悪役令嬢と最後の事件 3
シリルを見た興奮から落ち着いたアリーナの話によれば、パーティーのときにソフィアにドリンクを差し出した給仕が、ソフィアに毒を持った犯人とのことだった。
アリーナは前回、ソフィアの乗った馬車の馬に毒矢が放たれた際、その犯人が死体で見つかった流れから、今回も口封じをされる可能性を考慮して犯人の確保に動いたらしい。
カーネリアという他国の王女の歓迎パーティーのため、普段よりも厳戒態勢が敷かれていたパーティー会場に不審者が侵入できるとは思えない。すると、会場内で働く給仕もしくは招待されている貴族たちの中に犯人がいると考えられるが、毒が含まれていたのがドリンクだったため、アリーナは給仕から調べることにしたそうだ。無差別に人を狙った犯行ではなく、ソフィアという特定の人物を狙った犯行のため、特定の人物にドリンクを渡せる給仕が一番可能性が高いと踏んだからである。
案の定、犯人はソフィアにドリンクを持ってきた給仕だった。王家に仕えている使用人であれば、ソフィアがアルコールに強くないことは情報として持っていても不思議ではない。一つだけ持ってきたアルコールの入っていないジュースに毒を含ませておけば、ソフィアがそれを手に取る可能性は極めて高いというわけだ。
「給仕は金に釣られての犯行だと言いましたが、命を狙われる危険があるとは思いもしなかったようです。それもそのはず、以来相手が王妃ですから、罪に問われたり命を狙われたりするとは思わなかったのでしょう。わたくしが彼を保護したときは、すでにオルト公爵の手のものに襲われた後でしたが、運よく軽いけがで逃れたようで、真っ青になって震えていらっしゃいました。命を守るという条件と引き換えに、すべてを話してくださいましたわ」
アリーナの手際の良さに、ソフィアだけではなく、この場にいたすべての人間が驚愕に目を見開く。
アリーナほど、味方にいて心強い人間はいない。
アリーナはソフィアを見てにっこりと微笑んだ。
「そちらの証拠と合わせて、これで、断罪するに足るでしょうか?」
ソフィアがランドールの方を向けば、彼は大きく頷いた。
「ことがことだけに陛下へ事前に相談したほうがいいだろうが、これでカイルの有罪は取り下げられるだろう」
☆
二日後、ソフィアとランドールは国王にすべてを打ち明けた。
国王の部屋にはレヴォード公爵もいたが、彼は信頼に足る人物であり、何よりカイルの父親であるので、国王は退出を求めなかった。
すべてを聞き終えた二人はしばらく沈黙したが、やがて疲れたように息を吐き出した。
「そうか」
絞り出すようなその声が、すべてを物語っているような気がした。驚きも憤りもしない。ただ、事実を認めて納得するような、声。国王はきっと、薄々気がついていたのだ。気がついていながら気づいていないふりをしてきた。だからソフィアとランドールに告げられた事実に驚きはしない。見なくもなかった現実を突きつけられて、どこか茫然としているのかもしれない。
しかし、国王の隣で、レヴォード公爵がさほど顔色を変えなかったことには驚いた。国王のよき友人であるこの人もまた、きっとどこかでわかっていたのだろう。息子の無罪を勝ち取れる安堵の混じった冷静な顔で、国王の肩に手を置いた。
「陛下」
「……わかっている。だが、目を背けてきたことを突きつけられるとつらいものがあるな。しかもそれで、娘の命が狙われ、弟につらい思いをさせてきたとわかればなおさらだ」
ああ、やっぱり。ソフィアは国王のその言葉で彼が王妃たちのことに気づいていながら目を背けてきたのだとわかった。国王がどのタイミングで不信感を持ったのかはわからないが、結婚当初からではないはずだ。そうであれば、さすがに対処はしていたはずである。おそらく、子供が生まれたあとではないだろうか。国王の性格上、我が子として可愛がってきた子供を、いきなり他人と割り切ることはできないだろ。そして、これまで目をつぶってきた。現実を見たくなかった。黙っていることで、「壊さない」ことを選んだのだ。それが為政者として正しいのかについてはわからないが、優しい父ならそうしてもおかしくない。
そしてまた、ランドールにとってもこの現実はつらいものだったのではないだろうか。彼はキーラを可愛がっていた。そのキーラが王の娘ではなくソフィアを狙った。正直、ソフィアは彼がソフィアを取るとは思っていなかった。キーラをかばう立場に回るのではないかと、心の中で不安に思っていた。でも、ランドールはソフィアを選んだ。これが、ランドールの言った「正しく夫婦であろうと思う」という言葉の答えなのだろうか。わからないが、ソフィアは嬉しかった。
王は一度目をつむり、それから開いた時は完全に為政者の顔をしていた。
「これ以上黙ってみておくことはできない。レヴォード、すべてを終わらせるぞ。そしてランドール。王妃を――第一王子の出自を明かすということはどういうことになるか、わかっているか」
ランドールはまっすぐに国王の目を見返して、薄い微笑とともに頷いた。
「父からも言われました。……もう、覚悟はできています」
「ならばよい。ソフィア、そなたも覚悟ができているか? いずれこの国の、王妃となる覚悟が」
ソフィアはゆっくりと目を閉じた。
ヒューゴの王位継承権が消えるとともに、ランドールの継承権が繰り上がるのはわかっていた。彼の妻であるソフィアが、これから進むべき未来も。ソフィアはずっと市井育ちで、まともな教育も、ランドールの元に嫁いでから行った僅かなもののみ。だから、不安がないわけではない。十六歳という年齢で、これから必要な教育をすべて終えることができるのか、自分は王妃の器なのか、考えれば心配なことがたくさんでてくる。けれども――
ソフィアは目を見開いてランドールを見上げた。彼はまっすぐ見下ろしてくる。ソフィアを嫌っていたはずの彼は、ソフィアとはじめからやり直すことを選んでくれた。ソフィアを見てくれると、言ってくれた。だから、大丈夫だと、ソフィアは頷いた。
「わたしがふさわしいのかはわかりませんが、ランドールの妻として、精一杯彼を支えたいと思います」
悪役令嬢ソフィアである自分だ。これからも何かが起こるかもしれない。まだ本来のゲームのはじまりの地点でもない。けれども、破滅に向かうフラグのことばかり考えていては――自分の都合ばかり考えていては、だめなのだ。これからは。
ランドールがホッとしたように微笑む。彼もソフィアがどんな答えを出すのか、不安を覚えていたのだろうか。
国王はふっと笑って、そして言った。
「よろしい。では、ここからは私の提案になるが、いいだろうか?」
続けて国王が告げた言葉に、ソフィアやランドール、レヴォード公爵までもが目を剥いた。