悪役令嬢と最後の勝負 1
翌日、ソフィアが城からヴォルティオ公爵家に帰宅すると、ヨハネスがある知らせを持って待っていた。
それは、シリルが本日こちらへ到着するというものだった。
ランドールが驚いたので、そう言えば彼に事情を説明していなかったことを思い出したソフィアはヒヤッとしたが、怒られるのを覚悟でシリルにセドリックから押収した証拠品を持ってきてもらったと伝えると、彼はあきれはしたが怒りはしなかった。
それどころか、思案顔になった彼は、何かを決意するように顔を上げて、シリルが到着したら話すことがあると言った。
その意外な反応に、ソフィアは驚いて、思わずまじまじとランドールの顔を見つめてしまった。
(……てっきり、キーラを疑っていることを怒られると思ったのに)
ランドールにとってキーラは大切な従妹。ソフィアは、そのキーラがセドリックにソフィアを狙うように指示した犯人ではないかと疑って、セドリックから押収した証拠品の中にそれを裏付けるものがないかとシリルに持ってきてもらうように頼んだのだ。てっきり、特大の雷が落ちると思っていた。
もしかしてランドールは、今回の件についてソフィアの知らない何かを知っているのではないか。
訊いてみたいのを我慢しながらシリルの到着を待っていると、彼は午後に、辻馬車を使ってやって来た。ヴェルフントのシリル王子だとばれないようにか、帽子を深くかぶっている。
そこまで変装しなくとも、まさかヴェルフントの王子が黙ってやってくるなんて誰も思わないだろうが、念には念をだそうだ。
シリルと一緒にダルターノが姿を見せると、ランドールはあからさまに顔をしかめたが、ダルターノはどこ吹く風で、ソフィアの手の甲にキスを取すと片目をつむる。
「よお、俺のセレーン」
いつ、ソフィアはダルターノの「セレーン」になったのだろう。海の女神の名前で呼ばれるのはちょっと照れてしまう。
ランドールがむっとした表情でソフィアとダルターノの間に入る。ダルターノと睨みあう二人に、ソフィアがきょとんと首を傾げていると、シリルがやれやれと肩をすくめた。
「ダルターノ、ここまで送ってくれたことには感謝するが、騒ぎを起こすつもりなら船に戻ってくれ」
なるほど、シリルはダルターノの船出来たらしい。
シリルとダルターノをサロンに案内して、メイドがティーセットを用意して去ると、シリルはさっそくテーブルの上に持ってきた袋をおいた。
「これが押収品だ」
「ありがとう、シリル」
ソフィアが袋をあければ、中から宝石類が何個か飛び出してくる。それらをテーブルの上に並べると、ランドールがその中から一つのイヤリングを手に取った。
「キーラのものだ」
ランドールが手に取ったイヤリングは、涙型のサファイアとプラチナでできていた。
ダルターノがランドールの手のイヤリングを見て、「それ、セルキーの涙だろ」と言う。
(セルキーの涙……)
ゲーム『グラストーナの雪』のシリルルートで登場する、キーラのイヤリングだ。セルキーの涙だけでも貴重だが、キーラがどこかの貴族から贈られた贈り物であるイヤリングの裏には、彼女のイニシャルと、グラストーナ王家の紋章である、雪とスノードロップを組み合わせたような模様が彫られているはずだ。
ランドールはキーラが普段身に着けていたイヤリングに見覚えがあったけれど、念のために台座の紋とイニシャルを確かめて、「間違いないな。やはりキーラのものだ」と断言した。
「ランドール……」
ランドールはイヤリングを手に、何を思っているのだろう。
彼はぐっとイヤリングを握り締めると、感情を落ち着けるように大きく深呼吸をして、覚悟を決めるような顔で口を開いた。
「セドリックにソフィアの殺害を依頼したのはキーラで間違いない。実は、この件についてカイルがかなりの証拠を集めいて、それについて俺にも報告が来ている。セドリックと接触した女がキーラであることは疑いようがない。だが、それを裏付ける証拠が足りなかった。……これがあれば、罪に問える」
「じゃあ、カイルは――」
「有罪判決をひっくり返すにも、充分な証拠だ」
だが――、とランドールは目を伏せる。
ソフィアはじっとランドールを見つめて、それからちょっと笑った。
「ランドール、ほかに何か知ってるんでしょ?」
彼はどうやら、隠し事が苦手らしい。それともソフィアが彼の顔をよく見ているからだろうか。彼はずっと、何かを考えるような顔をしている。そして時折、悲痛そうな、まるで泣きたいような顔をするのだ。本人は気がついていないのかもしれないけれど、一緒にいるソフィアには彼の変化がよくわかる。
ランドールはきつく目を閉じると、大きく息を吐いた。
「シリル殿下、ダルターノ、申し訳ないが巻き込ませていただく」
シリルは笑った。
「これを持ってきた時点で巻き込まれるつもりで来てるからな」
ランドールは目を開けて、そして、小さく笑った。