悪役令嬢と父を名乗る男 1
「その男、確かにソフィアの父親だと言ったのよね?」
次の日、ソフィアはアリーナを緊急招集して、オリオンと三人、顔を突き合わせていた。
レヴォード公爵邸のお茶会から帰ってきてから深刻そうな表情を浮かべているソフィアを、イゾルテはひどく心配していたが、奥様のご友人方との語らいを邪魔してはいけないと気を使って外に出てくれている。
転生者三人だけとなった室内で、ソフィアは昨日のことを詳しく説明することにした。
レヴォード公爵邸のお茶会から帰ろうとしたときに突如として現れた男は、自らをソフィアの父と名乗った。
男の名はガッスールといい、ソフィアの母リゼルテが城に勤めていた際、門番として雇われていたらしい。リゼルテが城を追われて少ししてガッスールも仕事をやめ、彼女を探したが見つけることができなかったという。きっとリゼルテは身ごもっていたことを知り、ガッスールに迷惑はかけられないと、自分の前から姿を消したのだろうとガッスールは語った。
「それはちょっと矛盾しているわね。だってソフィアのお母様は陛下と関係を持ったから城を追われたのよ。他に恋人がいたらおかしいわ」
「よねぇ?」
「わたしもそう思ったんだけど、ガッスールさんはわたしが自分の子供だって言い張って聞かないの」
あのときソフィアは混乱していて、ガッスールさんはそんな彼女に、今はソフィアがかつて暮らしていたあたりに住んでいるから会いに来てほしいと言って去っていった。
普段からソフィアのことを偽物の王女だと言うランドールも、さすがに突然現れたガッスールに驚いていて、彼のことはこちらで調べるから安易な行動は避けるようにとソフィアに釘を刺した。
「わたし、『グラストーナの雪』の攻略本も設定集も買ったけど、ガッスールさんの名前jは見たことがないわ」
「……あんた、設定集まで買ったの」
オリオンがあきれ顔をしたが、アリーナが隣で「あら、わたくしも持っていたわ」と言ったから、ソフィアをからかって遊ぶのをやめたらしい。
「設定集にはソフィアは陛下の子供だと書かれていましたもの。ガッスールが父親なはずないわ」
「でも、違うならどうしていきなり現れたのかしら? 本人は、母さんと恋人同士だったっていうけど」
「その線も、ありえないと思うわ。侍女と門番よ? 接点があるとは思えないもの」
「でもさ。あんたの父親でもお母さんの恋人でもないなら、ガッスールは嘘をついていることになるわよね。なんでわざわざそんな嘘をつく必要があるのよ」
オリオンがもっともらしいことを言うと、部屋の中に沈黙が落ちる。
もし――、もしも、だ。
ガッスールが言う通り彼がソフィアの本当の父親なのであれば、ソフィアはいったいどうなるのだろう?
ガッスールがソフィアの父親だという証拠が集まれば、ランドールはどこの誰とも知れないソフィアとは離婚するに違いない。それどころか、国王を謀った罪に問われる可能性もある。
「……グラストーナの雪のストーリーにはなかったけど、もしもガッスールさんがわたしの父親だったら、これは間違いなく破滅エンドまっしぐらよね?」
「そうね……。投獄、追放――、最悪死罪なんてことも……」
「いやああああああ!」
ソフィアは頭を抱えて叫んだ。
まずい。これはまずすぎる。
「どうして! まだゲームのプロローグもはじまってないわよ! 二年後よ! おかしいでしょ!」
「落ち着いてソフィア。まだガッスールがあなたのお父様だと決まったわけではないわ」
アリーナが慌ててソフィアをなだめようとするが、最悪の未来を想像してパニックになりかけているソフィアは、立ち上がると部屋の中を歩き回る。
「ランドールに離婚される! 処刑されたらどうしよ―――!」
ソフィアを偽物扱いするランドールはきっとソフィアをかばわない。
「ちょっと冷静になりなって。まだ決まったわけじゃないし。調べて見ないことには何もわからないでしょ」
オリオンはソフィアの手を掴んでソファに座らせる。
「とりあえずガッスールが本当に城で門番をしていたのかどうかから探ってみましょう。そのときにあなたのお母様と接点があったのかどうかも。わたくしに任せて」
アリーナがソフィアの肩にぽんと手を置いた。