エピローグ
ザザン―――
遠くで波の音がする。
「おい、起きろ」
誰かにぺちぺちと頬を叩かれて、ソフィアはゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした視界には、日に焼けた肌をした背の高い男がいた。日に焼けたオレンジに近い髪が、日差しでさらに赤く輝いている。
「ん……マッキール、さん……?」
目の前にいるのはマッキール――かと思ったが、なんだか少し違う。マッキールは赤茶色の髪をしていたが、目の前の彼はそれよりももっと髪型がオレンジに近い。それに、雰囲気ももっと荒々しくて、俳優というよりは、海賊や山賊――
ソフィアはハッと目を見開いた。
(まさか……)
目の前の彼。どこかで見たことがあると思っていた。どうしてわからなかったのだろう。『グラストーナの雪』で登場する彼の右目の下には、剣で切られたような斜めの傷があって、もっと眼光が鋭かったから、わからなかった。よくよく見れば、気がついたのに。
(ダルターノ……。そうだったわ。ダルターノの本名は、ダルターノ・フェルドラード・マッキール……。滅亡した、小国の王族。わたしとしたことが、迂闊だったわ……)
そう。『グラストーナの雪』の攻略対象者のうちの一人である海賊ダルターノ。まだゲームのはじまりの時期ではないし、彼が俳優業をしていたと言うのはゲームの情報にはなかったから気がつかなかった。マッキールは、ダルターノだったのだ。
「ここ、は……」
声を出すとひどく掠れていた。どうやらソフィアは海岸にいるらしい。起き上がろうとしてソフィアが失敗すると、ダルターノはため息をついて彼女を抱え上げた。
「ここはヴェルフントの北西にあるリバデルの町の近くの海岸だ。運がよかった」
さくさくと危なげなく海岸を進んでいくダルターノに、ソフィアは首をひねった。
「あの、どうしてダ……、マッキールさんが?」
危うくダルターノと呼びそうになって、ソフィアは慌てて呼び方を直した。危ない危ない。彼をダルターノと呼んだら怪しまれる。
ダルターノはソフィアを見下ろして、小さく笑った。
「お前が海に落ちたのを見て咄嗟に追いかけたんだ。お前は気を失っちまってるし、ここまでお前を抱えて泳ぐのは骨が折れたぜ」
ダルターノは、すでに紳士的な口調をかなぐり捨てていた。もはや俳優マッキールの仮面を捨てるつもりでいるらしい。
ソフィアは戸惑ったふりをした方がいいのかと思ったが、疲れていたのでそんな気力は残っていなかった。もともとゲームの世界でダルターノの口調を知っているソフィアは、彼がこの口調で話したところで驚いたりはしない。
「そう、ですか。それはご迷惑を……。助けていただいてありがとうございました」
ソフィアが平然とした顔で礼を言うと、ダルターノは不思議そうな顔をした。
「へえ、あんた、驚かないんだな」
「何がでしょう?」
「俺の様子に」
一人称も、僕から俺に変わっている。でもでーむではもともとダルターノは自分のことを「俺」と言っていたから、これにも特に驚かない。
「なんかもう、いろいろありすぎて……、何に驚いていいやら」
「まあ確かにな。茫然としたくなる気持ちもわかる」
ソフィアがそう答えるとダルターノは納得したらしい。
けれどもどうして、ダルターノはソフィアが船尾にいることに気がついたのだろう? こうして助かったのはダルターノのおかげだが、そこは疑問だった。
ソフィアが素直に疑問を口にすると、彼はあっさり教えてくれた。
「マジックショーがあったろ? あの箱のからくりは、箱に入ったあとに、箱とステージの下にあいている穴から出て別に用意されていた部屋に移動するってやつだったんだ。その部屋にさ、妙なものがあってな。箱と、手錠みたいなもの。そして部屋には鍵がかかっていた。まあ、鍵開けには慣れているから、部屋から出るのは造作もなかったけどな。そこでピンと来たんだ。セドリックが最初に声をかけたのはお前。つまり、これはお前を捕えるために用意したものじゃないのかってな」
「でも、どうしてセドリックさんが……」
セドリックはとても優しくて親切なサービススタッフだった。その彼がどうしてソフィアを狙ったのだろうか。ダルターノは肩をすくめた。
「俺があいつの目的なんて知るはずないだろ。だけど、あいつがお前を連れて行くのを見て、もしかしたらって思ったんだ。念のためお前の旦那に確認したら見ていないって言うしな。だから慌てて追いかけたら、お前が海に落とされるところだった」
「それで、助けてくれたんですか……」
「あのまま放っておきゃ、そのまま鮫の餌にされちまいそうだったからな。お前は結構美人だし、あのまま海の底に消えるのはもったいねぇじゃねぇか」
そんな理由なのか。ちょっぴり唖然としたソフィアだったが、それでも彼のおかげで助かったのだから感謝するべきだと思いなおす。
「それで、あの、これからどうするつもりなんですか?」
「どうって、このままいられるわきゃねーだろ。リバデルの町に行く。濡れた服を着替えて、あとはちょっと仕事が――、あー……、そうか。お前を使えばいいんだ」
「はい?」
「幸い転じてって言うのはこういうこったな」
「あの……」
戸惑うソフィアに、ダルターノはにやっと笑った。
「よく言うだろ。借りは三倍にして返せってな」
ソフィアは嫌な予感を覚えたが、異国に無一文で放り出され、さらには目の前の彼は海賊。どうやっても逃げ出すことはできそうになさそうだった。
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これにて三話目が終了となります。
四話目は11月1日6時~開始いたします。奇数日の6時更新予定です。
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