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悪役令嬢の解毒薬 2

 ランドールは汽車の窓外を見やりながら、ソフィアが行きたいと言っていた観光地を思い出していた。

 本当ならば今頃、彼女とともにヴェルフントの観光地を回っているはずだった。

 新婚旅行へ行けと伯父に言われたときは正直面倒だと思ったが、ソフィアが楽しそうに観光したい場所について語っているのを見た時、新婚旅行に行くことにしてよかったと思ったのに――、それがまさか、こんなことになるとは思いもよらなかった。


(魔女、マーブルか……)


 オリオンの言う通り、本当にマゼラン山脈の麓の森に、マーブルがいるのだろうか?

 いたとしても、怪しげな惚れ薬なるものの解毒薬を作ることができるのだろうか?

 もし――、解毒薬ができなければ、ソフィアは一生このままなのだろうか。

 離婚という言葉を口にしたソフィアの顔を思い出す。惚れ薬の影響だとはわかっているが――、それがさも当然のことのように笑顔で告げたソフィア。あの言葉は、本当に「惚れ薬」に惑わされただけの言葉だろうか? そこに、欠片ほどの彼女の本心も入ってはいなかっただろうか?

 彼女が離婚を選ぶ理由を、ランドールはいくらでも思いつくことができる。なぜならランドールは、彼女に対して夫らしいことを何一つしたことがないからだ。キーラにひどい態度をとるソフィアに腹を立てて、冷たく当たってばかりだった。

 ランドール自身が、実際にソフィアがキーラにつらく当たっている場面を目撃したわけではないというのに。


(もしかしたら……、違うのかもしれない)


 思い返してみる限り、ソフィアが人に対して傲慢であったことも、辛辣であったことも、わがままであったことさえも、ない。

 キーラは昔から天使のように愛らしい自慢の従妹だったが、少々思い込みの激しいところがあって――、もし、これまで聞かされたことがすべてがキーラの思い込みによるものであったならば――

 ランドールは青くなった。

 もしキーラの言っていたことすべてが間違っていたならば、ランドールはソフィア自身身に覚えのないことで彼女を責め続けていたことになる。

 もちろん、まだ真実が何かなんてわからない。

 カイルの言う通り、ソフィアに向き合おうとしてこなかったランドールには、答えを導き出せるだけの情報がない。

 ランドールは窓に顔を向けたまま瞑目した。


「傲慢なのはソフィアじゃない。……俺の方だ」


 惚れ薬の解毒薬を入手できたとして――、正気に戻ったソフィアは喜んでくれるだろうか?

 いっそダルターノを好きなままの方がよかったと、ランドールを恨まないだろうか。

 ランドールに――、やり直すチャンスは、あるのだろうか。





 終着駅イオネスは炭鉱で栄えている町である。

 近年急速に発展を見せている鉄道産業のおかげで、炭鉱堀の仕事のためにほかの町から移住してくる人も多く、急激に人口が増えたためか、ずいぶんとごった返しているような印象のある町だ。

 それでも、汽車の終着駅のあるあたりはきれいに整えられていて、大きな広場や大きな宿もあり、様相だけは洒落た雰囲気を醸し出していた。

 少し行けば細い路地に密集した住居の並ぶ住宅街になるが、汽車を降りるほとんどの人間がこの後は近くの観光地か、サラドーラへ向かうために休憩する程度で、駅周辺にしか用がない。そのため、住宅街がどれほど密集してようと、道が整えられてなかろうと、イオネスの町に住む住民の利便性を除けばさほど問題にはならなかった。

 ランドールたちも駅の近くに宿を取ったが、第一王子シリルが来ているとどこかから聞きつけてきたのか、そこへ町長がやってきた。

 シリルがマゼラン山脈の麓の森に用があると告げると、町長は途端に眉をひそめた。


「殿下、そのあたりはあまりお勧めいたしません」

「どうして?」

「いえ、実は、わたくしどももそのあたりに坑道を掘ろうとしていたんですがね、向かった男どもが次々と奇妙な病気にかかりまして、これは何かの祟りではないかとやめたんですよ。山の神の怒りに触れて火山が爆発などしてはたまったものではありませんからねぇ」

「奇妙な病気?」

「ええ。見られる症状はまちまちなんですがね、例えば皮膚がやけどを負ったようにただれたり、次々に髪の毛が抜け落ちたり、そうそう、女房に逃げられたって男も」

「………」


 妻に逃げられるのは病でも何でもないだろう。

 シリルは内心で唖然としながらも、話の分かる王子を装って、心配そうな表情で頷いて見せた。


「それは気の毒に」

「そうなのですよ! 女房に逃げられた男はそれはそれは落ち込んで、寝込んでしまいましてね」


 いや、だから妻に逃げられたのは関係ないだろう。シリルはやれやれと肩を落とした。このまま相槌を打っていては、いつまで「妻に捨てられた男の話」を聞かされるかわかったものではない。

 シリルは適当なところで話の腰を折って町長を追い返し、息を吐いた。

 神の祟りとやらは信じていないが、何かありそうなのは確かである。


(一応、用心だけはしておくか)


 シリルはいまだかつて「魔女」と呼ばれる存在に会ったことはないが、怪しげな惚れ薬を作るような輩である。変わっている女に決まっている。そんな女が住んでいるのだ、何があってもおかしくない。


(カーネリアめ……、本当にろくでもないことをしてくれたものだ)


 偶然にもカーネリアはソフィアを気に入ったから惚れ薬はソフィアに使われたが、それは本来シリルに使う予定のものであったのだろう。

 シリルはぞっとして、思わず自分の腕をさすった。


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