悪役令嬢と小さな違和感 1
ラッカは難しい表情で腕を組んだ。
ラッカの目の前にはシリルとダルターノ、ランドールの姿がある。
ダルターノは現在、オペラ俳優マッキールの変装を解き、海賊ダルターノの姿だった。
「……つまり、このカイザルーズの町が嵐で沈む危険性があり、それは龍神の仕業で、それを防ぐには奪われたセルキーのアザラシの皮を探さなくてはいけない、ということですか? そんな荒唐無稽な話を信じろと?」
シリルに呼び出され、唐突に説明を受けたラッカが信じられないのも無理はない。さらには目の前には追いかけ続けてきた海賊の姿があり、シリルは彼が協力者だという。サラドーラの海軍の所属であるラッカには容認しがたいところである。
「僕はそこの海賊を捕らえるのが任務です。その僕に、海賊と協力しろと、そう言っているのですか?」
シリルは肩をすくめた。
「ダルターノはもうただの海賊ではないからね、君たちが捕らえることはできないかな」
「どういうことです?」
ラッカは眉を寄せた。
ダルターノは心の中で(相変わらず悪知恵の働く男だな)と、感心していいやらあきれていいやらわからずにこっそり息を吐き、昨夜のことを思い出した。
「正式なものの発行には時間がかかるけどね、仮発行できたぞ」
そう言ってシリルから投げてよこされたのは、くるくると丸められた一枚の羊皮紙だった。製紙技術が発達してからあまり使われなくなった羊皮紙であるが、国の重要書類や何かの許可証などにはいまだに使われている。
ダルターノが麻紐でくくられた羊皮紙を開くと、それはヴェルフントの義賊――合法海賊の許可証だった。ヴェルフント国の発行する義賊の許可が下りれば、海賊業に関しての一部の規制もつけられるが、規制さえ守れば国が背後につくため、ヴェルフントからはもちろん他国からも捕らえることができなくなる。その代わりヴェルフント国からの要請があった時は、海軍に近い立場で国のために働かなくてはならない。いわば国営ではなく私営の海軍といったところだ。
もともとダルターノはこの許可証がほしかった。そのためにシリルの偽の恋人探しを引き受けたほどだ。
ダルターノはほかの海賊のように、貿易船などを襲って積み荷を奪ったりしない。基本的に、どこかに隠されている財宝を探し当てたり、たまにいちゃもんをつけてくる海賊を黙らせるようなことはしているが、血を好むような性格ではないしため、無駄な争いはしたくない。
血なまぐさいことを好むほかの海賊と同類に扱われて追いかけまわされるのは我慢ならず、合法的に略奪行為を行いたいと常々思っていたのである。
「正式なものは国王のサインなどが必要だから後日になるが、それがあればサラドーラの海軍に追いかけられる必要もないだろう?」
「これはまた、太っ腹なこった」
ダルターノはソフィアを攫った時点で義賊の許可証についてはあきらめていた。だが、今回マラナのアザラシの皮を探すこと――ひいては、カイザルーズの町を守ることに協力するかわりに、義賊の許可証を発行してくれるらしい。
(……つっても、ソフィアをまた攫って逃げたらお訪ねもんだろうけどな)
カイザルーズの町に来てしまったがために見つかってしまったが、ダルターノはまだソフィアをあきらめたわけではない。用が終わった暁には、好きを見てかっさらっていこうと考えているので、せっかく手に入れたこの許可証も取り上げられることになるだろう。
許可証は少々惜しいが、それよりもソフィアの方がほしい。だからまあ、仕方ない。
マラナのアザラシの皮を盗んで隠したディルバ子爵。彼は複数の船を所有していて、港に停泊中の船もあれば海に出ているものもある。それらの中もしらみつぶしに探すのであれば海賊であるダルターノが動くしかない。
「いいぜ。約束だからな。協力してやるよ」
シリルに頼まれなくとも、もともとソフィアがマラナの姉であるカラナから話を聞いて何とかしたいと言い出したのだから、ダルターノには異論はない。
どうせなら宝石やドレスをねだってほしいものだが、ソフィアはそんなものをねだるよりも、人助けをねだるのだから、困った女だ。
ダルターノは羊皮紙をくるくると巻きなおすと、交渉成立だとシリルと握手を交わした。
ダルターノに義賊の許可証が発行されたと聞かされたラッカは歯噛みした。
ダルターノが広げて見せた許可証は仮とはいえ正式にシリルのサインも入っており、さらにはヴェルフントの王子であるシリルの口から直接言われたとあっては疑いようもない。
「そこの海賊は、我が国の商業船を次々と襲い積み荷を奪っているんですよ? そんな海賊に義賊の許可証など……」
「おい、人聞きの悪いこと言うな」
突然の濡れ衣に、ダルターノは眉をひそめた。
ラッカはじろりとダルターノを睨みつける。
「しらじらしい!」
「身に覚えがねぇんだから当たり前だろ!」
「冗談も休み休み言ってください。あなたが船を襲って積み荷を奪ったという証言は――」
「ラッカ、少し待ってくれ」
それまで黙って聞いていたランドールは、怪訝そうな表情を浮かべて口をはさんだ。
ラッカは最近アルト海で暴れている海賊を追いかけていると言っていた。それがダルターノであるとも。アルト海ではサラドーラの商業船が次々に襲われて積み荷を奪われているそうで、海軍である彼としては、その犯人であるダルターノを追いかけるのは当然だろう。
だが――
「少し気になっていたんだ。ラッカ、君はサラドーラの船を襲っているのがダルターノだと言ったが、どうしてダルターノだと特定できたんだ? 海賊はほかにもいるだろう」
「それは襲われた商業船の乗組員たちから聞いたんです。船を襲った海賊は、海賊ダルターノと名乗ったと」
「馬鹿なことを言うな!」
ダルターノが憤って立ち上がる。
ランドールはダルターノを見上げてから、続けた。
「ダルターノはつい最近まで王都にいた。それ以前は海賊船ではない別の船。商業船が次々と襲われているというが、ダルターノはここのところアルト海を離れていたはずだ。それなのにどうしてダルターノがこの海に現れる?」
「それは……」
「それから、サラドーラの商業船が次々と狙われているというが、アルト海にはほかにもヴェルフントの商業船も多い。だが、どうやらヴェルフントの船には被害がないそうだ。もしダルターノが本当に商業船を狙ったとして、サラドーラの船だけを襲う理由は?」
ラッカは押し黙った。
ダルターノが「だから俺はやってない」と言いながら、ソファに座りなおす。
「ヴォルティオ公爵は、ダルターノではないと?」
「この状況では、そう考える方が自然だろう? ダルターノの名前を騙る誰か、と考えたほうがしっくりくる」
「海賊が別の海賊の名前を騙って何か徳があるんですか?」
「……海賊でなければ?」
ランドールが言うと、ラッカが目を見開いた。
シリルが腕を組んで大きく頷く。
「なるほど。海賊のふりをして船を襲う、か」
「見つけ出してぶっとばしてやる」
ダルターノがちっと舌打ちする。
ランドールはちらりとシリルを見て、そしてラッカに言った。
「信じる信じないは君の勝手だが、俺たちはなにより龍神の怒りを鎮めることを優先しなくてはいけない。そのためにはダルターノが必要だ。君がそこの義賊の許可証を見てもなおダルターノを捕らえると言うのならば、こちらとしても強硬手段に出ざるを得ないところだが……」
ラッカは大きく息を吐き出して、降参するように両手を上げた。
「わかりました。僕としても、ヴェルフント国とグラストーナ国を敵に回したくはありません。ダルターノが海で何をしようとも、手出しをしないように海軍には伝えておきます」
「助かる」
「ついでに、サラドーラの海軍の船も貸してもらえると嬉しいところだけどね」
シリルがにっこりと微笑むと、ラッカが途端に渋面になった。
サラドーラの王女カーネリアがグラストーナの王女ソフィアに惚れ薬を盛った。その件で、この王子はどこまでラッカをゆすれば気がすむのだろうか。
「……わかりました」
ラッカはがっくりと肩を落とした。




