悪役令嬢と動き出した事件 5
翌日、ヴォルティオ公爵家にアリーナがやって来た。
ランドールは、本日もやって来たディートリッヒとサロンにいる。なんとなくだが、カイルのことについてやり取りしているようだった。カイルの件についての相談であればソフィアも同席したかったのだが、ランドールはやんわりと、しかし有無を言わさない口調でソフィアの同席を認めなかった。
ソフィアだってカイルのことが心配なのに、のけ者にされた気分だ。
ディートリッヒによればカイルは元気そうとのことだが、早く冤罪を晴らしてあげたい。
ソフィアがもやもやしているところにやって来たアリーナは、ソフィアの顔を見て安堵の表情を浮かべた。
「元気そうね。よかったわ」
気を遣ってイゾルテが席を外すと、ソフィアの自室にはアリーナとオリオン、ソフィアの三人だけになる。
ヴェルフントでいったい何があったのか、詳しく知りたがったアリーナに事情を説明すると、アリーナはあきれ顔で「ソフィアって、悪役令嬢だからなのかしら、巻き込まれ体質よね」と言った。
「その点はわたしも同意するわね。大変だったのよ? 海に落ちるわ、カーネリアに惚れ薬を飲まされるわ、ダルターノに連れ去らわれるわ。勘弁してほしいわ」
オリオンがわざとらしく息を吐き出すと、ソフィアはむっと口を尖らせた。
「わたしだって大変だったのよ!」
「海に落とされたのも惚れ薬も、あんたがもう少し気を付けてれば回避できたかもしれないでしょ」
それを言われるとぐうの音も出ない。
「で、でも、おかげでランドールと仲良くなれたわよ」
どういう心境の変化なのかはわからないが、ランドールはソフィアと仲良くしてくれる気になったようなので、悪いことばかりでもなかったとソフィアが言えば、オリオンはあきれ顔になった。
「あんたは能天気でいいわね」
オリオンはそう言って、アリーナが手土産に持参したチョコレートの包み紙を開けはじめた。
アリーナは苦笑したあとで、ふと真顔になると、声のトーンを少し落とした。
「それで、今回ソフィアが海に落とされたって件だけど、ちょっと厄介かもしれないわよ」
アリーナは、ソフィアが無事だという報告の手紙を受け取ったあとで、独自で調査を進めていたらしい。
「アリーナは、犯人に目星はついてるの?」
「一番怪しいのはキーラ。でも、キーラ以外にもどうやら誰かがいそうな雰囲気なのよね」
ソフィアは思わず息を吐いた。
正直なところ、ソフィアもキーラのことは多少なりとも疑っていた。けれども、キーラではさすがにカイルを陥れるようなことはできないだろうから、もしかしたら違うのかもしれないとも思っていた。
異母姉とはいえ、キーラとの姉妹関係は破綻しているし、今更キーラがソフィアを害そうとしていると聞かされてもショックを受けるようなことはない。だが、キーラ以外にもいると言われれば複雑だった。ソフィアは今まで、人から恨まれるようなことをした記憶はない。少なくとも命を狙われるほどに自分を嫌いな人間には心当たりがない。
王妃や王子もソフィアには冷たいが、あの二人は率先してソフィアを害そうとはしてこなかった。顔を合わせれば辛辣な嫌味を言われるくらいだ。
「……調べられそう? わたしにできることってあるかしら?」
犯人が特定できない限り、カイルの有罪を取り下げるのは厳しいだろう。ランドールが動いているのはわかっているけれど、それに安心して待っているだけなのは嫌だった。
カイルは、ソフィアのせいで捕らえられたのだ。
「ソフィア、シリルと知り合いになったのよね?」
「え? あ、うん」
突然シリルの話に変わって、ソフィアは戸惑った。
アリーナはにやりと笑った。
「わたし、セドリックに近づいた女は、キーラで間違いないと思っているのよね。で、今回みたいな危ない橋を渡るような以来の場合、たいてい前金として何らかの報酬が支払われてると思うのよ。シリルに頼んで、セドリックが受け取った報酬を調べることはできるかしら? 王女が大金を持ち歩いているわけはないから、たぶん、支払った報酬は宝石類だと思うのよね。アクセサリー、たくさん持ってるみたいだし」
「確かに、そうね」
ソフィアも城で暮らしていたころ、お金を使うことは皆無だった。必要なものは用意されるし、お金を持って自分で買い物に行くことはないからだ。ソフィアは冷遇されていたから経験はないが、欲しいものは従者に頼めば買ってきてくれる。
けれども、キーラが支払った宝飾品が宝石類だとして、それを調べることに何か意味があるのだろうか?
「ソフィアは育ちが特殊だから知らないかもしれないけど、王女に差し出される宝石って、高価なものばかりだから、たいてい店の製造ナンバーや刻印が彫ってあるのよ。一点物も珍しくない。贈り物なら、キーラの名前が彫ってあることもあるし。ソフィアも何か宝石があるなら見て見なさいよ」
「宝石なんて、あまり持ってないけど……」
ソフィアはそう言いながら立ち上がると、クローゼットをあけて宝石類をおさめてある引き出しを見た。
「あ、結婚式の時に身に着けたペンダントがあるわ」
ランドールにとって望まない結婚だったろうが、体裁的なものなのか、一応結婚式の時にはペンダントやイヤリングなどのアクセサリーが贈られた。その中に大きなルビーのペンダントがあったので、ソフィアはそれを持ってソファへ戻る。
アリーナに手渡すと、彼女はペンダントトップのルビーを裏返した。
「ほら、ここ。店の名前とソフィアの名前があるでしょ。そしてこのナンバーが製造番号よ。これはゼロになってるから、一点ものね。あらあら、これ、相当高いわよ」
「そうなの?」
「ええ。超一流ブランドだし、この店で、この大きさのルビーで一点ものって言ったら、そうねぇ、庶民の家なら五軒くらい建つんじゃないかしら」
「五軒!?」
ソフィアは急に怖くなって、慌ててペンダントをクローゼットの引き出しの奥深くに封印した。庶民育ちのため、高価すぎるものが目の前にあるとハラハラして落ちつかないのである。
「つまり、キーラが報酬に渡した宝石類の中に、キーラの持ち物だと判断できる刻印がされたものがあるかもしれないってことね」
オリオンが口の中でチョコレートをもごもごさせながら言えば、アリーナが「そのとおり!」と笑う。
「セドリックは船の中で拘束されたから、報酬として受け取った宝石類は売り払わずに手元に残している可能性が高い。なるほど、考えたわね」
「アリーナ、すごい!」
「まあ、キーラが前金として渡しているものの中に、証拠になりそうなものがあればの話だけど、調べてみる価値はあると思うわよ」
ソフィアは頷いて、さっそくシリル宛の手紙を書くことにした。
嬉々としてライディングデスクに向かったソフィアを見ながら、アリーナはぽそりとつぶやく。
「ま、証拠があっても、ガッスールの時みたいに誰か替え玉を用意されて、逃げられる可能性もあるけどね」




