悪役令嬢と魔女の遺産 2
シリルが部屋から出て行ったあと少しして、オリオンがやって来た。
突然やって来たオリオンにソフィアはぎくりとしたが、追い返すわけにもいかない。部屋に入りたいというので、メイドを呼んでオリオンのために紅茶を入れてもらう。オリオンはメイドが紅茶の用意をする間、ソファに座って物珍しそうに部屋の中を見渡した。
「シリル王子の恋人っていう割には物の少ない部屋ね。王子の貢ぎ物ならいろいろすごそうだと思っていたけど」
「お、お城に来たのはつい最近ですから……」
「あ、そうなの? それまでどこに?」
「リバデルの町に……」
「ふぅん。いつから?」
「ええっと……、そのあたりは実はあまり覚えていなくて……」
「へー」
オリオンはメイドが紅茶を入れて下がると、紅茶の中に砂糖を一つ落としてスプーンでかき混ぜる。
ソフィアもオリオンの向かいの席に座って、紅茶にミルクを入れた。
「で? いったい何に巻き込まれたのかしら? 胡麻化したって無駄よ。さっきシリル王子がここに入るのを見たから聞き耳を立てていたら、いろいろ聞こえちゃったのよねー」
「……はあ」
やっぱりオリオンを相手に嘘をつきとおすのは無理だった。
ソフィアはがっくしと肩を落として、仕方なくこれまでの敬意を説明する。オリオンは紅茶を飲みながらソフィアの話を聞き終えたあと、にっこりと微笑んだ。
「あー、やっぱりね! おかしいと思ったのよ。かまかけてみるもんねー」
「……どういうこと?」
「シリルがここから出ていくのは見たけど、聞き耳なんて立てるわけないじゃないのよ。ばっかねー。廊下にどれだけ使用人やら兵士がうろうろしてると思ってんの? 扉に張り付いて盗み聞きなんてしてたら怪しまれるじゃん」
「………信じられない」
ソフィアは顔を覆ってため息をついた。
オリオンはまあまあと笑いながら、茶請けに用意されているクッキーをつまむ。
オリオンにはいずればれるのは想定していたが、こうもあっさり白状させられるとは思わなかった。
「でも、妙なことになってるわねー。カーネリアまで登場してるし、かといってシリルルートとはちょっと違いそうだし」
「笑い事じゃないってば。カーネリアを何とかしないと、解放されないのよ」
「カーネリアは手ごわいわよー」
「知ってる。でも早くしないと。ランドールにばばれる前になんとか……」
「策はあるの?」
「あれば苦労しないわ」
ソフィアは肩をすくめる。
シリルも方法を考えているようだが、いい案は浮かんでいない。というか、何をしても暖簾に腕押し状態なのだから、何が効果的なのかもわからない。
「カーネリアってことはさ、あれ持ってんのかな? 惚れ薬」
「わからないけど、一応それも警戒しているわ」
「いっそシリルに惚れ薬飲ましてカーネリアとくっつけちゃえば?」
「……そんなことになれば、アリーナに殺されるわよ」
「そうだった。アリーナはシリル推しだったわ」
ソフィアとオリオンは二人そろって腕を組む。
「カーネリアにあきらめさせるにはどうしたらいいのかしらね?」
「マルゲリータちゃんにシリル様をあきらめされるためにはどうしたらいいのかしらね?」
同時刻。
カーネリアは侍女のサーラを相手に、ソフィアたちと似たようなことを相談しあっていた。
長年侍女としてそばにいるサーラは、カーネリアがどうあってもシリルをあきらめないだろうことはわかっている。けれども、シリルはそう簡単には「うん」とは言わないだろう。
「そのために、それをご用意なさったのでは?」
サーラが言えば、カーネリアは液体の入った小さな小瓶を揺らしながら、「そうなのよねぇ」と頷く。
薄ピンク色の小瓶は、カーネリアがとある筋を伝って入手した特殊な薬――、惚れ薬である。
一昔前まで、サラドーラにもヴェルフントにも、魔女と呼ばれる女性たちが存在していた。魔女と言っても、彼女たちが使うのは人知を超えた不可思議な術を使うわけではない。彼女たちはいわば、特殊な薬を扱う薬師のようなものだ。その薬には、毒もあれば良薬もあったが、特に有名だったのはカーネリアの持つ「惚れ薬」である。
魔女と呼ばれる女性が姿を消して久しいが、こうした彼女たちの遺産ともいえる薬の数々は、人知れずひっそりと残っていたりする。カーネリアの持つ惚れ薬も、探しに探し回って、ようやく入手できたものだった。
確かに、これを使えばシリルの心を手に入れるのは簡単だ。けれどもそれでは勝負にならないような気もする。カーネリアはせっかく手に入れた「妹」と好きな人を取り合うという勝負をしてみたい。はじめての姉妹喧嘩である。想像するだけでわくわくする。
けれどもサーラは、そんな悠長なことをしていたらマルゲリータにシリルを奪われるという。姉妹喧嘩はわくわくするが、シリルを取られては元も子もない。
「さすがわたくしのマルゲリータちゃんですわ。わたくしに引けを取らない美しさ……、うう、かわいいけど、でもシリル様は譲れませんのっ」
「はい。マルゲリータ様は大変お美しい方です。油断しているとカーネリア様でも足元をすくわれるかもしれません」
「困ったわ……」
カーネリアは小瓶を揺らしながら考える。
マルゲリータと好きな人を取り合うというゲームもしてみたいが、シリルも取られたくはない。かといって、この惚れ薬を使ってシリルを手に入れるのは、ちょっと簡単すぎて物足りないし、失恋して泣くマルゲリータもかわいそう。
あくまでこれは最終手段として持ってきたのであって、できれば実力でシリルを手に入れたいとも思う。なぜならカーネリアはこんなに美しいのだ。シリルの心を手に入れることは不可能ではないはず。
カーネリアは考える。
そして、いきついた答えは、カーネリアらしいぶっ飛んだ答えだった。
「そうよ! マルゲリータちゃんに別の恋人を作って差し上げればいいんだわ!」
そして、失恋したシリルをカーネリアが優しく慰めれば、シリルも彼女の魅力に気づくはず。マルゲリータも新しい恋人ができるのだから悲しくはないはずだ。
「ふふふ、わたくしって天才ですわ!」
カーネリアはくすくす笑いながら、惚れ薬の入った小瓶にキスをした。




