悪役令嬢、メイドになる! 3
ランドールの従者が彼に報告に行く少し前のこと。
「あら、このワンピース、可愛いですね! よく見ると小さな花模様が入っていて!」
「でしょう? ドレスもいいけど、城下で流行っている庶民向けの服も、最近可愛いのが増えて来てるのよ。うちの侍女たちに買いに行かせたんだけど、すっかり気に入っちゃって、自分たちのも買って来たみたいなのよね」
「わかります! わたくしもほしくなりますもの。あっ、このピンクのワンピースはソフィア様にぴったりですわ!」
「イゾルテはこの淡いブルーのワンピースが似合いそうね」
「アリーナ様はこのエメラルドグリーンのものが」
「オリオンにはやっぱりこの黒と白のゴスロリっぽいのを着せたいわ」
「ごすろり?」
「こういうフリフリしたやつ」
「へー! こういうの、ごすろりって言うんですね!」
ソフィアとオリオンは、アリーナの侍女が城下の庶民向けの服飾店で買ってきたというワンピースを前にきゃいきゃい騒いでいるイゾルテとアリーナを遠巻きに眺めていた。
「……わたし、さすがにゴスロリは勘弁よ」
「オリオン、わたしに着せるつもりのあのピンクのワンピースも似たり寄ったりだと思うのよ」
「本当に今、市井でああいうのが流行ってるの?」
「さあ……? わたしが暮らしていた時は、もっとシンプルなワンピースを着ていたけど。まあ、わたしの家が貧乏すぎたのもあるのかも」
「で、あのワンピース、何に使うの?」
「何に使うのかしらね?」
朝早くからやってきたアリーナは、大した説明もないままにソフィアの部屋でワンピースを広げはじめた。
可愛いものに目がないイゾルテが興奮し、二人そろって騒ぎはじめたはいいが、いったいそのワンピースをどうしたいのか、ソフィアたちにはさっぱりわからない。
アリーナのすることだから、おそらく何か意味のあることだと思うのだが――、話の雰囲気から行って、このワンピースを着せられるのは確実だろう。普段からドレスを着ているソフィアはまだいいが、いつもシャツとズボン姿のオリオンが、「ゴスロリ」風のワンピースにぞっとする気持ちもわかる。
オリオンはこの世界に転生する前も、基本的にパンツスタイルだった。スカートはあまり好きではなかったようで、高校の制服以外で彼女がスカートをはいたところをソフィアは見たことがない。それがいきなり「ゴスロリ」。うん、嫌に決まっている。
「で、アリーナ様。このワンピースを着るのは大賛成ですが、これを着て何をするんですか?」
訊くのも恐ろしいような気がしてソフィアたちが訊ねなかったことをイゾルテが質問した。
アリーナはイゾルテに薦められたエメラルドグリーンのワンピースを体に当てながら、ふふふと楽しそうに笑う。
「決まってるでしょ! 三日月亭で潜入捜査よ!」
「……はい?」
ソフィアは思わず目が点になった。
今、アリーナはすごいことを言わなかっただろうか?
まさかとは思うが、そのワンピースを着て三日月亭に張り込むつもりなのだろうか。悪目立ちもいいところである。
「あんた、娘四人でそんなものを着て店に入ったら目立ちすぎて捜査なんてできるはずないでしょ」
オリオンがもっともらしく言うと、アリーナはふふんと鼻を鳴らした。
「あら、客として行くんじゃないわよ」
「じゃあ何するのよ」
「決まってるでしょ、給仕よ!」
「……メイド喫茶かよ!」
オリオンが額に手を当てて息を吐きだした。
「あら、三日月亭の主人に『社会奉仕の一環で一日だけお願いします』と言ったら二つ返事でオッケーくれたわよ?」
すでに三日月亭の主人にまで了承を取り付けてきているらしい。アリーナの行動力には舌を巻く。けれども、彼女がソフィアのために動いているのは明白なので、さすがに不安を覚えるものの、ソフィアは否とは言えそうもなかった。
「さ、早くこれに着替えてちょうだい! 髪形も町娘風に変えるわよ! ソフィアはあのあたりじゃ顔が知られてるし、ついでにこのウィッグと、化粧で顔を変えて、この眼鏡もつけてね!」
「う、うん……」
イゾルテから焦げ茶色のウィッグと丸眼鏡を受け取って、ソフィアは覚悟を決めるかと肩を落とす。
一方オリオンは最後まで抵抗を続けて、「せめてもっとシンプルなワンピースをよこしなさいよ!」とゴスロリワンピースを手にわめいていた。