悪役令嬢と海賊 2
「どうしてダルターノがソフィアを連れ去るんだ?」
ダルターノがシリルに宛てた伝言を読みながら、ランドールは首をひねった。
これを読んでシリルはダルターノがソフィアを連れ去ったと断じたが、ランドールにはどうも腑に落ちない。
ランドールの中で、ダルターノは亡国フェルドラードの王族であるという認識である。その亡国の王族が、ソフィアに何の用事があるというのだろう。
「それは……」
シリルは言いにくそうに言葉を濁したが、ランドールの問いに答えをくれたのは意外な人物だった。
「ダルターノが海賊だからですよ」
ラッカだった。ランドールが驚いて振り返ると、ラッカの表情は、今までのふわふわと頼りなさそうな笑顔ではなく、何かを思案するような難しい顔をしていた。
「海賊?」
「ええ。といっても、わかっているのは『ダルターノ』という名前のみで、ずっと正体不明、神出鬼没の海賊でしたけどね。ソフィア様を連れ去ったとなれば、あなた方の言うダルターノが海賊ダルターノである可能性が高いのではないですか?」
「どうしてお前がそんなことを知っているんだ?」
ランドールはますます不審に思った。ただのしがない画家の卵が知っている情報ではないだろう。まさか彼はダルターノを捕まえて彼の絵でも描こうとしていたのだろうか。そんな馬鹿な。
ラッカは微苦笑を浮かべて、ポケットから金色に輝く小さなバッジを取り出した。船の帆と天に登ろうとしている龍の描かれているそのバッジを、ランドールは見たことがあった。
そう、それは、サラドーラ国の海軍の襟章だ。
「黙っていてすみません。実は僕、ダルターノの足取りを追って潜入捜査をしていた海軍の人間なんです。ダルターノの船をアルト海で見かけたという目撃情報を追ってこの町に来たのですが、もしそれが本当なら、連れ去られたソフィア様もこのあたりにいるのでは……」
「なるほど海軍か。それならば納得だ。……仕方ない。隠しておけないだろうから言うが、ダルターノは間違いなく海賊ダルターノ本人だ。ちょっと前に知り合う機会があってね、実は彼には仕事を頼んだ。一部ヴォルティオ公爵には伝えたが、カーネリアとの婚約を阻止するために恋人役になってくれる女性を探してもらっていたんだ。報酬は金貨と、それからヴェルフントの発行する合法海賊――義賊の許可証だ」
「つまり、ダルターノはその報酬を受け取る代わりにソフィアを攫ったと」
「攫ったというか、おそらく今の彼女は自分の意志でついて行っただろうが、そういうことになるだろうと推測する」
「だが、なぜ……」
「それを推測するのは簡単だ。ただ気に入ったんだろう」
シリルは額を押さえて息を吐いた。
「海賊の考えていることはわからないが、ダルターノの考えならなんとなくわかる。ただ単にソフィアがほしくなった。だから連れ去った。あいつはそういう男だ」
「ふざけている!」
「ところがダルターノは大真面目だろう。あいつには俺やヴォルティオ公爵に義理立てしてのんびり城で待っている理由がない。なぜならあいつの仕事は、俺のもとにソフィアを連れていた瞬間に終わっていたからだ。ここまで付き合っていたのは単なるあいつの気まぐれにすぎないだろう。……今となっては、新しく仕事の契約と報酬を用意しなかったことが悔やまれるな」
ランドールは茫然とした。つまりソフィアは海賊に攫われて海のどこかに連れ去られた可能性があるということだ。もしも遠くに行かれたら追跡すらかなわないかもしれない。
部屋の中に重たい空気が満ちて少ししたとき、オリオンがゆっくりと口を開いた。
「ラッカさんはさっき、ダルターノの船をこのあたりで見かけたという目撃情報があったと言いましたよね。つまり、ダルターノはこのあたりで狙いたい何かがあるんではないですか? そして、このあたりの近海にあるものと言えば――」
「……まさか、セルキーの涙?」
オリオンは頷く。さすがに言えないから黙っていたが、ダルターノルートでは、彼がセルキーの涙が大量に沈んでいる場所を突き止め、それを狙いにこのあたりに出没したという情報が出てくる。ダルターノルートだと、ストーリーの進行上セルキーの涙は不要なので詳細までは語られなかったが、うまくすれば、ダルターノの足取りを追うことで、ソフィアを取り返しつつセルキーの涙を入手できるという一石二鳥の結果が狙える。
「可能性はあるかもしれませんね」
ラッカが頷いた。
「ダルターノはほかの船からの略奪よりも、そういったどこかに眠る財宝を狙うことが多い海賊です。このあたりで一番価値のありそうなものと言えば、おっしゃるとおりセルキーの涙です」
「つまり、セルキーの涙を探していればダルターノに行きつくと?」
「そうです。そしてその逆も然りですかね」
「なるほど。どこにあるのかわからないセルキーの涙を闇雲に探すよりも、ダルターノの船を探したほうが効率がいいな」
シリルはラッカに視線を向けた。
「サラドーラの海軍所属と言ったな。協力してくれないか。俺たちはダルターノの顔を知っている。情報提供はできるはずだ」
ラッカは眉をひそめた。
「しかし、これは任務ですし、僕の独断では……」
「なるほど。ではこれでどうだろう。君の国の第二王女殿下がソフィアに惚れ薬という奇妙なものを盛ってくれてね? 俺たちは解毒薬を手に入れるためにここに来たわけだが――、つまり、カーネリア王女のせいで俺たちは城をあける羽目になって、その隙にソフィアは攫われてしまった。このあたりの責任は、貴国ではどのように取ってくれるのだろう?」
シリルはにっこりと極上の笑みを浮かべていたが、これは間違いなく脅しだった。協力しないなら責任を問うぞと言っているのである。もしも責任を問われて、ソフィアがダルターノによって手の届かないところへ連れ去られた場合――、サラドーラはそれなりの代償を支払うことになるのである。王女が勝手にやったことではすまされない。
ラッカはしばらく思案するように視線を落として、やがて肩をすくめた。
「わかりました。ダルターノの追跡の責任者は僕ですし、この件に関してはご協力を惜しみません」
一応上層部へは連絡だけさせてもらいますと言って、ラッカは立ち上がると、困ったような表情で一礼して部屋を出て行った。




