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姫百合荘の業務連絡  作者: 嬉椎名わーい
1/6

1、湯香と真琴

女性専用シェアハウス姫百合荘(ひめゆりそう)がオープンして半年過ぎたあたりから、管理人の紅鬼(くき)は12人の住人たちと個別に面談して、悩みや要望を聞き取ることを毎月のルーチンワークとするようになった。

で、年が明けて、これで5回目となる「個別面談」がスタート。

トップバッターは・・・

柚本湯香(ゆずもと ゆか)、23歳。姫百合荘の切り込み隊長、通称「ホカホカした茶色い生き物」

「あ、紅鬼さん、ごめん! 今日は録画しておいた『耳切り魔ゴッホ3 ザ・ナイト・オブ・リビング・ゴッホ』を見たいから面談また今度でいい? ゴッホ・ウイルスで全人類がゴッホになっちゃうの」

「ちょっとー! こっちだってスケジュールをやりくりして」

ここで湯香のパートナー真琴(まこと)が助けに入り、「紅鬼さん! 私が体空いてるから、私を先にやろう?」

「真琴、優しいなあ」

湯香はさっさと部屋に引き上げていった。


というわけでトップバッターは薬師寺真琴(やくしじ まこと)、24歳。通称「あくまっこ」

姫百合荘の「家事部長」、もっとも家にいることが多い住人である。

「たまには図書室でやろうか。文学少女の真琴にふさわしく」

事務室の奥、住人用玄関のわきにある図書室は、小さいながらも書架にはギッシリと小説や漫画、雑誌が詰めこまれている。

「ここは真琴が持ってきた本が一番多いよねー。あとはパンちゃんの百合漫画コレクション・・・ 意外とアリスンの蔵書は少ない。一番高学歴なのに」

「お嬢は1回読むと完全に頭入っちゃうから、気に入ったのしかとっておかないんだって」

「この革装丁の古本がミラルの・・・ 例のナントカ・カントカンってやつ?」

「ネクロノミコンのラテン語版・・・ 家の本棚にネクロノミコンがあるなんて信じられないよ! うちでラテン語読めるの、お嬢だけだからいいけど、この本を読むだけで精神に異常をきたすって」

「ふーん・・・ 売れば100万円くらいになるってミラルが言ってたけど」

「本物のネクロノミコンに値段がつけられるのか・・・」

「ま、いいや。よいしょ・・・」

2人並んで腰を下ろす。

黒髪の姫カット、二重のくっきりした猫目の白い肌の美女・真琴・・・ 今、心から信頼するリーダーをニコニコと見上げている。

紅鬼はシステム手帳と万年筆を取り出し、「まずは真琴さん・・・ 体の調子はどうですか」

「今はすっかり大丈夫です。前は下腹部がシクシク痛んで毎月10日くらいは寝こんでたけど・・・」

流産を経験した真琴は、2度と子供は産めないと宣告されていた。(正確には産もうと思えば産めるが母体が非常に危険)

「初めは子供を産めなくなった精神的ショックも大きかったけど、湯香をパートナーとしてからは、どっちみち関係なくなったし」

「子供の問題は、たしかに私たちの大きな悩みではあるよね。私だって子供は欲しいし」

「やっぱり養子をもらうのが現実的なのかなー。アン子ちゃんの友達のダーちゃん、かわいいな! あの子を養女にしたい・・・」

「ま、この話は皆に関係するので、ゆっくり考えるとして・・・ 定期検診は欠かさずに受けてね!」

「パートナーが病院勤務だし、だいじょうぶ!」

「あと真琴、絶対無理はしないでね! つらかったら、すぐに休んで。ま、私もいっしょにいることが多いし、気をつけてるけど」

「私なんかを置いてもらうだけで申し訳ないのに、何か紅鬼さんにご恩返ししなきゃと思うと、つい・・・」

「こら、『私なんか』なんて言わない! 恩返ししてくれるなら、ずっと元気で長生きして私のそばにいて!」

「うん、ずっと紅鬼さんについてく!」

ここで2人はギュッと固く密着する。

「この体勢のまま次行くけど、お母様はお元気なんだよね? 私もまたお伺いするつもりだけど」

「おかげさまで、私が原稿で忙しい時は湯香や夜烏子(ようこ)さんが会いに行ってくれて・・・ こないだ久しぶりに顔出したら、夜烏子さんがすっかり母の娘になってて、実家を乗っ取られてて笑った」

「夜烏子も、あまり家庭の温もりみたいのに恵まれなかったから・・・ ところで、お母さんもちゃんと検診受けてもらってね。何かあったら港湾第一病院にすぐ入院できる手はずが整ってるから。もちろん無料」

「母ももう50代だし、何かあったらお世話になります」

お金があるって心強いなー、と思わずにはいられない真琴。

(人間の悩みって7割くらいはお金と健康に関するものだよなあ・・・)

紅鬼は手帳に書きこみながら、「健康、家族関係は問題なし・・・ パートナー関係、湯香との間に何か問題は?」

「例の寝落ち問題(『姫百合荘の生活』第2話参照)、まあ多少改善は見られるものの、先はまだ長い・・・」

「真琴が先にやってあげるから寝ちゃうんじゃないの? 先に湯香にやらせれば」

真琴はダダをこねる湯香の物まねをして、「ヤダーヤダー! 真琴さんが先にやってくれなきゃイヤダー! って・・・ゴネられるとつい・・・」

「真琴も甘やかしすぎなんだよー!」

「だって湯香かわいくて・・・ でもこんなキャラだとは夢にも思わなかったわ」

「高校時代は無口でカッコいい高倉健みたいな子だったんだってね?」

嬉しそうにうなずく真琴、「あんなボーイッシュでカッコいい後輩に危ないところを助けられたら、惚れちゃうでしょう!」(「姫百合荘こまんたれぶー」第5話参照)

「初めてキスした時って・・・ どういうつもりだったの?」

「どういうもこういうも、大好きだったんだもん・・・ ぬらりーともつき合ってたから完全に二股だけど笑 今思うと我ながらビッチ」

「最初は湯香をいじめてたって聞いたけど・・・ ストーカーよけにイヤな女を演じてたんだってね?」

「うん、ストーカー対策というのも、もちろんあったんだけど・・・ 初対面の湯香は、先輩にちゃんと挨拶もしない仏頂面で、えらく生意気だったのよ。それでムラムラといじめてやりたい気持ちが・・・」

「演技でなく、けっこうイヤなやつだったんだよね笑 よく、こんなに優しくていい子になったなあ」

「紅鬼さんと、みんなのおかげだよ」

「ハイ、ということで他の住人との人間関係ですが。イヤな人とかいる?」

真琴はブンブンと首を横に振り、「私けっこう人間の好き嫌いが激しい方なんだけど、姫百合荘には嫌いな人がいないというより、みんな恋人にしたいような女性ばっかりで、我ながら信じられない・・・ たぶん紅鬼さんが選んで呼び寄せた人たちだから・・・」

ここで紅鬼の肩にもたれかかり、うっとり

「たぶん私、強い女性が好きなんだと思う・・・」

「たしかに姫百合荘は強い人ばっかりで危険すぎるくらいだし笑」

「紅鬼さん、こんなに細くて華奢なのに、よく戦い抜いたよね・・・ 本当に強い人・・・」

「でも神経とかボロボロなんだよ。だから姫百合荘を作って、みんなに癒やしてもらおうと思った」

真琴は熱のこもった目で、紅鬼を見上げると、「こんな私でも、少しでも癒しになるなら・・・ 心も、体も、命も、紅鬼さんに捧げます!」

「真琴、愛してるよ」

2人の美女は熱く、情熱的に唇を重ねる。

永遠とも思える時が過ぎた後、濡れた唇を引き離し、「では最後の質問ですが・・・ その他の悩みや要望はありますでしょうか?」

「ん~! もう! このまま紅鬼さんとベッドに行きたいよお・・・」

「それより真琴! あんたと湯香は遠慮してぜんぜん休暇取ってないでしょ! どこか旅行に行きなよ。温泉でも・・・」

「そうだなあ、行くなら温泉より京都行きたいなあ。でも湯香がお寺や神社に興味が薄くて・・・」

「じゃ、私と行こうか! 京都はどこが好きなの?」

「うーん、修学旅行生が多い東山よりも、予約が必要だけど桂離宮、一休さんゆかりの大徳寺の庭、時代劇のロケ地で有名な大覚寺・・・ あと何もない町中でも、ああここが藤原高子(ふじわらのたかいこ)の邸跡かー、みたいな感じで歴史を知ってると楽しめるよ。あと和歌も知っておいた方が・・・」

目を輝かせて語る京都オタクの真琴を、紅鬼は心からかわいいと思った。

(この子も根っこはオタクなんだなあ・・・)




紅鬼は、湯香の寝室である正面(ファサード)側の「第1和室」を訪ねていった。

「湯香ー、映画は終わったのー?」

湯香はプラモデルを組み立てていた。

「あ、今『機動おじさんバンダム』シリーズの機動芸者マイコ・ハーンを作ってるんで、面談は今度でいいすか」

「面談が先だー! 片づけろー!」

「わーん!」

あわててプラモと道具を片づける湯香。紅鬼はあきれて、

「でもホント、湯香は男の子みたいだよねー。プロレスとかバイクとか・・・」

「趣味的には男の方が話合うんだけど、男と話すのが苦手という不思議・・・ 男は胸をじろじろ見たり、失礼なこと言ってくるから、趣味以前の人間性の部分で合わないんだよなー。ま、例外もいたけど・・・」

コタツに横並びに座って、湯香をギュッと抱きしめる紅鬼。

「あったかーい。夏は暑苦しいけど、今の季節ちょうどいいな!」

「ベタベタしないでよ・・・」ぷいっ

平熱が高めの湯香、ふつうの人よりホカホカしている。

しかも夏場とちがい、汗臭くない。

「だけど湯香、朝ジョギングしてシャワー浴びないで出勤する時もあるんだって? だから汗くさナースって言われるんだよ!」

「時間がない時だけだって! 汗くさナースって誰が言ってるのさ! 自分からベタベタしてきて汗臭いとか失礼だよ!」

「時間がないならジョギングするな! もう! ・・・健康面は問題なさそうね!」

姫百合荘の大人たちの中では最年少、短い髪を後ろで2つに縛り、工事現場のバイトですっかり茶色く日焼けした湯香の、濃い眉と大きな目、ぷっくらした唇を見つめる紅鬼。

「真琴に初めてキスされた時は、どんな気持ちだったの?」

「いきなりそれ? 面談の趣旨とはちがうんじゃ」

「女の子に惚れられるって、どんな感じ?」

「正直、男にキスされるより『きれい』だと思った・・・ 真琴さんのような美少女だから、そう思ったのかもしれないけど・・・ 男みたいなイヤラシイ目で見てこないから、真琴さんの愛は『きれい』だと・・・」

紅鬼は手帳と万年筆を取り出し、「湯香は潔癖症なのかなあ? あまりセに積極的でない理由も、そのへんにあるのかなあ?」

しばらく考えていたが、「イヤ、潔癖症だったらジョギングした後シャワーを浴びないとか、ありえないか」

「またそこに戻るのか! 紅鬼さんたちがセに積極的すぎるんだよ! 性欲大魔神だよ!」

「言ってくれるねー、こいつ。私だって君の年の頃はまだ禁欲的だったんだぞ」

そうだ、湯香はまだ若い・・・ 焦らない、焦らない。

「話変わって、ご両親、とくにお父様が同姓同士の交際に反対・・・ これもいずれ、なんとかしないと・・・」

「別に気にしなくていいよ、どうせ勘当されてる身だし」

「もしご両親が賛成してくれたとして、真琴と結婚式上げる気はある?」

「え? いや、でも、それって・・・ 疑似結婚式だよね? 紅鬼さんたちがやったみたいな」

「もちろん今の日本では正式な同性婚はできないけど・・・ 真琴だって花嫁衣装を着たいでしょ」

「えーと、あの・・・ ちょっと考えさせて。オイラまだ23だし・・・ 30までには・・・」

「あ、それと湯香! 今年の目標・・・ むつみ先生と仲直りしようね」

真顔になる湯香、「うん・・・ 正直もう気にしてないんだけど」

「私たちも協力するから。湯香がその気になったら、いつでも会えるから」

「あれから、いろんなことがありすぎて・・・ むっちゃんどころじゃなかったから、忘れてた・・・」

その目には涙が光る。

「うそ! いつだって忘れたことないんでしょ・・・ 親友なんだし」

「ほんとに紅鬼さん、おせっかいだなあ! なんで、そこまで私にかまうの?」

「あんたを愛してるからかまいたいし、口出したいの! あんたの匂いからセのことまで、何でもかまいたいし、お尻だって胸だって見せたもらいたいし、あんたのツバがどんな味かも知りたいの!」

湯香は真っ赤になって、「ヘンタイ! 紅鬼さんのセクハラ大魔神!」

紅鬼にギュッと抱きしめられるまま、なすがままになって、

「そんなに見たいんなら、いつでも見せてあげるよ・・・」

「よーし!」

紅鬼は手帳に、「湯香、いつでも裸体を見せてくれる、触らせてくれると宣言」と書きこみ、

「えーと、あとはその他に要望とか悩みはないよね? ナシ、と」

湯香が手を上げて、「ハイ、ひとつ質問。なんで紅鬼さんはムチ使いになったの?」

チッ、と不機嫌な顔になる紅鬼、

「本当なら私のムチを見たものは生きていないんだけど・・・」(紅鬼と湯香の対決は「姫百合荘のナイショ話」第4話参照)

仕方ないなー、という顔で「風太刀(かざたち)家の養女になった時・・・ 父の護衛をする仕事もあるから、仕方なく武術の訓練を受けたの・・・ イヤでイヤでしょうがなかった・・・ もともとはピアノ教師を目指していた私の、ピアノを弾くための指がボロボロになっていく・・・ そんなある日」

「ふんふん」

「テキサス・ビーフの販促で、カウボーイの一団が来日したの。風太刀記念会館前の広場で、ロデオやったり投げ縄やったり・・・ その中にムチ使いのおじさんがいて、それを見た私は『これだッ』って思った。これなら指を傷めない・・・」

「ははー、なるほど」

「で、そのおじさんが日本に滞在する7日間の間に基本を教えてもらって、あとは独学」

「こんど私にも教えてよ!」

「おもちゃじゃないんだけど・・・ あんたが寝落ちしない大人になったら、考えてみる」




姫百合荘の豆知識(31)


真琴は姫百合荘の「家事部長」で、給料ももらっている。

食事作りをメインに、掃除・洗濯も総指揮。(真琴1人でやるわけでなく、在宅シフトの住人をはじめ皆で分担して手伝う)

「業者を含め、なるべく外部の人間を入れたくない」という姫百合荘の方針により、できることは最大限、住人の手によって行う。


真琴は月・火・木・金が在宅シフト、水は執筆活動に専念するフリー・シフト、土・日が休みシフト。


湯香は「ゴミ出し部長」(こちらは無給)

前日に「ゴミ出し準備室」にてゴミの分別、当日のゴミ出しを責任もって行う。


湯香は月・火・水・木・金が港湾第一病院への出勤シフト、土・日が休みシフト。




休日を前にした「第1和室」にて、明日のデートの行き先で揉める真琴と湯香。

出光(いでみつ)美術館で私の大好きな上村松園(うえむら しょうえん)の特別展やってるんだけど・・・」

湯香は足をバタバタさせて、「やだやだー! お台場で実物大の機動おじさんバンダム見たーい!」

「あ、あの実際に動くって評判の?」

「見たい見たい! バンダム見たーい!」

いきなり障子戸が開いて、ローラが入ってきた。

「こら! 何ダダこねてんの!」

「オカン!」

転がってる湯香の背にまたがるローラ、お尻をペシペシ叩いて、

「おねえちゃんなんだから、子供みたいなこと言わないの! 真琴が行きたいっていうところに行ってあげなさい!」

「痛いよ!痛い!」

「まったくもー!」

風のように去っていくローラ。

「あの人、自分の娘は叱れないくせに、なんで赤の他人の私には、ここまで厳しくできるんだ?」

「まあまあ笑」

涙目でプンプンする湯香を慰める真琴、「明日はバンダムでいいよ」


結局、両方回ったのである。

早目に出発して、午前中に美術館、遅めの昼食後、お台場へ。

体はロボットだが顔はチャールズ・ブロンソンのような口髭のオジサンというデザインのバンダム、全長50メートルというデカさに2人とも度肝を抜かれた。

「でか・・・」

「あ、腕が動くよ!」

バンダムの右手が顎の部分を撫でて、「ウーン、バンダム・・・」



第1話 おしまい

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