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8 勇者と封印のアイテム

「リューファは玄関付近です!」

「ようし! 急ぐぞ! って、どこ出かける気だ待ってくれー!」

 ものすごい勢いで疾走しながら会話する父上と公爵。

 城とアローズ公爵邸間には非常時用に直通の転移魔法陣がある。

 言っとくけど俺が婚約者に毎日会いたいがあまりに敷いたんじゃないぞ。魔物がリューファ狙ってくることが一時期あったから、常に手入れしてんだ。

 俺がランス曰く「化け物並みに強い」上、リューファは小動物みたいなそれはそれはかわいらしい外見で、周りにいる屈強な父・兄たちのせいで余計弱そうに見える。実際よりはるかにか弱く簡単に倒せそうに思えるんだ。

 現実は指一本で瞬殺し、悠々と素材採取する強者なんだけどな。

 俺の嫁はかわいいだけじゃなくかっこいい。うん。

 そして今日もかわいい。

 急停止しつつ見惚れた。

 白にうすピンクのレースがついた、花モチーフのふわふわしたドレス。妖精みたいだ。

 父上たちはあっという間に取り囲み、逃がさない気満々のフォーメーションを組んだ。

 わぁ、本気だ。

「リューファっ、殿下に婚約解消を申し出たというのは本当か!」

 公爵の形相にリューファがちょっと後ずさった。

 恐いんじゃなく暑苦しいと思ってるのが分かる。確かにむさくるしい。

「うん……本当だけど」

「なぜだっ。リューファ嬢、うちのバカ息子が何かしでかしたなら謝罪する。直せるところは、いや、直せなくても直させるから言ってくれ!」

「そうよっ、土下座でもなんでもさせるわ! このアホを見捨てないでちょうだい!」

 ものすっっっごく必死で懇願するうちの親。

 悲しい。いや別に、それで許してもらえるなら土下座でも何でもするけど。

 プライドがない? ねぇよ、そんなもん。

 そんなものより嫁のほうが大事だよ。

 リューファは困ったように、

「いえ別に……クラウス様は悪くないですよ。私のことはいいんです。クラウス様を好きな人と結婚させてあげてください。嫌いな私なんかとむりやり結婚させても、みんな不幸になるだけです。お願いします」

 頭を下げられた。

 ヤメテ。

 泣きたい。むしろやらなきゃならないのは俺の方じゃないか?

「なんでお前が頭を下げる?!」

「え? だって、クラウス様は私のことを考えて言えなかっただけだから。逆に申し訳ないじゃない」

「だからなんでそんな誤解してるんだっ」

 俺は婚約者の両肩をつかみ、なかばヤケクソで叫んだ。

「俺はリューファが好きなんだっ!」

 し――――――ん。

「よく言った!」

 父上、ここで言わなきゃもう一発殴ってた、ってか。

「やっと言った!」

 母上、そんな残念そうな目で見ないでください。

「遅ぇよ!」

 ジーク、知ってるよ。もっともすぎて反論できねぇよ。

「よくがんばりましたね」

 ランス、俺は子供か?

「ようやくですな」

 公爵、追い打ちかけるな。

 あああ、こんなとこで言うつもりなかったのに。ほんとはもっとリューファが喜びそうなロマンチックなムード演出したかった。

 でも激ニブなリューファははっきり口に出さないと分からないって理解したからな。

 我ながら情けなさすぎるし泣きたいけど、これだけ明言すれば分かってくれるだろ。恥もプライドも投げ捨てた叫びだもんな。

 が、小首をかしげた婚約者は穏やかに言った。

「あのー、ですからそんな嘘はいいですよ」

「……は?」

 全員異口同音。見事にハモった。

 は? 葉? 歯? 破? 刃?

 なぞの変換するくらいパニクッてます。

 リューファは苦笑して、

「私が『勇者を助ける』と予言されてるから、クラウス様は婚約せざるをえなかった。分かってます。嫌でも拒否できない。婚約解消したいと言っても、周りがこうやって許してくれない」

「いや、あの……」

 ちょ、待って。人の話聞いて。ほんとお願いします。

「ご安心ください。解消しても、私が『勇者』のパーティーの一員なのに変わりはありません。……あ、待てよ。私の顔なんかもう見たくもないですよね。元婚約者がチームにいれば、クラウス様の恋人も不快に思うでしょうし……」

 うーんとうなった婚約者はポンと手を打った。

「分かりました! 抜けます」

 公爵がショックのあまり泡ふいて気絶しそうになってた。

 母上もふーっと気が遠くなったような顔してる。

 何言ってんのマジで?!

 あっさり抜けるとか言ったよ!

 なに、リューファにとって俺はその程度だったのか?

 ……すんなり切り捨てられるほどの存在でしかなかったのか。

 どす黒い何かがせりあがってくる。

「ゲッ」と父がうめいてた気がした。

 ハッと気づいた公爵が慌ててどこかと連絡を取り、父上に何かささやいて二人とも青ざめてた。

 後で聞いたら、海上で大嵐が起こって火山が噴火して一瞬である地域が丸ごと氷漬けになってetcの異常事態が世界各地で起きてたらしい。

「メンバーでなくなっても、要請があれば協力しますよ。でももうクラウス様とはお話ししませんので大丈夫です」

「じょ、冗談じゃない! リューファ、抜けちゃだめだ!」

 察したジークが血相変えて叫んだ。

「兄様、クラウス様は確かに『勇者』だけど、それ以前に一人の人間なのよ。『勇者』だって生まれた時から決められてるのも気の毒だと思うの。なら、せめて妻だけは自由に選ばせてあげて。本当に好きな人と幸せになってほしいの」

 婚約者は改めて頭を下げた。

「―――どうかお願いします」

 ショックが大きすぎて無表情の俺とリューファ本人以外の全員が世界の終わりって顔してた。

「…………」

 もう何も考えられない。

《―――俺は彼女以外何もいらなかった。彼女さえいれば、他は何もいらなかったのに》

 誰か―――俺か?―――の声が遠くから響いてくる。

《会いたい。たとえどんなことをしてでも。そして、もう一度会えたら、今度は―――》

 どす黒いものが脳を全部支配しそうになったところで、ふとトランクに目がとまった。

 思考力が戻ってくる。

 なんでリューファはトランクなんか持ってるんだ? そんな大荷物持って、一人でこっそりどこに……。

 思いついたまま訊く。

「……リューファ。まさか、好きな男がいるのか?」

「は?」

 リューファはきょとんとした。

「何を言ってるんですか」

「だから! 好きな奴ができたのか? そいつと結婚したいから婚約破棄なんて言い出したのか?!」

 がしっと肩をつかんで詰問する。

《俺から彼女を奪う者は、誰であれ排除する。たとえ―――》

 そんな奴がいたらぶっこ……。

 危険な思想に走りかけたところで父上が俺の肩を後ろからつかんだ。

「!」

 父は黙って首を振った。

 いつも俺がキレかけた時の対応と違い、冷静にただ黙って制止している。

 それがやたら強烈に映った。

 …………。

「いませんよ、そんな人」

「本当か? 本当だろうな」

「これは本当だと思います、殿下。リューファはそういう嘘をつく娘じゃありません。そもそも、そんな輩がいたら私と息子たちが全力で潰してます」

 それもそうだな。

 だけどリューファを離すつもりはなかった。

 二度とつかんだ手を離しちゃいけない……なぜかそんな気がする。

《あの時はつかめなかったから》

「これからどこへ行こうとしていた? まさか、そいつに会いに行くつもりだったんじゃないだろうな」

「どこって……魔法道具屋ですよ。行きつけの。納品です」

「納品?」

 思わぬ答えに少し冷静になれた。

 ああなんだ、中に入ってるのは売り物か。

 ホッとした。

「はい。私は呪われた道具とかの浄化が得意じゃないですか。綺麗にすれば、そういうのってけっこう高値で貴重な魔具だから、店に卸してるでしょ。今回はけっこうステキなのができたんですよ! 見ます?」

 ぱかっと開けると、中から出てきたのは五人くらい座れそうなサイズの絨毯だった。

「ラプンツェルの髪で作った空飛ぶ絨毯です! どう? 模様とか、凝ってみたんですよ。キレイでしょ」

「……ラプンツェルの髪?」

 記憶を手繰る。

 ええと、確かランスが言ってたな。

「ほら、この前ランス兄様が持ってきたじゃない。隣の国で女の子を監禁してた魔女が使ってたって。当局が証拠品として押収したはいいものの、処分に困ってるからもらってきたやつ」

「ああ、隣の国の軍部の知り合いからね。あっちには優秀な浄化魔法の使い手がいないそうだ。けっこうな値段で依頼されたよ」

「そうそう。で、元々体が浮くって魔法がかかってたから、それを生かして空飛ぶアイテム作ってみたの。どう?」

「……それ使って好きな奴と逃げようと思ってたんじゃないだろうな」

 疑われて不愉快だとリューファがにらんできた。

 そんなキツい目しても、子猫がむーっとしてるようにしか見えない。逆にかわいい。

 猫耳つけてたらめちゃくちゃ合うだろうなぁ。ウサギでもいいかも。今度注文してみるか。ほんとにつけてるの見たら、確実に悶絶するな俺。

 息子の思考がアホな方向に行き始めたのを察した父が「あ、これもう大丈夫だ」と手を離した。

 嫁に全エネルギーがいってれば、魔力暴発してえらいことやらかなさいから安心ってことらしい。

「私も恋人がいてお互い別の相手と結婚するから婚約破棄、なら外聞がいいのは分かりますが、いいかげんにしてくれません? とにかく私は納品に行きますので」

 俺はトランクをひったくり、もう一方の手でリューファを引っ張った。

「俺も一緒に行こう」

「はあ? ……別に構いませんが、予定がおありでは?」

 父上がすかさず援護する。

「お前の予定は当面全部キャンセルだ! リューファ嬢と一緒に行けっ!」

 世界の危機を防ぐため、頼むからお前は嫁に全力つぎこんでろって聞こえた。

「言われなくてもそうしますよ! 行くぞ、リューファ」

 婚約者を意地でも離すまいと決めた俺は、がっちりつかんだまま馬車に乗り込んだ。


   ☆


 移動中の車内、リューファが落ち着かなげにチラチラとこっちを見てきた。

 腕つかまれたままなのが気になるらしい。

「あのー……クラウス様、放してもらえませんか」

「断る」

 断固拒否した。

「逃げるつもりだろう」

「逃げませんよ。逃げるってどこへです? そうでなくて、痛いです」

 ! 

 慌てて離した。

「す、すまん。痕がついてないか? リューファのきれいな肌に痕でも残ったら」

 慌てて袖をめくり上げて見るも、痕はついてない。

 よかった。

 リューファはいぶかしげにきいてきた。

「珍しくよく私としゃべってますね。無理しなくていいんですよ。会話するのも嫌なんでしょう?」

「違う! リューファが好きすぎて、緊張してまともに話せなかっただけだ」

 これまでなら情けないと黙ってたことも暴露する。

 あきれられようが残念そうな目で見られようが構うもんか。

「まーたまた、ご冗談を」

 ……冗談だと思われた。

「ここには私達しかいないんですよ。嘘つく必要ありません」

「嘘じゃない。俺は昔からリューファが好きだった。好きな女が婚約者なんてうれしくて、嫌われたくないし、どうしたらいいか分からなかった。婚約なんてすっ飛ばして、法改正していますぐ結婚したい。いつも傍にいてほしい。一日中リューファを眺めることしかしたくない」

 勢いに任せて婚約者を膝の上にのっけらて抱きしめた。

 え、だってつかんでるの駄目なら抱きしめればよくないか?

「―――っ!」

 リューファが悲鳴にならない悲鳴をあげた。

 真っ赤になって固まってる。

 うーん、こういう表情初めて見た。これもかわいい。びっくりして固まりつつ、恥ずかしくて涙目で震えてる婚約者って超イイ。

 そうそう、俺たちは婚約者なんだから何の問題もないし? 単に婚約者を溺愛してるだけだし。

 もっと困らせたいなぁと思うのは男のサガってやつだ。

「く、クラウス様?!」

 ぎゅーっと抱きこんで、ふわふわの髪の毛に顔をうずめる。

 あったかくて安心する。柔らかい。

 ……落ち着く。

 黒く染まってた心が晴れてくるのを感じた。

「ああ、リューファは柔らかいな。抱きしめたら壊れそうだったから躊躇してたけど、もっと早くこうすればよかった。いい匂いもする」

 鎮静効果でもあるのかな。香りでリラックスするハーブとかあるよな、あれと同じようなものかも。

 リューファは『豊穣の女神』って呼ばれるくらいだしな。

「は、はなしてー! やだっ、においとかかがないで!」

 リューファが暴れて逃げ出そうとしたんで、さらにガッチリ捕獲した。

 せっかく自分でも落ち着いてきたとこなんだから、離れちゃ駄目だって。

「甘くていい香りなのに」

「たぶんシャンプーの香りです! ただそれだけです! フェチの内容暴露されても困りますー!」

「そういう性癖はない」

 俺はジークみたいに変な癖は持ってねーよ。

「思いっきり誤解招く態度ですよ?!」

「リューファが好きなだけだ。それにしてもいい抱き心地だな。すっぽり腕に収まる。常に携帯していいか? リューファが不足して死にそうなんだ。常時抱きしめてれば落ち着くかもしれない」

 思えば小さい頃はよく膝乗っけてたりしてて、その時は俺落ち着いてた。てことはやっぱりリューファの存在が俺にとっては鎮静効果があるんだと思う。

 うん、ずっとこうしてよう。

 羞恥が一周して冷静になったらしい婚約者がジト目でにらんできた。

 そんなことしてもかわいいだけだってば。

「クラウス様、私を抱き枕かなにかと間違えてませんか」

「ああ、それはいいな。リューファがいるならよく眠れると思う」

 そこで天啓のようなものがひらめいた。

「結婚したら抱きしめ放題か。よし、今すぐ結婚しよう」

 そうだ、婚約だと破棄して逃げられるんなら結婚すればいい。

 俺天才か!

 どうせ今年中に結婚することになってるんだし、少しくらい前倒ししても問題ない。周りはあきれるだろうけど、リューファ逃がさないためならむしろ諸手あげて協力するに決まってる。

 え、結婚でも離婚申請して逃げられるんじゃないかって?

 そんなんさせるわけないだろ。王家の婚姻には特別な儀式があってな、それちょっといじくれば逃げられないようにするくらい簡単……。

 すぱん、とはねのけられた。

「クラウス様が結婚するのは好きな人とでしょう。私じゃありません。もう二人きりになるのはやめたほうがいいですよ、その人に勘違いされます」

「勘違いしてるのはリューファだろう。俺が好きなのはリューファ、結婚するのもリューファだ。婚約者同士なんだ、二人きりになって何が悪い。ジークもランスも目をつぶってるじゃないか。むしろ周囲には何かあったと勘違いしてくれたほうが好都合だな。リューファは俺のものなんだから」

 にっこりと人の悪い笑みを浮かべ、婚約者の唇をふさいだ。

「ん――――――っ!」

 バンバン叩かれたけど痛くもない。子猫みたいな非力なパンチじゃ、かわいいって俺を悶えさせるだけだって。

 本気で嫌なら、ガチで攻撃魔法使うはず。そうしないんだから本音はどう思ってるか分かろうってもんだ。

 やっと満足して離せば、羞恥と酸欠で真っ赤になった顔でにらまれた。

「なにするんですか!」

「リューファがかわいいから我慢できなかった」

 素直に言って抱きしめる。

「何言っても信じてくれないなら、行動で示すしかないだろ」

 信じてもらえないのは俺だってちょっとショックなんだよ。

「もう何年も我慢してたんだ。婚約者同士で、だれにも咎められることはないのに」

「……軽蔑します」

「えっ?」

 今何て?!

 やばいと腕を緩める。

 思いっきりにらみつけられた。

 あ、これは本気で怒ってる。

「陛下に言われたからでしょう。予言の娘はなにがなんでも手放すなって。ちゃんとお手伝いはしますって言ったじゃないですか。もう演技はけっこうです!」

「…………」

 これまでの行いが怒涛のように頭の中を駆け巡る。

 俺が悪い。うん、自業自得。

 青ざめて沈黙するしかなかったが、やおら手を握り締めた。

「―――分かった。信じてくれないのには、俺の過去の行いに原因がある。非は素直に認めよう。無口クール系キャラはもうやめだ。なんとしてでもリューファに俺を好きになってもらうよう努力する」

 あっけにとられた顔された。

「私、婚約破棄したはずですが……」

「絶対破棄しない。大好きだ、リューファ」

 まっすぐ目を見て明言する。

 かわいすぎて悶えるからと何年もできなかったことだ。

 なにがなんでも婚約破棄はしない。彼女は俺のだ。

 抱きしめる腕に力を込めた。


    ☆


 リューファが品物を卸してる魔法道具屋は魔法使いの間で有名な店だ。城下のど真ん中にある、おばあさんが一人でやってる小さな店だが『先生』と呼ばれる魔法使いの元締めみたいな人がやってる。

「こんにちはー」

「おや、いらっしゃい」

 先生はリューファの隣にいる俺を見、さらに俺ががっちり婚約者の腰に腕回して捕獲してるのに気付き、生温かい目になった。

「殿下が一緒とは珍しいね」

「デートだ」

 きっぱり。

「違います」

 すっぱり。

「婚約者なんだ、今さら恥ずかしがることないだろうに。で、納品かい?」

「はい。空飛ぶ絨毯です」

「おお、これはすごい。性能もさることながら、芸術品としての価値もあるね。高く売れるよ。この前のもすごい値がついたけど」

「前は何を作ったんだ?」

「えーと、北の方の国で意地悪な小人のおじいさんがためこんでた宝石を使ったアクセサリーです。白薔薇と紅薔薇って姉妹を困らせてたみたいですよ。クマにされちゃった人もいるって。質がよかったから、浄化した後、ネックレスにしました」

 何でも作れるよな。

「色々作ってるな……。そういやえば、昔、白雪姫の継母が使ってた魔法の鏡も加工してたな?」

「聞かれたことは秘密でも本当のことをしゃべってしまう機能は犯罪捜査に使えますからね。試しに作ってみたら、ランス兄様が速攻軍の公費で買い上げたんでしたっけ」

 ああ。そんであいつ、ろくでもないことに使ってるぞ。

 あれに尋問されたくはないな。正直、悪人に同情すら芽生える。

 キモい鏡を思い出し、背筋が寒くなった。

 いかん、あんなキモイのよりかわいいもので癒されよう。例えば俺の嫁とか。

「今つけてるネックレスもその類のものか?」

「はい。一応外出の際は魔具を携帯してますよ」

 それに触りながら、

「リューファより優秀な魔具の作り手はいないからな。似合うかと思っていくつも装身具を買ったが、リューファの作るもののほうが性能がいいから意味がなかった」

 例の部屋に山としまってあるんだよな。あれどうしよ。

「はあ、そうですか。別に私はいりません。贈るべき相手に贈ってください」

「リューファ以外に贈っても意味がない」

 先生は鈍感娘を残念な目で見ていたが、やおら仕事の話に入った。

「ところで、殿下が一緒なのはちょうどよかった。興味深いものが見つかりましてね、ご報告しようと思ってたところでしたよ」

 どこからか布に包まれたものを出す。

「知り合いが偶然市で見つけたものです。売っていた奴も拾ったものらしい。中身は本ですよ。ただ古い言葉で書かれていて読めないから、私のところに持ち込まれました」

 先生のところには時々謎のアイテムを入手した人が困って持ち込むことがある。

「かなり古い文字で、解読するのに苦労しましたよ。どうやら相当高度な封印のアイテムについて書かれてるようです」

 先生は布をめくった。そこにあったのは、古くて小さな黒い本。

 手帳といったほうが正しいかもしれない。

「――――――」

 あれ……?

 妙な既視感があった。

 見たことがある? いや、それはない。俺は記憶力がいいほうで、一度見たものは決して忘れないんだ。

「少しだが邪気があるな」

 ぺらりとめくると、魔具の素描が描かれていた。

 ――それを見た瞬間、リューファが悲鳴をあげて飛び上がった。

「いやあああああ!」

「リューファ?!」

 俺も驚いて腰を浮かし、先生も椅子から転げ落ちそうになった。

 リューファの顔にあったのは、恐怖と絶望。

 それも耐えられないというくらい強いものだ。

 どんな魔物相手でも恐いと言ったことがないリューファが初めて見せる『恐怖』だった。

 無意識なのか浄化魔法を展開し、本の邪気を滅する。

「リューファ、しっかりしろ!」

 ガタガタ震えるリューファをしっかり抱きしめた。

 目の焦点が合ってない。何度も呼びかける。

「リューファ!」

 しばらくするとようやく声を認識したらしい。

「リューファ、大丈夫だ。俺がいる」

 言い聞かせるようにゆっくりささやく。

 大丈夫。俺が、何としてでも守るから。

「……クラウス、様?」

 まだぼんやりしてはいるものの、言葉を発した。

 よかった。

 背中をなでる。

「大丈夫、大丈夫だ、リューファ」

「……はい」

 リューファがしがみついてきた。

「クラウス様、クラウス様……っ」

 泣きそうなくらい悲痛な声音で呼んでくる。

 俺はここにいるよ。どこへも行かない。

「……リューファ、大丈夫かい?」

 先生が心配そうにたずねてくる。

「これはそんなにヤバいものだったのかい?」

 リューファはなおも俺にしがみつきながら、首を振った。

「……それ自体は呪いのアイテムじゃありません。浄化したから、触っても平気です……」

「経験上、描かれてるのは封印系のアイテムに間違いないと思うが?」

「ええ、殿下。これは魔王を封じるためのアイテムだと書かれています」

「なんだって?!」

 仰天した。

「予言の魔王か?」

「はい。魔王はかつて封印されたと言い伝えがあります、おそらくこれらを使ったのでは?」

「複数必要だったのは、それほど強かったというわけだな。分散させて封じたか」

 当たり前だが強い者を封じようとすれば、それだけ大きな魔力容量が必要になる。

「魔王がどのような者だったか、伝説にも詳細はなく、ここにも記されてはいませんが……」

「―――あいつよ」

 リューファがつぶやいた。

 え?

「リューファ?」

「あいつです、クラウス様。絶対そうよ。あいつしかいない」

「どうした、リューファ。知ってるのか?」

 あいつって誰だ?

「何か勘づいたのかい? だれのこと?」

「―――『招かれざる魔女』……」

 ―――!

 俺も先生も顔を強張らせた。

 この世界で『招かれざる魔女』といえば、一人しかいない。

 俺の先祖である『眠り姫』またはいばら姫の誕生祝に呼ばれず、腹いせに死の呪いをかけた魔女のことだ。

 悪名高く、危険な魔女。

 呪いが発動する時に再訪し、眠り姫を誘導して糸巻きのつむが刺さるようにした。わざわざ十年以上待つほど執念深さも持つ。

 本名は不明。もはや『招かれざる魔女』というあだ名のほうが有名すぎる魔女だ。

「『招かれざる魔女』だって?」

「そういえば、千年くらい前に行方不明になってるね。私も生まれる前のことだから、詳しくは知らないが」

 先生がうなった。

「封印されたからだったってことか」

「かもしれません。悪名高いですからね、だれかが退治したんでしょう。聞いた話ですが、『眠り姫』の話には語られていない部分があるそうです。呪いが発動した時初めて、『招かれざる魔女』は自分の呪いが改変されているのを知った。なにしろ呪いをかけた直後さっさと帰ってましたからね。その後のことを知らなかったんですよ。改変した魔女をひどく恨み、必ず復讐してやると誓ったそうです」

「『最後の魔女』か……」

 『最後の魔女』といえば、やはり一人しかいない。

 眠り姫が呪いをかけられた時、まだ一人だけ贈り物をしていない魔女がいたのは知っての通りだ。彼女は呪いを解くことはできなかったが、百年の眠りに変えることはできた。

 百年間城ごと姫を守り、夢の中で全てを教えていたのもその魔女である。

 今も語り継がれる、良い魔女の代名詞。

「『最後の魔女』もある日突然消息を絶ったと聞いています」

「『最後の魔女』が『招かれざる魔女』を封印するためにそれらを作った。しかし相打ちになり、死んだということか」

「つじつまは合いますね。魔王が『招かれざる魔女』だというのも納得です。リューファは『勇者の嫁』、無意識レベルで感じ取ったのでしょう」

 リューファがしわになるくらい強く俺の服を握りしめた。必死で懇願する。

「あれをそろえてください、クラウス様。敵より早く。あれは渡しちゃいけないものです。必ず全部そろえないと。そうじゃないと私、私は―――」

「リューファ? 分かった、探そう」

 よく分からないけど、俺もそんな気がした

 はっきりうなずけば、リューファは安心したように微笑んで意識を手放した。

「よかった……」

「―――リューファ!?」

 崩れ落ちる彼女を俺はしっかり抱きとめた。


   ☆


「リューファ! リューファ!」

 いくら呼びかけても返事がない。

 すぐ先生に診察を命じる。

「これは魔力の使い過ぎではありません。てっきり浄化魔法で力を使いすぎたのかと思いましたが……。精神的な負荷がかかり、それから逃れるために自ら意識を飛ばしたというのが正解でしょう」

「そうか。分かった。すぐ公爵邸へ戻る。その本もこちらで押収する」

 すばやく命じた。

「承知しました。私めもお供します」

 先生は店を閉め、ペガサスに一人で帰るよう言う。

 俺はリューファを抱え、店の奥の転移魔法を使った。ここにもあるんだよ。

 公爵邸に着くと、直ちにジークとランスを招集した。

 先生には城へ行ってもらう。俺の代わりに父上や公爵に報告してもらうためだ。

 妹が倒れたと聞き、ジークとランスは真っ青になった。けど俺のほうが真っ青どころか白い顔してたらしく、冷静さを取り戻す。

「『招かれざる魔女』を封印したアイテム探しか。難しいな」

 ジークがうなる。

「少なくとも形状は分かっているわけですよね。ただちに母の実家に連絡を取ります」

 ランスは本をコピーし、魔法でデータを送った。

 夫人の実家は国内でも有数の商家だ。世界中に流通網をめぐらせている。そのネットワークを使うんだろう。

「おそらく『最後の魔女』がどこかへ隠しただろう。復活阻止のためにな。簡単には見つからないかもしれない」

「ブラックマーケットに流れている可能性もありますしね。そちらも探りをいれてみましょう」

 貴重な魔具や怪しいアイテムは闇の市場で取引されることがある。

 ジークは顎をしごいて、

「しかし、さすがはリューファだな。残っていたわずかな痕跡から、無意識レベルで気づくとは」

「敵より先にそろえて……と言っていた。確かに、魔物がこの存在を知れば、『招かれざる魔女』を復活させようとするだろう。全て集めて壊せばいいのだと思う。『招かれざる魔女』がいれば、魔物が人間を滅ぼせると考えるに違いない」

「『招かれざる魔女』の伝説はだれでも知ってる。復活されたらヤバいなんてもんじゃないな。なるほど、魔王がそいつねぇ。リューファは封印のアイテム浄化の役目を持って生まれてきたってことか」

「リューファ……」

 ずっとリューファの手を握りしめていた俺は、その手を額につけた。

「リューファ、早く目を覚ましてくれ」

《俺は、もう失うのは嫌だ》

 彼女だけが、俺のたった一つの願ったものなんだ。

 過去も未来も。ずっとずっと昔から。


   ☆


 リューファが目を開けた時、これほど安堵したことはない。

「……クラウス様……」

「リューファ!」

 彼女はぼんやり視線をめぐらし、状況を把握したらしい。

「……ご迷惑おかけしてすみません」

 すぐ起き上がろうとする。慌てて三人がかりで止めた。

「だめだ、まだ寝てなさい!」

「痛いとこないか? 苦しくないか?」

「無理するんじゃない!」

「いえ、もう平気です」

「平気じゃないだろ、まだ血の気が引いてるのに」

「でも……」

「分かった。それなら俺に寄りかかってろ」

 俺はベッドに腰かけ、リューファを抱き上げて寄りかからせた。

「魔力の使い過ぎではないそうだが、無理はいけない」

「もう平気ですってば」

 そう言いつつも安心したように体重を預けてきて、きゅっと俺の服を握った。

 飼い猫が安心してすり寄ってくる感じ。

 か……っかわいい……!

 内心悶絶した。

 どうしてうちの嫁はいちいちこうも仕草がかわいいんだ。

 ランスがあきれて死んだ魚の目してたけど無視。

「……『招かれざる魔女』なんてとんでもないイメージが浮かんだから、びっくりしただけです。もうなんてことはありません。さっきの本、もう一度見せてもらえますか?」

「駄目だ。危ない」

「いえ、もう大丈夫です」

 どうしても譲らなさそうだ。

 仕方なく取り出す。

「また倒れるんじゃないか?」

 オロオロしてるジーク。デカいゴツイ豪胆なこいつも、妹のこととなると途端にこうなる。

「ヤバいアイテムの浄化をさんざんやってるのよ。ビビってたら逆に取り込まれる。それにもう浄化は終わってるから」

 リューファは恐れずページをめくった。

 肝の据わりっぷりがすごい。

 なお、中身は先に見ておいた。いくつもの魔具が描かれ、古代語でメモがついている。

「書き込みは材料についてで、効果については書かれていませんね」

「だな」

 俺も古代語はスラスラ読める。

「入手困難度、レア度からいってもこれらの魔具は超一級品です。今では手に入らない材料もあり、もう一度作ることは不可能ですね」

「隠した場所の手がかりは書かれてないか?」

「いえ……どこにも。それにしても興味深いですね。一般的に封印系のアイテムはツボとか箱、入れ物なんですよ。これは装身具ばかり」

 ん……?

 俺たちは顔を見合わせた。

「言われてみればそうだ。不思議だな」

「複数のアイテムに分けて封印しなければならなかったからじゃないか?」

「入れ物系だと、どうしてもかさばる。戦ってる間、壊されないよう守るのも面倒だし、なにより持ち運びが厄介だね。装身具ならコンパクトで、身に着けていられるってことか」

 なるほどとうなずきあう。

 リューファは人差し指を立てて、

「あと、もう一つ気になることがあるんです。『最後の魔女』が『招かれざる魔女』と相打ちになったんだとしたら、これらを隠す暇があったでしょうか?」

「相打ちになったというのはただの予想だ。実際はその後しばらく生きていて、時間があったかもしれない」

 だとすれば、在処が分からないのも説明がつく。

「だとしたら、そんな物騒なもの、国に保管を頼むと思いますよ。他の魔法使いに頼んでも、個人ではとても負いきれません。特にこの国の王室に何の連絡もなかったのは変でしょう。『眠り姫』の子孫なんですから」

「それもそうだな」

 宿敵を封印した大事なアイテムだ、自分たちの目の届くところで管理するのが普通。

「『眠り姫』にとって『招かれざる魔女』は宿敵。それを封じたのなら、少なくとも一報すべきです。魔法一つでメッセージ送れますから」

 王室関係の記録をざっと頭の中でさらう。

「……王室の記録には残っていないな。聞いたことがない。もっと詳しく調べてみたほうがよさそうだ」

 一旦これは回収しよう。

 するとリューファが手を挙げ、

「あ、待って。コピーとらせてください」

 魔法でノートに複写したのを確認してから、俺は本をしまった。

「原本は城へ送る。すでに先生が向かい、話は通しているはずだ。ジークとランスは情報収集にあたれ。俺はとうぶんここに泊まりこむ」

「え?」

 婚約者がものすごい形相で固まった。

 混乱と疑問とツッコミがごちゃ混ぜになってるな。

 何言いたいかは分かる。

「え……クラウス様、泊まるってうちにですか?」

「もちろん」

 はっきり首を縦にする。

 だって心配だし。

 婚約者はブンブン首を振って、

「人の話聞いてました? 私、婚約解消してくださいって言いましたよね。元婚約者の家に泊まりこむってどういうことですか」

「私は許可した覚えはない。リューファは俺と結婚するんだ」

 がしっと肩をつかむ。

 リューファは冷や汗流した後、すがるようにジークとランスを見た。

 が、こいつらもこれ拒否ったらどうなるかくらい理解してる。俺が暴走しないため、妹に熨斗つけて進呈することにしたようだ。

「何も問題ないだろう」

「も、問題おおありでしょっ?! ジーク兄様!」

 目をむく婚約者。

「結婚前の同居はどうかと思うが、まぁどうせ今年中に結婚するんだ。非難するやつはいないだろう」

 非難する阿呆がいても封殺するけどな。

「警備面でもそのほうがいい。封印アイテムの浄化ができるリューファは狙われる恐れがある。クラウスが傍にいるなら安全だ。もしアイテムが見つかったら、すぐ全員出動できるし」

「だ、だけど……」

「リューファが城へ来てもいいぞ。一緒の部屋で暮らそうか」

 それもいいなぁ。

 にっこり提案したら、即答された。

「絶対嫌です!」

 チッ。事実婚に持ち込んで既成事実化しようと思ったのに。

 まぁ、俺がこっち来るのでもいい。

「実際問題、俺が移ってくるほうが早い。この屋敷にはリューファが仕事に使う道具や材料がそろってる。それを全部動かすよりは、身軽な俺が動いたほうがいいだろ」

「え……いやあの、城とは直通ルートがあるじゃないですか。わざわざうちに泊まらなくても」

「だめ。これは決定事項だ」

 笑顔でゴリ押しした。

 ジークとランスが「あきらめろ」と妹にアイコンタクトする。

 リューファはうめいて頭を抱えた。

 悩む婚約者を俺はウキウキと抱きしめる。

 うん、やっぱリューファに触れてるだけで何か安定する。もうしばらくこうしてよっと。

 かくして『勇者』は嫁のところに押しかけ同居強行したのだった。


   ☆


「……てわけで、しばらく帰らないことにしましたから」

 報告受けた両親はあらぬ方見てため息ついた後、さらに頭を振った。

 俺は断固婚約者の傍を離れるつもりはなく、分身を城に送った。

「うん、まぁ……がんばれ。いや、がんばるな」

「どっちですか」

「両方だ。ただ、お前は当分帰ってこんでいい」

 父親に帰ってくるなって言われた。

「お前はエネルギーあり余ってて持てあましてるのが問題なんだ。それを嫁に全振りしてれば暴発しないで平和だろうが」

「そうねぇ。あり余ってる力と才能全部お嫁さんへの愛情に変換して、お嫁さん溺愛につぎ込むなら何の問題もないし、安全だわ」

 うむうむとうなずく両親とアローズ公爵に先生。

「ですよね。夫婦間だから何も問題はない」

「本当はまだ婚約者だがな」

 父がツッコんだ。

「まぁ、リューファ嬢は『勇者の嫁』と呼ばれてるし、事実上もう嫁だから……。それより彼女の体調は大丈夫なのか?」

「医師の診察も受け、異常がないことが確認されてます。おそらく『招かれざる魔女』の持ち物に接して無意識に拒絶反応が出たんでしょう」

 『勇者の嫁』だからな。

「お前は何ともないのか?」

「全然」

 ケロリ。

 なぜかちょっとイラついたくらいで。本能的な嫌悪感かな?

「無駄に頑丈なやつだな。しかし、まさか予言の『魔王』が『招かれざる魔女』だったとは……納得ではあるが」

 『眠り姫』の子孫である俺が、先祖の仇と戦うってのも宿命だろう。

 先生がうなずく。

「取り急ぎ、本に載っている魔具の情報をあらゆるツテに依頼してあります」

「うむ。ともかく今打てる対策は全て取るしかない」

 父上とアローズ公爵、先生は話し合いを始めた。

 俺は駆けつけた少女二人を見やり、

「ところでシューリとフォーラはリューファが心配で駆けつけると思ったが、行かないのか?」

「私は行こうと思ったんですけど、フォーラに止められて……」

 男装してる銀髪の近衛がとまどったように答える。

 一方のお姉さんタイプな少女は肩をすくめ、

「クラウス様がこれまでの反動と獲物は逃がさないの精神でリューファにいちゃつくのは予想できたので。わざわざ見に行きたくないです」

 ヘッて鼻で笑われた。

「今行ったら、リューファは助けてって私達を盾にしようとするでしょうし、そうしたらクラウス様はさらにがっちりつかんで離さなくなるでしょう。めんどくさいんで関わりたくありません」

 相変わらずの毒舌だな。

 まぁその予想は当たってる。

「バカップルのやりとりは無視したいです。それに、リューファがこっち逃げてきたら私達に殺気向けられるじゃないですか。私も自分の身はかわいいので」

 俺がイラついて睨むのは否定できない。

「リューファの容体がほんとに悪いなら、クラウス様こんな落ち着いてないでしょう。違うってことは大丈夫なので、自分のためにしばらく近寄りたくありませんね」

 クールどころか視線が氷点下だな。

 普通いくら腹心とはいえ臣下にこれだけボロクソ言われたら怒るだろうが、俺は腹も立てなかった。

「ま、しばらくしたら様子見に行きますよ。相談役、もといグチ聞く役も必要でしょう」

「そうだな。同性の相談相手は必要だろ。……さて、それじゃ、と」

 仕事はしなきゃな。サボってたら、やることやらない男は嫌いだってリューファに言われるかもしれない。

 ここはこれでいいとして。

 俺本体は廊下に出た。

 席を外したジークとランスが話してる。勇気ある撤退をしたとも言うな。

「クラウスのやつ、リミッター外れるとああなるんだな。本性分かっちゃいたけどよ」

「会話と態度に改善が必要と悟ったとたん、つきぬけたね。よっぽどショックだったのかな。ふりきれたというか」

「オレたちも止めないの分かってるからな。止めたら元のもくあみだ。リューファが嫌われてると思い込む。かわいい妹にいちゃつかれると正直殴ってやりたいが、リューファのためだからなぁ」

「リューファには幸せになってもらいたいからね」

「その通りだ。邪魔はするなよ」

 釘さしたら二人とも飛び上がった。

「クラウス! 気配消すなよ!」

 俺は黙って笑顔で威圧した。

 言っとくが、たとえお前らでも邪魔したら相応の対処するぞ。

 ジークが必死で頭を振る。

「しないしない! リューファだってお前のことが好きなんだ、両想いなのを邪魔はしねーよ!」

 …………。

「……そうか?」

 ちゃんと婚約者は俺のこと好きなのかな。

 これでも一応不安はあるんだよ。なにせ婚約したのはリューファが生まれた直後。彼女の意思を確認したわけじゃない。

 大きくなってからも何も言われないから、同意してるもんだと思ってたが……。

 …………さっき破棄言い出されたんだっけ……。

 ズーンと落ち込む。

 ランスが勢いよくうなずいてフォローした。

「そうですよ! パニックになった時、クラウス様が抱きしめたら落ち着いたっていうじゃないですか」

「そうそう。さっき気づいたも、俺たちだっていたのにお前の名前しか呼ばなかっただろ。抱き寄せても大人しくしてたし」

「……一度でも言ってくれたことはないが」

 考えてみれば、婚約者なのに好きって言われたことない。

 それは俺も同じか。でもオレは彼女に一目ぼれして自分から婚約したいと言い出したんだ。だから言わずもがな明白だと思ってた。

「それはそうですよ。リューファはクラウス様に嫌われてると思ってますから」

 ズドンとさらに気分落ち込む。地面突き抜けそう。

 思いっきり憐憫の表情向けられた。

「たぶん、リューファは自分がクラウス様を好きだと自覚していません。自覚するより早く、嫌われていると思ったからです。予言があるから仕方なく婚約してくれてる相手に好意を抱いても無意味。その時点で、その手の感情にフタをしてしまったんでしょう」

「…………」

 なんでそうなるんだよ。

 自業自得ってこういうことか?

「それが今も続いてるんです。いくら言っても信じないのはそのせい。長年にわたって自分に課してきた考えを変えるのは容易なことではありません」

「じゃあ、例の贈りそびれたプレゼント部屋に連れてっても無理ってことか?」

「自分がいたせいで好きな女性に渡せなかったものがこんなにあると思うだろうね。リューファにとってクラウス様は、婚約者なのに恋してはいけない相手なんだよ。予言のせいでクラウス様が自分に縛られている。申し訳ない。クラウス様のために婚約を解消するのが一番いいと考えてるんだ」

 婚約者なのに恋愛感情を抱いてはいけない相手。

 なるほど、ランスの言うことは言いえて妙だ。

「……じゃあ、どうすればいいんだ」

 血を吐くような声できく。

 はっきり言っても分かってもらえないし、どうやったら誤解解けるんだよ。

 ランスはうーんとうなって、

「地道に分かってもらうしかないですよ。僕らも協力しますから、どうぞいちゃいちゃしててください」

「そうだ! ……百歩譲ってキスまでなら許す! リューファに自覚を持たせてやってくれ」

 マジで?

 ここで喜ぶ俺はただの阿呆。自覚ある。

「お前が泊まる部屋はすぐ用意させる。リューファのすぐ近くにな。ただ言っとくが、最大でもキスまでだからな! 結婚前に本当に手を出したら許さないぞ!」

 ふーん。なら、結婚しちまえばいいんだよな。

「……そうか。なら、ついでだ。リューファに出すから用意しろ」

 とにかく暗記してるリューファの好物リストを片っ端から並べ立てた。

「分かった。すぐ用意させるから待ってろ」

 妹のため、ジークとランスは走って行った。

 これでこっちもよし。

 後は、手の空いたこの分身と他に何体か動員して、封印のアイテム探しをさせよう。場合によっては手段選ばず情報収集と、怪しげな場所の探索と……。

 のんびりしてるように見えて、能力と権力と人脈と金フル活用で着手した。

 あれを一刻も早く集めなきゃいけない。それは俺もなぜかそう思うんだよ。

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