悪役令嬢はお茶会にお呼ばれする 2
城のランドールの私室にレヴォード公爵が訪れたのは、そろそろ仕事を切り上げようと、ランドールが羽ペンをおいたときだった。
レヴォード公爵は六十手前ほどのすらりと背の高い老紳士だ。ダークグレーの短めの髪を撫でつけて、洒落たステッキを片手にやってきた公爵に、ランドールは首をひねった。
二年前から腰を悪くしていた公爵は、領地で療養生活を送っていたはずだ。いつ戻ってきたのだろう。長年子供ができなかった彼には、年を取ってからできたランドールと同じ年の息子が一人おり、王都の公爵邸はその息子が管理している。てっきりこのまま息子に爵位を譲り、領地で隠居生活を送るのだと思っていた。
「遅ればせながら、結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。公爵は腰の具合はもうよろしいのですか?」
「ええ。もうだいぶ。といっても痛むには痛むのですがね。妻が今年は王都に行きたいというもので、少々無理をすることにしたのですよ」
穏やかに微笑むレヴォード公爵は愛妻家で有名だ。四つ年下のローゼ夫人に弱く、よく夫人の我儘に振り回されているようだが、常ににこにこ笑っている。
(まあ、夫人も公爵が動けないほどであれば無理は言わないだろうから、無理ができる程度には回復したのだろうな)
レヴォード公爵の領地には温泉が湧いており、腰の回復はその効果が出たのかもしれない。
ランドールはレヴォード公爵にソファを進めると、城のメイドに頼んで紅茶をいれさせた。
公爵は紅茶に砂糖を一つ落とし手かき混ぜながら、ランドールが答えにくいことを問いかけてきた。
「新婚生活はいかがですかな?」
レヴォード公爵はつい最近まで領地にいたから、ランドールが城に入り浸って公爵家へ戻っていないことを知らないようだ。ランドールは答えに詰まり、「ええ、まあ」と曖昧に返した。
結婚してからまともに公爵邸へ帰っていないランドールに、新婚生活も何もない。というか、結婚した実感すらない状態である、
ランドールはソフィアのことをいまだに偽物の王女であると思っているし、彼女と結婚したのはあくまで監視のためだ。
「ソフィア王女殿下は十四歳まで市井で暮らしていたとか。何かと大変な思いもされていらっしゃることでしょう。余計なお世話かもしれませんが、大切にして差し上げてください」
レヴォード公爵はそんなことを言いにわざわざやって来たのだろうか。まさか、ランドールがヴォルティオ公爵家に帰っていないことを知っているのだろうか。レヴォード公爵と国王は仲がいい。国王に言われてランドールに苦言を呈しに来たということも――、あり得なくは、ない。
にこにこと穏やかに微笑むレヴォード公爵の考えていることが読めず、ランドールが居心地の悪さを覚えたとき、公爵から一枚の手紙を差し出された。
「妻がこれをソフィア様にと。王都へ戻ってきたから茶会を開きたいそうでしてね。ぜひ、ソフィア様をお招きしたいとのことで。もちろんあなたもですよ、ヴォルティオ公爵」
「……私も、ですか」
婦人たちが茶会を開くことはよくあるが、そこに彼女たちの夫が参加することはほぼない。どうしてランドールまでが招待されるのだろうと疑問に思っていると、公爵が小さく笑った。
「不思議そうな顔をされていますね。茶会と言っても今回招待するのはソフィア様とあなたのお二人だけですよ。ただ単に、妻がソフィア様にお会いしたいらしくてね。ソフィア様お一人をお呼びすると心細く思われるかもしれませんので、公爵もご一緒に。なに、女性の話は長くてときに退屈ですからな、妻とソフィア様が話している間、あなたは私や息子とともにチェスでもいかがですかな」
なるほど。どうして夫人がソフィアに興味を示したのかはわからないが、そういうことであれば断るのも失礼だ。
ランドールは久しく見ていなかったソフィアの顔を思い浮かべて、仕方がないと頷いた。