プロローグ
たくさんの感想ありがとうございました。
その中でオリオンの名前が「オニキス」となっている部分について指摘を受けましたが、すみません。当初オニキスの名前にしていて途中で改めたので修正漏れがありました<(_ _)>
また、お気に入り登録や評価をいただきましてありがとうございました!励みになります。
それでは、第二話もどうぞよろしくお願いいたします。
グラストーナ国、城下――
分厚い城壁に覆われた城下町には、中央の城から放射線状に広がる六本の大通りがあり、城に近いほどに名のある貴族の邸が集まり、城壁に近いほどに貧しい者たちが暮らしている。
そんな城下の、東の大通りの中ほどより城壁よりにある区画に、近隣の住民たちから愛される「三日月亭」はあった。
日の暮れはじめとともに軒先のランプに赤い灯がともり、すっかり日が落ちるころには狭い店内の中は、すべてのテーブルが埋まってしまうほどに賑わう。
出されるのは安酒と簡単な料理だけであるが、現在の店主の父の代から続いていることもあり、連日のように通う常連も少なくない。
そのため、三日月亭に通う常連たちは、普段見ない顔ぶれには敏感で、とくにはじめて見る人間には興味と、そして自分たちの楽園を脅かすかもしれないという小さな警戒をもってして、遠目からじっと視線を注ぐ。
三日月亭の店主である小太りの男は、その「見ない顔」が店の隅の席に着いたとき、「おや」と顔を上げた。
席には二人。一人は一年ほど前にこの近くに越してきた男で、三日月亭にも何度も来たことがある飲んだくれだ。彼はギャンブル好きで、いつも借金取りに追われていた。こんなところで借金した金で飲んでいる暇があるなら、少しは働いたらどうだいと忠告したこともあるが、聞く耳は全くなさそうであった。
だから、その男が店に来ていることには不思議はない。不思議なのは、その男の目の前に、目深にフードをかぶった人間が座っていたことだ。
その人間は、どうやら女らしかった。顔は見えないが、小柄で華奢な体つきをしているし、外套の袖から除く手が細く、日に当たったこともないのかと思うほどに白かった。
フードの端から零れ落ちている一房の髪は、見事な金色をしている。
あきらかに訳ありと言った様子の雰囲気に、三日月亭の店主をはじめ、店内にいる客たちは興味津々だった。
あのギャンブル好きのろくでなしが女を連れていること自体興味を引くというのに、その女が、まるで人目を気にしているかのように顔を隠しているのだから当然である。
二人はこそこそと、まるで内緒話をするかのように小声で話している。
常連の一人から目配せを受けた店主は、注文を聞くふりをして二人に近づいた。四十をとうに過ぎた冴えないギャンブル好きの男と、顔を隠した女。娯楽の少ないこのあたりの人間にとっては、かっこうのネタである。逃す手はない。
「何を飲みますかい?」
店主が話しかけると二人はぴたりと話すのをやめて、男は麦酒とつまみの塩ゆでした豆を頼んだ。女は何もいらないらしい。
店主が注文を受けて下がると、二人は小声で内緒話を再開した。
いよいよ訳ありのようだ。
麦酒と豆を持って行くついでに探りでも入れてみようか――、店主がそう思った矢先、女が机の上に革袋をおいて立ち上がった。ひどく重たい音がしたが、いったい何が入っているのだろう。
女は狭い店内のテーブルの隙間をすり抜けて、さっさと店を出て行ってしまい、残された男に客たちの視線が集まる。
男は革袋を大切そうに懐へ納めると、顔を上げてにやにや笑いながらこう言った。
「店で一番上等な酒を肉を持ってきてくれ」
店主は耳を疑った。