子が、今日はなぜか部屋の隅っこにポツンと座ってる。

これには紅鬼もビックリ、「え! 今日はなんで、そんなに遠いの?」

「女子高出身なもので」

紅鬼が立ち上がって近づいていくと、龍子もササッと離れていく。

「おーい」

龍子はプイッと横を向いて、「紅鬼さんなんて大ッきらい!」

「え、ええーっ なして・・・」

動揺を隠せない紅鬼に、ぷりぷりした顔を見せる龍子。

「あれっきり私のことなんかほったらかしで! 私ってホント、紅鬼さんにとって便利な女でしかないんだよね!」

なんというメンドクサイ女・・・

「だって、あれからすぐ年始年末でバタバタしてたじゃない! 龍子だって忙しそうだったのに」

「どんなに忙しくても大切な人との時間は作らないとダメなんだよ! 私は紅鬼さんにとって特別な存在になれたかと思ったのに・・・ しょせんは単なる住人の1人だったわけだ」

「むくれないでよ・・・ 姫百合荘のみんな1人1人が私にとって特別なんだよ、わかってよ・・・」

足元がフラつく紅鬼、フラっとしてベッドに倒れこんだ。

「紅鬼さん?」

あわてて駆けつける龍子、紅鬼を助け起こす。

「顔が真っ青・・・ 具合が悪いの?」

「私もう神経がボロボロになってるから、ストレスとか緊張に耐えられなくて・・・」

「悪かった! 半分は悪ふざけだから、気にしないで!」

紅鬼はボロボロ涙を流して、「龍子の気持ちに気づいてあげられなくてゴメン・・・ 愛してる龍子、私から離れないで・・・」

その肩をピッタリ抱き寄せ、頬と頬をすり合わせる龍子、「私も大人げなかった、仲直りしようね」

「そ、それでは・・・ 体調はどうなの、龍子・・・」

「むしろそっちこそ体調どうなの!」

紅鬼の手が震えて万年筆が持てないので、龍子が手帳を取り上げ、

「私がかわりに書いてあげるから。えーと、健康は問題なし。家庭の問題は・・・ パパが同性婚に反対してるのは湯香(ゆか)の家と同じ。特に進展なし。姉が結婚して子供もいるし、両親のめんどうは姉夫婦にまかせる!」

「あのさ・・・ ご両親を説得できたらパンちゃんと式挙げる?」

「説得できなくても、そのうちカナダあたりで、正式な結婚しようかと思ってる。披露宴は日本で」

「日本も女性だけでもいいから、同性婚できるといいのにね」

「ま、ウチらはそれほど困らないんだけど、世間の同姓カップルは配偶者手当がもらえなかったり、遺産が相続できなかったり、問題がいろいろあるみたいだね」

「何か問題あったら、なんでも相談してね」

「えっと、パートナーとの問題も特になし・・・ 私がパンちゃんにふさわしいパートナーなのかどうか、時々悩むことはあるけどね・・・」

タレ目でアイドル顔の龍子、誰が見ても羨むようなルックスの持ち主だが、スーパーモデルですら足もとに及ばない絶世の美女パンテーラに対しては劣等感があるようだ。

「でも不思議だよね! パンちゃんのようなすごい人が、外国から私に会うために・・・ 正確には私をモデルにした『ぷりぷり7』の渡龍門舞(とりゅうもん まい)ちゃんに会うために、日本までやって来て・・・ 日本のために戦ってくれて・・・」

目をキラキラ輝かせて、「運命って不思議だ・・・ ありがとうね、紅鬼さん! 私とパンちゃんを引きあわせてくれて!」

「私も、2人が何の問題もなく順調で、よかったよ・・・ カップルになるまでが、いろいろありすぎたからねー」

「だって私、ノンケだったんだから! ノンケの女子に女性を紹介するって、どういう神経よ? でも紹介してくれてありがとー!」

紅鬼の頬にキス。

「で、次はその他の人間関係・・・ 紅鬼さんとケンカしたけど、その日のうちに仲直り・・・」

「龍子、ひとつ聞いていい? おでこ・・・」

龍子の前髪をかき上げ、テカテカするおでこを出す。

「かわえーな・・・ ほら、ニンニク臭い時とか、デコを出すのはなんで?」

「ああ、これは女子高の風習で・・・ デコを出すとサッパリさわやかになるから、臭い時とか気分を変えたい時とか、まあ・・・ 邪気を払うというか笑」

「そうなんだ、同じ女子高出身の桜花(おうか)に聞いても『まったくわからない、龍子はあたまおかCから』って言ってたから、たぶん龍子だけの風習なんだろうね」

「えい、でこキッス」

額と額をぶつける龍子、紅鬼はベッドに倒れて、「いたい!それ単なる頭突き!」

「紅鬼さんが倒れたから人口呼吸だ!」

覆いかぶさって、唇で唇をふさぐ。しばらくベッドの上で重なり合い・・・ やがて離れると、

「まだ最後の質問が残ってるし・・・ 何か悩みとか要望は?」

「悩みは紅鬼さんにガチ恋してしまったこと! 要望は今すぐセをしたい!」

2人とも我慢できなくなって、服も下着もポーイ、ベッドの中へ・・・




姫百合荘1階中央を東西に走る大きな通路、通称「大廊下」。

北側にはキッチン、ダイニング、大浴場、洗濯室など。

南側にはゲスト用エリア、図書室、事務室、物置部屋などが配置されている。

この大廊下は子供が遊んだりゲームをしたり、ハンモックを吊って昼寝をしたり、ただ今パンテーラが打ちこんでるようにトレーニング用のスペースになったりする。


パンテーラ・アマリア・メンデス・アルメイダ(Pantera Amalia Mendez Almeida)、26歳、ブラジル出身の混血児(ムラータ)

身長180センチ、しなやかな筋肉に包まれた褐色の絞りこまれたボディ。

波うつ黒髪をポニーテールにして、さまざまな民族の血が混ざりあったエキゾチックな美貌の顔は、きびしい鍛錬に引き締まっている。

右手のみの片手腕立て伏せ20回、同じく左手のみ20回。続いて両手の指3本のみの指立て伏せ20回。

手帳と万年筆を手に、壁に寄りかかって惚れ惚れと見とれていた紅鬼は、(地上でもっとも美しい肉体・・・)と感嘆せずにはいられなかった。

パンテーラは立ち上がると、「お待たせー」 タオルで顔を軽く叩く。

「すごいね、パンちゃん! 片腕で腕立てとか・・・」

「ところが『世界最強女子』7人の中には、『腕無し腕立て伏せ』なんてやってのけるバケモノもいるよ」

「え! 腕無しで腕立てってどゆこと?」

「足の指と体幹の力のみで体を支える、という超人技」

「それって腕の筋肉の鍛錬になってなくない?」

「そうだね!」

わははははーと2人で笑い合う。

パン「ほら! 匂い嗅ぎたければカモン!」

紅鬼「え、私は龍子とちがって汗の匂いはあんまり・・・」

パン「汗なんかかいてないんだぞー」

紅鬼はパンの胸もとに触ってみて、「あ、ほんと! 多少湿ってるだけで・・・ あれだけハードな筋トレの後で・・・」

「私にとってはラジオ体操程度です」

匂いを嗅いでも、「たしかに汗の臭いはない・・・ いつものパンちゃんの南国の蘭みたいなトロピカルな香り・・・」

背筋、肩の筋肉、腿の筋肉は見事で、筋肉フェチの龍子が惚れてしまうのも無理はない。

それに比べて腹筋は鍛えてあるもののゴツい印象はなく、健康美が感じられる。

「あ、腹筋? ここをあまりゴツくすると女性としての美しさが損なわれるかなー、と思って。だから腹を狙われるとちょっと弱い」

紅鬼はいつの間にか、夢中になってパンのすべすべする肌を、さすりまくっていた。

「美しいよ、パンちゃん・・・ パンちゃんに触れてると、体の奥深いところから熱いものがこみ上げてくる・・・ これが女としての本能・・・」

「あっ私を男扱いしてるなー! 中身は乙女だって言ってるのに!」

「わかってるよー! でもハアハアが止まらない・・・」

紅鬼の頬をぺちぺち叩いて、「いいから! 早く面談!」

「えーと健康、問題なし。家族関係・・・」

手帳に書きこむ紅鬼、「もうブラジルには戻らなくていいの?」

「母さんもいないし・・・ 実の父といっても、娘に愛情を注いでくれるわけでもなし・・・ それに今帰るのは命が危険」(パンの生い立ちについては『姫百合荘マジやばい』第2話参照)

「それじゃあ、パートナーとの関係。龍子と問題ないよね?」

「ないね」

「もしかしてパンちゃんと龍子って、パートナーになってからはケンカしたこと1度もない?」

記憶をたどるパン、「1度だけ・・・ 大ゲンカしたことあったな。あれは・・・ さて問題です。私と龍子は、何が原因でケンカをしたでしょう?」

「パンちゃんの浮気」

「ちがうわ! 答えは餃子(ギョーザ)です!」

「はあ?」


それは2人が同棲を始めて数日目。パンが得意の餃子を作った時のこと・・・

あろうことか龍子は炊飯器でホカホカのご飯を炊いて、「美味しい!」と喜びを顔いっぱいにして、餃子をおかずに・・・

「私の前で、白米で餃子を食べるなんて!」と、パンは泣きながら激怒した。


という話を聞いても、紅鬼にはサッパリわからなかった。

「何がいけないの?」

「餃子は、皮が主食に当たる部分。ハンバーガーでいえばバンズだから。餃子にライスは必要ないのです」

「そんなの人の勝手でしょ! そもそも日本では白米で食べるんだよ!」

「あの時も、そうやって龍子に逆ギレされた・・・ だから姫百合荘では、誰がどんな食べ方をしても文句は言わないけど・・・ 心の底では悲しんでいるのです」

「こんなアホな理由でケンカする人を初めて見た・・・」

「この話をすると、みなさん、そうおっしゃいます」

「他にはケンカしたことないの?」

「あとは・・・ イカの塩辛の塩分濃度が・・・」

紅鬼は話を打ち切って、「えー、その他の人との人間関係はどうかな? 住人みんなとうまくいってる?」

燃子(もえこ)が私に対抗意識むき出しだけど・・・ まあ、かわいいよ」

「あと何か悩みとか要望とか」

「紅鬼さん! 私に伝えることがあるんじゃないの!」

パンは真顔になっていた。

「あ、夜烏子(ようこ)から聞いた? イタリア警察から報告が入ったって」

チッ、夜烏子のやつ、口が軽い・・・

「面談の時に詳しい話を聞かせてくれるだろうって」

「OK、もちろん話すつもりですよ」

紅鬼はシステム手帳のフォルダーから、折りたたんである1枚の印刷物を取り出し、パンに渡した。

広げるパン、それは指名手配の容疑者の白黒写真・・・


ベアトリス・イレーネ・クルス(Beatriz Irene Cruz)


「ベアトリス・・・」

「ミラノ大学に潜りこんでいた時は『ベアトリーチェ』とイタリア語読みで呼ばれてたようです・・・ 赤い旅団(レッド・ブリゲート)の幹部・・・ もうイタリアは出国したらしく、どこに行ったかは不明」

「では、やはり・・・ 燃子を洗脳した『ミラノの恋人』というのは・・・」

「十中八九、彼女でしょう」

グシャリと手配書を握りつぶすパン、「ベアトリス、よくも燃子にあんなことを!」

「パンちゃん・・・」

「この女の行方について情報が入ったら教えて! 私がケリをつける」

「やめて! もう血生臭いことはやめて!」

「私の責任だってあるんだぞ! 私がベアトリスと駆け落ちしなければ・・・」

「パンちゃんがいなくても、いつかは過激派の仲間になったんじゃないの?」

「いや、地元の・・・ マナウスあたりの大学に行ってれば、保守的な土地だから、ふつうのお嬢さまとして一生を終えたかも・・・ サンパウロのようなリベラルな街に連れてったから、テロリストどもの仲間になってしまったんだ・・・ そして燃子を・・・」

「パンちゃんが責任を感じることじゃないし、警察にまかせておけばいいんだよ!」

キッと睨みつけるパン、その燃える瞳に思わず後ずさる紅鬼。

「紅鬼さん・・・ あんたが協力してくれないなら、私はここを出て、世界の果てまでもベアトリスを追いつめる!」

フラッと意識を失う紅鬼、間一髪パンが支える。

「紅鬼さん、ちょっと!」

「もうシリアスな展開には耐えられない・・・」

わあああーっ と紅鬼の目から涙があふれる。

「パンちゃんのいない姫百合荘なんて! イヤだよー!」

「わかった、ごめん! 言いすぎた!」

紅鬼を優しく抱きしめ、「じゃ、こうしよう。私も無茶はしないし、危険なこともしないから。燃子の記憶の問題もあるから、みんなでどうするか考えよう。だから紅鬼さんも、入ってくる情報は取りあえず教えてね」

「姫百合荘を出てくとか言わない?」

「言わないし、出てかない。さ、いっしょにシャワー浴びて、久々にセでもしようか・・・」




姫百合荘の豆知識(32)


龍子は、とくに何かを担当する「部長」の職にはついていない。

何でもこなせる彼女は、「Bar秘め百合」から姫百合荘の家事まで、なんでも幅広く手伝う。

一応現在の本職は写真家パンテーラの助手である。


龍子は水・金が「Bar秘め百合」への出勤シフト、木が在宅シフト、土・日がパンテーラ助手としてのフリー・シフト、月・火が休みシフト。


パンテーラは姫百合荘の「セキュリティー部長」(無給)

深夜の最終的なセキュリティー・チェックと戸締りに責任を持ち、監視カメラなどの点検も行う。

また自然災害に備えて保存食料や水、テントや寝袋、サバイバル用品の管理も担当。(すべてを1人で行うわけでなく、湯香やまりあ、もちろん龍子も手伝う)


パンテーラは木・金が「Bar秘め百合」への出勤シフト、水が在宅シフト、土・日が写真家としてのフリー・シフト、月・火が休みシフト。




今日は龍子とパンテーラのデートの日。

龍子が見たがっていた宝塚の「薔薇採油のベル」を観劇した後、龍子の好きなタイ料理のディナー。

パン「いやー・・・ あの人間報知器マリー・アンペアワットのペルペルペルって声、すごかったねえ! よくあんなデカい声が出せるなー」

龍子「耳が痛くなったわ・・・ あの主演の人、私が宝塚の試験に落ちた時に、トップ合格した人だった」

「え、そうなの?」

「もしかしたら私が今ごろ、舞台の上でペルペルペルって声出してたかもしれないのに・・・」

「まあ元気出しなよ!」

「めっちゃ元気だけど」

「じゃあ元気引っこめなよ」

「しょぼーん・・・」

しばらく食べて、ビールを飲んで、龍子が目を生き生きさせて、

「ね、知ってる? 私たちって姫百合荘で一番息の合うカップルって言われてるの」

「ああ、そうかもね! 他のカップルみたいに趣味が合わないとか、年が離れてるとかないし・・・ 意見が合わないってこともほとんどないしなー」

記憶をたどってみる龍子、「例の『餃子と白米』問題くらいか、意見が食い違ったの」

あの時は龍子が、「わかりました! 私はパンちゃんのパートナーだから、今後パンちゃんの前では餃子で白米を食べません! そのかわり紅鬼さんたちが、どんな食べ方をしても怒らないで」

と覚悟を見せたので、パンも納得した。

ただミラルが餃子をフランスパンに挟んで食べた時は、2人とも「うげげー!」となってしまったが。


この後、2人は品川駅に隣接する「カザ・ホテル品川」(風太刀(かざたち)一族が運営する高級ホテル)の女性専用ナイト・プールでひと泳ぎ。

2人とも女性からナンパされてしまった。(パンはいつものことだが、龍子は初めて)

「最近の龍子は色っぽくなって、女性を引きつける妖しい魅力が出てきた」というパンの評価。

それからカラオケボックスに立ちより、龍子はパンのために「ぷりぷり7」の曲でソロ・コンサート。

「舞ちゃーん! しあわせー!」

アニメの押しキャラと現実世界で出会い、パートナーとなって一生を共にする・・・ そんなアニメファン究極の夢をかなえたパンテーラは幸福の絶頂だったし、世界最高の女性にファンになってもらった龍子もまた、これ以上はないくらいの幸福の中にいた。



第2話 おしまい

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