書籍化記念SS とある日の夫婦の会話
本作がベリーズ文庫さんから書籍化いたしました!
それを記念して、エピローグのそのあとのちょっとした日常の一コマを書いてみましたのでお楽しみいただけたら幸いです!
書籍の方もよかったらお手に取っていただけたら嬉しいです(#^^#)
「あんたその思い出し笑いやめなよ。もう一週間も経ったのに。どこから見ても変な人にしか見えないんだけど」
窓際に座って、ぼーっと外を見るでもなく見ながら、ソフィアがにやにや笑っていると、どうやら窓に笑み崩れたその顔が映っていたらしい、「護衛」と言いつつお菓子を食べていたオリオンがあきれ顔で言った。
前世からの親友の辛辣な言葉にちょっとだけムッとしたけれど、基本的に今の自分は何を言われても寛容でいられる自信がある。
だって、結婚式だ。
義務ではなく、ランドールの意思であげた結婚式!
まさかランドールが愛を誓ってくれるなんて思わなかった。
結婚式から一週間だろうが一か月だろうが一年だろうが、ソフィアはあのときのランドールのカッコよくて優しい微笑みを思い出すだけで自分が幸せでいられる自信がある。
「ランドール……カッコよかった」
「あーはいはい」
聞き飽きたのか、オリオンが適当な返事をしてクッキーを頬張った。
ソフィアは今、住み慣れたヴォルティオ公爵家の自室にいる。
ランドールが王位継承権一位になって、国王の下で本格的に次期王として学ぶことになったけれど、住む場所は城に移さずに公爵家のままだった。
本来、嫡子でない人間を王位継承権一位に据える場合、国王の養子として王太子を名乗らせるのだそうだが、ランドールの場合は国王の実子であるソフィアとすでに結婚している。そのため即位するまでランドールは今のままヴォルティオ公爵の地位に置くことになって、ソフィアも公爵夫人のままだから、住む場所を城へ移さないことになったのだ。
王位継承権一位と言っても、まだまだ国王は元気なので、ランドールが即位するのはずっとあとになる。
父王などは、ソフィアとランドールの間に数人子供が生まれて、王家にも公爵家にも跡取りに困らなくなったころに即位すればいいのではないかと言っていたので、本当に十何年も先のことになりそうだ。
ランドールが帝王学やらなんやらの国王教育で忙しくなったので、公爵家の雑務に時間を割く暇がなく、領地からランドールの両親も公爵家に移住してきて、ソフィアの周りはとても賑やかだ。
「あんた、午後から勉強じゃなかったっけ? そろそろ準備した方がいいんじゃないの?」
思い出し笑いをしていたらすっかり時間が経っていたらしい。時計を確認したソフィアは慌てて立ち上がると、侍女のイゾルテを呼んで服を着替えた。午後からは義母のエカテリーナに礼儀作法を習うのだ。ランドールが国王になるということはソフィアは王妃になるということなので、ソフィアにも学ばなければならないことがたくさんあるのである。
ランドールはすっかり優しくなったので、頑張っていたら褒めてくれる。今日も頑張ってエカテリーナに学んで、夕方に帰ってきたランドールに褒めてもらうのだと明後日な方向に気合を入れたソフィアは、イゾルテとオリオンとともにエカテリーナの待つ部屋に急いだ。
「ソフィア。カーネリア王女は何とかならないのか?」
夕方になって帰ってきたランドールに今日の行動を報告して「よく頑張ったな」と褒めてもらったソフィアは、夕食まで時間があるからと夫婦の部屋でランドールとお茶を飲みながら続く彼の言葉を聞いて、目を丸くした。
「え? カーネリア王女、まだお城にいるの?」
「……まだ妹との仲を深めていないから帰らないと言って、当たり前のような顔で居座っているな」
なぜかソフィアを「妹」と呼んで気に入っている大国サラドーラの王女カーネリア。超ハイテンションでソフィアに突進してきて抱きつぶす危険人物である。
一度公爵家に押しかけてきてランドールの指示で使用人たちに追い返されたのは記憶に新しく、それ以来訪問がなかったからてっきり国に帰ったのだと思っていたが違うらしい。
ランドールが心底嫌な顔をしているところを見ると、追い出そうとして失敗したあとのようだ。
これは諦めて、カーネリアに会いに行かなくてはならないらしい。あの巨乳でぎゅうぎゅう抱きつかれると本気で窒息死の危険を感じるので非常に嫌なのだが致し方ない。カーネリアは王妃の起こした騒動で一役買ってくれていて、助かったのも事実なので、無碍にもできないのだ。
テンションは高くて非常に面倒くさいが悪い人ではないので、ソフィアと遊んで満足したら帰ってくれるだろう。
隣に座っているランドールが、「お前は変な人間に好かれるな」と嘆息した。
そんなことはないと否定したかったが、カーネリア然り、海賊のダルターノ然り、確かにちょっと普通ではない気がして言い返せなかった。
でも、ちょっと不満が残るののでむっと唇を尖らせていると、苦笑したランドールが腕を伸ばして、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。最近はこういう些細な触れ合いが増えた。ランドールによしよしされてころっと機嫌を直したソフィアは、甘えるように新婚の夫にすり寄った。……夫。なんていい響きだろう。
「忙しくて遊びに連れていってやれなくて悪いな」
たしかに結婚式から今日まで遊びに行くどころかランドールにはろくな休みもなかったが、王妃たちの件で国が混乱しているので忙しいのは仕方がない。
国王教育もそうだが、もともとランドールは国王の補佐もしていたので、当面は仕事に追われて休む暇はないだろう。
それに、ソフィアとしてはランドールがこうして毎日帰って来て、優しくしてくれるだけで大満足なので、遊びに行けないことについては何も不満はない。
しかしランドールは気にしているのか、「どこかで時間を作る」と真面目腐った顔で言うからおかしくなった。
「わたしは、こうしてランドールとおしゃべりするだけで楽しいか大丈夫だよ?」
「だが……」
ランドールは変に真面目なので、どうせ、新婚の妻を放置している状況が心苦しいのかもしれないけれど、本当に大丈夫なのだ。
このままだとずっと気にしそうなので、ソフィアは何か別の話題がないかと考えて、ふと思い出した。
「ランドール、そう言えば今日手紙が来ていたんだけど、おばあ様が近いうちにこっちに来るんだって」
「は?」
おばあ様、の一言にランドールが大きく目を見開いた。
おばあ様――王太后クレメンティン。言わずと知れたソフィアとランドールの祖母であるが、ランドールはこの厳格な祖母のことがどうも苦手な様子で、ひくっと頬をひきつらせた。
「……いつ?」
「確か来週とかって。お城はバタバタしているだろうから、公爵家に滞在するって――ふふ、ランドール、手紙を見たときのお義父様と同じ顔してる」
義父も厳格なクレメンティンには苦手意識があるようで、「母上が来るのか……」と青い顔をしていた。クレメンティンは子育てに相当厳しかったようだ。
(来るって聞いただけでこの様子じゃあ、ランドールの教育課程を見に来るって情報は出さない方がいいかなあ? でもたぶん、お義父様あたりから聞くよねえ?)
ランドールが次代の王になると聞いて、クレメンティンは張り切っているようなのだが、それを知ったら真っ青になる気がする。
ランドールが両手で顔を覆って天井を仰いでしまったので、ソフィアがランドールの指の間からツンツンと頬をつつけば、ぐいと引き寄せられてランドールの腕の中にすっぽりと包み込まれた。ソフィアをぎゅうっと抱きしめながら、ランドールが重たいため息をつく。
「おばあ様が来る前に、邸の中の大掃除だな」
「うん。それは今日のうちにお義母さまがヨハネスに指示を出してたよ」
嫁姑の関係は良好のようで、義母はクレメンティンにそれほど警戒はしていないようだったけれど、不快な思いをさせてはいけないからと、普段は年に数回しか掃除しないところまできれいにするようにと言っていた。
ランドールの腕の中でくすくす笑っていると、「笑い事じゃない」とランドールが睨むふりをする。
ランドールはそう言うけれど、以前のランドールならばソフィアの前でこんな気を許したような表情はしなかっただろうし、クレメンティンが来たとしても「おとなしくしていろ。ヴォルティオ公爵家に泥を塗るようなことをするな」くらいしか言わなかっただろうから、こうして二人でクレメンティン対策を考えている今がとても楽しいのだ。
「王妃がいなくなったから、おばあ様、もしかしたら王都に戻ってくるつもりなのかな?」
クレメンティンは王妃に気を遣って離れたところにある王家の離宮で生活をしていたが、王妃が捕まって、国王には妃が一人もいない状況になったので、もしかしたら王妃のかわりに雑務を担うため、王都で生活することにするのかもしれない。
ソフィアがそう言うと、ランドールがあからさまに顔をしかめた。
「……恐ろしいことを言わないでくれ」
ランドールはそう言うが、この予想は案外当たりそうな気がしている。
ソフィアは笑って、近いうちに周辺がにぎやかになりそうだなあと思いながら、ランドールの腕の中でそっと目を閉じた。
お読みいただきありがとうございました!
話題のクレメンティンがどんなおばあ様なのかは書籍の巻末SSでご確認くださいませ(^^♪
また、現在、以下2作品の新連載をしていますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
【幼少期に捨てられた身代わり令嬢は神様の敵を許しません】
https://ncode.syosetu.com/n4576hn/
【聖女の身代わりとして皇帝に嫁ぐことになりました】
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