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悪役令嬢とカラナの妹 3

 ランドールの予想通り、マナラはカラナの妹のセルキーだった。

 まさかこんなにも簡単にカラナの妹が見つかったことに驚いたが、見つかったからと言って問題が解決するわけでもない。

 マナラによると、彼女のアザラシの皮は予想通りディルバ子爵に奪われてしまったらしい。

 マナラは、月のきれいな夜にカイザルーズの町の海岸で散歩をするのが好きで、よく訪れていたらしい。そんなある日、ディルバ子爵に見つかり、岩場の陰に隠していたアザラシの皮を奪われて隠されてしまったというのだ。

 アザラシの皮を奪い返さないことにはマナラは海には帰れないが、ディルバ子爵が素直に返すはずもなく、彼からそれを取り返すのは容易ではないだろう。


「ディルバ子爵の結婚を俺が知らなかったわけだ。セルキーを無理やり妻にしたなんて言えるはずがないからな。この様子じゃ、公爵たちも知らないだろう」


 シリルが顔をしかめる。

 マナラは両手で顔を覆うとわっと泣き出した。アザラシの皮を奪われたセルキーの涙は結晶化せず、指の間を伝って、彼女が横になっているベッドの上に落ちていく。


「海に帰りたい……」


 もちろん、ソフィアもマナラを海に返してあげたかった。怒り狂った龍神の嵐も恐ろしいが、何より好きでもない男に無理やり妻にされてしまった彼女が可哀そうだ。


「アザラシの皮をどこに隠しているのか、探すしかないわね」

「うん。でも、一緒に暮らしていたマナラも知らないなら、家の中にはないのかもしれないわ」

「一理あるな。ディルバ子爵は小心者だからな。簡単に取り返されるようなところに隠したりはしないだろう。ダルターノ、お前なら宝探しは得意だろ? 見つけてこい」

「簡単言ってくれるぜ」


 ダルターノが肩をすくめると、シリルがにやりと笑った。


「見つけられたら縛り首は勘弁してやる」

「……それ、マジで言ってたのかよ」

「当然だ。一国の王女を攫って無事ですむと思っていたのか?」


 飄々と言うシリルに、ソフィアは本気なのか冗談なのかがわからなくてハラハラしたが、ダルターノは意外とけろりとしている。


「自由に調べさせてくれるっつーなら、やってもいいぜ? もちろん、俺の仲間も含めて」

「……海賊で町を荒らすつもりか?」

「荒らしやしねぇよ。ただ。自由にっつたっろ? この町にはちょっと邪魔なやつらがうろうろしてるみてぇだし、そのあたりを何とかするならやってもいい」

「サラドーラの海軍か」

「ご明察」


 シリルはくしゃりと髪をかき上げる。


「いいだろう。ただし少し時間をくれ」

「あんまり待てねぇぞ?」

「一日あればなんとかなる」

「わかった」


 いったいどうするつもりなのだろう。

 ソフィアは気になったが、隣に座るダルターノが大丈夫だというように微笑むので、信じて黙っていることにする。

 思いがけずランドールたちに見つかってしまったが、これはこれで不幸中の幸いというやつだろうか。

 何としても、龍神の怒りが爆発する前にマナラを海に返さなくては。

 ソフィアは不安そうなマナラを振り向いて、彼女を安心させるように微笑んだ。






 マナラの部屋から出た後、ソフィアはランドールに連れられて彼の部屋のバルコニーにやってきた。

 いつの間にか日が沈みはじめていて、真っ赤な炎のような色をした太陽が、徐々に水平線の向こうに吸い込まれようとしている。

 ダルターノは仲間に連絡を取りに行くと言って出かけて行った。おいていかれる心配はしていなかったが、やはりちょっと寂しい。

 バルコニーの手すりに腕をついて、ダルターノはもう海に出て仲間のところまで行ったのだろうかと考えていると、ランドールがふいに拳を突き出してきて驚いた。

 ソフィアの目の前でランドールが拳を開くと、中から赤いサンゴの髪飾りがあらわれる。花のように削り出された可愛らしい髪飾りだ。


「……くれるの?」

「ああ。この町で買った。他にも買ったが、それが一番お前に似合いそうだ」


 ソフィアは驚いた、ランドールから何かをプレゼントされたのはこれがはじめてだ。

 おずおずと受け取ると、ソフィアの手の中で赤いサンゴが光を反射してつやつやと光る。

 ソフィアは迷った末に髪飾りを髪につけると、ランドールを仰ぎ見る。


「似合う?」

「……ああ」


 ランドールが微笑みながら頷いたので、ソフィアは再び驚いた。


(どうしちゃったのかしら、ランドール……)


 ソフィアの記憶の中のランドールは、常に不機嫌で、仏頂面で、ソフィアに優しく微笑みかけたりなんてしない。

 まさか、何か変なものを食べたのではないだろうか?

 それで体調が悪いとか?

 そんなことを疑いたくなるほど、目の前にいるランドールは「異常」だった。


「少しずれている」


 ランドールがそう言ってソフィアの髪に手を伸ばして、髪飾りの位置を直してくれる。

 ありがとうと小声で礼を言って、ソフィアはうつむいた。

 顔が熱い。

 あたりが夕焼けで照らされていて助かったかもしれない。なぜならソフィアの顔は今、真っ赤になっているかもしれないから。


「ほかに欲しいものがあれば言え」

「あ、うん。大丈夫、かな……」

「そうか」


 変だ。おかしい。おかしすぎるだろう。だって、ランドールが優しい。そして、ソフィアもおかしかった。どうしてランドール相手にこんなにドキドキしているのだろう。ソフィアが好きなのはダルターノで、ランドールとは離婚を考えていたはずなのに。


「ソフィア」


 ランドールに手を握られて、ソフィアがびっくりして顔を上げると、夕日に照らされた彼の顔は真剣な表情を浮かべていた


「ソフィア、絶対に元に戻してやるから」

「マナラのことね。そうね、海に戻してあげないと」

「そうじゃない」


 てっきりマナラのことを言っているのかと思って頷いたのに、ランドールはソフィアの手を握る手に力を込めて、首を横に振る。

 どういうことだろうかと思ったが結局答えは教えてくれず、手も放してくれないので、ソフィアはしばらくランドールと手をつないで海を眺めた。


(……変なランドール)


 ソフィアのことが大嫌いなランドール。『グラストーナの雪』の本来のヒロインであるキーラを大切にして、いつもソフィアのことを偽物の王女だと言っていた彼は、いったいどこにいったのだろうか。まるで別人のようだ。


(手、大きいなぁ……)


 ソフィアとつながれたランドールの大きな手。大きくて、温かくて、ちょっとごつごつしている。

 ソフィアはランドールと別れて、大好きなダルターノと一緒に生きていきたいはずなのに――、どうしてだろう。つながれたこの手を放したくなくて、ソフィアはきゅっと、ランドールの手を握り返した。




     ☆




 深い深い海の底――

 海底の遺跡をねぐらにしているセルキーたちは、皆怯えたような表情を浮かべていた。


「まだマラナは海に戻れないのか!」


 セルキーたちの長老がヒレで遺跡の壁を叩く。

 遺跡の遥か下のあたりからは、まるで地響きのような振動と音が絶えず響いていて、龍神の怒りが日に日に大きくなっているのが伝わってくる。


「大丈夫、大丈夫です……! きっとあの子は戻ってきます」


 カラナはアザラシのつぶらな黒い瞳で海面を見上げた。

 大丈夫。きっとっ戻ってくる。カラナには祈ることしかできないが、あの島で知り合った人間の少女が、探してきてくれると約束してくれた。

 だから、それを信じて待つのだ。それしか、できないから。


(お願い、間に合って……!)


 カラナは今にも遺跡が壊れてしまいそうなほどの地響きを聞きながら、今日もまた、祈るために、水晶の欠片を持っていつもの島へと向かったのだった。


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