7 勇者は死んでも婚約解消したくない
「…………」
…………。
「…………」
…………。
「…………」
…………。
かーなり意識飛んでたっぽい。
「絶対嫌だ、死んでも婚約解消とかしないからな!」
叫んだ時にはもう翌朝である。
もちろん婚約者の愛らしい姿はない。
意味ねぇー。
「なんでこうなった……」
デスクにつっぷしていた。
自分の誕生パーティーに婚約者が、プレゼントしたドレスを着て祝いに来てくれた。うれしかった。つーか、うれしすぎて正直舞い上がってました。
そりゃ、毎年あげてるし初めてのことじゃないけど、それとこれとは別なんだよ。
予想通り、リューファによく似合っていた。何度もどんなのが合うかシミュレーションした甲斐があったってもんだ。ジークに「お前って頭いいのにアホだよな……」って言われたけどそんなん無視。
かわいすぎて直視できず、言葉も出なかった。
だって、昔から俺はリューファが好きだったんだ。一目惚れというんだろう。
思い返してみよう。決して現実逃避じゃないぞ。
初めて会ったのは、まだ生まれたばかりの頃。その時リューファの側に見えた綺麗な女性に一目ぼれした。透けていて、他の人には見えていないらしい。最初は見間違いかと思った。
それがリューファの思念体だと分かったのはしばらく経ってから。事実、成長したリューファは彼女そっくりになった。
生まれつき魔力の多いリューファは、赤ん坊で体が動けないからと意識だけ飛ばしていたに違いない。時折その姿を見ることがあった。
かわいくて綺麗で、小動物みたいな外見。実際に肉体は赤ん坊なんだから、そりゃ「この子を守りたい」と思うじゃないか。
子供のころは純粋にかわいい子だと思ってて、よく遊んだ。でも年頃になるとあの姿が浮かぶ。
ある程度の年齢になると、自分で動けるリューファはもう思念体を飛ばすことはなくなっていた。その代わり、現実の姿があの姿にどんどん近づいてくる。
もうどうしたらいいか分からなかった。
……自覚したらもう駄目だった。好きすぎて、まともにしゃべることもできなくなった。
なにしろ、「ああ、かわいい。膝に乗せて、至近距離で思う存分鑑賞したい。というかこんなかわいい生き物を保護しなくていいのか。一生傍から放したくない」とか思ってたから、これを口に出したらまずいと思った。
言ったら確実にドン引かれるような甘いセリフばかり浮かんできて、我ながらヤバいと判断。しゃべらないようにするしかなかった。
気を抜いたらだらしない顔になりそうだったから、なるべく無表情をこころがけた。
―――それが誤解を生んだ。
ランスには注意されたことがあった。でも気にしなかった。
甘えがあったんだろう。リューファは婚約者。周りも認める、予言で決まった結婚。必ず結婚できる相手だからと、甘く見ていた。
まさか婚約解消したいなんて言われるとは。
「おーい、クラウス、入るぞ」
頭だけ上げれば、ジーク、両親とアローズ公爵、ランスが入ってきたのが見えた。
「一体どうしたんだ? 朝一で全員来いって言うなんて」
どうしたじゃねーよ。
え、口調悪化してる? いーんだよ。リューファ以外には取り繕う必要も気に掛ける必要もない。
好かれたいのは婚約者だけ。
父上が心配そうに俺の傍に来た。
「お前がそんなことを言うのはよほどのことだな。具合も悪そうだ。今日はもういいから休みなさい。侍医を呼ぼう」
「まあまあ、ひどい顔色。熱はない?」
「熱はないです。病気じゃない」
それよりもっと致命的なダメージ受けて心が死にかけ。
泣きたい気持ちで言った。
「それよりみんな、聞いてほしい。リューファに婚約解消を言い渡された」
全員停止した。
たっぷり十分沈黙する。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
うん、止まるよなぁ。
俺も止まった。もう悲しいとかそういうレベルじゃない。
真っ先に我に返ったのはジークだった。
あ、文字通り炎を発して怒鳴ってる。
周りに引火すんなよ?
「おいっ! クラウス、お前まさか、かわいいオレの妹に無理やり手を出したんじゃないだろうな! 結婚するまでは手を握る程度しか許さんと言っただろーがっ!」
「出してない! というか、手もつないだことない!」
怒鳴り返した。
自分でも情けないと思うっての。
好きすぎて触れたらどうなるか分からないから、必要に迫られたエスコ―ト以外で触れたことなんかないんだよっ。
両親と公爵はパニクッてあわあわするだけ。
ランスだけが冷静で、頭を抱えつつ状況分析した。
「えー……整理しますよ。昨日クラウスはリューファと結婚式の打ち合わせをするつもりだった。ところがいきなり婚約そのものをなしにしたいと言われて、パニクッてると」
「冷静な分析感謝するよ」
皮肉か。
そこでハッとした父上が、
「まさかお前、またどこかふっ飛ばしたり噴火させたり一帯丸ごと雪消失させたり海干上がらせたり暴風や竜巻や猛吹雪みたいな異常気象起こしたり巨大な地割れ作ったり地面隆起させて山作り上げたりしてないだろうな?!」
「してませんよ」
どれも俺が過去実際やっちまったやつだな。
「お前、リューファ嬢に気のある男見つけるとキレてよくやるじゃないか」
「全部無意識に魔力が放出されて、結果そうなっただけでしょう。意図的にやったわけじゃないですよ。世界を滅ぼしかねないみたいに言わないでください。それやるのは『魔王』じゃないですか」
「いや、お前ならやりかねない気がしてきた……」
なんで俺が敵と同じことやるんだよ。
すぐに各所に問い合わせた侯爵が報告した。
「大丈夫です。昨日から今日にかけて世界中のどこでもそういったことは確認されてません」
「ほら」
「ショックが大きすぎて思考停止したから放出せずに済んだか。よかったよかった」
よくねぇよ。
心の中で父親に悪態をつく。
「じゃあ、そういうヤバイことばっかやらかしてる危険人物だってついにバレたのね? そりゃ普通逃げるわ」
「母上、バレてませんし、息子を危険人物って言わないでください」
母までツッコミがきつい。
「なら、心の中ではノロケたれ流してる阿呆でそのくせチキンでヘタレな残念な子だってバレたの?」
「事実でもやめてもらえますか」
傷口ぐりっぐりえぐって塩塗りたくるなよ!
「クラウス育ててれば嫌でも辛辣になるわ。それくらいでないと聞かないじゃない」
両親はまったくもって容赦ない。
ランスがあきれかえって、
「で。リューファがそう告げた理由は、さしずめクラウス様に嫌われていると思ったからでしょうか?」
「なんで分かった?」
クラウスがすがるように見れば、ため息つかれた。
「前に言ったじゃないですか……。あんな態度じゃ、誤解を招きますよと。僕らとは普通に会話するのに、リューファとはほとんどしゃべらないんじゃ、そう思われますって」
「好きすぎて緊張して話せないんだよっ!」
「いくつだよお前……」
ジークがつぶやく。
うるせぇ、お前と同い年だ。
「うるさい。みんながみんな、お前みたいに好意ダダもれ、好きだ好きだと言えまくるわけじゃないんだよ」
そうやってお前ら家族が愛情表現派手なのリューファはウザがってるだろ。だから俺は抑えたんだよ。
「はいはい、周りはみんなクラウス様がそうだと知ってますよ。だから僕らも黙って見てましたが、リューファに言っといたほうがよかったかもしれませんね」
「やめろ! かっこ悪い。バレたら死ねる」
ほんとは何考えてるかバレたら、お前らみたく「キモイ」ってドン引くんだろ?!
俺がリューファのために裏でしてること見たやつはみんな、生温かい目になるか死んだ魚の目になる。てことは、誰もがそう思うってことだ。リューファもそんな反応するに決まってる。
「この期に及んでかっこつけてる場合ですか。婚約者が好きなのは何も悪いことじゃないですよ。むしろそれでいいじゃないですか」
「そりゃそうだが……今さら何言っても信じてもらえないだろうな。リューファは俺が別の女性を好きだと勘違いしてる」
「なんだとおおおおおお!」
ジークが再び炎をまとった。
おー、火系攻撃魔法最高レベル発動してやがる。
だから周りに引火すんなよっつーの。
「クラウス、きさまああああ! 世界一かわいいオレの妹がいながら、浮気しやがったのかあああああ!」
たいていの魔物はこれ、気迫だけで逃げ出すな。
そういや昔こいつ、この技で町三つぶんくらいのエリアをぶっ壊したことがあるな。後にはぺんぺん草も生えなかった。
後ろでは父公爵も同じように燃えあがってる。
大火事だ。消防を呼ぼう。
俺もとうとうキレた。
「勘違いだって言ってるだろうがっ! 俺はリューファ一筋だっ!」
ランスが冷やかに聞く。
「で、もちろんそう言って否定したんですよね?」
思いっきり冷水ぶっかけられた感。
……俺は視線をさ迷わせた。
「……それがその……呆然としてるうちにリューファは帰ってたから……」
気づいたら朝だったっつーか。
人差し指を合わせてつんつん。
「言ってないんですか」
ランスが長―いため息をつく。
両親も情けない息子にあきれてた。
「そもそも、なぜそんな誤解が生まれたんです? 別の女性なんてどこから出てきたんですか」
「俺が女物の宝飾品を買ったと偶然知ったらしい。自分はもらってないし、母上や親戚にも贈ってない。てことは別の女性にあげたと思ったんだなと思われた。で、好きな人がいるなら自分のことは気にしなくていいから一緒になってほしい、お幸せにと言われた」
追い打ちかけられた気がする。
「買ったのは事実なんですか?」
「……事実だ。リューファに似合うと思って買ったやつだ。でも特に理由もないのに贈るのもアレだし、恥ずかしいし、結局しまいこんだまま……」
「アレってなんだよ」
そうやって渡しそびれたものが山ほどある。小さい頃からたまりにたまって、一部屋うまってる。
ドレスなんか、今じゃサイズアウトで着られないのがいくつあることやら。
ジークが魔法を解除し、憐憫の情を浮かべた。
「あの部屋か。あれどうするんだよ」
「あのですね、王子が婚約者に物を贈るのに理由は必要ないでしょう。単に好きだから、でいいじゃないですか」
「いっそあの部屋見せてやれよ。これだけ想われてたって知れば、誤解も解けるんじゃないか?」
「……無理だ」
俺は再びデスクにつっぷした。
「リューファはお前らの重い愛情をうざいと思ってるのに、そんなことできるわけないだろ……」
無口キャラを貫いてたのはそのせいもある。反対に静かなタイプなら好かれると思ったんだよ。
「ああ、うん……」
ジークとランスは顔を見合わせた。
気の毒そうな感情が黙ってても伝わってくる。
と、突然頭に拳が降ってきた。
ゴッていい音した。
「いてぇっ! 何すんですか父上!」
脳天に容赦ないゲンコツ来たぞ!
一線を退いたとはいえ、かつては伝説級の英雄チームの片割れだ。魔法ナシ、純粋に筋力だけの攻撃でも本気で痛い。
「このアホ息子! 知ってたがな!」
「マジでくいとめなきゃ顔面強打してるとこでしたよ! 息子の顔が大打撃受けてもいいんですか!」
「容姿はお前の唯一の取柄だがこの際どうでもいい!」
唯一の取柄かよ。
母上も「あらあら」とため息ついてるだけで止めない。
うちの親キビシイ。
父上はビシッと俺に指つきつけてきた。
「そんなことを言ってる場合ではないだろうが!」
そのままガシッと首根っこひっつかまれる。
「リューファ嬢には結婚してもらわねばならんのだ! お前が口下手でヘタレなのは分かってるが、しゃべれ! とにかくしゃべれ! 態度に出せ! 態度に表さなきゃ分からん! 今から皆でリューファ嬢のところへ行くぞ!」
俺をひったてて走り出す。
誰一人婚約解消に同意しないのはよかったけど、悪いのは俺だと信じて疑わないのが泣けた。