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悪役令嬢と海賊 1

 カイザルーズの町はイグアスの町から馬車で一日半ほどのところにある。

 サンゴの死骸が堆積した白い砂浜と透明度の高いエメラルドグリーンの海は観光地としても有名で、ソフィアが時間が許せば行きたいと言っていた観光地リストにもあったことを思い出したランドールは少し切なくなった。

 景観を意識しているのか、町の中は白壁に赤い屋根の家々ばかりが建ち並ぶ。

 セルキーの涙を入手しようにも、組合が作られているので無断で海に潜って探せばいいというものでもなく、このあたりの交渉はシリルがつけてくれるとのことだった。

 白い石で曲線的な模様が描かれている道を歩きながら、ランドールは道沿いに軒を連ねている店を見て回る。

 シリルが交渉している間、ランドールは特にすることがなく、店を見て回ることにしたのだ。

 ソフィアを連れてきてやれなかった詫びというわけではないが、彼女に似合いそうなものがあれば買って帰ろうと思う。けれども、ろくに女性に贈り物をしたことのないランドールは、何を買ったらいいのかいまいちピンとこなかった。

 というより、「ソフィアに似合いそうなもの」がありすぎて、選ぶことができない。しかし彼女の好みもわからないので、ソフィアが好きそうなものという観点から選ぶこともできない。


(ソフィアの金色の髪にあの赤サンゴ髪飾りは似合うだろうな。そこの真珠でもいいが)


 ランドールはふと目についた店の前で足を止めた。店主に乗せられるままに、サンゴの髪飾りとイヤリングを買って、また違う店にふらりと移る。

 ランドール自身にもどうしてこんなに買い物をしているのかわからないというほどに、次から次へと買いあさっていると、ふと三軒先の店に知った顔を見つけて瞠目した。

 ぼさぼさ頭のあの男は間違いない、アリーナが雇って、カサルスの町で別れた画家の卵のラッカだった。グラストーナに帰ったはずの彼がどうしてこんなところにいるのだろう。

 ランドールが近づくと、ラッカも気がついたようで、目を見開いた。


「ヴォルティオ公爵様! どうしてこんなところに?」

「それはこちらのセリフだ。グラストーナに帰ったはずのお前がどうしてここにいる?」

「ええっと、ちょっと野暮用がありまして。……それで、そのぅ、ソフィア様は見つかったんですか?」


 ランドールは迷ったが、ソフィアが惚れ薬を飲まされたことを除いて、彼女がアザルースにあるヴェルフントの城にいることを簡単に説明した。

 するとラッカはわずかに眉を寄せた。


「そう……、ですか。……まさかとは思ったけど、じゃああれはもしかして……」


 ラッカが難しい顔をしてぶつぶつとつぶやきはじめて、ランドールは首をひねる。そのときだった。


「旦那様――!」


 宿で荷物を片付けていたはずのヨハネスが、息せききってこちらに向かって走ってきた。

 ランドールが振り返ると、肩で息をしながら、途切れ途切れに、


「さ、さきほど、城から、遣いの方がやってこられましてっ、き、緊急の用件だと……」

「緊急の?」

「はい、なんでも、お、奥様のことだとか」

「ソフィアの?」


 ソフィアに何かあったのだろうか?

 ランドールは息を呑んだ。






 どういうわけかラッカもついてくると言うので、ランドールはラッカとともに、城からの使者が待つ宿に向かった。

 宿にはすでにオリオンとシリルがそろっていた。

 城からの使者は二人だったが、どちらも顔色が悪く、しきりに額の汗をぬぐっている。


「ソフィアに何かあったのか?」


 ランドールが訊ねると、使者は互いに顔を見合わせて、それから年上だろうと思われる丸顔の男がおずおずと口を開いた。


「そ、それが……、ソフィア様ですが、そのぅ、なんと言えばいいのか……」


 丸顔の男は、ランドールとシリルの顔を見てはうつむき、また顔を上げるを繰り返して、やがて観念したように息を吐きながら告げた。


「それが、ソフィア様なのですが……、先日のことです、突然、忽然といなくなられまして……」

「なに!?」

「いなくなった!?」

「ちょっとそれどういうこと!?」


 シリルとランドールとオリオンはほぼ同時に男に詰め寄った。

 丸顔の男は額の汗をぬぐいながら、肘で隣に座るもう一人の使いの男をつつく。

 もう一人のトンボの目のような眼鏡をかけた男はおろおろしながら後を引き継いだ。


「申し訳ございません。詳細についてはまだわかっていないのですが、ソフィア様と、それから、ダルターノ様のお二人の姿がどこにもなく……。陛下からヴォルティオ公爵閣下及び、殿下へ至急報告せよと命を受けて急いだ次第でして……」


 つまり、この二人はソフィアとダルターノがいなくなった事実は知っているが、それ以外は何も知らないようである。


「それで、捜索は?」

「もちろん全力をあげて行っております。あとそれから、意味のあるものかどうかはわかりませんが、ダルターノ様の部屋にこちらが。殿下に宛てたもののようですが……」


 眼鏡をかけた男が二つ折りにされた一枚の紙を差し出して、シリルは怪訝そうにそれを受け取ると中身に目を走らせる。


「……あいつ」


 すべて読み終えたシリルは、ぐしゃりと紙を握りつぶした。


「お前たちはもういい、陛下にはこちらはこちらでソフィアを探すと伝えてくれ」


 シリルはそう言って使者の二人を部屋から追い出すと、前髪をかき上げて大きく息を吐き出した。


「十中八九、ソフィアはダルターノが連れ去ったので間違いなさそうだ」


 シリルは握りつぶした紙をテーブルの上に投げる。

 ランドールがそれを開いて見たところ、紙にはこう書かれていた。


 ――例の件の報酬だが、金貨よりも価値のあるもんを見つけたんで、それをいただくことにするぜ。


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