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【書籍化】悪役令嬢の愛され計画~破滅エンド回避のための奮闘記~  作者: 狭山ひびき
新婚旅行は豪華客船で

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悪役令嬢と船の上の陰謀 2

 甲板の上には煌々と灯りがたかれて、弦楽四重奏の奏でる優雅なワルツが流れている。

 そこから見える海は、夜空の下では墨を垂らしたように深い闇色となって広がっていた。

 マッキールは夜の海はきれいだと言っていたが、ソフィアの目には何も見えない底なし沼のようにも見えて、海の底から何か不気味なものが飛び出してくるのではないかという恐怖すら覚える。

 確かに、空に浮かぶ円に近い銀色の月は美しかったが、眼前に広がる夜空と海の光景は果たして「美」として愛でていいものか、「不気味」として恐れていいのか、よくわからなかった。


 オリオンとイゾルテ、ヨハネスの三人は今日のダンスパーティーには参加していない。

 ソフィアはランドールと一曲踊ったあとは、誘われてカイルと二曲、そしてそのあとにマッキールと一曲踊った。

 さすがに四曲踊ると疲れてしまって、休憩室として開放している、甲板の近くの部屋で一休みすることにする。

 休憩室のほかに、男性たちにはシガレットルームも用意してあるので、ソフィアが休んでいる部屋にはほとんど女性の姿しかなかった。

 給仕が軽食とドリンクを持って回っているので、ソフィアは小さなサンドイッチと白ワインを受け取った。窓際のテーブル席でサンドイッチを食べながら、聞こえてくる華やかな音楽に耳を傾ける。

 ランドールとカイルは、ソフィアがそばを離れた瞬間にご婦人方に囲まれていた。

 腹の立つことに、ランドールはソフィアには眉を顰めるほどに無愛想であるが、こう言った場で話しかけてくる女性たちには実に愛想がいい。貴族の男性たちは総じて、「女性の機嫌を損ねると面倒くさい」という暗黙の教訓をもとに、たいていが女性に対して親切であり、ランドールも例に漏れないようであるが――、それがたとえ社交辞令であるとわかっていても、ソフィアには面白くない。


(わたしには微笑みかけてこないくせに)


 窓際に座っているから、ランドールの表情まで確認出来て、ソフィアはむかむかしてくる。

 ランドールはソフィアと結婚したくてしたわけではないから、仕方のないことだとは思うが、あまり周りに愛想を振りまいてはほしくない。ランドールは整った顔立ちをしているし、背も高いし、何より公爵と言う身分から、恐ろしくモテるのである。うっかりランドールが誰かと恋に落ちたら――そう考えただけで血の気が引きそうだ。

 まあ、ランドールが攻略対象者だからか、彼の視線は『グラストーナの雪』のヒロインであるキーラに向いているようなので、良くも悪くもそこに第三者が割り込むのは骨が折れるだろうが。

 そう考えると、父王を泣き落としたとはいえ、ランドールとよく結婚できたものである。

 ストーリーは、およそ二年後の『グラストーナの雪』のはじまりのときの設定から、徐々にであるが離れつつある。ランドールと結婚し、こうして新婚旅行まで行っているからだ。そう考えるといい傾向だが、けれどもやはり安心もできなくて――、なんとかしてランドールの気を引きたいのだが、現実世界は甘くない。ランドールは冷たいし、すぐに怒るし、ソフィアも腹が立てば言い返してしまって喧嘩に発展するから余計である。


(いっそ惚れ薬とかあればいいのに。……あー、そう言えば、ランドールイベントじゃないけど、シリルのイベントであったわね。惚れ薬。『魔女の遺産』と『偽りの愛』の二枚のスチルが手に入るのよー)


 この世界には魔法は存在していないが、『魔女』と呼ばれるものは存在する。現在ではほとんど姿を見ない彼女たちは、数十年前までは活発に活動していて、主に不思議な効能を持った『魔法薬』というものを売りさばいていた。

 シリルルートでは、その魔女の作った惚れ薬が出てくるイベントがあったのだ。


(惚れ薬かぁ、いいなぁ。ランドール早くデレてほしいなぁ。……先は長い)


 オリオンとアリーナ曰く、ツンデレのツンが強すぎるらしいランドールである。なかなか「デレ」は手に入らない。ましてやソフィアは悪役令嬢。ヒロインではないのだ。いったい「デレ」はどこにあるのだろう。

 ソフィアはごくんとサンドイッチを飲み下すと、はーと息を吐きだし――、視界に、給仕がイチゴをたくさん使ったミルフィーユを運んでいるのを見つけてキランと目を輝かせた。

 もういい、考えるのはやめよう。やけ食いである。ミルフィーユ、食べたい。

 ソフィアは給仕からミルフィーユの皿を一つ受け取った。中央におかれたミルフィーユの周りを生クリームやミントの葉、カットしたフルーツが彩っている。

 ソフィアはフォークを突き刺した瞬間の、サクッという軽やかな音に感動しつつ、ランドールが見ていないのをいいことに大口でそれを頬張った。






「ソフィア様、ご主人がお呼びですよ」


 セドリックに声をかけられたのは、ソフィアがミルフィーユを食べ終わり、新たにショコラケーキをもらおうかどうしようかと自分の腹と相談していた時だった。

 ミルフィーユに夢中になって気がつかなかったが、確かに、窓の外にランドールの姿が見えない。カイルもである。


「ランドー……いえ、しゅ、主人が呼んでいるんですか?」


 ランドールのことを「主人」と呼ぶのはいまだに照れるソフィアである。照れ隠しにテーブルの上のナプキンをいじりながら訊ね返すと、セドリックは微笑んで頷いた。


「ええ。ご案内いたしますね」


 ソフィアは頷いて立ち上がった。

 セドリックと一緒に部屋を出る途中で、すれ違ったマッキールが、怪訝そうにソフィアたちを振り返ったことには――、ソフィアは気がつかなかった。


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