悪役令嬢の領地訪問 4
「こう動かないと体がなまりそうだな」
カイル・レヴォードは雪のちらつく窓の外を見やりながらつぶやいた。
離宮である程度の自由が許されているとはいえ、カイルは幽閉の身。当然武器になるようなものは与えられていないから、素振りなどがしたくとも剣がない。
さすがに部屋の中を走り回るわけにもいかないし、かといって見張りの大勢いる庭を走るのも気まずすぎる。
暇なのと運動不足なのもあって、メイドに自分の部屋に使う薪くらい自分で割ると言って見たが、驚愕と恐縮で泣きそうになりながら勘弁してくださいと言われてしまった。
カイルは換気のために小さく窓を開けて、入り込む冷気から逃れるように暖炉のそばの揺り椅子へ向かう。
揺り椅子のそばの小さな丸いテーブルの上から本を取ると、しおりを挟んでいたページを開いた。
ぱちぱちという暖炉の音を聞きながら数ページほど読み進めたカイルは、集中できないとわかると本を閉じて天井を仰ぐ。
(……考えれば考えるほどわからないな。どうしてキーラ王女はソフィアの命を狙う? ソフィアが憎いのかもしれないが、それだけではどうしても理由にならないような気がする)
第一、ソフィアの命が狙われたのは新婚旅行中の船旅がはじめて。その前のガッスールの一件の時は、命を取ると言うよりは王族から廃そうとしているようであった。もちろん、ガッスールに身元を引き渡したあとで殺害するつもりだったのかもしれないが、それにしても妙である。なぜなら、一番チャンスがあったはずの、ソフィアが城で暮らしていた一年半の間は、彼女は命を狙われていない。
もちろん、嫌がらせのようなことはあっただろう。カイルも人づてに聞いていくつか知っている。けれども、それはどれも些細なことで、命の危険にさらされるようなものはなかったはずだ。
では、どうして今になってソフィアは命を狙われはじめたのか。
「……ランドールと結婚してからというのは、偶然なのだろうか?」
なんとなく。なんとなくだ。カイルはソフィアの命が狙われたことは、単にキーラがソフィアを憎いと思っているからと言うだけではない気がしていた。
もっと裏に何かがあるような――、そんな嫌な予感がしている。
だが、それは何だろう。具体的に何かという糸口まではわからない。
カイルは嘆息して、それからふとソファの上に投げていた新聞が目に留まった。幽閉中でもそとの状況が知りたいからと言って、頼んで取り寄せてもらっている新聞だ。王都から配達されるため当日の日付の物ではないが、閉じ込められているのだから最新の情報でなくともかまわない。
(今日届けてもらったものはまだ読んでなかったな)
カイルは立ち上がり、ふと新聞を手に取った。
そして、何気なくめくった第二面の記事を目にして、思わず手を止める。
「……婚約?」
そこには、大きな見出しでこう書かれていた。
――ヒューゴ王子、サラドーラの王女と婚約か!?
その記事は、少なくともカイルには寝耳に水の記事だった。
カイルはレヴォード公爵の息子である。王子の――、特に王位継承権第一位である第一王子の婚約の話は一朝一夕でまとまることはなく、検討から決定まで少なくとも一年以上はかかるはず。当然、王と親しい公爵の耳も入るはずで、息子であるカイルがそれを知らないのは妙だった。
(……どういうことだ?)
カイルの手元にある新聞は、数ある新聞社の中でも一番信頼できる新聞社だ。新聞社の中には不明瞭なことや、面白可笑しくありもしないゴシップを書き立てるところもあるが、ここの新聞社は裏の取れたことしか書かない。つまりは、この記事はあながち嘘でもないということで――
「……どういうことだ……?」
カイルは今度は口に出して、繰り返した。