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悪役令嬢の領地訪問 2

 キーラはイライラしていた。

 普段キーラのそばに侍っている侍女たちも、あまりにキーラの機嫌が悪いために、何かと理由をつけて部屋から下がっており、室内にはキーラ一人きりだ。

 もっとも、用事があればベルを鳴らせばすぐに駆け付けるだろうから、一人であっても不便はない。というよりも、今は一人になりたかった。

 床には、苛立ちまぎれに引き裂いたクッションが転がっている。クッションから飛び出した真っ白な羽毛がそこかしこに散らばっていて、キーラが少し動けばふわりふわりと宙を舞う。

 キーラは床に転がっていたクッションを掴むと、炎の爆ぜる暖炉の中へと投げ入れた。

 暖炉にクッションを入れると、ぼっと炎が高く上がり、やがてじわじわとクッションを焼き尽くしていく。


「クッションみたいに、さっさと消えてくれればいいのに!」


 キーラは忌々し気に吐き捨てて、どさりとソファに腰を下ろした。

 ソフィアは今、ランドールとともにヴォルティオ公爵領へ向かっているらしい。

 あれほどソフィアを毛嫌いしていたはずのランドールが、ソフィアに付き添って領地に向かったというのが許せない。新婚旅行先で何があったのかは知らないが、ランドールはどうもソフィアのことをひどく気にかけているようだ。以前より城に拠りつかなくなり、仕事もほとんど邸で片づけるようになって、必然的にキーラに会いに来てくれる時間も減った。


 面白くない。

 ランドールは昔からキーラを最優先に考えてくれていた。その優しい従兄の優先順位一位は、いつの間にかキーラからソフィアに変わっている。

 思えば、国王の娘としてソフィアが城に連れてこられたときから気に入らなかった。ソフィアという名前の「国王の娘」は絶対にこの国に存在してはならない。


(しかもランドールと結婚させるなんて、まさかお父様……)


 ぎりり、と奥歯をかみしめる。

 キーラの推理が正しければ、このままだとキーラの立場が危うい。

 ぽっと出てきたソフィアが手に入れるものが増える分、キーラが持っていたものはハラハラと手のひらから零れ落ちていく。

 いつか――

 自分の想像にぞっとしたキーラが思わず自身の腕をこすったとき、こんこんと扉が叩かれた。

 キーラはその微かな雑音にも苛立ち、肩越しに振り返って声を荒げる。


「何!? 今は忙しいのよ!」


 たいていの人間ならば、キーラの不機嫌な声を聞けば大慌てで謝罪して逃げていくだろう。けれども今日の来客は、どうやら違うらしかった。


「ご機嫌斜めなようですね」


 扉越しに声を聞いたキーラは、はじかれたように立ち上がった。

 急いで扉を開けると、そこには五十前後の背の高い男が立っている。銀色に近い金髪に、青い切れ長の瞳をした顔立ちの整った男で、若かりし頃はさぞや美青年だったことだろうと思われた。

 キーラが部屋に招き入れると、男は部屋に散乱する羽毛に肩眉を跳ね上げる。


「侍女が怠慢なようですね」

「あの子たちは用がなければこの部屋には入ってこないもの」


 キーラの侍女たちはキーラの顔色を見て仕事をする。ピリピリしているキーラのそばには誰も近寄ってこないので、呼ばない限りこの部屋には入ってこない。そのうち散らかった部屋を片付けさせようとは思っているが、しばらく誰の顔も見たくなかったから呼んでいなかっただけだ。


「だが、このままだと不衛生だ」


 男はそう言って、部屋の外で見張りをしている衛兵にメイドに箒とちりとりを持ってくるように伝えた。慌ただしくメイドが箒とちりとりを持ってくると、男はそれを受け取って戸惑った様子のメイドを追い返し、自ら掃除をはじめた。

 その様子に、慌てたのはキーラだ。


「そ、そんなことはメイドか侍女にさせれば……」

「君はほかに人を入れたくないのでしょう? このままにしておいて、大切な君が不調をきたしたら大変だ。さあ、君は座っていなさい」


 男が微笑みながらそう告げると、キーラははにかんだように笑って、言われるままに大人しくソファに腰を下ろす。

 掃除を終えてキーラの隣に腰かけた男は、彼女の顔を覗き込みながら訊ねた。


「困ったことになったのかな?」


 先ほどまでの敬語を取り払って、優しい声で男が問えば、キーラは甘えるように男に抱き着いて頷く。


「……あの女、なかなか消えてくれないの」

「なるほどね。だけど、馬車を襲ったのはまずかったかな」


 キーラはびくりと肩を揺らして、小さく顔を上げた。

 不安そうに見上げるキーラに、男は苦笑して、その艶々な金髪を撫でる。


「大丈夫だ。足がつく前に君の雇った男は始末しておいた。誰も背後に君がいるとは思わないさ」

「ほんとう? ……ありがとう」


 キーラは再び男の胸に顔をうずめる。

 男はキーラの頭を撫でながら、


「だけど、早めに手を打った方がよさそうだ。このままランドールに王位をくれてやるわけにはいかないからね」

「……ランドールは、傷つけちゃ、いやよ?」

「わかってるよ。君のお気に入りを傷つけたりしない」

「ならいいわ」


 ランドールは何を血迷ったのか、ソフィアに心を許したようだが、それも気の迷いだ。じきに自分の元へ戻ってくる。キーラは薄く笑うと、男の腕の中でそっと目を閉じながら小さくつぶやいた。


「……大好きよ、『おとうさま』」


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