悪役令嬢とセルキーの秘密 2
ダルターノの船を発見したら報告するとラッカが言うので、ランドールたちは報告があるまで待機ということになった。
ただぼんやりT宿で待機しているのは落ち着かず、ランドールは毎日のように海を見に海岸へ向かった。この海のどこかにソフィアがいると思うと、すぐに迎えに行けないことがやるせない。
日差しを反射する波が寄せては返して、それが立てる音が寂寥感を伴って胸に落ちる。
ランドールは真っ白い砂浜に腰を下ろした。
もし――
ダルターノがセルキーの涙を狙っているという読みが外れて、すでにアルト海から外海に出てしまっていたらどうだろう。
ソフィアはもう二度と取り返せないのではなかろうか。
形式的な結婚だけをして、何もしてやれないまま――、これまでのことを謝ることもできないままに手の届かない遠くへ行ってしまったら。
ランドールはぞっとして、砂を強く握りしめた。サンゴが堆積した細かい砂を握りしめても、指が埋もれてしまうだけで、ランドールは砂から手を引き上げると、ついた砂を払って立ち上がる。
ただ待っていることしかできないからだろうか、思考が悪い方にばかり傾いてしまう。
(宿に戻るか)
いつまでもここにいては、そろそろ昼食だとヨハネスが探しに来るだろう。ヨハネスもかなり心労がたたっているから、これ以上迷惑はかけたくない。
しかし、踵を返しかけたランドールはふと足を止めた。
海岸に一人の女を見つけたからだ。
金に青を落としたような不思議な髪の色をした女だった。
女はゆっくりと海に向かって歩いていくと、服が濡れるのもかまわず海の中に入っていく。
ランドールははっとした。
「おい!」
まさか、自殺をするつもりではなかろうか?
女が胸の下の深さまで海の中を進んでいくのを見たランドールは駆け出した。
透明度が高いから気づきにくいが、この海はある一定のところまで行くと一気に水深が深くなるのだ。
案の定、ランドールの見ている前で女の体は頭のてっぺんまでとぷんと海に沈んでしまった。
ランドールは焦って海に飛び込むと、女を助け上げて岸に戻る。女はぐったりとしていたが、わずかに聞こえる呼吸音にランドールはほっとした。
意識のない女を前にランドールは途方に暮れた。このまま砂浜に寝かせておくわけにもいかないだろう。ランドールは逡巡したが、やむなく女を宿に連れて帰ることにした。
女を抱えて戻ると、全身びしょ濡れのランドールが、同じくびしょ濡れの意識のない女性を連れて戻ったことにヨハネスは仰天した。
「旦那様、こちらは……」
「わけは後で話すから、オリオンを呼んで着替えさせてやってくれ。俺は水を浴びてくる」
「それでしたら湯を用意してもらうよう女将に頼んできますから少々お待ちください」
ヨハネスはオリオンを呼んで、その足で女将のところまで向かった。
しばらくして浴槽に湯が張られると、ランドールが入っている間にオリオンが女の体をふいて服を着替えさせる。
女の肌は驚くほど白く、そしてひどく華奢だった。
女はランドールが風呂から上がってもまだ目を覚まさなかった。ランドールたちは彼女が目を覚ますまで昼食をとることにして食堂へ向かう。
「それで旦那様、あの方は?」
「自殺するつもりだったのかどうかはわからないが、目の前で海に入り溺れたようだったから助けたが、あのとおり意識がなかったので連れて帰っただけだ。あのまま砂浜においておくわけにもいかないだろう。ところで、シリル王子は?」
「シリル殿下でしたら、ディルバ子爵に呼ばれてお出かけになられましたよ」
「ディルバ子爵?」
「ええ。なんでも、このあたりの地域の領主である公爵のご子息だそうで。公爵様は王都にいらっしゃるそうですが、半年ほど前からこの町にディルバ子爵がお住まいとのことで、シリル様にご挨拶がしたいとお屋敷にお招きに」
「なるほど」
王子となるといろいろ大変そうだ。ランドールも王の甥としてそれなりに忙しい身ではあるが、王子ほどではない。といっても、従弟――グラストーナの第一王子は、遊んでばかりであまり政務にいそしむ様子ではないが。まだ十八だが、そろそろ考えてくれないと困ると国王が漏らしていたのを思い出して、同じ王子でも違うものだとやるせない気持ちを覚える。まあもっとも、シリルもシリルで、カーネリアとの婚約を回避するために嘘の恋人を仕立て上げたりするなど、無茶なことをしていたが。そのせいでソフィアが巻き込まれたのだから、手放しにシリルを褒める気にもなれなかった。
「では昼食は子爵のところで?」
「そうお伺いしております。夜には戻られるそうですよ」
「わかった」
ランドールたちが昼食を終えて部屋に戻ると、女が目を覚ましていた。ベッドに上体を起こした女は、サファイアのようなきれいな青い瞳を不安げに揺らして、ランドールたちを見やった。
「ここ、は……」
「俺たちが泊っている宿だ。海で溺れて意識がなかったから連れてきた。気分は?」
ランドールが話しかけると、女は突然顔を覆って泣き出した。
何かまずいことでも言ってしまったのかとランドールは狼狽えたが、どうやらそうではなかったらしい。
女は嗚咽を漏らしながら、「海に帰りたい」と言った。
どういうことだろうかと首をひねっていると、女は突然ぱたりとベッドに倒れこんだ。
オリオンが慌てて駆け寄ると、すでに女の意識はなく、気を失っているようだった。
「すごい熱です」
オリオンが女に触れて眉を寄せる。
ヨハネスが頷いて、女将に額を冷やすものをもらいに向かった。
女は荒い息を繰り返して、時折苦しそうにうめき声をあげる。そのうめき声の中にも「海に帰りたい」という言葉が混じっていて、ランドールは首をひねった。
「海に帰るとは、どういうことだ……?」
少なくともここは港町。帰るも何も、海はすぐそこだ。これ以上どこへ帰りたいというのだろう。
ランドールはこのまま熱が下がらないようであれば医師を呼ぶことにして、ひとまず後のことはオリオンに任せて部屋を出て行った。




