悪役令嬢の解毒薬 4
「つまりあんたたちは、惚れ薬の解毒薬がほしくてお母さんを尋ねてきたのね?」
フィリアは人数分の木製のカップに、真っ赤な色をした茶を注ぎながら言った。
毒々しいほどに赤いその茶に警戒していると、フィリアは視線で警戒されていることに気がついたのか訊ねもしないのに「ローズヒップよ。美容にいいのよ」と告げる、
十歳で美容を気にするとは、本当にませた子供である。
オリオンは酸味のあるその茶を口に入れて、確かにローズヒップだと思ったが、男性二人は口にあわなかったらしい。一口飲んでやめてしまった。
「惚れ薬の解毒薬の作り方なら、あたしも知ってるわよ」
「なんだって?」
「君が?」
「あんた十歳でしょ?」
「うるさいわよ、そこのぺちゃぱい男女!」
「なんですって!?」
オリオンが腰を浮かせそうになると、シリルが「まあまあ」と肩を叩く。フィリアの機嫌を損ねて解毒薬が手に入らなかったら大変だろう――、と耳打ちされて、オリオンはちっと舌打ちした。
「じゃあ、フィリアにお願いしたら作ってくれるんかな?」
シリルが極上の微笑みとともに訊ねれば、フィリアは顔を真っ赤に染めて、
「う、うん。シリルの頼みなら聞いてあげてもいいわよ」
「本当?」
「うん。でも……、解毒薬を作りには専用の材料がいるの。ここにはないわ」
オリオンはここに来るまでに採取した白い花と光るキノコ、そして二股に分かれたどんぐりをテーブルの上においた。
フィリアは目を丸くした。
「男女、どうしてこれを持ってるの?」
「来るときに見つけたの。これで足りる?」
フィリアはキラキラした目でそれらを見つめたあとで、ゆっくりと首を横に振った。
「だめ、一つ足りないわ」
「嘘! そんなはず――」
オリオンは反論しかけてハッとした。そうだった。解毒薬の材料はもう一つあった。すっかり忘れていたが、それはキーラが身に着けていたサファイアのイヤリング――
「……セルキーの涙」
オリオンがつぶやくと、フィリアはびっくりしたように立ち上がった。
「なんで知ってるの?」
「まあ、ちょっとね」
まさかゲームで知ったとは言えないので、オリオンは適当にごまかして、それかR考え込んだ。
セルキーの涙と呼ばれるサファイアは、ヴェルフントの北の内海アルト海でとれるサファイアで、その名前の由来は、海の底から採取されることにある。
採取と言っても、海の底を掘るわけではなく、海底に稀に転がっているのだ。透明度が高く、まるで涙のような涙型をしているものが多いため、ヴェルフントに伝わるおとぎ話に出てくる妖精セルキーが流した涙ではないか。そう言われるようになって「セルキーの涙」と呼ばれるようになった。実際に、そのサファイアがどこからきて、どうして涙型をしているのかも不明なため、地質学者たちの中には本当に妖精の涙かもしれないと言い出す人もいるほどである。
ちなみに、ごく稀に発見されるサファイアのため、希少性が高く、市場にはほとんど流通していない。流通していても、十個中一個ほどしか本物がないと言われるほどに偽物が横行していて、それが本物であるのかどうかは鑑定士でも判断が難しいと言われていた。
「……海に潜って取ってくるしかないの?」
ここにキーラはいない。もちろん、彼女のイヤリングもない。偽物が広く出回っている「セルキーの涙」の本物を探し当てるのは困難だ。そうなると、海に潜って探すしかなくなるが、それもなかなか難易度が高い。
「あんたが本物を見極められる審美眼を持ってるって言うなら、宝石商に行けば?」
ふふんと馬鹿にしたように鼻で笑われて、オリオンは眉を跳ね上げた。
「それがあれば、薬は作れるんだな?」
ランドールが静かに訊ねると、フィリアは頷く。
「大丈夫よ。材料さえそろえばそんなに難しい薬じゃないから、あたしでも作れるわ!」
フィリアのこの自信をどこまで信用していいのかはわからないが、マーブルがいない以上彼女に頼るしかない。
「……アルト海にほど近い町と言ったら、カイザルーズだな」
イグアスの町から北に抜けたところにある港町カイザルーズ。採掘したセルキーの涙だけではなく、真珠の加工も盛んで、それを目当てに訪れる観光客や、買い付けの宝石商の出入りなども多い、活気ある港町であったが、数年前からアルト海に海賊が増えて漁に出た船が襲われるなどの被害も多く出ている。
海賊が町を襲った例はまだ出ていないが、そのあたり一帯の領地を治める領主からは、治安の悪化を懸念する声が上がっていた。
「仕方ない。とにかくカイザルーズへ向かうぞ。セルキーの涙が手に入らないことにはどうしようもないんだろう」
「そうですね」
ここは解毒薬を手に入れることができるとわかっただけでも収穫だと考えるべきだろう。
オリオンたちはフィリアにひとまず別れを告げて、日が暮れる前に来た道を戻ることにした。




