悪役令嬢はお茶会にお呼ばれする 3
珍しくランドールが帰ってきたと思えば、茶会の招待状だと封筒を渡されてソフィアは「ついに来た!」と身構えた。
だが、差出人であるレヴォード公爵と会ったことは一度もなく、顔も思い浮かばない。
どうやらソフィアは不思議そうな顔をしていたらしく、ランドールがついこの前まで領地で静養していた年配の公爵だと教えてくれた。ソフィアが城へ引き取られる前に領地へ引っ込んでしまったらしい。公爵の腰の具合がいいから王都へ戻ってきたそうだ。
ランドールから、公爵夫人がぜひにともソフィアに会いたいと言っていると聞いて、ますます不思議だったが、相手は公爵。お近づきになっていて損はない。ましてや公爵夫人は今年五十五らしく、キーラの息のかかった同年代の令嬢とは違って、ソフィアへの当たりは強くないはず。
ランドールはソフィアに封筒を押し付けると、五日後の茶会の日にまた迎えに来ると言ってさっさと城へ戻って行った。
用がすめばさっさといなくなったランドールに、ソフィアは少し寂しくなったが、茶会と聞いた侍女のイゾルテが張り切りだして感傷的になる暇はなかった。
ソフィアにおしゃれをさせることに生きがいを感じているらしいイゾルテは、さっそくクローゼットを開けて当日着るドレスの物色をはじめて、ソフィアが唖然としている間に執事のヨハネスが呼ばれて、五日後までにお茶会で恥をかかないように、みっちりとレッスンのスケジュールが組まれた。教師はヨハネスの息子の嫁である、メイドのレベッカである。
(今日はいいお天気ですね、よね)
はじめてのお茶会で緊張するけれど、しっかり練習したから大丈夫――と気合を入れたソフィアは、お茶会当日、しとしとと降りはじめて雨にショックを受けた。空は曇天。ちっともいい天気じゃない!
(雨の日ってなんて言えばいいの……?)
雨の日の練習をしていなくてソフィアが唸っていれば、オリオンがあきれたように「天気の話をしなきゃいけないってルールはないでしょ」と嘆息した。
「そうなの?」
「そりゃそうでしょ。第一雨の日に庭でお茶会なんかしないわよ。邸の中よ。サロンに決まってるでしょ。褒めるならサロンを褒めなさいよ」
「なんて褒めるの?」
「知らないわよ。わたし、レヴォード公爵家の邸に行ったこともなければサロンに入ったこともないもん。見てから考えな」
ソフィアは途端に不安になった。
もし今日失敗したら、ランドールに何を言われるかわからない。ラブラブ夫婦計画が遠のく! 失敗できない。
「そんなに固くならなくても、奥様ならばきっと大丈夫ですわ!」
奥様評価の高いイゾルテが、鼻歌交じりにソフィアの髪をくるくると巻きながら言う。もともとゆるく波打っているソフィアの金色の髪であるが、今日はいつもよりもきつめに巻いて真珠の髪飾りでまとめるらしい。イゾルテは「今日のテーマは人妻の艶です!」というが、ソフィアには「艶」が何なのかわからない。
ドレスは落ち着いたダークグリーンに金糸の入ったもので、手袋は白のレース。全体に化粧は薄めだが口紅は薔薇のように艶のある紅を使い、耳元には小ぶりの真珠のイヤリングである。
イゾルテが「今日の奥様は世界一!」と大絶賛したところで、ランドールが迎えに来たとヨハネスが呼びに来た。
ソフィアが邸の大階段を降りると、ランドールは玄関で待っていた。ソフィアが下りてくる気配を感じて顔を上げ、軽く目を見張る。
ソフィアと一緒に階段を下りていたイゾルテは、ランドールの見せた表情に大満足だった。そうだろうそうだろう、奥様はいつもお美しいが今日はまた渾身の出来だ。たっぷりと感動するがいい。
イゾルテは、奥様をないがしろにしているとしか思えないランドールのことが、大いに不満だった。これを機に、少しは考えを改めてはくれないだろうか。
「いってらっしゃいませ!」
しとしとと小ぶりの雨が落ちる中、ソフィアはイゾルテたちに見送られて、ランドールとともに馬車に乗り込んだ。
レヴォード公爵夫人のローゼはおっとりと微笑む品のいい方だった。
プラチナブロンドの髪を一つにまとめて、ザクロを思わせるような鮮やかな赤を差し色に使ったダークグレーのドレスを身にまとっている。
レヴォード公爵家について少しして、ランドールは公爵と、その息子のカイルとともにいなくなってしまい、サロンにはソフィアと夫人の二人きりだった。
「すてきなサロンですね」
まずは「褒める!」というアリーナの教えを思い出して言えば、夫人はまるで少女のように笑った。
「そう? 嬉しいわ。秋だから少し落ち着いた色合いで模様替えをしてみたのよ。若い人には落ち着きすぎているみたいで息子には不評なんだけど、わたくしはこの紅葉した葉のような赤が好きでねぇ」
「あ、わかります! わたしも紅葉した葉の色は好きです」
「あら本当? ふふふ、お顔立ちも似ていらっしゃると思ったけれど、そういうところもお母様にそっくりなのね」
ソフィアはびっくりした。まさか夫人の口から母のことが語られると思っていなかったからだ。
「母を、ご存じなのですか?」
「リゼルテのこと? ええ知っているわ。だってあの子を城の侍女に紹介したのはわたくしですもの」
「そうなんですか!?」
ソフィアは腰を浮かしかけて、慌てて居住まいを正した。いかんいかん、淑女らしく。迂闊なことをすればランドールに怒られる。ただでさえ遥か遠くある目標「ラブラブ夫婦」。これ以上遠のくわけにはいかない。
(でも、母さんと公爵夫人につながりがあったなんて……)
母の口から、レヴォード公爵夫妻の名前が出たことはない。それどころか、母の家族の話題はついぞ聞いたことがないのだ。母は亡くなるまで自分が「天涯孤独の身」だったと言っていた。
ソフィアは母が語りたがらなかったことに、踏み入っていいものか悩んだ。聞きたいけれど、聞いてはいけないような気もする。
夫人はメイドを呼んで、一枚の小さな肖像画を持ってこさせた。色褪せた肖像画は、母に似ているような気もしたけれど、少し違うような気もした。
「この絵はね、あなたのおばあ様のアンネよ。わたくしの親友だったの」
夫人はソフィアに肖像画を手渡すと、昔を懐かしむように目を細めた。
「アンネはね、わたくしの遠縁にあたる伯爵家の生まれでね、彼女が他国へ嫁ぐ十七歳までよく遊んだものよ。アンネは十七歳で他国の侯爵家へ嫁いで、二十五歳で離縁してこの国に戻ってきたの。でも、そのころにはアンネのお父様は亡くなられていて、伯爵家は彼女のお兄様が継がれていてね。離縁された妹は一族の恥だと言って、アンネは伯爵家へは迎え入れてもらえなかったらしいわ。アンネは町でひっそりと暮らしながらあなたのお母様であるリゼルテを育てたの。わたくしはアンネが病で死ぬ直前までそのことを知らなくて――、頼ってくれれば、いくらでも助けてあげたのに……」
夫人は淋しそうに睫毛を震わせた。
「ごめんなさいね。あなたをここに呼んだのは、あなたに会ってみたかったのと、昔話に付き合ってほしかったからなの。そして、あなたにお詫びしなければならないことも一つあってね」
「お詫び、ですか……?」
ソフィアがローゼ夫人に謝罪を受けるようなことは何も思い浮かばない。
首をひねると、夫人はソフィアに焼き菓子を勧めて、その前にもう少し昔話に付き合ってねと笑った。




