悪役令嬢の苦悩 4
ヴェルフント国王との謁見を済ませたあと、ランドールは中庭に向かった。
ヴェルフント国王は、ソフィア捜索のために最善を尽くすと言い、何か情報があるまでランドールたちに城に滞在する許可を与えたが、ここにいつまでもいていいものかと悩んでいる。
ここでただぼんやり待っているくらいなら、カサルスの町に戻って――、できるだけソフィアが消えた海の近くにいたほうがいいのではないか?
もしかしたらソフィアはどこか岸に流れ着いていて、ランドールを探してカサルスの町にやってくるかもしれない。
もしくは、誰かソフィアに似た人間を見たという目撃情報が入るかも。
ランドールは中庭のベンチに腰を下ろすと、きれいに整えられている薔薇のアーチを眺めて息を吐いた。
(薔薇、か。そういえば一度も贈らなかったな)
カイルがよくソフィアに薔薇をプレゼントしていたのを知っている。執事のヨハネスも、せめて温室の薔薇を切ってソフィアに渡してはどうかと言っていたが、ランドールはついぞ彼女に花を贈らなかった。
半ば、意地になっていたのもある。
どうして監視対象であるソフィアに花を贈らないといけないのかと突っぱねたこともある。
カイルに薔薇をもらったソフィアが嬉しそうに笑うから――、腹を立てたこともある。
結局、くだらない意地と矜持と、それから言い訳じみた理由で、ソフィアには一度も花を贈らなかった。いや、花だけではない。考えてみれば、ランドールが自分自身の意思を持って彼女に何かを贈ったことは、一度もなかった。
ソフィアはこんな夫に何を思っていただろうか。
ランドールは伯父である国王にソフィアと「結婚させられた」と思っていた。
しかし考えてみればソフィアも「結婚させられた」のだ。もしもランドールと結婚させられなければ、ほかにいい男がいただろう。例えばそう――、カイルとか。
ソフィアはまだ十六歳だ。ランドールと結婚していなければ、もっといい出会いがあったはずで――、こんな、まともに自分を顧みもしない夫を与えられたソフィアは、この結婚に、何を思っていたのだろうか。
キーラとソフィアの間に何があったとしても――、いつまでもそれにこだわって、キーラを泣かせたと腹を立てていたランドールは、カイルやヨハネスの言う通り、ソフィアと向き合おうとはしていなかった。
ソフィアがいなくなって後悔しても遅い。
けれども、ランドールは、ソフィアがいなくならなければ気がつけないような愚か者だった。
「ソフィア……」
ランドールが、艶やかな赤い花を咲かしている薔薇を見つめてつぶやいた時だった。
「さあさあマルゲリータちゃん! この薔薇すっごく綺麗ね! あの奥の四阿はこの薔薇がよく見えるのよ! あそこでお茶を飲みながらお喋りしましょう!」
能天気な笑い声が響いて、ランドールは眉を寄せて振り返り――大きく目を見開いた。
「ま、待ってくださいお姉様。そんなに引っ張られては転びますからー!」
亜麻色の髪をした女性に引っ張られるようにして現れたのは、ふんわりと波打つ金髪に、エメラルドのように美しい緑色の瞳をした十六歳ほどの少女で。
「ソフィア‼」
ランドールは駆け出した。
(きゃー! なんでここにランドールが!)
ソフィアは名前を呼ばれて振り返り、ランドールの姿を見つけて心臓が止まりそうになった。
まずい、まずい。これはまずい。心の準備ができていない。
(落ち着いてソフィア! いい? わたしは記憶喪失。ランドールのことは知らない。シリルの恋人で、ええっとマルゲリータはどうでもいいから……)
ソフィアが混乱している間にも、ランドールはこちらに向かった走ってきて――、ソフィアが怒られると思ってびくっとしたその瞬間、ぎゅうっときつく抱きしめられて硬直した。
「……え?」
ソフィアは背の高いランドールの胸にすぽっと抱きしめられたまま瞠目する。
(もしかしなくても、今、ランドールに抱きしめられてる……?)
これは夢ではなかろうか?
いまだかつて――、結婚前も後も、ランドールに抱きしめられた記憶はついぞない。ダンスで接近したことはあるけれど、彼との距離が近くなることなんてそのくらいだった。それなのに、これが夢でなければ、ソフィアは今、彼に抱きしめられている。
自覚した途端、ソフィアの血が沸騰しそうになった。
頭の中で混乱しているソフィアと、小躍りしているソフィアがくるくると駆け回っている。
ランドールの腕の力は強く、苦しいくらいだったが――、抱きしめられている。
(なにこれ―――!)
ソフィアは「きゃー!」と叫びたくなった。
あの堅物ランドール。ツンデレのツンが強すぎるランドールが、ソフィアを抱きしめている!
(うそでしょ? 親密度どこで上がったの! いや違う、落ち着けわたし!)
喜びたいのは山々だが、今のソフィアは「ソフィア・グラストーナ=ヴォルティオ」ではないのである。彼の妻ではなく、シリルの恋人でダルターノの妹、ソフィア・フェルドラード・マッキール。……ややこしい。
ソフィアはまだしばらくランドールにぎゅーされていたい欲望を必死で抑え込んで、戸惑った声を上げた。
「あ、あの、……どちらさまでしょうか?」
やればできる。今の感じはちっとも不自然じゃなかった!
ソフィアが戸惑いの声を上げたからだろう、ランドールが驚いてソフィアを抱きしめていた腕の力を緩めると顔を上げた。
「……どちらさま?」
ランドールのはしばみ色の瞳が怪訝そうになる。
ランドールがじっとソフィアの瞳を見つめてくるので、ソフィアはだらだらと背中に冷や汗をかきながら見つめ返した。
たがいに見つめること十数秒――。突然、いつぞやの既視感を覚えるような絶妙なタイミングで、横からカーネリアが割って入ってきた。
「マルゲリータちゃん! この方はどなたかしら?」
「……マルゲリータ?」
「え、ええっと……」
(やめてー! ここでその名前を出すともっとややこしくなるからー!)
ソフィアは泣きそうになったが、空気の読めないカーネリアは堂々と。
「この子はわたくしの妹のマルゲリータちゃんですわ!」
ソフィアは助けを求めて背後のサーラを振り返った。けれどもさっと視線をそらされてしまう。助ける気はないらしい。
ソフィアは、ここはマルゲリータで通せばいいのか、ダルターノの妹のソフィアだと自己紹介をすればいいのかわからなくなった。
ソフィアが弱り果てていると、遠くから「ソフィア」と呼ぶ声が聞こえてくる。
声のする方を振り向けば、シリルがゆっくりとこちらに向かって歩いてくるところだった。
「ソフィア、何をしているのかな? まさか浮気じゃないよね……?」
微かな嫉妬と悲しそうな色をたたえた紫色の瞳。さすがシリル。演技が堂に入っている。
シリルはソフィアのそばまでやってくると、やんわりと、しかし有無を言わさず、ランドールの手からソフィアを奪って背後にかばった。
「先ほどお会いしましたね、ヴォルティオ公爵」
「シリル王子」
ランドールは戸惑いと怪訝の入り混じった瞳をソフィアとシリル、そしてカーネリアに向ける。
ソフィアはボロが出ないようにシリルの背中に隠れると、心の中でランドールに「ごめんなさい」と謝った。
シリルはランドールが何か言う前に口を開くと、
「ご紹介が遅れてすみません。彼女はソフィア。私の恋人の、ソフィアです」
ランドールが大きく目を見開く横で、カーネリアが「その子はわたくしの妹のマルゲリータちゃんですわ!」と騒いでいたが、互いに視線を交差するシリルとランドールは、きれいさっぱり無視をした。
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