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悪役令嬢とセルキーの秘密 3

 夕方になってシリルが戻ってきた。

 女はまだ目を覚まさず、熱も下がらないために医師を呼んだが、意識がないために薬の処方しかできなかった。何かあったら再び呼ぶようにと言って医師は去った。

 帰ってきたシリルに女のことを告げると、仕方がないから体調がよくなるまで面倒を見るしかないという意見で一致した。


「ラッカから報告は?」

「まだなにも」

「……こっちも船を出せれば楽なんだがな」


 シリルは息を吐き出した。

 どうやらシリルは、ディルバ子爵に船と人員を貸してほしいと頼んだらしい。けれども、海賊船を探すと告げると、ディルバ子爵は顔色を変えて、協力できないと言い出したそうだ。海賊には関わりたくないらしい。


「あのデブ、図体はでかいくせに心臓はノミみたいに小さい男だ」


 シリルが悪態をつく。

 ディルバ子爵は年齢こそシリルと大差はないが、腹が太鼓のように丸く、見た目だけで言うなら十は年上に見えるような老け顔の男だった。


「かといって、父上に連絡して船を出せとも言いづらい。相手が海賊などとわかればそれこそ大臣たちが大騒ぎだ。できれば伏せておきたいな」


 さすがに海賊に偽物の恋人探しを頼んだというのがばれるのは非常にまずいのである。王はともかくとして、臣下たちがどれだけ大騒ぎをするかわかったものではない。ソフィアのことに責任を感じているというのも本当だが、こういった背景もあり、なんとしてでもソフィアを連れ帰りたいのである。海賊に連れ去らわれたあげくに、その海賊がシリルが仕事を頼んだ男だったなどと知られては、外交問題のみならず、国内のシリルの立場も非常に危うい。


「仕方ない。明日にでもラッカをせっついてみるか」


 内海と言ってもアルト海は広い。この中から小さな一艘の海賊船を探すのは大変だろう。けれども、悠長に待ってもいられないのである。のんびりしていてダルターノたちがアルト海から外に出てしまったら、それこそ目も当てられない。

 ダルターノが狙っていると推測しているセルキーの涙も、どのあたりに密集して落ちているのかという情報は得られなかった。セルキーの涙は、もっぱら、漁師たちが魚を上げる網にかかって上がることが多いという。あとは、水深のそれほど深くないあたりで潜って探すそうだが、滅多に見つからないから希少性が高いのだと宝石商が言っていた。

 つまり、もしもダルターノがセルキーの涙が密集している場所を見つけたのならば、もっと沖の、それこそ、人が潜って探すのが困難なほど深いあたりであろうと考えられる。が、そうはいっても、水深の深い場所はいくらでもあるのだ。結局、絞り込むことができないのでなかなか見つからない。


「話し中悪いんですけど、彼女が目を覚ましましたよ」


 答えの出ない問題にシリルたちが頭を悩ましていると、オリオンが呼びに来た。

 女を寝かしている部屋に向かうと、寝たままの女が顔を動かしてこちらを見た。顔色は悪いが、意識ははっきりしているようだ。

 ヨハネスが女将から消化のいいものと薬を飲むための水を受け取って、ベッドサイドのテーブルに置く。


「食べられそうなら食べたほうがいいですよ」


 ヨハネスがそっとポリッジの入った皿を差し出すと、女はおずおずとそれを受け取った。

 ゆっくりと一口ずつポリッジを口に運ぶ様子を見る限り、食欲はあるようだ。女がポリッジをすべて食べ終えて、薬を飲み終えるのを見計らってランドールは訊ねた。


「それで、君の名前は?」

「マナラ、です。ええと、その、助けて頂いてようで、ありがとうございました」


 最初に目を覚ました時とは違い、戸惑った様子もなくしっかりとした口調でマナラは言った。


「それで、どこの人かな? 体調が落ち着いたら送り届けるのはもちろんだけど、きっと家族が心配していると思うから先に遣いを出すよ?」


 シリルが微笑みながら訊けば、マナラはサッと顔色を変えた。


「い、いやです。帰りたくありません!」

「帰りたくない?」

「家には――、あの男のところには帰りたくありません!」


 どうやら同居人は男らしい。


「しかし、心配しているだろう?」

「いやったら嫌です! いやなのっ」

(海に帰りたいと言ったり、家には帰りたくないと言ったり、いったい何なんだ?)


 ひどく興奮した様子のマナラは、とうとう泣き出してしまって、ランドールたちは困惑する。

 オリオンがマナラをなだめてようやく落ち着かせたが、やはり「帰りたくない」の一点張りでどこに住んでいるのか口を割ろうとしない。

 帰りたくないと言われても、かといっていつまでも面倒を見るわけにもいかない。体調が戻るまでの間くらいなら問題ないが、ランドールたちも目的があってここにいるのであって、彼女に付き合っている暇はないのである。

 だが、これほど拒否反応を示すのだ。強引に聞き出そうとして熱がさらに上がってしまうのもまずい。意識が戻っただけで、彼女の体調は万全ではないのだから。


「しばらくわたしが一緒にいます」


 オリオンがそう申し出て、ランドールたちは部屋から出ていくことにした。

 本当はどうして海の中に入ったのかということも訊きたかったが、訊いたところで話してくれそうもない。


(妙なものを拾ってしまった……)


 見てしまったからにはあのままにはしておけなかったが、自ら面倒ごとをしょい込んでしまったことに後悔が禁じ得ない。


「とりあえず、この町の自警団にマナラの情報だけ届けておこう。同居人の男が彼女を探しているのなら、そのうち名乗りを上げるだろう」


 シリルがそう言ったのでランドールは頷いた。帰りたくないというマナラには悪いが、ランドールたちはそうするよりほかはない。

 しかし、あれほどまでに拒まれる男はいったいどんな男だろう。

 ランドールはふとソフィアに「離婚」と言われたことを思い出してしまって、胸の上をそっと押さえた。


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