悪役令嬢とセルキーの秘密 1
翌日から、ダルターノたちは「セルキーの涙」を取りに出かけるようになった。
なんでも、セルキーの涙が非常にたくさんまとまって存在している海中遺跡を見つけたらしい。
場所はわかっているが、深いところにある海中遺跡からセルキーの涙を引き上げるのは容易ではないらしく、数日から、長ければ数週間かかるだろうとダルターノが言っていた。
ダルターノたちが海に出かけている間、ソフィアは彼らが根城にしている孤島でお留守番である。
ダルターノに洞窟の近くについて案内してもらったので、待っている間、自生している木の実やフルーツを採取したり、温水が涌いている泉で泳いだりしてすごしているので退屈はしていない。
特に温水が湧き出している泉は面白かった。それほど広いわけではないが、深いところはどこに底があるのかもわからないほど深い。ダルターノからは危ないから潜らないようにと注意されていた。
この温水が湧き出している泉の浅瀬のあたりに、小指ほどの大きさの水晶がたくさん転がっているのだ。
もっと高価なものをたくさん持っているダルターノたちはこの水晶に興味を示さなかったが、ソフィアにとっては十分面白くて、拾い集めているうちに泉の岸には水晶の山ができてしまった。
山になった水晶をどうするかは決めていないが、光を反射してきらきらと輝くその山はまるで宝石箱のようで、見ているだけでも満足できる。
そうしてダルターノたちが返ってくるまでの暇をつぶしていたある日のことだった。
いつものように泉に向かったソフィアは、泉の中に何か黒っぽいものを見つけて足を止めた。最初は泉に木が浮かんでいるのかと思ったが、それは泉の中央から岸に向かって動いている。
(……アザラシ?)
それはアザラシのようだった。
近づくと逃げるかもしれないので、ソフィアが木の陰に隠れて様子をうかがっていると、アザラシは岸にたどり着き、そして――
(え!?)
ソフィアは思わず声を上げそうになって手のひらで口を押えた。
アザラシは岸に上がると、驚くべきことに人の姿に変わったのだ。
それは金色に青を混ぜたような不思議な色の髪をした女性だった。
彼女は岸辺に立って短い歌を口ずさむと、手に持っていた小さな水晶のかけらを泉に投げ入れる。そして再び泉の中に入ると、アザラシに姿を変えて、泉の底へと潜っていった。
ソフィアは今見た光景が信じられなくてしばらく立ち尽くしていたが、やがて女性のいたあたりに向かうと、泉の中を覗き込む。
(……この水晶たちって全部、もしかしてあの人が投げ入れたものだったのかしら?)
水中できらきらと輝く水晶たち。もしも意味があって彼女が投げ入れているのならば、拾い上げてしまったのは悪かったかもしれない。
ソフィアは岸に山にしていた水晶を泉の中に戻すことにした。少しずつ泉の中に投げ入れていると、泉の中に水晶とは違う別の何かが落ちているのを見つけた。
拾い上げて見ると、それは深い青色をした涙型の石だった。
気になったソフィアは、それを拾い上げると、ダルターノたちが暮らしている洞窟に持って帰ることにした。
「セルキーの涙じゃないか」
海から戻ってきたダルターノに拾った青い石を見せると、ダルターノはそう断じた。
「セルキーの涙って、ダルターノたちが毎日拾いに行っているもの?」
「ああ。これをどこで?」
「泉に落ちていたのよ。見つけられたのは一つだけだったけど」
「へえ。あの泉、そこがどこまで続いているのかと思ったが、もしかしたら海まで続いているのかね」
「海から投げれついてきたってこと?」
「わかんねぇけど、もしかしたらな」
ダルターノはセルキーの涙をソフィアに返した。
「お前が見つけたんだ、お前が持ってな」
「いいの?」
「いいも何も、お前が拾ったんならお前のもんだろ」
そういうものなのだろうか? しかしダルターノが持っていろと言うので、ソフィアは素直にそれをポケットに入れた。あとで寝泊まりしている船の船長室の棚の中にでも入れておこう。
「それで、ダルターノたちはセルキーの涙をたくさん集めてどうするの?」
「売る」
「売っちゃうの?」
「ああ。石のまま持ってても腹の足しにならねぇからな。売って金に換えておくんだ」
確かに宝石のまま持っておくより金貨に変えておく方が、使いやすくて便利だろう。少しもったいないような気もするが、ダルターノによれば宝石の価値はその時その時で変動するらしく、セルキーの涙は現在ものずごい高値で取引されるらしい。市場の流通量が増えたり、今よりも多くの贋作が出回るようになってくると価値は一気に下がるらしいので、今が売り時なのだそうだ。
「そんなことより飯にしようぜ。上等な肉を仕入れてきたからな!」
ダルターノが言うと、海賊たちがわっと沸いて、洞窟の中でバーベキュー大会がはじまった。
ソフィアはダルターノが取り分けてくれた肉を食べながら、バーベキュー大会がはじまってしまったので、セルキーの涙のことは伝えたけれど、あの不思議なアザラシのことを伝えそびれてしまったが、もう会うことはないだろうからと忘れることにした。
ところが次の日、ソフィアが泉に向かうと昨日と同じようにアザラシがやってきた。アザラシは岸で人の姿に変わると、短い歌を歌って、泉に水晶を投げ入れては去っていく。
アザラシがいなくなったあと、ソフィアは泉の中を覗き込み――、そして、一つのセルキーの涙を発見した。
「またあった……」
これはただの偶然なのだろうか?
セルキーと言えば、スコットランドに伝わる神話に出てくる神様の一人だ。神話によるとセルキーは海中で暮らしているときはアザラシの姿をしていて、陸に上がるとアザラシの皮を脱いで人の姿に変わる。この世界ではセルキーは妖精ということになっていて、実在するのかも含めてその存在は謎に包まれているが、さきほどソフィアが見たものは、もしかしてセルキーではなかったのだろうか?
ソフィアはセルキーの涙を握り締めて、アザラシが潜って消えたあたりを、しばらくの間見つめ続けたのだった。




