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悪役令嬢、王子の偽の恋人になる 2

 馬車がヴェルフントの城に到着すると、ソフィアはシリルの手を借りて馬車から降りながら、頭の中で「設定」を反芻した。

 ソフィアはダルターノの妹で十六歳。フェルドラード国が滅亡したとき、ソフィアは一歳で、乳母とともに亡命。ヴェルフントのリバデルの町でひっそりと暮らしていたとき、お忍びで町に訪れていたシリルと出会い恋に落ちる。

 身分違いであることを悩み、秘密の逢瀬を重ねていたソフィアは、先日、彼女を探していた兄ダルターノと再会。亡国の公爵の妹――、今は亡きフェルドラード最後の国王の妹の娘であるという身分が判明したために、身分の壁を気にしなくてよくなった二人は、恋人関係であることを秘密にしておく必要はなくなり、ソフィアはシリルの父であるヴェルフント国王に挨拶をするために城へ訪れた。


(ほんと、脚本家もびっくりな無茶苦茶設定だわ)


 とにもかくにも、ソフィアはそのややこしい設定の「偽物のシリルの恋人」を演じる必要がある。前世の演劇部の経験を生かして、父王を泣き落としてランドールとの結婚を勝ち取ったことのあるソフィアであるが、今回は前回ほど簡単ではないだろう。


(がんばれ! わたしのなけなしの演技力!)


 あるのは設定だけで台本なんてどこにもなく、ひたすらアドリブで乗り切るしかないというこの状況。ソフィアは考えるだけで敵前逃亡したくなるが、ここまで来たら腹をくくるしかない。女は度胸である。がんばれ自分!

 馬車から降りたソフィアは、さっそく周りから注目されているのを感じ取って、スイッチを入れた。頭の中でカチンコが鳴る。演技スタートだ。


「シリル、やっぱりわたしのようなものが来るような場所ではないわ……」


 不安そうに睫毛を揺らしてソフィアがシリルを見上げれば、彼は一瞬目を見開いたあと、小さく頷いて乗ってくれた。


「大丈夫だと言っただろう? 父上もきっとわかってくれる」

(うーん、さすが猫かぶり王子。なかなかの演技力)


 ソフィアは内心で感心しながら、今度はダルターノに流し目をおくった。


「お兄様も……。いくらわたしが公爵であるお兄様の妹とはいえ――、それを知らずにずっとすごしてきたんですもの。お兄様だって、わたしはシリルに釣り合わないって、そう思うでしょう?」


 さりげなく自分の偽の身分を周囲n聞こえるように伝える。

 ダルターノは穏やかに、しかしながら少し寂しそうに微笑んだ。


「そんなに不安がるものではないよソフィア。シリル王子を信じなさい。シリル王子が誠実で情の深い方だというのは、僕よりも君の方がよく知っているだろう?」


 さすがオペラ俳優。こちらの演技力はまったく危なげがない。

 周囲の注目も集めたし、ここでソフィアが何者であるのかも刷り込むことができた。つかみは上出来だ。もういいだろう。ソフィアのボロが出る前に早く城の中へ入らなくては。

 ソフィアが不安そうな表情を浮かべたまま、シリルにエスコートされて城へ向かおうとしたそのときだった。


「んまあ! わたくしのマルゲリータちゃん!」

(ピザ?)


 マルゲリータと聞こえてうっかりピザを想像してしまったソフィアは反応が遅れた。

 気がつけば、こちらへ突進するかのようにまっすぐ駆けてくる一人の女性。


(あれは――)


 カーネリア王女――、ソフィアがそう判断した次の瞬間のことだった。

 きゃああああっと黄色い歓声を上げたカーネリアは、イノシシが体当たりするかの如く、走ってきたスピードを殺さずにソフィアに抱き着いて――

 抱き着かれた勢いで後ろに倒されたソフィアは、そのまま地面でしたたかに頭を打ちつけて、気絶した。




     ☆




 時間は少し遡る。

 カーネリアはシリルの帰還という報告を受けて部屋から飛び出した。

 カーネリアの後ろから、サーラが「カーネリア様ぁ、早いですー!」とカーネリアの早歩き(走ってはいない)に肩で息をしながら必死でついてきている。

 競歩かというような速さで階下へ降りて、城の外へと出たカーネリアは、そこに銀色の髪に紫色の瞳を持った、麗しのシリル王子を見つけた。


(ああんっ、相変わらずお綺麗な方……!)


 カーネリアはうっとりと「未来の夫」シリルの姿を見つめたが、ふと、彼のそばに一人の少女の姿があるのを見つけて目を凝らした。

 ふんわりとゆるく波打つ見事な金髪に、エメラルド色の瞳。小さな顔に華奢な体つき。身にまとっているのは、薄ピンクのフリフリしたドレス。


(あれは――)


 カーネリアはくわっと目を見開いた。

 ふわふわの金髪、エメラルドの瞳、小さな顔。まるでお人形のように愛らしい――

 間違いない。あれは、「マルゲリータ」だ。


「んまあ! わたくしのマルゲリータちゃん!」


 カーネリアは目をランランと輝かせて、「マルゲリータ」まで距離を猛然と駆け抜けた。


「カーネリア様ぁ―――!?」


 背後でサーラに呼ばれたような気がするが耳には入らない。カーネリアの視線は、五感はすべて目の前の「マルゲリータ」にロックオンされているからだ。

 カーネリアは歓声を上げて地を蹴った。

 勢いよく抱き着いた「マルゲリータ」は悲鳴を上げながら後ろに倒れて――、そして意識を失った。


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