悪役令嬢と船の上の陰謀 4
セドリックに連れられて、ソフィアは左舷側の通路を船尾に向けて進んでいた。波はそれほどない凪いだ海面ではあるが、船が進んでいるために、波が船体にあたる音が響いている。
三階部分なので波しぶきは届かないが、船尾に向けて進むにつれて人も少なくなって、ソフィアは心細くなってきた。
船の手すりはソフィアの胸の部分までの高さがあるが、誤って海に落ちたらどうなるだろう。暗い海は、そんな不安を掻き立てる。
「セドリックさん。本当にランドールはこっちにいるんですか?」
ランドールはどうして船尾の方に行ったのだろうか。船尾には思いつく限り目立った娯楽施設はない。二階の船尾には小さなカジノがあった気がするが、ランドールがカジノに行くとは思えないし、ここは三階だ。
セドリックは「ええ」とにこやかに頷いた。
セドリックは信頼できるサービススタッフだ。彼が嘘を言うとは思えない。ランドールには何か考えがあってソフィアを人気のない船尾に呼びつけたのだろう。
(まさか告白……、は絶対ないわね。じゃあお説教? そんなもの部屋ですればいいし、今日は怒られるようなことなんてしていないと思うわ)
そもそもどうしてランドールは船尾に向かったのだろう。ダンスパーティーの喧騒から逃れたかったら、ロイヤルスイートルームのあるエリアに戻ればいいだけだ。あそこはロイヤルスイートに宿泊している人以外は簡単に入れなくなっているから、とても静かで居心地がいい。
じゃあやっぱり二階のカジノだろうか? あのランドールでも、もしかしたら羽目を外したくなるのかもしれない。カジノならソフィアも一度くらいは入ってみたいと思っていたし、できることなら何か一つくらいはやってみたい。
(大当たりを出して億万長者――、ってすでにヴォルティオ公爵家はお金持ちだし、べつにお金はいいや。たくさんお金があっても使い道思いつかないし)
贅沢と聞いて思いつくことと言えば、好きなだけお菓子を食べるくらいしか思いつかないような金銭感覚だ。目の前に山のように金貨を積まれたところで使い切れるとは思えない。
だが、ちょっとだけ。運試し程度にやってみたい。儲かったら、オリオンとイゾルテと、この旅の間に贅沢をするのだ。ソフィアはランドールがカジノにいるとは限らないのに、すっかりカジノへ行く気になった。
船尾に到達したソフィアは、きょろきょろとあたりを見渡した。誰もいない。
「セドリックさん、ランドールは――」
二階のカジノにいるのか。そう訊ねようとしたときだった。
にこやかに微笑んでいたセドリックが、いきなりソフィアに掴みかかってきた。驚いたソフィアは悲鳴を上げて咄嗟に頭をかばったが、セドリックの目的はソフィアを殴りつけることではなかった。
セドリックに腰をつままれて抱え上げられた時、ソフィアはある可能性を思いついて真っ青になった。
眼前には、黒い闇のような海――
「セドリックさ―――」
どうして、と見上げたセドリックの顔は、ひどく酷薄で――
「きゃあああああ――――――!」
「ソフィア―――!」
宙に投げ出されたソフィアの悲鳴が響く中、ソフィアは確かに、ランドールが彼女の名前を呼ぶ声を聞いた気が、した。




