エピローグ
結局、ガッスールはソフィアの父親ではなかった。
城に運ばれたガッスールは目を覚ましたあとで、あっさり「金に釣られてやった」と自供した。
彼によると、およそ二週間ほど前、彼のもとに一人の女が訊ねてきたそうだ。フードを目深にかぶった女は、ある仕事を依頼したいと言った。成功した暁にはガッスールの借金を肩代わりして、金貨五百枚の報酬を払うと言ったそうだ。
その仕事は、ソフィアというヴォルティオ公爵家の夫人に近づき、自分が父親だと名乗ること。ソフィアや周囲にガッスールが本物の父親だと思い込ませさえすればいいと言われて、それならば簡単だと請け負った。
そして、前金として金貨二十枚を受け取ったガッスールは、女の指示通りにソフィアに近づき、彼女に告げられたとおりにかつて城の門番として働いていてソフィアの母と知り合ったという嘘の過去を語った。
これでソフィアがつられてくれさえすれば、ガッスールは残りの金を手に入れることができて、なおかつ借金も帳消しだ。
ガッスールは言われた通りに動いた。ほかの指示は受けていないし、あとは残りの報酬を受け取るだけだとほくそ笑んでいたとき、三日月亭にフードをかぶった女が現れて、作戦は失敗したから報酬話だと言って来たらしい。
憤ったガッスールは女に襲いかかり――、あとは、ソフィアの知るとおりである。
ソフィアは結局、ランドールに町娘の格好で給仕をしていたことを怒られて、一週間の外出禁止を言い渡されたが――、まあ、普段どこにも出かけないので、それほどダメージはなかった。
「で、結局、口を割らない、か」
ランドールが寝起きしている城の一室。
カイル・レヴォードが難しい顔で書類を睨んでいた。
あの日、ガッスールと一緒に捕えた女――それは、第一王女キーラの侍女だった。ランドールが問い詰めると、侍女は自分一人でやったことだと言ったが、ガッスールの供述のよると、彼に依頼を持ち掛けてきた女は彼女とは違って金髪の女だったという。
金髪と聞いてすぐにキーラの姿を思い浮かべたカイルは、キーラに確認しろとランドールに言った。けれどもランドールは、ソフィアのことは簡単に疑うのに、キーラのことは疑わないらしい。
埒がと判断したカイルは、父であるレヴォード公爵を通して国王に確認させた。
けれどもキーラは、何も知らないと言って「可哀そうなソフィア」と涙をこぼしたという。王妃の手前、それ以上の追及はできず、結局真実はわからずじまい。カイルとしては面白くないところではあるが、まともな証拠がないのだから仕方がなかった。
「せめてあの侍女が口を割れば……」
「お前、まだキーラを疑っているのか」
「むしろこの状況で疑わないお前の方がどうかしている」
カイルは調査書をばさりと机の上においた。
ガッスールは王女の父を名乗った罪で投獄が決まっている。彼と共謀してソフィアを陥れようとした侍女もそうだ。キーラ本人は「知らない」というが、侍女のしたことの責任は当然取ってもらう必要があり――、今回ばかりは王妃が何を言おうと、キーラには一か月の謹慎が申し渡された。
カイルは大いに不服な結果だったが、国王も今回のことでキーラやその周辺には目を光らせるだろう。
二言目には「キーラは心優しい天使だ」とか、脳に虫が湧いているとしか思えない発言をするランドールは、カイルがどうしてキーラを疑っているのかわかっていないらしい。
カイルはなにを言っても考えを改めそうにない友人に嘆息して立ち上がった。
「どこへ行く?」
来てすぐに出て行こうとするカイルに、ランドールが不思議そうに首をひねる。
カイルはニヤリと笑って、この愚か者の心を覆いに揺さぶってやった。
「ソフィア様にお茶に誘われていてね。今回のお礼だとさ。なんでも手作りのクッキーをふるまってくれるらしくてね。こんなところでお前の相手なんてしてる暇はないのさ」
「――なに?」
「じゃあね。ああ、お前は今回のことで何も感謝されてないんだから、邪魔をしに来るんじゃないよ」
カイルは不機嫌そうに眉を寄せたランドールに満足して、ひらひらと手を振って彼の部屋から出ていった。
「おや、坊ちゃま。今日はどうなさいましたか?」
自分の家に帰ったというのに、執事のヨハネスは驚いた顔をして出迎えた。
「坊ちゃまはやめろ」
ランドールは不機嫌を隠さない声で言い、大階段を見上げる。
「あれは?」
「サロンで皆様でお茶会をされていますよ」
「……皆様?」
「ええ。アリーナ様とカイル様、それから先日来ていたテオという少年ですね」
オリオンとイゾルテは一緒にいるだろうと推測できるから、六人で楽しくお茶会をしているらしい。
「どこのサロンを使っている」
「二階の」
「クッキーを焼いたと聞いたが」
「ええ。今日は奥様手作りのクッキーをふるまわれています。何でもお礼なのだとかで」
ヨハネスの答えを聞いたランドールは無言で大階段を上って、サロンの扉を小さく開いて中を覗き見た。
すると、ソフィアが楽しそうに笑いながらカイルたちと談笑している。カイルの手にある少々いびつな形をしたクッキーを見つけた途端、ランドールの頭にカッと血が上った。しかし、このままサロンに乱入しようとしたその時、後ろからため息交じりの声が聞こえてきた。
「坊ちゃま。奥様が開いたお茶会の邪魔をしてはいけませんよ」
「……俺はこの家の主だぞ」
「そうであっても、坊ちゃまは呼ばれておりませんのでね」
「―――」
ランドールは肩越しに振り返ってヨハネスを睨んだ。
ヨハネスは微笑んで、ランドールが薄く開いていた扉をぱたんと閉じてしまう。
「どうやらカイル様とテオと言う少年は、奥様のことがお好きなご様子ですね。旦那様としては気が気ではございませんでしょう」
「……馬鹿馬鹿しい」
「おやおやそうですか。ちなみにカイル様は赤いバラの花束をご持参になられましてね。奥様はそれはそれは嬉しそうで――、おや、旦那様は久しぶりに帰ってこられたのに手ぶらでございますね」
「……ヨハネス」
「なんでございましょう」
ランドールがおむつをしていたときからこの邸に勤めているヨハネスは、どれだけランドールが睨もうとどこ吹く風だ。
ヨハネスはさすがにいじめすぎたと思ったのか、仏頂面のランドールに言った。
「奥様の焼いたクッキーですが、私もいただきましてね。年寄りには少々多いので、旦那様がお手伝いいただけますと嬉しいのですが」
ランドールはまだ仏頂面だったが、きっちり閉まっているサロンの扉をちらりと見やったのち、「いいだろう」と不貞腐れたように頷いた。
ヨハネスは素直でない坊ちゃまだと苦笑しながら、
「そう言えば、温室の薔薇が綺麗に咲いておりますね」
とランドールに向けてにこりと微笑んだのだった。
☆ ☆ ☆
キーラ・グラストーナは手に持っていたグラスを壁にたたきつけた。
グラスは壁にあたってパリンと音を立てて砕け散る。
「まったく、使えない男だったわ……!」
あの男のせいで一か月の謹慎だ。扉の前には兵士が二人立って、常にキーラを見張っている。少し外の空気が吸いたいと庭に降りようとしても、ぞろぞろと後ろに兵士がついてくる。窮屈と言ったらない。
キーラは怯えたように部屋の壁際に立ち尽くしている侍女たちを振り返った。
「さっさと片付けなさい!」
侍女たちはビクリと肩を震わせて、キーラの割ったグラスの後始末をはじめる。
キーラはそんな侍女の背中に扇を投げつけて、どかりとソファに腰を下ろした。
「見てなさいよ、いつか絶対に、追い出してやる……!」
第二話終了です!お読みいただきありがとうございました!また、感想をくださった方、お気に入り登録してくださった方、評価くださった方、まことにありがとうございます!!
第二話に別に副題をつけるなら「ランドール、嫉妬を覚える」でしょうか笑。超絶ニブチンで堅物の彼はそれを嫉妬とは認識しておりませんが…。
さて、第三話は新婚旅行編になる予定です。この状況で「新婚旅行?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、種明かしは第三話までお待ちいただければと思います。ちなみに、カイルは引き続き登場します!
第三話の開始は決まりましたらあらすじ欄にてご報告いたします<(_ _)>




