プロローグ
しーんと静まり返った部屋の中――、貴族裁判を行う会議室の中に、カンカンと大きな音が鳴り響く。
「カイル・レヴォードを、第二王女ソフィア様殺害未遂の罪で処刑とす――」
☆
自分の判断は本当に正しかったのか――、エドリック・ヴォルティオはいまだによくわからない。
朝刊をテーブルの上におき、エドリックは固く閉ざされた窓の外、ひんやりと冷たい朝日の降り注ぐ庭を見やって息をつく。
王都よりも南にあるとはいえ、このあたりももうじき初雪が降りそうだ。
息子ランドールに家督を譲って早三年。
ランドールにヴォルティオ公爵の地位を譲り、ヴォルティオ公爵領にある邸で生活するようになって、三年。
そして、王都へ行かなくなって、三年。
祈るような、三年間だった。
二度と王都の土は踏まない――、その約束を守り続けて、息子の結婚式にすら出席しなかったエドリックは、いまだに三年前の亡霊のような記憶におびえている。
「ソフィアの……、殺害未遂か」
先ほど読んだ長官に大きく取り上げられていた、カイル・レヴォード有罪の判決。
ソフィアが海から落とされ、一時は死んだと騒がれていたことを、エドリックは知っている。
エドリックも最悪を覚悟したからだ。彼女が生きていたと連絡が来たときはあまりにほっとして、妻と涙したほど。
だが、それと同時に嫌な予感がしたのも確かだった。
その予感は、およそ二年前――、ソフィアが市井で見つかった時から、小さな火種として胸の奥に存在していたが、ここになって徐々に大きくなって、すでに目を背けることができないほどになっている。
そして、今回のカイルの一件。
これは明らかに、ソフィアの殺害を企んだ人間による、カイルへの罪の擦り付けだろう。カイルは無実だ。
おそらく、証拠も何もないだろう。だが、それでも冤罪で有罪にまでしてしまえる相手が、いる。
「あなた……」
いつの間にかダイニングにおりていた妻が、不安そうな顔でこちらを見上げていた。
エドリックは妻を手招いて、その細い肩を抱き寄せる。
「……約束したんだ」
絞り出すように、エドリックは言う。
約束をした。その約束を、エドリックが守っている間は大丈夫だと、祈るようにつぶやく。
だが、その「約束」にエドリックが縛られているからこそ、カイル・レヴォードはその犠牲になったと言わざるを得ない。
エドリックは妻を抱きしめ、きつく目を閉ざす。
「エカテリーナ、僕は間違ったのだろうか……」
妻は答えない。答えられないだろう。エドリックが選んだ「約束」は、そういう類のものだ。
善や悪の問題ではない。
何を選び守るかという選択だった。
たとえ、そのかわりに何を切り捨てても、だ。
殺されかけたソフィアは被害者だろう。カイルもそうだ。すべてエドリックが三年前に選んだ「約束」のせい。
わかっている。
わかっているが、けれども三年前のエドリックにはこの選択肢しかなかった。
そして今でも、この選択を変えられない。
「……あの男に殺されなくとも、いつかレヴォード公爵には殺されそうだな……」
エドリックは、カイルを助けることができるだろう。
だが、助けるという選択は、できない。
(……お前が知ったら幻滅するだろうな。ランドール)
三年前。あの日も、今日のように寒い日だった。
――私を裏切るなよ、エドリック。
三年前のあの日。あの男の声が、今でも忘れられない。まるで、大きな蛇に全身を締め上げられるように、エドリックをがんじがらめにして、放さない。
エドリックは瞼を持ち上げると、静かにダイニングの扉のあたりに目を向ける。
そこには、妻の侍女であるナズリーが、泣きそうな顔をして立っていた。




