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狙われた悪役令嬢 2

 ソフィアはレヴォード公爵夫人に呼ばれて、公爵家を訪れていた。

 カイルが捕らえられたこともあって、久しぶりに会った夫人の顔色は優れなかったが、ソフィアの姿を見ると、じんわりと目じりに涙を浮かべて、ぎゅっと手を握り締めてくる。

 ソフィアが海に落とされたと聞いてから、夫人はずっと心配してくれていたらしい。生きていたという話を聞いても、この目で見るまでは不安で仕方がなかったと言う。

 まずはカイルのことを詫びなければと、暖炉で温められたサロンへ案内されてすぐにソフィアが頭を下げれば、夫人は「気にしなくていいのよ」と微笑んだ。


「あの子がしたことですもの。あなたが気に病むことはないわ」

「でも……」

「大丈夫。だってあの子は何もしていないもの。きっとすぐに解放されるはずよ」


 気丈なことを言うレヴォード公爵夫人であるが、目の下には化粧では隠し切れないほどのくっきりとした隈ができていて、それが虚勢であるのはすぐにわかる。

 大切な一人息子に死刑判決が出て、大丈夫な親などいるはずがない。


「カイルはわたしを殺そうとなんてしてません。絶対に判決を取り下げて見せますから」


 夫人の隣に座ったソフィアが、彼女の手を握り締めながら言えば、夫人は困ったように眉尻を下げた。


「お気持ちは嬉しいけれど、危ないことはしないでほしいの。あなたに何かあったら、わたくしも、そしてあの子も喜ばないわ。大丈夫よ、主人もこのまま黙っているはずはないでしょうし、あの子も必ず何かを考えているはずだもの」


 だからあなたは何もしないでと言われて、ソフィアは唇をかんだ。

 ランドールもソフィアをこの件にかかわらせまいとしている。原因はソフィアなのに、カイルは巻き込まれただけなのに。

 もちろん、ランドールがソフィアを危険にさらさないようにと考えてくれていることはわかっている。だけど、わかっていても、歯がゆいものは歯がゆいのだ。


 アリーナの助言に従ってシリル宛の手紙を書いたけれど、その手紙がシリルの手元に届くまではまだかかるだろう。返信が来るまで、ソフィアには何もすることがない。なにもできることがない。

 本音はキーラを問い詰めたいところだが、王女を簡単に疑うことはできない。ソフィアも一応王女だが、ランドールに降嫁している以上、ソフィアだけの問題ではないからだ。証拠もなしにキーラを問い詰めて、それこそ罪に問われてランドールともども拘束されれば元も子もない。

 ……頭の切れるアリーナが「厄介」だと判じたのだ。慎重に動かなくてはならないのはわかっては、いる。ただ、もどかしい。


「夫人、オルト公爵がどのような方かご存じですか?」


 カイルは今、オルト公爵領にある王家の離宮にいる。城で暮らしていた期間の短いソフィアは、オルト公爵が父王の従弟であることと、オルト公爵領がヴォルティオ公爵領の隣にあることしか知らない。オルト公爵とはほとんど面識がないのだ。

 レヴォード公爵夫人は考えるように目を伏せた。


「そうね。わたくしが知っていることと言えば、奥様が王妃殿下のお姉様ということくらいかしら?」

「え、そうなんですか?」


 初耳だった。もともとソフィアは城にいた時にまともな教育を受けさせてもらっていなかったし、城に来るまでは市井で貧乏生活を送っていた。貴族たちの顔と名前はもとより、王家のことにもあまり詳しくない。


(オルト公爵の奥さんが王妃のお姉様ってことは……、アリーナが言っていたキーラに協力している人って、まさかオルト公爵なのかしら?)


 妻が王妃の姉であれば、姪であるキーラの協力したとしてもうなずける。なかなかいい推理ではないかと思ったが、レヴォード公爵夫人の次の言葉に、その推理は見事にはじけ飛んだ。


「まあもっとも、王妃殿下とオルト公爵夫人の姉妹関係は、昔からあまりよくないようだけれど。オルト公爵夫人は数年前から領地から出てこないし、あなたが会ったことがないのも仕方がないわね」

「仲、悪いんですか……」

「そのようよ。わたくしもしばらくオルト公爵夫人に会っていないけれど、王妃殿下の話題が出ると不機嫌そうにしていたわね。王妃殿下が出席なさる夜会はとことん避けていたようだし」

「そんなに……?」


 これはオルト公爵協力説は無理がありそうだ。妻がそこまで嫌う妹の娘に加担などしないだろう。


「わたくしもあまり詳しくは知らないから、オルト公爵についてはこの程度しかわからないわね。あまりお役に立てなくてごめんなさいね」

「いえ、全然! こちらこそ変なことを聞いてすみません」


 オルト公爵協力説が瓦解したのは残念だったが、逆に、キーラの協力者である人間の領地にカイルが捕らわれていなくてよかった。カイルは罪を着せられただけで、ソフィアのように命を狙われているわけではないはずだが、それでも何があるかわからないからだ。

 ソフィアはそのあと、レヴォード公爵夫人に聞かれるままに旅行中の話をして、夫人が疲れる前に帰ることにした。本人は気丈にふるまっているが、心労がたたっているのは間違いないので、無理をさせるわけにはいかないからだ。

 レヴォード公爵家のそばに停めていた馬車に乗り込むと、護衛でついてきたオリオンが座席に横になってうたた寝をしていた。ソフィアが声をかけると片目をあけて「もういいの?」と訊ねてきたので、頷いて席に座る。


「夫人、疲れてるみたいだったわ」

「まあそうでしょうね」


 予想していたこととはいえ、元気のない夫人の様子はソフィアの心を締め付ける。


「早く、カイルの冤罪を晴らさなくちゃ」

「止めはしないけど、あんたはまだ命を狙われてる可能性があるんだから、勝手な行動だけはしないでね。まあ、もっとも、国内であんたの命を狙うような馬鹿な真似はしないでしょうけど」


 国外でのことならば誤魔化しがきくが、国内ではそうはいかない。さすがに相手も、自分が疑われるような安易な行動はとらないだろう。

 一人でふらふら行動しなければ、命の危険はないはずだ――、オリオンが、そう言いかけた時だった。

 ヒヒーンと大きないななきが聞こえて、突然馬車がガクンと揺れた。

 何事かと怪訝に思った一瞬後には、馬車が御者側に向かって大きく傾き、ソフィアは座席から投げ出されて、側頭部を馬車の壁に強く打ち付けてしまう。

 痛いと思う間もなく、目の前が真っ赤に染まって――


「ソフィア!」


 御者側の座席に座っていたオリオンが慌てて身を起こすが、ソフィアはすでにそれにこたえるだけの意識を保っていることができておらず、やがてオリオンの悲鳴のような声を聞きながら、ソフィアの意識は闇に飲まれた。


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