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悪役令嬢、逃亡する 2

 部屋に戻ってきてからも、ランドールはまだ不機嫌だった。

 ソフィアがイゾルテに入浴を手伝ってもらって、ナイトウェアの上にガウンを着てロイヤルスイートのメインルームに戻ってきても、ランドールはまだ難しい顔をしていた。

 不機嫌なランドールにはあまり話しかけたくはなかったが、ソフィアはこの部屋の寝室に大きなベッドが一つしかないことを思い出して、恐る恐る口を開く。


「ねえ、わたし、オリオンとイゾルテの部屋で休むわね?」

「なぜだ?」

「え、だって、この部屋にベッドは一つしかないじゃない」

「だから?」

「……だから?」


 ソフィアは思わず、鸚鵡返しに同じ言葉を繰り返してしまった。

 だからも何も、ソフィアが言ったことがすべてである。ベッドが一つしかないから、ソフィアは違う部屋で眠ると言っているのだ。訊ね返されても困る。


「何か不都合でもあるのか?」

「不都合? あるに決まってるでしょ! ベッドが一つなのよ。広くても一つなの。二つに分解できないの。これが不都合じゃなかったら何なのよ」


 ランドールだってソフィアと同じベッドで寝たくなどないだろう。ずっとソフィアを避けて、つい先月まで城で寝泊まりしていたくらいだ。もちろんヴォルティオ公爵家に帰ってくるようになっても、同じ部屋で休んだことなどない。

 それなのにランドールはむっとしたように眉を寄せて言う。


「お前は俺の妻だという自覚があるのか」


 わけがわからない。

 妻の自覚? そんなものあるわけないだろう。なぜならランドールが夫らしく振舞ったことがないからだ。ソフィアのことを監視の対象だと豪語する癖にいきなり「妻の自覚」と言われても「はあ?」って感じである。


「今日にしたってカイルとあんなにべたべたと。ヴォルティオ公爵家に泥を塗るなと何度言ったらわかるんだ」


 はい、でた。「ヴォルティオ公爵家に泥を塗るな」。二言目にはそんなことを言うが、カイルと仲良くしてどうして「ヴォルティオ公爵家に泥」を塗ることになるのだ。カイルはレヴォード公爵家の嫡男である。次期公爵だ。そしてランドールの友人である。仲良くしていて不都合などあるはずない。

 さすがにソフィアもむかむかしてきて、ツンとそっぽを向いた。


「わたしが誰と仲良くしていようと、ランドールには関係ないでしょ」

「俺はお前の夫だぞ」

「あら、都合のいい時だけ夫になるのね。つい最近まで家にも帰らず、ようやく帰ってきてもほとんど会話もなくて部屋も別々じゃない。夫どころか同居人以下だと思うけど」

「なに?」

「なによ。文句あるの? ほんとのことでしょ?」


 ソフィアはつーんと顎をそらす。

 ランドールはイライラしたように立ち上がった。


「ともかく、使用人の部屋で眠ることは認めない」

「じゃあなによ、ソファで寝ろって言いたいの!?」

「ベッドで眠ればいいだろう!」

「わたしがベッドを使ったらランドールはどこで寝るのよ。あなたがソファで眠れるの?」


 ランドールは背が高い。ソファで眠ろうとすれば足が余るだろう。いくら上等のソファでも、それでは疲れが取れないに決まっている。だからソフィアが出ていくと言っているのに。この男はどうして人の親切心を理解できないのだろうか。


「どうして俺がソファで眠らないといけないんだ」

「じゃあ床で眠るの?」

「………」


 ランドールにじろりと睨まれて、ソフィアは怪訝そうに眉を寄せる。

 ソフィアは(はな)からランドールと一緒に寝るという選択は頭にない。どちらかロイヤルスイートの寝室のベッド以外で眠る。ソフィアがオリオンたちの部屋で眠るかランドールが床かソファで眠る以外の選択は思い浮かばない。ソフィアに思いつく限りの選択肢をすべて却下されたら、どうしたらいいのかわからなかった。


(わたしがオリオンたちのところに行った方がいいと思うんだけど)


 ランドールは何が気に入らないのだろう。ずっと不機嫌だ。まあ、ランドールと嬉恥ずかしラブラブ新婚旅行はちっとも期待していなかったが、さすがにこれでは先が思いやられる。せっかくの旅行なのに全然楽しくない。


「……お前はベッドを使え。俺もベッドを使う」

「だからベッドは一つしかないって言ってるでしょ」

「――――――っ、だから! 一緒に寝ればいいだろうと言っている!」

「―――は?」


 ソフィアは目を丸くした。


(今なんて言った? 一緒に寝るって言った? ランドールと? 冗談でしょ?)


 冗談なら笑い飛ばそうと思ったが、ランドールは冗談をいうタイプではない。すると本気で言っているということになる。ソフィアは息を呑んで、顔を真っ赤に染めた。


「な、なに言ってんのっ? えっちっ、すけべっ、ば、ばっかじゃないのっ?」

「誰が馬鹿だ! 新婚旅行だと言っただろう! どこの世界に新婚旅行中の妻を床やソファや果ては使用人部屋で寝かせる男がいるんだ!」

「別にいいじゃないわたしがいいって言ってるんだから!」


 だめだだめだ、だめったらだめだ! ランドールと一緒に眠る? むりむりむりむり! 恥ずかしすぎて死ぬ! 断固拒否! この麗しい顔が隣で眠るなんて――、そんなの絶対なにかやらかす! 眠っている間に抱き着くくらいは絶対する! とにかく、精神衛生上非常にまずい。ゲームの世界だったらスチルできゃーきゃー騒げるけど、現実世界で大好きな顔がすぐ横にあって息をしているかと思ったら、脳がゆだる。


(ランドールってば何馬鹿なことを言ってるのよ! ものには順序と言うものがあるの! わたしの心臓を鍛えるためには時間がかかるのっ! まず手をつないでデートして、それから、おでことかほっぺにチューしてもらって、ゲームみたいに温室の薔薇を見ながらはじめてキスしてもらって、それからそれから――)


 ソフィアはうっかり妄想に浸りそうになったが、慌てて首を横に振った。妄想なんてしている場合じゃない。今はこの状況を打破することが先決だ。

 ソフィアとランドールはしばらく無言で睨みあった。ランドールも引けないのかもしれないが、ソフィアだって絶対に譲れない。心臓が止まるかもしれないのだ。生命の危機である。

 お互いが一歩も譲らない中、十分が経過したとき、ソフィアの脳にある天啓がひらめいた。

 ランドールは「使用人部屋」と「ソファ」と「床」がだめだと言った。ロイヤルスイートのベッドならばいいのである。だったら――


「わかったわ! わたし、カイルにお願いしてカイルの部屋で眠ることにするわ!」


 ……ソフィアはかなり混乱していた。

 隣に眠るのがランドールでなければ大丈夫だと、意味不明な思考回路に陥ったあげくのひらめきだった。

 当然ランドールは――


「ふざけているのか―――!」


 雷を落とした。


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