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悪役令嬢、悪だくみに加担する? 3

(落ち着いてソフィア。大丈夫、これはシリルルートじゃないわ。だって、まだゲームははじまっていないもの。それにわたしはすでにランドールと結婚しているし、そもそもキーラではなくてソフィアだし、シリルルートに行くはずないのよ)


 ソフィアは宿の小さなバスタブの中で膝を抱えていた。

 膝を抱えて入らないと、小さすぎで全身がつからないからだ。

 ソフィアが海水でべたべたしていたからか、宿の女将が好意で石鹸を用意してくれたので、バスタブにはもこもこと泡が浮いている。

 ジャスミンのようなさわやかな香りが浴室いっぱいに広がっていた。

 シリルから恋人のふりをしてほしいと言われたあと、ソフィアは詳しい話を聞く前に風呂に入ることにした。全身がべたべたして気持ち悪かったし、磯臭いし、そして何より、少し一人でこの状況について考えたかったからだ。


(シリル王子が婚約したくない相手――、ゲームのストーリー通りなら、それはカーネリア王女よね)


 ヴェルフントから北東にある、隣国サラドーラの第二王女、カーネリア。友好国でもある両国は、昔から互いの行き来も盛んで、カーネリア王女は幼いことから顔見知りのシリルのことが好きなのである。

 しかしシリルは昔からカーネリアのことが苦手で、王女たっての希望で持ち上がったこの縁談を、なんとしても破談に持ち込みたい。

 ゲーム通りであれば、今回の件の背景はこんなところだ。

 だが本来であれば、これは二年後の秋で、シリルに恋人役をやらされるのはキーラである。それに、この件に義賊になる前のダルターノが絡んでいるというストーリー展開もなかった。


(ああ、もうっ、わかんない!)


 ソフィアは半ば八つ当たり気味に、やや乱暴に髪を洗う。海水に使ったからか、髪がぎしぎししていて指に絡んで洗いにくい。


(とにかく、ダルターノの言う貸しとやらを返さないと解放されないわよね)


 どうしてこうなったのかはわからないが、ソフィアは今ダルターノに命を助けた借りの返済を求められている。その借りを返すには、シリルの恋人のふりをして、彼が婚約したくないという女性との縁談を破談に追いやらなくてはならない。

 考えたってらちが明かない。

 早いところシリルの望みをかなえなくては、ソフィアはランドールたちの合流することもできないのである。


(……心配してるよね?)


 ランドールの心配顔は想像できなかったが、少なくともオリオンたちは間違いなく心配しているはずだ。早く自分の無事を知らせたいが、現在、ソフィアにはその手段がない。


「はあ、妙なことに巻き込まれちゃったなぁ……」


 ソフィアは頭から湯をかぶって泡を洗い流すと、浴室から出て、宿の女将に借りた麻のワンピースに袖を通した。

 考えたってはじまらない。なぜならソフィアにはこの状況から逃れる術がないのだから。

 ソフィアは覚悟を決めて、浴室の扉を開けると、ダルターノとシリルの待つ部屋に向かった。






「本当にあの女で大丈夫なんだろうな?」


 ソフィアが風呂に入るために部屋を出ていくと、シリルはダルターノに疑わし気な視線を向けた。

 ダルターノが連れてきたソフィアとかいう女は、髪はぼさぼさでドレスもしわしわ、全身砂だらけで、スラム街の住人でもまだましなのではないかと思うような格好をしていた。

 シリルが縁談をぶち壊そうとしている相手は、一筋縄ではいかないというか、話の通じない面倒な女だ。だから、その女がぐうの音も出ないような美人を用意しろと頼んだのに――、ダルターノが連れてきたのは「あれ」だった。


「大丈夫だって。ソフィア嬢は美人だし、ダンスもマナーも問題ない。あの格好はまあ、あれだ、海に落ちたせいというか……」

「海に落ちた? どうすればそういう状況になるんだ」

「俺も想定外だったっつーの! 知らねーよ、ソフィア嬢が海に落とされたんだから。よくわかんねぇけど、あのお嬢ちゃんは命でも狙われてんのかねぇ? 新婚旅行中だっつってたけど、かわいそうにねぇ」

「は? 新婚旅行? するとつまり、ソフィアは結婚しているのか!?」

「そうだけど、なんか不都合でも? 女を連れて来いとは言われたけど、既婚者がだめだなんて言われてねぇよ」


 ここにソフィアの旦那はいないんだし、問題ないだろうと笑うダルターノに、シリルは頭を抱えたくなる。

 しかし、シリルにももう時間がない。今から新しい女を探している暇はなかった。ダルターノの言う通り、ここにソフィアの夫はいない。ソフィアが海から落ちたというのであれば、むしろそれは僥倖だったかもしれない。ソフィアの夫はおそらく、彼女がまだ海を漂っていると思っているだろう。もしくは海の底に沈んだか。まさかソフィアが、ヴェルフントの第一王子の恋人のふりをしているなんて思いもしないはずだ。捜索の手が海に集中しているのならば、少なくともシリルが目的を果たすわずかな間くらいは、ソフィアの身元はわからないはず。


「で、どうする? このまま予定通りでいいか?」


 ダルターノがそう訊ねた時、がちゃりと音がして部屋の扉が開いた。

 シリルは振り返り、麻のワンピースに着替えたソフィアを見て目を見開く。

 日に焼けて少し赤くなってはいるが、それでも白い陶器のような肌に、湿っていて顔の輪郭に沿うように流れている金髪。そして、エメラルドのように美しい緑色をした大きな瞳。

 汚れを落としてさっぱりしたソフィアは――なるほど、ダルターノが言うようになかなかの美人である。

 シリルは顎に手を当てて、にっと笑った。――悪くない。


「ああ。このまま予定通りでいい」


 彼女が何者でも構わない。人妻だろうが別にいい。


(これならカーネリアも黙るだろう)


 シリルは幼いころから知っている隣国の王女の顔を思い浮かべて、薄く笑った。


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