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悪役令嬢とセルキーの秘密 4

あけましておめでとうございます!

本年が皆様にとって幸多き年でありますように!

 三日目も、やはりアザラシはやって来た。

 ソフィアは木の陰に隠れて泉の様子をうかがっていると、アザラシは昨日と一昨日と同じように泉の岸に向かって、人の姿に変わると、その岸辺で歌い出した。

 歌い終わると水晶の欠片を泉に投げ入れる。

 そして、昨日と一昨日と同じようにアザラシの姿に戻って海に帰るのかと思ったが、今日は様子が違った。


「そこに誰かいるんでしょ? 昨日も一昨日もそこで見ていたのを知っているわ」


 女がソフィアが隠れている木のあたりを振り返った。

 ソフィアは驚いて、出て行こうかどうしようか迷ったが、このまま隠れているのも気まずい。木の陰から小さく顔をのぞかせると、女がくすりと笑った。


「やっぱり。この島に海賊が住み着いているのは知っていたけど、女の子がいるのは知らなかったわ。こっちにいらっしゃいよ。ちょっとお話したい気分なの」


 女は二十歳前後だろうと思われた。ソフィアが泉に近づくと、女は足先だけ泉につけて、岸辺に座った。


「あなたお名前は? わたしはカラナって言うのよ」

「カラナさん? わたしはソフィアです」

「ソフィア! 素敵ね。あなたのその髪も、とっても素敵」

「カラナさんの髪も素敵ですよ。金色と青が混ざったような」

「あらそう? ちょっと海藻みたいでいやだったんだけど、そう言われると悪い気はしないわね」


 カラナは笑いながら素足の足で水をばしゃんと跳ね上げる。

 ソフィアはどこからどう見ても人に見えるカラナの姿を見て、迷った末に訊ねてみることにした。


「カラナさんは、その、人ですか? アザラシ?」

「そうね、両方とも言えるし、違うとも言えるわね」


 カラナは細い指で泉の底を指さした。散らばる水晶たちに交じって、黒い、何か布のようなものが沈んでいるのをソフィアは見つけた。


「わたしはね、セルキーよ。陸に上がるときはそこのアザラシの皮を脱いで人の姿になるの。海に戻るときは皮をかぶってアザラシになるのよ」

「セルキー!」


 まさかとは思ったが、本当にセルキーだったとは。

 ソフィアは驚いて、それから不思議に思った。


「その、そんな秘密を気安く言ってもいいんですか?」

「いいのよ。あなた女の子だもの。男だったら絶対に教えないけど、女の子だったらいいわ」

「男の人には駄目なんですか?」

「当たり前じゃない! 人間の男になんて教えたら、アザラシの皮を奪われて無理やり妻にされちゃうもの! わたしの妹だって……」


 カラナは長いまつげを揺らして目を伏せる。見る見るうちにその双眸には涙が盛り上がり、やがてぽろりと零れ落ちた。零れ落ちた涙は泉の中に吸い込まれて、そして、涙型の青い石になって泉の底に転がった。


(……うそ)


 ソフィアは驚愕した。涙が落ちた場所に現れた青い石。これはセルキーの涙だ。セルキーの涙というのは宝石に対するただの呼び名ではなく、本当にセルキーの涙だったのだ。

 ソフィアがじっと泉の底に視線を向けていると、涙を拭いたカラナは泉からセルキーの涙を拾い上げた。


「ああ、人間はこれが好きなようね。わたしたちにとって、ただの涙の結晶なんだけど」

「涙の結晶?」

「そう。悲しい涙は青い石になるの。嬉しい涙は真珠になるのよ」


 カラナはソフィアの手にセルキーの涙を乗せた。


「悲しい涙……。つまり、さっき言いかけた妹さんに、何かあったんですか?」


 カラナは頷いて、涙をこらえるように空を仰いだ。


「妹はね、半年前にある男にアザラシの皮を盗まれてしまったの。さっきも言ったけど、わたしたちセルキーの女は男に皮を取られると、その男の妻――、その男の言いなりになってしまうの。皮がないと海にも帰れないし。皮を取り返さない限り、死ぬまで陸で男の言いなりになって過ごさないといけないのよ」

「そんなことが……」


 ソフィアは驚いた。まるで羽衣伝説の天女のようだ。


「アザラシの皮は取り返せないんですか?」

「それがどうやら、妹のアザラシの皮を奪った男は、誰にもわからないところにそれを隠してしまったようなの。どれだけ頼んでも返してくれないって妹が泣いていたわ。アザラシの皮がないと海の中に入ることすらできなくなるの。海水につかってしまうと、泳ぐことができないのはもちろんのこと、高熱が出てしまうのよ」

「そんな……」


 ほかに方法はないのだろうか。それではカラナの妹があまりに可哀そうだ。

 カラナは水中の水晶を一つ拾い上げた。


「だからこうして祈りをささげていたの。あの子が無事に海に帰れますようにって。あの子のこともすごく心配だけど、このままだったら大変なことになってしまうもの」

「大変なこと?」


 カラナは一つ頷いて、それから声を落とした。


「わたしの妹はね、本当は海に住む龍神様の三番目の花嫁になる予定だったのよ。それなのに人間なんかに奪われてしまって、龍神様はひどくお怒りだわ。だから……」


 このままだとひどい嵐が起こって、妹を攫った男のいる町が海に飲み込まれてしまうわ――。

 カラナが小声で告げ、唇をきゅっとかみしめる。

 ソフィアは息を呑んで、大きく目を見開いた。


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