悪役令嬢、豪華客船に乗る! 2
結果を言えば、カメラは出来上がらなかった。
しかしアリーナの執念はすごく、出立当日、わざわざアビリア港まで見送りに来たアリーナは、ある一人の青年を紹介した。
「彼、画家の卵なの。ロイヤルスイートのチケットはさすがに無理だったけど、二等客室のチケットは手に入れることができたから、彼も一緒に連れて行ってね。大丈夫、新婚夫婦の邪魔はしないから。離れたところで絵を描くだけよ」
なんですと?
ソフィアは目を点にして、紹介されたこげ茶のぼさぼさ頭の二十歳前後の青年を見上げた。男はラッカという名前らしい。ランドールも驚愕したが、チケットは別で用意されていて乗船を拒否する権利はソフィアにもランドールにもない。
ラッカはぼさぼさ頭をかきながら、嬉しそうに笑った。
「いやあ、こんな豪華な船に乗ることができるなんて夢のようです。しっかり旅行の様子を絵にさせていただきますね!」
さすがのランドールもラッカのやる気に満ちたセリフには何も言えず、茫然としていると、今回同行することになっているヨハネスがにこやかに応じた。
「それは頼もしいですな。いい出来のものがあればぜひ買い取らせていただき、公爵家の壁に飾らせていただきます」
「ヨハネス、勝手なことを言うな」
「おや、お言葉ですが旦那様。ヴォルティオ公爵家では代々、ご当主が結婚された場合は旦那様と奥様のお二人の絵を飾らせていただくことになっております。旦那様はどうやら『うっかり』そのことをお忘れのご様子で、まだ何の絵も飾られておりません。もちろん正式なものは改めてご用意されるおつもりでしょうが、いい出来のものがあればあわせて飾っても問題ございませんでしょう。スペースはいくらでもありますからね」
ランドールは途端に仏頂面になった。
しかし相手はアリーナが用意した画家である。拒否できるはずもなく、ランドールは渋々言った。
「勝手に部屋に出入りしないというのであれば、許可しよう」
ラッカはぱあっと顔を輝かせて、アリーナは小さくこぶしを握り締めた。
ソフィアはシリルの盗み撮りならぬ「盗み書きゲット!」というアリーナの心の声が聞こえてくるような気がして、はあと息を吐き出したのだった。
クイーン・アミリアーナ号は上に三階、下に一階の、合計四階に分かれている。
ロイヤルスイートはそのうち上の三階部分に位置しており、二等、三等客室はおろか、一等客室の客も簡単に出入りはできないようになっており、階段もロイヤルスイート専用に用意されて、階段の下やロイヤルスートの入り口付近には常にサービススタッフが常駐して、乗客のサービスはもちろん、警護も兼ねている徹底ぶりだ。
三室あるロイヤルスイートにはそれぞれ、客が連れてきた使用人たち用の部屋も用意され、ロイヤルスイート客専用のプールやサロンも隣接する。食事やお茶を楽しむレストランは一等客室の乗客と共用だが、望めばルームサービスも受けられる。
(すっごい豪華……)
ソフィアの前世の世界でも豪華客船はもちろんあったが、一般家庭で生まれ育ち、高校生で早世したので目にしたことも乗ったこともない。
ロイヤルスイートルームに入ったソフィアは、メインルームに並ぶソファやテーブルといった調度品の豪華さに驚いた。
メインルームのテーブルの上にはウェルカムドリンクだろうか? シャンパンがおいてあり、数々のフルーツが山のように盛ってある大きな皿がある。
メインルームには下の階のデッキが一望できる大きなベランダ。それから寝室や衣裳部屋などもある。使用人用の部屋は部屋を出て隣に二部屋あった。ソフィアに同行しているオリオンとイゾルテはその部屋を使うが、様子を見に行ったオリオンによると、その部屋もかなり豪華だったらしい。
イゾルテが荷物を片付けている間に、盛ってあった果物の中からブドウを一房取ると、オリオンとともにベランダに向かった。
出航までまだ少し時間があるが、漂ってくる潮風がすでに心地いい。デッキチェアに寝そべって、ブドウを一粒口に入れたところで、コンコンと扉を叩く音がして肩越しに室内を振り返った。
サービススタッフだろうか?
けれども、ランドールの荷物を片付けていたヨハネスが扉を開けると、そこには予想外の人物が立っていた。
ソファに座ってシャンパングラスを傾けていたランドールは、扉の外に立つ人物にあんぐりと口を開けた。
「どうしてお前がここにいるんだ」
そこには、レヴォード公爵の嫡男である、カイルがひらひらと手を振りながら立っていた。