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悪役令嬢の解毒薬 3

 イオネスの町から馬車に乗って、マゼラン山脈の麓の森の手前までおよそ四時間半。

 高い山々の連なるマゼラン山脈は、一番高いところになると山頂は一年を通して解けることのない万年雪に覆われている。

 麓に広がる森は鬱蒼としていて、北寄りのあたりは坑道が彫られているが、イオネス町の町長が警告した東寄りのあたりは手つかずのまま残されていた。

 森の中は、木々が密集しているため足場が悪く薄暗い。さすがに御年六十を数えようかというヨハネスに人が足を踏み入れたこともなさそうなほど入り組んだ森の中を歩かせるわけにもいかないので、馬車の中で待っていてもらうことにした。


「たぶん、この奥のはずですけど……」


 蛇のように這う木々の根に注意しながら進み、オリオンは森の奥を指さす。

 ゲームではもちろん自分の足を使って歩かないから、正直、方角があっているのか自信はない。

 迷ってしまったときに来た道がわからなくならないよう、木に目印をつけながら進んでいると、しばらくして開けたところに出た。ぽっかりと、そこだけ穴が開いているように木々がなくの背丈の短い草が広がる中に、無数の白い小さな花が咲いている。

 オリオンはほっとして、足元に咲く白い花を摘んで半仮にくるむとポケットに入れた。


(ゲーム通りかどうかはわからないけどね)


 ゲームのストーリー通りであれば、この花はマーブルがキーラに言った無理難題の一つだ。魔女の作る薬に使う、このあたり一帯にしか咲かない花で、しかも咲く時間が非常に限られる。マーブルは見た目も咲く場所も告げずに、この花を見つけてこいとキーラに言うのである。


(あとは、光るキノコと、二股に分かれたどんぐりよね)


 この二つのありかも、オリオンはもちろん知っている。このままマーブルの家があるだろう奥に向かいながら二つとも回収していこう。

 シリルとランドールは、オリオンが花を摘んだりキノコを採取したり、どんぐりを探したりするさまを奇妙な顔をして見ていたが、特に何も言わなかった。

 オリオンが本来ゲームの中でキーラが吹っかけられる無理難題の材料三つすべてを入手して、しばらく歩いていくと、小さな滝を見つけた。


「この滝の近くです」


 オリオンは方角があっていたことにほっとしつつ、滝のある場所を超えてさらに奥へと進む。

 すると、鬱蒼としていた森が嘘のように途切れて、小さな畑と、その奥にログハウスのような小さな家が見えた。


「本当にこんなところに人が住んでいたのか……」


 シリルが目を丸くして、カボチャの蔦の這う畑を見やる。オレンジ色をした大きなカボチャが三つほど収穫の日を待っていた。

 オリオンたちが畑の間を縫って家に近づくと、まるで来訪を知っていたかのように、オリオンたちの目の前で自動的に扉が開いた。


「あんたたち、何の用なの」


 扉の奥に立っていたのは、ネジのようにくるくるした黒髪を高いところでツインテールにした十歳ほどの女の子だった。


「……え?」


 オリオンは思わず目を点にした。

 魔女マーブルは妙齢の女性だったはずだ。それなのにどうしてこんな子供が現れるのだろう。


「オリオン、この子供がお前の言う魔女か?」


 ランドールが訝しそうに訊ねてきたのでオリオンは首を横に振った。


「ち、違うはずです。たぶん」


 まさか、ゲームストーリーが変わってマーブルは子供になってしまったのだろうか? 茫然としていると、子供は両手を腰に手を当てて、ぺったんこの胸を張った。


「あんたたち、お母さんに用があるの?」

「お母さん? 君はマーブルの娘なのかな?」

「そうよ! フィリアって言うの!」


 フィリアは答えて、それから急にもじもじしはじめた。ちらちらとシリルの顔を見上げては、ぽっと頬を染める。


「い、イケメンのお兄ちゃんの名前は……?」

「俺? 俺はシリルだよ」

「そっちのお兄ちゃんは?」

「ランドールだが」

「わたしはオリオ――」

「あんたはいいわ」


 フィリアが打って変わって人を小馬鹿にしたような表情を浮かべる。


(クソガキ)


 オリオンの額にぴきっと青筋が立ったが、ここで文句を言ってフィリアの機嫌を損ねるとマーブルの居場所を聞き出せなくなりそうだ。オリオンは心の中で「クソガキ、マセガキ」と罵りながら、ひきつった笑みを浮かべた。


「それでフィリア、お母さんはどこにいるのかな?」


 しかしフィリアはつーんと顎をそらして答えない。

 イラっとして思わず声を荒げそうになったオリオンの肩を、シリルがぽんぽんと叩いた。

 シリルはフィリアと目線が合うように腰をかがめると、にっこりと微笑んだ。


「フィリア、俺たちはお母さんに用があるんだけど、いつ頃帰ってきそうかな?」


 フィリアは頬を染めて、もじもじとスカートをいじった。


「どうかしら? お母さん、気まぐれだから。一か月後か半年後か一年後かそれより先か……、いつ頃戻ってくるのか、あたしにもわかんないわ」

「え? その間、君みたいな小さな子が一人でお留守番しているのか?」

「失礼ね! あたしはもう十歳! 立派なおとなよ! お留守番なんてなんてことないわ! それに一人じゃなくてお友達も一緒だもの。ロジャーって言うのよ! ロジャー!」


 フィリアが家の中に向かって呼びかけると、一匹の太った黒猫がのそりとやってくる。ロジャーはトパーズ色の瞳でじっとオリオンたちを見上げて、ナアゥと小さく鳴いた。

 どうやらフィリアはこの黒猫と二人きりでお留守番をしているらしい。


「そうか、君はもう立派なレディなんだね。これは失礼した。でも、ロジャーと二人きりではなにかと大変ではないか?」

「うーん。でも、大丈夫よ! 『でかせぎ』に行っているお兄ちゃんもときどき帰ってきてくれるから! 最近の世の中は『せちがらく』て、昔みたいに魔女の薬はあんまり売れないんですって。だから、だましやすそうな人を見つけて高値で『ふっかけて』くるわってお母さんが!」

「そ、そうなの。それは大変だね」

「うん。だからいい『かも』を見つけて大金を手に入れるまで、お母さん帰らないんだって!」

(マーブル、娘になんて言葉を教えてるの)


 あきれたのはオリオンだけではないようで、シリルもランドールも何とも言えない表情を浮かべている。

 フィリアはくるりと踵を返した。


「立ち話もなんだから中に入れば? お茶くらいは出してあげられるわよ」


 オリオンはちょこちょこと小さな歩幅で奥へと進んでいくフィリアを見つめながら、本当にませた子供だと嘆息した。


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