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悪役令嬢と龍神の花嫁 3

 次第に大きくなっていく波を受けて、船は前後左右に激しく揺れていた。

 ついていくと息まいたものの、船に上がるのも一苦労で、何かにしがみついていないと立っていることも容易ではない。

 ソフィアはついてきたことで逆に迷惑をかけてしまったかもしれないと後悔しながら、ランドールとシリルたちとともにマラナのアザラシの皮の捜索にあたった。

 船は合計五艘。ソフィアたちが担当したのは、その中で一番大きな船だった。ダルターノや彼の仲間の海賊たちはほかの四艘の船の中を探してくれている。

 嵐が来たからか、船の中にも外にも誰もいなかった。ディルバ子爵はよほどこれらの船が大事と見えて、シリルによると、停泊していたとしても常に船には見張りの男をおいていたというが、さすがに非難したようだ。

 揺れる床に悪戦苦闘しながら積み荷をあさっていると、開けた箱の中から金貨や宝石類が飛び出してくる。

 シリルがそれを見て小さく舌打ちしたのが聞こえてきた。


「やはり盗んだものは全部船の中だったな」

「盗んだ……?」

「ああ。これらは全部、サラドーラの商業船から盗まれたものだ」

「え!?」


 どういうことなのかとシリルに訊ねようとしたとき、船が大きく傾いて、ソフィアは滑り台のようになった床に耐えきれず転んでしまう。そのまま滑って壁に激突しそうになったところを、間一髪、ランドールに助けられた。

 ランドールは斜めになった壁に寄り掛かるようにしてソフィアを助け起こすと、ソフィアが再び転ばないように腰を支えてくれる。

 傾いた床の上を、積み荷が滑りながら移動していき、ソフィアの目の前で二つの箱が衝突して中に入っていたものが飛び出す。

 床の上を這うようにして自分のアザラシの皮を探していたマラナが、「あ!」と声を上げた。


「あった!」


 悲鳴のような叫び声をあげて、マラナが箱から飛び出した黒い布のようなものを拾い上げ、ぎゅうっと抱きしめる。

 ソフィアがほっと安堵の息を吐いたのも束の間、再び船が大きく傾いた。


「見つかったのなら早く脱出するぞ! このままだと転覆する!」


 シリルがマラナを支えながら叫ぶ。

 ほかの船を捜索しているダルターノたちにも早く知らせて非難させなくてはならない。

 ソフィアもランドールに支えられながら、船室から外に出ると、外ではまるで滝のような雨が甲板を叩くように降り注いでいた。甲板の上には水がたまり、まるで生き物のようにうねる波が甲板の上にも上がってきている。

 雨と風が強すぎて目を開けていることもできず、ソフィアは腕で顔をかばう。

 これでは、どうやって船から降りたらいいのかわからない。支えがなければ、風と波に体を持っていかれそうだ。

 こんな嵐が続けば、カラナの言う通りカイザルーズ町が海に沈んでもおかしくないかもしれない。


「早く龍神様のところに行かないと!」

「ばか! 今、動いたら……!」


 シリルの腕からマラナが飛び出した時、船のマストが鈍い音を立てた。

 ソフィアは顔をかばいながら薄く目を開き、ハッと息を呑んだ。


(マストが、倒れる……!)


 風に耐えきれなくなったのだろう。中ほどのところで折れたマストが、海に向かって倒れそうになっていて――


「だめ、マラナ! そっちは危ない!」


 マラナが飛び出した先に向かって傾くマストを見て、ソフィアはランドールの腕を振り払って駆けだした。

 その瞬間、大きな波が船を叩き、大きく傾いて。


「ソフィア!」


 ランドールが叫んで腕を伸ばすが、その手はソフィアに届かず宙を切った。

 悲鳴を上げる間もなく、ソフィアの体は甲板を叩いた波にさらわれて海に投げ出される。

 ランドールは傾いて滑る甲板の上を這うようにして駆けていくと、迷うことなく海に飛び込んだ。


「ランドール!」


 シリルが船の手すりにしがみついて海を覗き込むが、高い波の中で二人の姿を見つけることもできない。

 そのシリルの脇をすり抜けて、アザラシの皮を手に掴んだマラナが海に飛び込んでいき――

 やがて、嵐は嘘のようにおさまった。




     ☆




 誰かに呼ばれた気がして、ソフィアはゆっくりと目を開けた。

 全身がひどく重たく、頭が痛い。

どうやらソフィアは砂浜にいるらしい。

海に落ちてからの記憶がないが、砂浜に打ち上げられたのだろうか?

 ぼんやりとした視界に、こちらを覗き込んでいるランドールの顔が映った。ランドールはひどく泣きそうな表情をしていて、彼のこんな表情ははじめて見るなと、まだはっきりしない思考でそんなことを考える。


「ラン、ドー……ル?」


 ソフィアがかすれた声で名前を呼べば、抱き起されて、ぎゅうっとその腕に抱きしめられた。


「よかった。今度は、間に合った……」


 今度は、とはどういうことだろう。

 わからないけれど、ランドールの腕は震えていて、ソフィアはたまらなく泣きたくなった。

 どうしてだろう、この腕の中にいると、心臓がぎゅっと苦しくなる。

 ランドールに抱きしめられたまま海の方を見やれば、先ほどの嵐が嘘のように、清々しいほどに青い空が広がっていた。

 マラナが、間に合ったのだろう。


(よかった……)


 無事に海に帰れて――、大好きな龍神のもとに帰れて、本当によかった。

 ソフィア、とランドールがかすれた声で名前を呼ぶ。

 いつもきっちりと身だしなみを整えているランドールの顔は、海水と砂でぐちゃぐちゃだ。だが、こんな彼も、悪くない。

 静かに見返すと、ランドールが手を伸ばして、ソフィアの頬を撫でる。

 くすぐったくて目を細めた瞬間、ランドールの顔が近づいて、唇に何か温かいものが触れた。

 キスされたと認識したときには唇は離れたあとで、ソフィアは頭の中が真っ白になってランドールの顔を見つめる。

 ソフィアが見つめすぎたからだろうか、ランドールの顔が真っ赤に染まった。


(どう、して……?)


 ソフィアは真っ白になった頭で必死に彼の行動の理由を考えるが、何も思いつかない。

 だが、一つだけわかっていることは、彼のキスが決して嫌ではなかったということだ。

 ソフィアは戸惑い、そっと胸の上を押さえる。

 ソフィアはダルターノが好きなのだ。なのにランドールのキスが嫌ではなかった。それどころか、切ないほどに胸が苦しくて、なぜだか泣きそうになる。


(わたし――)


 ダルターノが好きなはずなのに。

 ランドールに感じるこの気持ちは、なんだろう。






「あーあ。惚れ薬ってのも大したことねぇもんだな」


 少し離れたところでソフィアたちの様子を見ていたダルターノは、ぽりぽりと頬をかいた。

 マラナの件も片付いたし、ソフィアを取り返される前に攫って行こうと思っていたのだが、あんなものを見せつけられたのではさすがに手が出せない。

 ダルターノはやれやれと肩を落として、くるりと踵を返した。


「結構マジだったのになぁ」


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