エピローグ
頭がぼーっとする。
まるで酩酊したかのように思考がまとまらない。
目の前がまるでモノクロ写真を見ているかのように単調な色彩になって――、ダルターノの姿を目にした途端、それが極彩色の絵画のように華やかになった。
ドクン、と大きく脈が打つ。
血が沸騰しそうなほどに熱くなって、周囲の音が一瞬途絶えた。
「好き」
気がつけば、磁石のようにダルターノに吸い寄せられて、腕を伸ばして抱きついていた。
わからない。
わからないけれど――
(ダルターノが好き――)
そう、自分はダルターノが好き。
ソフィアはそれしか考えられなかった。
☆
「おい、これはどうなっているんだ!」
声をあげたのはシリルだった。
ソフィアはしっかりとダルターノに抱きついて、抱きつかれたダルターノは手を宙に浮かせたまま硬直してしまっている。
ランドールも唖然として、頬を染めてダルターノに抱きつくソフィアに視線を向けていた。
カーネリアは――
「ああっ、違いますのよマルゲリータちゃん! どうしてそっちを見ちゃいましたのっ! サーラ!」
「……無駄です、カーネリア様。一度発動したらどうすることもできません。ですが、肉親にはきかないはずの薬ですのに、おかしいですね」
「もしかして失敗作をつかまされましたの?」
カーネリアは両手で顔を覆った。
ダルターノはようやくハッとして、ソフィアに抱きつかれたまま腕を伸ばして、彼女のティーカップの横におかれている銀のスプーンをつかんでシリルの方に放る。受け取ったシリルは、銀のスプーンが黒く変色しているのを見て顔色を変えた。
「まさか――、毒か!」
腰を浮かせたシリルに、カーネリアは両手で顔を覆ったまま首を横に振った。
「違いますわ! わたくしがどうしてマルゲリータちゃんに毒を盛りますの」
「ではなんだ! あきらかに様子がおかしいだろう!」
シリルはすっかり「王子様」の仮面を脱ぎ捨てていた。慌てすぎて、演じている余裕もない。けれども、誰もが混乱していたおかげか、誰もその様子に疑問を持たないようだった。
カーネリアは顔をあげて、観念したように息を吐いた。
「……惚れ薬ですわ」
「「「――は?」」」
シリルとランドール、それからソフィアにしっかりと抱きつかれているダルターノの目が点になった。
「ですから、惚れ薬ですの」
「惚れ薬? そんなもの実在――いや、それよりも! どうしてそんなものを飲ました!」
「それは――、マルゲリータちゃんにヴォルティオ公爵様を好きになっていただこうと……」
カーネリアのたくらみはこうだった。
シリルを奪われたソフィアが悲しみに暮れる姿は見たくない。けれどもシリルも譲れない。考えた末、カーネリアはソフィアに新たな恋人を作ってあげればいいのだという結論に至った。ソフィアは新しい恋人と幸せになれて、カーネリアは失恋したシリルを自分のものにしてしまえばいい。名案だ。それで実行に移したらしいのだが――
「はあ、うまくいくと思いましたのに……」
「「ふざけるな!」」
当事者であるシリルと、危うく妻に惚れ薬で惚れられるという意味のわからない状況に陥ることになっていたランドールが声を荒げた。
ダルターノはソフィアが離れないので、仕方なく彼女を膝の上に抱き上げて椅子に座る。
ソフィアは猫の子供のようにダルターノにすり寄ってきて――、いい香りがするし可愛いし、うん、悪い気はしない。
「惚れ薬の効果はいつ消えるんだ!」
「えっと、それは……」
カーネリアは明後日の方を向いて、わざとらしく「あら、ちょうちょ」などと言い出した。額に青筋を浮かべたシリルが怒鳴りそうになっていると、侍女のサーラが申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ございません。この惚れ薬の効果は……、死ぬまで、解けません」
「なんだって!?」
ランドールはダルターノに抱きついたままのソフィアを見た。ふわふわと幸せそうに笑って、夫以外の男にすり寄る妻の姿。シリルの恋人だと聞かされた時も茫然としたが、今度はダルターノのことを好きになって、その効果は一生続く?
ランドールはぎゅっと拳を握りしめて、四阿のテーブルを殴りつけた。
「ふざけるな! ソフィアは俺の妻だぞ!?」
「え?」
カーネリアがきょとんとした表情をしたが、ランドールは止まらなかった。ソフィアが妻の「ソフィア」であることは、どこをどう見ても間違いないのだ。どういうわけかここにいるダルターノの妹ということになっていて、シリルの恋人に収まっているが、ソフィアはもともとランドールの妻なのである。ランドールのものだ。それを勝手に、妹にしてみたり恋人にしてみたり、果ては惚れ薬を盛るなどもってのほかである。限界だ。もう黙っていられない。
「ソフィアは俺の妻でグラストーナの第二王女だ! もう我慢できない、妻は連れて帰る! シリル王子も、ソフィアが記憶喪失だかなんだか知りませんが、もともと彼女は俺の妻です。返していただく!」
ランドールはイライラしながらダルターノからソフィアを引きはがそうとした。しかし――
「いやっ」
ソフィアは強い拒絶を示して、しっかりとダルターノにしがみついて離れない。
さすがにソフィアの細腕を力任せに引っ張るのはどうかと思われて、ランドールが途方に暮れた――そのとき。
「それ、『魔女の遺産』っていう惚れ薬ですよね」
静かな声が聞こえてきて振り返れば、オリオンの姿があった。彼女はゆっくり歩いてきながらソフィアの様子を見、ため息をつく。
「なんか嫌な予感がしたから様子を見に来たら、まさかソフィアが飲まれされていたなんて――」
「オリオン、この惚れ薬を知っているのか?」
「え? ええ、まあ。ちょっとそう言うことに詳しい友人がいまして。一生涯効果の続く惚れ薬なんて、『魔女の遺産』くらいしか思いつきませんけど、どうでしょう、カーネリア様」
カーネリアにかわって、サーラが大きく頷いた。
「はい。『魔女の遺産』です」
オリオンはソフィアのそばによると、酩酊したような彼女の顔を覗き込んだ。
「だったら、解毒薬を作れる魔女に一人、心当たりがあります」
そう。乙女ゲーム『グラストーナの雪』で、シリルが『魔女の遺産』という惚れ薬を飲まされたときに、解毒薬を入手すべく向かった魔女の家。
「わたしも直接会ったことがあるわけではありませんけど――、ヴェルフントとサラドーラの国境に連なるマゼラン山脈の麓の森に住む、マーブルという魔女になら、解毒薬を作れるはずです」
もっとも、ゲームのスタート地点よりも二年近く前の現在、彼女がそこにいる保証はないけれど――
オリオンは小さな不安を飲み込んで、前世からの親友の頭を優しく撫でた。
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さて、これにて四話目が終了となります。
カーネリアは書いていてとても楽しかったですが、登場させるといささか暴走気味になるので、本当はもっと大暴れさせてみたかったのですが物語の進行上、この程度となりました(笑)。
五話目については用意が出来ましたら、あらすじ欄にてご案内させていただきます。
♪♪♪♪♪お願い♪♪♪♪♪
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