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悪役令嬢と「正しい夫婦」 2

 五日の航海を終えて、クイーン・アミリアーナ号はグラストーナ国に到着した。

 グラストーナは、ヴェルフント国へ出発したおよそ一月前よりもさらに寒くなっていた。

 ランドールとともに船を降りたソフィアは、港に大勢の人が集まっているのを見て息を呑む。

 さびれた港町ではないが、明らかにこの地の住民ではない人たちの割合が多かったからだ。


「ヴォルティオ公爵様だ! じゃあ、あの方がソフィア姫か?」


 どうやら彼らの目的はソフィアたちだったようで、ランドールとソフィアはあっという間に人々に囲まれてしまった。

 ソフィアは王女とわかったあとも城の中で静かに暮らしていたので、あまり人に顔を知られていない。けれどもヴォルティオ公爵家に嫁いだことは知られているから、ランドールと一緒にいるとさすがに勘づかれる。


 もちろん、ソフィアは人目を避けて生活していたわけでもないし、顔が知られても困るようなこともないのだが、これまでさほど興味も示されなかった第二王女であったのに、この騒ぎはいったいどういうことだろうか?

 ランドールはソフィアをかばうように抱き寄せて、けれども人が多すぎてまともに動くこともできず弱り顔だ。


「通してくれないか?」


 ランドールが言えども、人々はなかなか退いてくれない。

 それどころか、明らかに新聞記者と思しき男たちが、口々に問いただしてくる。


「ソフィア様! 海に落とされたというのは本当でしょうか?」

「どうやって助かったのですか?」

「海に落とされたときの状況は?」


 どうやら、あの事件のせいですっかり注目を集めてしまったらしい。

 犯人のセドリックがヴェルフントの国民であったことや、ダルターノのことなど、安易に話せばヴェルフントとの外交問題にもなる。だが、沈黙を通していいものなのかもわからなくて、ランドールを見上げたとき、彼女の耳に信じられない一言が飛び込んできた。


「ソフィア様の命を狙ったのはカイル・レヴォード様とのことですが、カイル様とソフィア様のご関係について一言!」

「……え?」


 ソフィアは大きく目を見開いた。


「どういうことだ?」


 ランドールも驚愕の表情で、質問してきた記者に目を向ける。

 記者は興奮気味に、数日前の日付が記載された新聞を掲げて、


「カイル・レヴォード様は有罪が確定したのちも沈黙を貫かれていますが、船の上でいったい何があったのか、ソフィア様の口からご説明いただけませんか?」

「有罪……?」


 ソフィアは思わず、その新聞に手を伸ばしかけた。

 だが、それよりも早くにランドールが記者の手から新聞を奪い取ると、一面に大きく記載されている記事に目を通し、ぐっと眉を寄せる。


「これはもらっていく」


 ランドールが新聞を奪ったまま、ソフィアの肩をぐっと引き寄せて、人の波を押しのけるように大股で歩きだせば、オリオンとヨハネスがランドールとソフィアをかばうように先導した。


「ランドール……」

「帰りの汽車のチケットは取ってある。出発には時間があるが、もう駅には停泊しているだろう。急ごう」


 ランドールの声が固い。

 久しぶりに聞く、怒っている声だ。

 ソフィアは小さく頷いて、口々に話しかけてくる人たちに小さく会釈を返しながら、ランドールとともに、王都行きの汽車が出ている駅へ向かった。






 人々を押しのけるようにして汽車に乗り込むと、ソフィアは大きく息を吐き出した。

 さすがに一等客室にはおいそれと人が入ってくることはできない。王都までは汽車で半日ほどだが、少なくともその間は静かにすごすことができるだろう。


 移動中、ランドールの手にすっかり握りつぶされている新聞にちらりと視線を向ける。

 完全個室の一等客室で、ランドールは向かいの座席にぐったりと体を沈めていた。

 ヨハネスが客室係に頼んで紅茶を用意してくれる。

 汽車の出発時刻まではあと一時間半ほどらしい。

 駅には人だかりができているので、窓の帳をきっちりしめ、室内はオイルランプで照らされている。

 客室係が紅茶をおいて去ると、ヨハネスも「用事があればお呼びください」と言って隣の部屋へと下がる。ランドールとソフィアは同室で、ヨハネスとオリオン、イゾルテは隣の部屋だ。


「……ランドール」


 まだ難しい顔をしているランドールに控えめに声をかけると、ランドールは握りつぶした新聞をテーブルの上に広げた。第一面には、カイル・レヴォードの有罪記事。罪状は、ソフィアの殺害未遂だった。


「処刑……」


 新聞に書かれている判決に、ソフィアは真っ青になる。

 ランドールは忌々し気に舌打ちした。


「こんな馬鹿なことがあるか! 陛下は何をしているんだ!」


 カイルが犯人であるはずはない。なぜならカイルは、状況を報告しに一足先に帰国しただけだ。セドリックという犯人の名前も、セドリックが誰かに依頼を受けていたこともわかっている。

 それなのに、どうしてカイルが疑われ、あまつさえ有罪判決になる?


「処刑の判決が出ても、カイルはレヴォード公爵の息子だ。高位の貴族の処刑はそう簡単に執り行われない。少なくとも半年はどこかへ幽閉という形になるはずだ」

「そ、そう……」


 ソフィアは少しほっとした。では、カイルはまだ生きている。もちろん安心できる状況ではないが、猶予があるのならばこの判決を覆すことはできないだろうか?


「わたしが証言すれば……」


 被害者であるソフィアが、カイルが犯人ではないと証言すればどうだろう?

 もともとカイルが犯人である証拠があるはずはない。ならば、ソフィアが違うと言えば、カイルは無罪だ。違うだろうか?

 ランドールは新聞記事に目を通しながら、低く唸る。


「……だといいが、正直わからない」


 レヴォード公爵はもとより、国王もカイルの無罪を主張したはずだとランドールは考える。もしも国王が動かなかったとしても、公爵であるレヴォードが口を出したばあい、貴族裁判であっさり有罪が出るとは思えない。それなのに、カイルが帰国して二週間程度。その間に裁判騒ぎになって有罪までが確定するのは、早すぎる。


「ひとまず、詳しく調べてみたほうがいいな」


 どういった経緯でカイルに有罪判決が出たのか。まずはそれを調べてからだ。レヴォード公爵と国王へも確認を入れる必要があるだろう。

 ランドールはソフィアが泣きそうな顔をしているのを知って、慌てて笑顔を作った。


「大丈夫だ。カイルを処刑になんてさせない。絶対に」


 ランドールにとってもカイルは大切な友人だ。冤罪で処刑になんてさせるものか。

 ランドールは手を伸ばして、テーブルの上におかれているソフィアの手を握った。


「大丈夫だから、そんな顔をしなくていい」

「……うん」


 ソフィアは頷いたが、到底安心することはできなかった。


(……わたしの、せいよね)


 カイルが疑われたのは、ソフィアが海に落ちたからだ。そのせいでカイルは疑われ、有罪にまでされてしまった。


「でも、どうしてカイルが……」

「考えたくはないが、嵌められたのだろう」

「はめられた?」


 ランドールは新聞を折りたたみながら頷く。

 ソフィアが死んだかもしれないと思い憔悴していたランドールに変わり、セドリックの事情聴取に立ちあったカイルによれば、セドリックは何者かに依頼を受けてソフィアの命を狙ったとのことだった。

 その依頼を受けたのは、グラストーナ。

 つまり、グラストーナ国内に、ソフィアの命を狙う人物がいると考えるのが自然だ。

 おそらくだが、カイルはその犯人にはめられた。けれども、次期レヴォード公爵であるカイルを陥れるのは並大抵のことではない。ましてや有罪まで確定させるとなると、相手はそれなりの人物であると予想できる。


 だが、どうして――

 ソフィアは王女とはいえ、今まで表に出たことはないし、貴族との付きあいも希薄だ。グラストーナは王女に王位継承権は与えられないので、まだ確定していない次期国王の地位を狙う誰かによっての犯行だとも考えられない。なぜならまだ王太子として立ってはいないが、この国には王子がいる。ランドールも王位継承権を持っているが、普通に考えれば、彼が次期国王になることはない。だとすると、私怨でソフィアを狙った可能性が高いが、彼女が命を狙われるようなほどの敵を作るとは考えにくい。

 ソフィアが消えて得をするような人物も、思いつかない。


「……むしろ、俺が犯人と言われた方がしっくりくるくらいだな」


 ランドールは自嘲した。

 彼がソフィアをないがしろにしていたことを知っている人間は多いだろう。ランドールがソフィアを殺害したと誰かが言い出せば、それを信じる人物もいるはずだ。だが、カイルは違う。理由がない。動機も証拠もないのに、貴族裁判で有罪が確定するなど、普通であればありえない。


「詳しいことは調べてみないとわからない。だが、カイルは絶対に助けてみせる。それだけは信じてくれていい」


 どんな手を使ってでも助けて見せると言えば、ようやくソフィアは、少しだけ笑った。


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