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悪役令嬢と動き出した事件 3

 ランドールが国王の私室から辞すと、部屋の外で警備をしていた兵士から、キーラが呼んでいると伝言された。

 キーラがランドールを呼びつけることは珍しくないが、正直、いろいろあった今は彼女に会うのはあまり気が進まない。けれども王女に呼び出されて無視をするわけにもいかないので、ランドールは仕方なくキーラの部屋に足を向けた。

 ランドールが部屋に入ると、椅子に座っていたキーラが立ち上がり、突然胸の中に飛び込んでくる。

 ランドールが反射的にキーラを受け止めると、彼女は潤んだ目でランドールを見上げてきた。


「ランドール! 心配していたのよ! ソフィアが海に落とされたって聞いて――」


 ランドールはしがみついてきたキーラをなだめながらソファに座らせて、自分はその隣に腰を下ろすと、落ち着かせるように彼女の背を叩く。


「大丈夫だ、ソフィアは無事だった」


 ランドールが答えると、キーラはほっと息を吐き出した。

 キーラの様子はソフィアを本当に心配しているように見える。やはり、セドリックにソフィアの殺害を依頼したのはキーラではなく、ただの杞憂であったのだろうと、ランドールは胸を撫でおろしたが、キーラがハンカチで目元をぬぐいながら言った次の発言に、彼は思わずぎくりとした。


「ソフィアが客室係に襲われたと聞いて、わたくし、気が気でなかったの」

「そう……か」


 返事をするランドールの口の中が、急速に乾いていく。

 急に、目の前で目を潤ませている天使のような従妹の顔が、姿が、ガラガラと崩れていくような気がした。


(……なぜ)


 なぜ、キーラはソフィアが客室係であるセドリックの手で海に落とされたことを知っているのだろう。

 カイルはその情報を国王とレヴォード公爵の二名にしか告げていないようだった。そして、国王たちも口外していない。

 その情報を、どうしてキーラが知っている?

 嫌な予感が、ランドールの胸を覆っていく。

 キーラはまだ涙をぬぐいながら、懸命に微笑もうとしている、そんな顔を作った。そう――作ったと、ランドールはどうしてか思ってしまった。


「帰りの汽車も事故を起こしたんですって? けがはなかった?」

「ああ……」

(……どうして、汽車の事故も知っているんだ)


 ランドールが荷物を届けに来た客室係に聞いた話だと、線路に丸太がおかれていたとのことだった。風邪で飛ぶような大きさのものでは当然なく、誰かが故意的に置いたものであろうと客室係は言った。

 そのニュースは、王都ではまだ取り上げられていないはずだ。昨日の今日で、まだ詳しいこともわかっていないからだ。鉄道は運休しているが、城の中で生活しているキーラが昨日の今日で知るような情報ではない。

 ランドールの心臓が冷えていく。

 訊くべきではない。そう思いながらも、自然と口が動いた。


「……キーラ。お前はソフィアが大切か?」


 キーラは、にっこりと、満面の笑みを作った。


「ええ。もちろんよ。大切な妹ですもの!」


 ――キーラが生まれた時から知るランドールは、その言葉を、笑顔を、嘘だと感じた。





 キーラの部屋を出たランドールは、ぼんやりとした足取りで城の廊下を歩いていた。


(……カイルは、正しかったのか)


 思えば、カイルはソフィアの父親を騙るガッスールの時からキーラを怪しんでいた。けれどもランドールは、キーラがそんなことをするはずはないと端からカイルの言うことに耳を貸さなかった。

 もちろん、まだキーラと決まったわけではないだろう。調べて見ないことにはわからない。けれども、先ほど聞いた王妃の件も、これで説明がつくというわけだ。


(裏にいる犯人がキーラならば、王妃が娘をかばってカイルに罪を擦り付けようとしたということだろうか)


 ランドールは廊下の真ん中で立ち止まった。

 あまりのことに、胸の中をぐちゃぐちゃにされた気分だ。

 大声で叫び出したい。

 キーラは大切な従妹だ。嘘だと言ってほしい。疑いたくない。だが、カイルの言うことに耳を貸さなかった結果、ソフィアを危ない目にあわせてしまった。そしてこれからも、そうなる可能性がある。

 海に落とされたソフィアは、幸い一命をとりとめたが、次はそうとは限らない。


(……陛下にも、なんと言えば……)


 まだ確証はない。現時点で報告を上げれば国王にいらぬ心労をかけるだけだ。けれども確実な証拠が出てきた場合、国王にはしかるべき報告を上げなければならない。キーラもソフィアもどちらも国王の娘。……報告を受けたあと、伯父は何を思うだろう。


(……ソフィアは、どう思うだろうか)


 キーラに、実の姉に命を狙われた可能性があるとソフィアが知れば、ショックを受けないだろうか。

 ランドールが再びとぼとぼと歩き出したとき、前方から見知った顔が歩いてくるのが見えて、彼の心はさらに沈んだ。

 第一王子ヒューゴだ。明るめの茶色い髪をした第一王子は、ランドールを見つけると足を止めた。


「なんだお前、帰っていたのか」

「ああ」


 ランドールが慇懃に答えると、ヒューゴは軽く眉を上げる。

 正直言って、ランドールはこの従弟があまり好きではない。

 グラストーナの唯一の王子である彼は、昔から派手好きで、遊んでばかりだからだ。将来国を担うという覚悟が足りないように見える。二十歳にもなって、次期国王として学ばなければならないことの半分も終わっていないというのはいかがなものだろうか。


(同じ二十歳でも、シリル王子とはえらい違いだ)


 シリルもソフィアを替え玉の婚約者にしてみたりと、自分勝手なことをしでかしてくれたけれども、あの王子には国を担う覚悟があるように見えた。


「死にかけたあれは五体満足なのか?」


 ヒューゴがにやにや笑いながら言う。

 ランドールはカチンときたが、城の廊下で声を荒げるわけにもいかず「ソフィアは無事だ」と短く答えた。

 ヒューゴは、ランドールのその態度がおもしろくなかったらしい。彼は昔から、自分に次ぐ王位継承権を持つランドールをよく思っていない。順番的には、王位継承権第一位のヒューゴの次はランドールの父になるが、ヒューゴにとっての邪魔ものは、継承権三位のランドールであるらしかった。

 ランドールはヒューゴを蹴落として国王になろうとは思っていないのだが、どうにも彼には通じないらしく、特にソフィアと結婚が決まった時はねちねち言われた。王女を妻に迎えて、国王の座を狙っているのか何とかと言われたランドールは、よほど王位継承権を放棄してやろうかと思ったが、国王に止められて今に至る。


「ソフィアが死ななくて残念だったな」

「――なに?」


 ランドールは思わず耳を疑った。

 今、ヒューゴは何を言った?

 目を見張ったランドールに、ヒューゴは相変わらずのにやにや笑いで続ける。


「お前もお荷物を押し付けられて迷惑していただろう。ソフィアがいなくなればお前も晴れて自由の身だったのにな」


 ランドールの頭にカッと血が上った。

 ぐっと拳を握り締めて、それを振り上げようとした直前で背後から「ヴォルティオ公爵」と声をかけられてハッとする。

 危なかった。いくら従弟とはいえ、第一王子に手を上げればどうなるか、ランドールだってわかっている。

 ランドールが振り返れば、レヴォード公爵が立っていた。彼もまた、帰宅するところらしい。

 ヒューゴは小さく舌打ちすると何も言わずにランドールの脇を通りすぎた。

 ヒューゴがいなくなると、レヴォード公爵はぽんとランドールの肩に手を乗せた。


「表情が強張っておいでですよ」


 困ったように苦笑するレヴォード公爵は、どうやらヒューゴとランドールのやり取りを聞いていたらしかった。ランドールがヒューゴを殴りそうになるのを見て、とっさに声をかけてくれたのだろう。

 ランドールは深呼吸を一つすると、レヴォード公爵に礼を言った。


「あの方のためにあなたの立場を悪くする必要はございませんよ」


 城の廊下で表立って王子の批判はできない。

 ランドールはヒューゴが去った方をちらりと見やったあとで、レヴォードと連れ立って馬車を止めてあるところまで歩いていく。

 ランドールは今になって、ソフィアはこの城では生きにくかっただろうと思った。

 今までキーラのことばかり気にかけてソフィアのことを見ようとはしてこなかったが、王妃やヒューゴのいるこの城では、さぞ肩身の狭い思いをしていただろう。

 今更ながら、ソフィアを偽物と決めつけて向き合おうとしてこなかった自分に嫌気がさす。

 ソフィアにとってランドールも、王妃やヒューゴと変わらなかったのではないか。


(……最悪だ)


 ランドールは無性に自分自身を殴りつけたい気分になった。


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