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9 勇者は嫁んち押しかけ同居中

 ―――夢を見た。

 夢だ、って感覚はあった。

 周りはぼやけ、どこなのかも分からない。俺はただただ足を前へ前へと出し続けていた。

「―――探さなきゃ」

 俺は何かを探していた。

 黒い魔法使いの長いローブが足元に見える。

 時折伸ばしっぱなしの金髪が視界を覆ってうっとうしい。

 ……黒いローブ?

 あれっと思った。

 魔法使いがみんな黒いローブを着ていたのは、はるか昔の時代だ。今は黒に限らずそれぞれ好きな色を着ているし、そもそもローブ自体あまり着ない。

 じゃあ、これはかなり昔のことなのか。

 しかも金髪?

 俺の今の髪色は黒だ。闇のような漆黒。第一、短い。

 でもこの歩いているのが自分だということは理解していた。

「―――全部集めれば彼女にまた会える。きっと。何十年何百年かかろうとも探し続けるんだ」

 涙は枯れはて、もはや出てこない。

 うつろにつぶやきつつ、歩き続ける。

「会いたい。彼女に会いたい。俺の願いはたった一つだけだ」

 彼女って誰だ?

 当然のその疑問がなぜだか浮かんでこなかった。

 答えなど分かっているかのように。

 黒いローブが翻る。俺は虚空に向かって手を伸ばした。

「―――」

 彼女の名を呼んだ声は空に消えた。


   ☆


 俺はゆっくり目を開けた。

 見なれた天井に伸ばしていた手が見える。

「…………」

 まばたきして状況を把握した。

 この天井、俺の部屋じゃない。……ああそうか、昨日公爵邸に泊まりこむことにしたんだっけ。

 俺は小さい頃から何度も公爵邸に泊まってるんで、専用の客室が用意されてる。見なれてるのも当然だ。

 ゆっくり腕を下ろし、起き上がった。

 頭をかく。

「……あー、何か変な夢見た……」

 俺、ずっと一つのことを繰り返してたな。

 枕元に置いておいた写真を手に取る。それを見て顔をほころばせた。

 昨日のことを思い出す。

 婚約者の好物たんまり持って戻ると、彼女はまだ頭抱えてうなってた。

「うーん、どうすりゃよかったのー」

 困って悩んでる姿もかわいいと思う俺は相当重症だと思う。

 声かけたものか、鑑賞を続けるか考えてたら、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「私には適当な人と結婚させる手はず整えてから発表すればよかっただけで―――」

「リューファがだれと結婚するって?」

 つい低い声が出た。

 リューファが飛びあがり、ついで震えあがる。

 恐がらせたいわけじゃなかったんだが。

 急いで笑顔作るも、彼女は青ざめたままだった。

「なんだか一人でぶつぶつ言ってたみたいだが……リューファは俺以外に結婚の約束をした男がいるのか?」

 いたら速攻消すぞ。

「いません!」

 リューファは秒で否定。

「わ、私はクラウス様の婚約者だったんですよ」

 ……ああ。俺の婚約者だよな。

「そうだな。でも一つ間違えてるぞ。リューファは今も俺の婚約者だ」

 きっちり訂正し、マカロンを彼女の口に持っていく。

 リューファはいぶかしげにたずねた。

「えーと……クラウス様?」

「はい、あーん」

 試しに言ってみれば、大人しく口を開けて食べた。

 小鳥がついばんでるようで実にかわいらしい。

 うん、いいなこれ。もっとやろう。

 さりげなーく婚約者を膝に乗っける。

 全然さりげなくなかったようで、リューファが瞬時にゆでダコ状態になった。

「照れて恥じらう姿もかわいい。好きだよ」

 本気なのに、あっさりはねのけられた。

「そういうことは好きな女性に言ってください! 私から婚約破棄言い出したのがまずかったんですよね、プライドの問題で?」

「何のことだ?」

 プライド?

「逃げた獲物を追いかけたくなるのと同じことです! 自分の所有物だと思ってたものが人にとられて不満なんですよね」

 ……あー、なるほど。今度はそう誤解してるわけか。

 納得した。

「リューファが俺のものなのは事実だな。手放すつもりはないし。自覚がないだけなら、自覚が生まれるようにするまで。せっせと求愛に励むことにするよ」

 ランスのアドバイス通り、地道に誤解解いてくと宣言すれば、彼女は拳握って斜め上な返答した。

「分かりました。私が逃げるから追っかけてくる。じゃあ、逃げなきゃいいんですよね」

「ん? まぁそれは……」

 逃げないでほしいのは当たり前。

「逃げないで大人しく言うこときいてれば興味も失せるはず。なら、我慢してみせます」

「……何を言ってるんだかさっぱり分からないんだが……」

 まーた変なこと考えてるな?

 リューファは基本的に素直でいい子なんだが、たまにとんでもないことやらかすことがある。例えば迷宮に擬態してた魔物を内側からふっ飛ばすとかな。

 さらに愛情に関してはすっごく鈍感で、よく分からない方向に行く。

「まぁいいか……。いちゃいちゃしても大人しくしててくれるなら……」

 理由はともあれ、逃げずにこうしていてくれるならいいや。

「何か言いました?」

「別に」

 言質を取った俺は、遠慮なくベタベタしまくった。

 ら、いい加減にアローズ公爵夫人が苦言を呈した。

「いい加減にしましょうね。娘だって少し一人で考える時間が必要ですよ」

「もうちょっと」

「と言いつつすでに一時間たってますわ」

「まだ一時間じゃないか」

「もうですよ!? 離してくださいいいいいいい!」

 真っ赤な顔でジタバタする嫁がかわいい。うれしくて抱きこんだら、夫人の冷凍光線が飛んできた。

 うっ、恐い。

「ランス」

「はい、母さん。たぶんこれでしょ?」

 何やらランスに紙のようなものを出させた夫人は中身を確認し、俺に渡した。

「これ差し上げますから、今日の所は一旦おやめなさい」

「!」

 それは膝上抱っこされて赤面してる婚約者の念写だった。

 ぐふぉっ……!

 鼻血吹くとこだったじゃないか。

 これはもらうしかない!

 さすが夫人にランス、よく分かってる。

 リューファに見られたら怒られそうなんで、すばやく懐にしまった。

「分かった。今日のところは断腸の思いで我慢する。今日のところはな」

 我ながらチョロいな俺。

 思い返しながら写真を眺める。

 これも秘蔵のアルバムに丁重にお迎えせねば。なかなかいいものを手に入れてしまった。

 にまにましてると、リューファの気配が階段下りて玄関に向かうのに気付いた。

「!?」

 とるものもとりあえず、ろくに着替えもせずに部屋を飛び出す。

「どこへ行くんだリューファっ?!」

 まず一言。今日も俺の嫁はかわいい。

 朝いちばんにそれをかみしめる。

 リューファはきょとんとしてジークとランスを指し、

「どこって……恒例の早朝トレーニングですけど」

「トレーニング?」

 言われてみれば、動きやすい格好してる。トレーニングウェア姿、初めて見た。

 これもしっかり記憶しておこう。

 ばっちり脳内アルバムに永久保存する。

「あれ、知りませんでしたっけ? 我が家は毎朝自主トレするのが日課なんです」

「……そういえばそうだったな。小さい頃一度見たことがあるが、まだやってたのか」

「父なんかとっくに起きてやってます。私達は大体兄妹一緒に」

「ちょっと待ってろ。着替えてくる。俺も行く!」

 返事を待たずに大急ぎで支度して戻ってきた。

 ジークが残念なものを見る目しながら、

「それはいいけど、無理するなよクラウス。じゃ、行くぜ」

 一瞬で消えた。

 転移魔法じゃない。物理的に走り去った。

「え?」

 いやそれくらい余裕だけど、トレーニングだろ? ここまですんの?

 リューファがちょんと俺をひっぱる。

「敷地内にトレーニング場所がありますが、そこまでウォーミングアップに走るんです」

「ウォーミングアップって速度じゃないぞ?! あれ、本気で走ってるじゃないか!」

 それはまぁどうでもいいとして、裾ちょびっと引っ張る婚約者がかわいすぎる。

 しかも上目遣いとか。

 身長差のせいで物理的どうしてもそうなるだろ、ってツッコミは受け付けない。

「兄様たち、どっちもしょせんスポーツ万歳ですから。競争してます。私達も行きましょう」

 走るリューファの隣に並んでついていく。

「あ、一応言っときますが、途中気を付けてくださいね。トラップがあります」

「トラップ?」

 いきなり足元がパカッと割れて落とし穴ができた。

 条件反射で飛行魔法。

 これくらい無意識にできる。

「バンバンくるんで、油断しちゃだめですよ」

 言ってる傍から上空から火の玉が。背後からは巨岩が転がって来て、さらに濁流、弓矢の集中砲火……と続く。

 おまけが意味不明な早押しクイズ。

 訳が分かんねぇ。絶対ジークとランスの悪ふざけの産物だろこれ。

 全部のトラップを余裕でクリアし、トレーニング場へ到達した。

 確かフィールドは魔法で色々変えられるんだったな。今日は荒野か。

「なんであんなにトラップがあるんだ」

「兄たちの悪ふざけです」

 やっぱそうか。

「ほら、魔物のいるダンジョンってトラップあるじゃないですか、それの訓練ってことで」

「普段からこんなことしてれば、平然としてられるのも分かる。……昔はなかったと思うが?」

「いつ頃からかやり始めて、年々エスカレートしてます」

 誰かどこかで止めるべきだったんじゃないか?

「止めたほうがいいぞ。それはあれもか?」

 フィールドのド真ん中でガチバトルしてるジークとランスを眺める。

 リューファはなんでもない様子で流れ弾をはじき、

「あれ、特訓です」

「どう見てもガチでやってるぞ」

 これ、下手なとこでやったら街いくつふっ飛ぶんだ?

「訓練でもガチでやるのがうちの兄です」

「そういう性格なのは知ってる……知ってるが……」

 トップクラスの攻撃魔法使いまくってるじゃないか。普通に使う方も受ける方もおかしい。

 そりゃ俺だって毎日訓練はしてるが。

「ていっ」

 横で婚約者が雷を素手ではたいた。

 いやいやいや、魔法かけてるからって、素手かよ。

 こういうのを魔物退治でも何の気なしにやるもんで、「『勇者の嫁』のほうが倒しやすそうだやっちまえ!」って思ってた魔物が震えあがるんだよな。

 うんそう、俺の嫁は強いんだよ。

 当の嫁はしゅたっと手を挙げて、

「じゃ、私も参戦してきまーす」

「待てええええ!」

 後ろから羽交い絞めにして止めた。

「危ないだろ!」

「あー……まぁ、見た目はレベル99の人型モンスター頂上決戦みたいですが、いつものことなんで。ではっ!」

 リューファはあっけらかんと飛び込んでいった。

 ジークもランスもリューファに怪我一つ負わせないの分かってるけど……朝から毎日これやってるのかよ……。

 ちょっと遠い目になった。


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