6 勇者は嫁に婚約解消言い渡される
そんな俺も今日21歳になった。
長かった、と朝の晴れた空を見上げながら思う。なぜなら今年ようやく愛しの婚約者が成人となる16歳を迎え、結婚できるからだ。
周囲も首を長くして待った歳月だった。
「いい? あなたは口を開くと残念な子なんだから、余計なことは言うんじゃないの」
「本音隠せ。外に出すな、抑えろ」
成長するに従って暴走具合もレベルアップしてきたのを心配した両親が、真顔で言って来たのって何歳だったっけ。
あまりに真剣だったんで、ああこりゃどうにかしないとヤバイなーと気づいた。
確かにお互い子供なら「ほほえましい」で許されたことも、大きくなればそうもいかなくなる。特にスキンシップは、リューファが大人になるに従って自分でもヤバいと理性が働いた。
かわいさにうっかり抱き寄せたくなって伸ばした右手を、左手でギリギリと握って止めたのなんてしょっちゅうだ。
デレデレしてると「キモイ」と両親にツッコまれたんで、表情筋も鍛えることにした。元々皇太子として本音を見せない演技は躾けられてる。それを応用すればよかった。
ただ、あんまりにも婚約者がかわいすぎて決死の攻防戦になったが。口の中噛んで必死に耐えたり、難しい魔法学の問題考えて、真面目な表情作るのに必死である。
けっこう血の出るような努力をしてるんだ。
文字通り、口の中噛んで血が出てることあったしな。
それもこれも、リューファに嫌われたくないがため。
がんばった甲斐あって、ようやく今年彼女を妻にできる。早朝の自室で一人ガッツポーズ。
今日は俺の誕生祝の祝典だ。別にそれ自体はどうでもいい。大事なのは今日もリューファに会えるってことだ。
贈っておいたドレス着てきてくれるの楽しみだな。絶対似合うに違いない。
今年は何プレゼントくれるんだろう。またリューファの手料理が食べられる。頼めばいつでも作ってもらえるけど、これはこれ。
それにいつも思うけど、国家行事に俺の婚約者として出席してくれるのはうれしい。このかわいい子が俺の婚約者だって明示できる。
お出かけが楽しみすぎて寝れない子供のように昨夜一睡もしてない俺は、にんまりした。
「さあ、まず会場の点検しとかないとな」
制服である黒い軍服を翻し、部屋を出た。
窓から。
もちろん点検なんて警備担当の仕事だ。でも婚約者に万一のことがあったら、と心配性な俺は毎回自分で全部チェックしていた。
会場の広間から城内、城門から会場までのルート、果ては城で一番高い塔の上まで。警備兵の配置は万全か、設置してある魔法の防備も穴がないか、隅々までチェックしていく。
いつものことなんで、俺を見ても誰もが「またやってる…」と生温かい感じでスルーした。俺が婚約者好きすぎるのは知れ渡ってる。
「クラウス、またお前はやってるのか……」
父のあきれ声がした。
「おや、おやはようございます」
屋根から見下ろせば、テラスのところにいる両親がものすごく残念なものを見る目を返してきた。
「リューファを傷つけるものは徹底的に排除しませんと。今日は一般人も入ってくるんですから」
「努力の方向が間違ってる。……育て方間違えたな」
「リューファちゃん狙うおバカさんなんていないと思うわよ。魔族はもはや恐れてるし、人間だって、あなたがちょっとでも可能性あるライバルは潰しまくってるじゃないの」
俺は軽やかにテラスに飛び降りた。
「ひどい言い草ですね。俺の婚約者に色目使う阿呆は無能と判断しただけでしょう」
成長したリューファは花のような可憐な容姿と、貴重な浄化魔法の使い手で天才的魔具職人なこと、多くの品種改良した農作物で世界を飢餓から救った『豊穣の女神』として有名だった。
そのくせ本人は自身の容姿にも才能にも無自覚で、ちっとも驕ったりしない。優しく強い彼女に惚れる男は後を絶たなかった。
俺という婚約者がいながら。
「この間のは、魔具研究者としての講演依頼という口実で近づこうとするから、望み通りの魔具を作りができるよう素材探しに行かせただけですよ」
「国外の辺境の地にね」
「魔物退治でとある国に行った時なんか、リューファちゃんの手握って挨拶しようとした王族を脅したんだろう」
「邪な目であからさまだったんで、ちょっと脳内に思念波ぶつけてやっただけですよ。そいつを臣下に落として領地に蟄居させたのは俺じゃありません。そこの国の王です」
「そりゃお前怒らせたら、魔物現れた時に退治してもらえなくなるからだろうが」
肩をすくめる。
「当たり前でしょう。なんでわざわざあちこちの国まで行って退治してると? 俺の名を広めて、リューファに言い寄ろうとする男ども牽制するためですよ。俺には勝てないってね」
国内なら皇太子の権力使って潰せる。が、外国人だとそうもいかない。
多彩な才能を持つ彼女を欲しがる国は多かった。俺との婚約を破棄してうちに、と言う君主が過去何人もいた。
そこで俺は実績を積み、『勇者』の名を世界中に轟かせた。俺がどうやって婚約者に近付く者を排除したかも、それとなくアホな連中の耳に入るようにする。おかげで「『勇者の嫁』に手を出そうとすると、魔王と化した『勇者』に消される」と理解されるようになり、今じゃまずそんなアホはいなくなった。
でも油断はできない。それだけ俺の嫁はかわいいんだ。
「頭はいいし優秀なのに、どうしてこんなおバカな子に育っちゃったのかしら……」
「婚約者につく悪い虫に殺虫剤まいてるだけですよ。悪いですか? それより忙しいんで。次は料理のチェック行ってきます」
ため息つく両親を尻目に、厨房へ向かった。
「準備はどうだ?」
「あ、殿下。この通り準備できております」
声をかけると料理長が敬礼し、すでにできている分の料理を示した。
供される料理は全てリューファの好物ばかりだ。
なんで知ってるかっていうと、地道にデータ集めてるからだ。本人だけじゃなく、ジークやランス、シューリにフォーラやアローズ家の料理長にまで定期的に報告させ日々アップデートしてる。
うなずいて、
「うん、よし」
「殿下は本当にご婚約者様が好きですねぇ。一つくらい殿下の好物入れられては?」
「俺のことはどうでもいい。リューファが喜ぶほうが大事だ」
料理人たちはこぞって生温かい目になった。
というか実のところ俺には特に好物ってものがない。食べられて栄養があるものなら何でもいい。言ったら料理長が嘆くだろうな。
いつだかジークに言われたが、俺はどうやら物事に対して興味が薄いらしい。
唯一『好き』なのがリューファで、だからこそ反動なのかやたら執着してると。
そうかな。好きな相手が喜んでくれるほうが、自分のことよりうれしいのって当然じゃないのか?
その後もあちこち飛び回り、準備万端なのを確認した。朝食を完全に忘れてもう一度最初から確認に回ろうとしたら、予想してた父に「いいかげんにしろ」と通信機で呼ばれた。
仕方なく朝食をかきこみ、さっさと裏庭へ向かう。母が「落ち着いて食べなさい!」って小言述べてた気がするけど無視した。
城の外にある訓練場にはレッドドラゴンが待ってた。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、ルチル」
拾った卵から孵して育てたドラゴンはすっかり大きくなり、頭をなでるにも大変だ。
ドラゴン族の中にも色々いるが、ルチルは邪気を消化←浄化ていうか消化、できるせいか、温厚でのんびりした性格。今じゃ魔物退治の後始末係として欠かせないメンバーとなっている。
そろそろこいつの嫁も探してやらないとな。ドラゴンと人間が仲良く暮らしてる国とかに声かけてはいるが、本格的に探してやろう。
ルチルは微妙なおももちできいてきた。
「……で、今年もやるんですか?」
初めから父上みたいに会場にいるんじゃなく、ドラゴンに乗って登場やることか?
グッとこぶしを握りしめて力説する。
「当たり前だ。ドラゴンに乗って降りてきたらカッコイイだろ。先祖はペガサスとか幻術で作ったドラゴンとかで登場したらしいが、せっかく俺は本物でできるんだ」
「……婚約者にカッコイイって思ってもらいたいがために、がんばりますね……。涙が出ます」
ちょっと憐み入ってるのは気のせいじゃない。
「何とでも言え。男ならかっこつけたいもんだ」
「分からないではないですが。裏でストー……これだけ涙ぐましい努力してるこの状況自体、かっこ悪いですよ?」
「リューファのための努力なら惜しまないし、彼女以外に何て思われようとどうでもいい」
ところでストーカーじみた行為って言いかけたか? どこがだ。
「もはや潔いですね」
基本、物事に興味のない俺は、他者の評価もどうでもよかった。気にするのは彼女がどう思うかだけだ。
「ともかくやるぞ」
「……はい。もうツッコむ気力も失せます」
あきれられてるのを無視し、何回も登場シーン練習した。
完璧に仕上がったとこで、ジークから到着したと連絡があった。
「おーい。どうせまた『カッコイイ登場シーン』練習してんだろ。本番だぞー」
「何か馬鹿にされてる気がするな」
「情けなさも突き詰めると応援してやりたいとこまでいくよな。がんばれ、っつってんだよ。うちの妹は超絶ニブイから、今回も効くかどうか知らねーけど」
応援してんのか、やる気くじいてんのかどっちだ。
ま、どっちでもいいか。
「よし、行くぞ」
ルチルに乗り、空に舞い上がった。
すぐに地上にいるリューファに気付く。俺は気配察知能力も視力もいいんだよ。
うっかり翼が起こす風で周囲を吹き飛ばさないよう気をつけながら、ゆっくり着地。
ドラゴンの背から軽やかに飛び降り、彼女の前に立った。
……っかわいいいいい!
見ただけで思考がその一語で埋まる。
ヤバイ何このかわいい生き物。女神か。うん、そう呼ばれてるんだった。
うっかり身もだえそうになり、すさまじい精神力で無表情を装った。
「やぁ、リューファ」
平静を装って声をかけた。
つい動きそうになる手も必死に抑える。
いかん、駆け寄って抱きしめたいけどそれやったら嫌われる。殴られるならまだしも、泣かれたら俺死ぬ。
絶対に衝動はバレてないと断言できる。が、心の中はこうだ。
あああ、俺の嫁は今日もかわいい。かわいすぎる。『花の妖精』って言われるゆえんのうすピンクの髪が風になびいて、ふわふわしてる。ちょっと小柄で守ってあげたい系なもんだから、撫でて思う存分愛でたい。子猫か子ウサギかハムスターか。でもこの外見に反して、俺の嫁は強いんだぞ。そこそこの魔物でも余裕でふっ飛ばせるし、肝が据わってる。このギャップがいいと思う。
ちょっと止まれ俺。無駄に光速で頭回転させてんなよ。
理性がツッコミ入れたものの、すぐそんなんふっ飛ぶ。
贈ったドレスもやっぱりよく似合ってる。白とピンクのフリフリしたのが合うんだよな。砂糖菓子みたいだ。半年以上注文するドレスのデザインを考えて考えて修正して修正しまくらせた甲斐があった。
え、いくらかかったか? 問題ない、俺が稼いでるのは嫁のためだ。
まだ嫁じゃなく婚約者だろ、ってツッコミはスルーしておく。
すでに俺の中じゃ同じなんだよ。長年根回しして、リューファ=『勇者の嫁』ってフレーズ浸透させたんだ。もはや誰もが彼女を見れば『勇者の嫁』って呼ぶ。俺の嫁だと周知徹底させた。
それにしても、今のリューファは完全に『彼女』そのものだ。
まぎれもなく『彼女』はリューファの思念体だったんだと実感する。
……やっと追いついた。なんか感慨深い。
幼い日に一目ぼれした、あの綺麗な人がここにいる。それだけでものすごくうれしくて叫び出したい。叫ばないけど。
俺は『彼女』が欲しくて、美しく強く気高い『彼女』に釣り合う男になりたくてがんばってきた。ふさわしい男になれただろうか?
彼女を守り、幸せにできるように。
「こんにちは、クラウス様。お招きありがとうございます」
リューファはにっこりしてドレスの裾をつまみ、お辞儀した。
ぐはぁッ。
かわいさのあまり血吐きそうになった。攻撃力ハンパない。
心の中でもう一人の俺がのたうち回り、バンバン地面をたたいてる。
かわいい嫁攻撃は防ぐつもりも勝つつもりもないが。圧倒的に俺の負けでいい。喜んで。
表面上は死ぬ気で無表情を貫いた。
こんなアホなこと考えてたとバレたら嫌われる。
ジークとランスとルチルがものすごーく憐みの視線向けてきたが、流した。
ルチルが「何とか言ってやってください、このアホ主人」と言いたげにリューファに頬ずりする。ちっとも伝わらず、リューファはよしよしと頭をなでた。
昔はちっこいドラゴンを手のひらにのっけてた『親指姫』で、童話の1ページみたいだった。今や自分よりはるかに大きいドラゴンを使役してるようだ。うん、カッコイイ。
そういや、よくアローズ公爵も夫人に撫でてもらってデレデレしてるな。公爵と夫人じゃ、女王様的調教師とペットの猛獣みたいなんだよな。ゴツイいかつい男が細身のご主人様……じゃなかった、妻にペットみたくゴロゴロ喉鳴らしてるの微妙だと思ってたが、気持ち分かった。俺も嫁に撫でてもらいたいってちょっと思う。
好きな人に甘やかしてもらったら、うれしいだろうなぁ。
いかんいかん、こらえろ。
リューファは両親のそんな様子見て冷めた目してただろ。俺が甘えたら同じ反応される。幻滅されたらガラスのハート←失笑、が砕ける。
「ドレス、ありがとうございました」
「……ああ」
嫁のかわいさだけじゃなくかっこよさに萌えてるのを隠し、どうにか声絞り出した。
「うんうん、かわいいだろー。リューファのかわいさは世界一だ。ありがたく脳内メモリに永久保存しておけよ!」
「お前のシスコンはたいがいにしておいたほうがいいぞ」
とっくに永久保存してる。嫁のかわいいショットは残さず記憶してるぞ。何のための瞬間記憶能力だ。
って前に言ったら、ランスに鼻で笑われたが。
というか、ジークがフォローに入ってくれてホッとした。好きすぎてろくにしゃべれなくなってるんだよな。
「兄さん、またリューファの髪が崩れるよ。せっかくきれいなんだから。ほら、これでよし」
「そろいもそろってリューファに甘いな。お前たちもそろそろ恋人作って落ち着け」
嫁できれば、俺がリューファ独り占めできるだろ。
「オレはいるぞ! まだ返事もらえてないがな!」
ジークが堂々と情けない発言した。
「胸を張るところじゃないぞ、ジーク。それって暗にふられてないか?」
フラれたら困る。兄思いのリューファは慰めようとして、俺かまってくれなくなるじゃないか。
「いや、脈はあると思う! なくても努力と根性で好きになってもらうまでだ!」
「脳みそまで最近筋肉化してないか」
親友が心配だ。
そんなことより、リューファが何だかテンション低いな?
ジークとランスに目で問えば、「謎」と目で返してきた。「俺の誕生祝なんか嫌だってことか?」と続けてきけば、「それはないと思う」。
……?
体調が悪いなら、重度のシスコンなこいつらが外に出さないはずだ。国中の名医集めて診せてる。
そうじゃないってことは、気分的っていうか気持ちの問題。
俺たち三人が首をひねってると父上と母上が到着し、パーティーは始まった。
この国ではあまり格式ばったことはなし、簡単な開会宣言のみだ。
リューファの挨拶は負担にならないよう、なしにしてる。正式に結婚したらやらざるをえないだろうが、それまではなるべく公務を振り分けないようにしてやりたい。
だってぶっちゃけ面倒じゃないか。
本音言うとやりたくないんだよな。ただリューファを囲い込むのに皇太子の座は利用できるから維持してるだけで。リューファも俺にそうでいてほしいみたいだし。
お祝いを述べに来る者達を適当にさばく。表面上完璧なロイヤルスマイルと話術で。
あーあ、早く嫁とゆっくりしたいなぁ。お仕事だからって素直に後ろでニコニコ待ってる嫁がかわいい。
やっと一通り終わり、それぞれが自由にパーティーを楽しみ始めた。食事の用意ができてるテーブルや出し物に三々五々散っていく。
ふぅ、やれやれ。
「ご苦労さん」
俺の内心を見抜いてるジークが苦笑して言った。
まったくだ。嫁のためじゃなかったら、誰がこんなめんどい立場やるか。
誰かから誕生日おめでとうって祝われても、ほんとはどうでもいい。リューファが祝ってくれれば。彼女以外心が動かない。
こんな盛大なパーティーなんかやらず、嫁と二人きりでゆっくり過ごせたほうがうれしいんだけどな。立場上仕方ないのは分かってる。
でもこっそり会場抜けるのは無理か? できないかなぁ。リューファは王家とアローズ公爵家の総力で囲い込んで大事に大事に育ててきた箱入り娘だ。いくら婚約者とでも抜けて二人っきりってのは嫌がるかも。公式行事の真っ最中に主役がフケちゃダメです、って怒られそうだし。
悩んでるとリューファが口を開いた。
「お腹すいちゃったんで、なにか食べたいです」
「分かった」
今すぐ嫁に何か食べさせてやらなきゃ。
左腕を少し曲げてば、慣れてる彼女は手を添えた。テーブルに誘導する。
暗黙の了解で、ジークとランスは場を離れた。護衛が必要ないのは、俺に勝てる奴なんかいないから。
むしろ嫁が傍にいる時に敵襲があると、俺が本気で消しにかかるってよく分かってる。リューファに害をなそうとする奴を俺は絶対許さない。
とばっちりくらないよう逃げたとも言うな。
ジーク兄様はシューリのとこへ走って行った。で、恒例の暑苦しいプロポーズしてふっ飛ばされてた。
ランスは女性陣に取り巻かれてる。優良物件だと思われてるからな。どう考えても事故物件だが。愛想ふりまいてても、目が笑ってないぞ。
リューファはたくさん料理を取り、パクパク食べた。
「んー、おいしい」
「……いつもおいしそうに食べるな」
純粋においしいとうれしそうに頬張る嫁、かわいい。ハムスターみたいだ。
リューファの好物ばっかり作らせた甲斐があるってもんだ。
「だっておいしいですから。城の料理人は腕が違いますよね。クラウス様は食べないんですか? しっかりバランスよく食べて適度な運動、健康の基本ですよ」「……ああ」
俺も食べたほうがいいのは分かってるが、それより嫁を愛でるのに夢中でまったくフォークが動いてない。
かわいい嫁でお腹いっぱい。
小鳥のような嫁がちょんちょんとつついてくる。
「クラウス様が食べないと、お口に合わなかったといって料理人が叱責を受けるかもしれません。あまりお腹がすいていないなら、私の皿にのせてください。代わりに食べます」
いや、叱責されるのはありえないな。周囲はみんな微笑ましげじゃないか。俺が婚約者に夢中で手がつけられないアホ状態なの理解してる。
父や母なんか、もはや無視決めこんでるぞ。
あ、向こうでアローズ公爵が夫人にせがみまくって、餌付けもとい『はい、あーん』してもらってる。いいな。俺も嫁にやってもらいたい。でもここでやってほしいって言ったら、社会的に死ぬかな。
ランスとフォーラはあきれかえって、全然関係ない話を始めた。
リューファの皿にいくつか料理乗っけてやれば、ぱくっと食べた。せいぜいこれができる範囲内。
女の子がガツガツ食べるの引く男もいるが、俺は別に。むしろせっかく作らせたんだ、食べてもらいたい。
俺よりリューファが食べなきゃ、料理長以下パニック起こすぞ。
ひとしきり食べ、ショーを見て嫁は満足したようだ。
よかった。……ところで、例年ならとっくに誕生日プレゼントくれてるはずなんだが。
まさか今年はナシとか?!
最悪の予想が浮かんだ。
ほんとはろくでもないこと考えてる残念なアホだってバレて軽蔑された?! なんかちょっと乗り気じゃない感じがするし。
ザーッと顔色悪くなりそうになり、必死で無表情の演技を続けた。
待て待て、無理やりにでもプラスに考えろ。大きすぎるものとか、運べないとか、きっと何か理由があるんだ。それとも誰かが見てると恥ずかしいとか?
よし、なら二人っきりになればいい。
単に二人きりになりたい俺は無理やり理由をつけることにした。
「……少し抜けるか」
リューファは驚いたようだったものの、素直にうなずいた。
「分かりました」
警戒もせずついてくる嫁。
ちょっと警戒心持ったほうがいいんじゃないか? いや、俺以外な。
俺だけには気を許してるってのはうれしい。
執務室に来たのをリューファは残業と思ったらしい。ここなら安全かつ邪魔が入らないからだが。
「お仕事しすぎですよ。こんな日くらい休まれたらどうですか。私ができるものは、お手伝いします」
「そういうわけじゃない。君があまり乗り気でなさそうだったから抜けただけだ」
リューファは意外そうに、
「そう見えました?」
「ジークとランス以外はだれも気づいてない。……具合でも悪いのか?」
回復魔法かけようか? それとも国内どころか周辺諸国の名医呼び寄せようか? 俺ならそれくらいの権力と財力ある。
リューファはしばらく言いにくそうに迷ってたものの、決心したのか面をあげた。
「いいえ。クラウス様に言わなければならないことがあって、切り出すのが、ちょっと気が重かっただけです」
? そこまで困ることって何だ?
まぁ、こっちも話があるのは確かだ。結婚式に関して細かいとこが。
「ああ、ちょうどこちらも話がある。今年君は十六になるな」
「はい。私がお話ししたいのもその件です」
ドレスのデザイン変更とかかな。いくらでも希望聞くぞ。嫁本人が気に入ってなきゃ意味がない。
「前から取り決めてあったが、君の十六歳の誕生日に結婚式を行う。基本的にしきたり通りになるが、もしなにか希望があれば……」
「そこなんですけど、ちょっと待ってください」
リューファが口をはさんだ。
「どうしてもお話ししなければならないことがあります」
『彼女』と同じ姿の彼女は俺を正面から見て言った。
「婚約を解消してください、クラウス様」