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5 勇者は阿呆が加速したり、同類に出会ったりする

 父親や兄たち並みに戦えると分かったリューファだが、魔物退治に同行する許可はなかなか出なかった。理由は言うまでもなく過保護なアローズ父子とうちの親。

「まだ子供なんだから、家にいなさい」

「大事な義娘に危ないことはさせられんっ」

 完全に溺愛しきってんなー。

「実の息子はいいんですか、父上」

「ん? だってお前に勝てる奴がいるのか?」

 すごい返答された。

 リューファ本人はむくれてぶーたれてた。リスかハムスターみたいでかわいい。

「私も行きたいのにー。私狙ってくる魔物もほとんどいなくなっちゃってさ」

「何でだ?」

「評判になってるらしいんですよ。『勇者の嫁』がか弱そうなのは見た目だけで、中身はヤバイって。せっかく素材のほうから来てくれてたのに、こっちから探しに行かなきゃならないとかめんどくさい」

 残念そうにため息をつく。

 ……観点が違くね?

「えーと、欲しい素材あるなら採ってくるぞ」

「いえ、自分でそろえられるものは自力でそろえます。てわけで私も行きたいです」

 個人的には構わないんだが、保護者の許可が下りるまで長くリューファは留守番だった。

 それがアッサリ覆ったのは、……ていうかむしろ参加を熱望されるようになった原因は俺だった。

 経験を積んだ俺たちはそれまでの近距離の依頼だけでなく、近隣諸国の仕事も引き受けることになった。これまではアローズ公爵やシューリの父など大人が出張してたんだが、外交も兼ねて仮にも皇太子の俺が出向いたわけ。

「色んな国回るなら、リューファも連れてってやりたいんだが」

「旅行でなくて外交ですぞ。あの子はまだ子供ですし」

「保護者がいればいいだろ」

「ですから家族旅行じゃないんですよ」

 ジークとランスより婚約者のほうがいい。

「はあぁ……」

 初日の夜には早くも盛大なため息ついてた。

 まず隣国の王宮を訪問し、会談やら何やらが終わってから魔物退治に回った。前半がめんどいんだが、外交を兼ねてる以上仕方がない。

「おいおーい。まだ初日だぞ? 音をあげるのはえーよ」

「営業スマイル貼り付けてかしこまった会談とかがめんどくせぇんだよ」

 国賓だからってあてがわれたこの部屋もやたら豪奢で嫌になる。この国の王妃は贅沢好きで王もそれを止めないんだったな、こんなふうに浪費してたら国庫が底をつくぞ。

 それに引き換え、俺の母も婚約者もそんなものにまったく興味がない。うちは安心だな。

 思い出したら余計恋しくなってきた。

「……あーあ。リューファがいれば癒されるのに」

「暑苦しいオレで悪かったな」

 二日目、三日目、二か国目、三か国目となるに従ってイライラはどんどん増していた。

 対外的には取り繕ってるが、それでも隠しきれなくなってたようでとうとうジークにきかれた。

「……クラウス。あのさぁ、なんかすげー機嫌悪くね?」

「あ? どこがだ」

「そこがだよ。超つっけんどんな上にガラの悪いしゃべり方になってんぞ。笑顔作ってても、目が笑ってねーし。あと、背後に黒いオーラが」

「公務好きじゃないのは知ってましたが、そこまででしたっけ? 毎日何かしら仕事入っててもこんなにイラつくことなかったじゃないですか」

 ランスまで怪訝そうに尋ねてくる。

「長期間国を離れるの初めてでホームシックということでもないでしょう」

「ちげぇよ。あーもうマジでイライラする。早く帰りてぇッ!」

 ムカつきついでに目の前の魔物を一刀両断した。

 ちっともストレス発散できない。

 アローズ公爵が眉をひそめた。

「魔力の流れも乱れてますな。あまりよくない。どうしたものか……」

 ―――『彼女』に会いたい。

「リューファに会いたい」

 気づけばそんな言葉が口をついて出ていた。

「は?」

 アローズ親子が「こいつ何言ってんだ」って顔してる。

「彼女がいれば落ち着く。気がする。たぶん。絶対」

「……いやいやいやいや、冗談だろ? ジョークだよな?」

「笑えませんよ」

「冗談じゃなくてマジだよ。写真で癒されるのも限界」

 懐から婚約者の写真出した。

 なんで写真携帯してんだ、とは誰もツッコまなかった。なぜなら三人も同じように家族の写真持ってるから。

「……なに、つまり婚約者欠乏症ってこと?」

「どう見てもマジだろあれ。突っ走る傾向のある奴だとは思ってたけど、ここまでとは……」

 ものすごく残念なものを見る目を向けられた。

「あー、無理やり魔法学的に説明つけてみよう。リューファが料理や品種改良が上手なのは、生来の魔力によるもの。物を『良くする』、良い方向に変える作用がある。つまりこれまではあの子が無自覚に癒してたんだろう」

 無理やり説明つけるってなんだよ。

 公爵は急ぎ、家に連絡を取った。向こうの映像が映し出されるタイプの通信機器で、画面に夫人が現れる。

「頼む、大急ぎでリューファを出してくれ!」

「あなた。親バカもほどほどにしなさい」

 夫人は夫が娘に会いたい寂しいと訴えてるんだと思ったらしい。

「違う! クラウス様の精神のために必要なんだよ!」

「はあ?」

 夫の説明に、夫人はますますあきれの色を濃くした。評価が下がったどころか、地の底までめりこんでるのがありありと分かる。

 いいよ別に。リューファ以外からどう思われようがまったく気にならない。

 それでも夫人は娘を呼びに行ってくれた。ほどなくしてリューファが現れる。

 優秀な脳みそが即座に成長した『彼女』の姿に脳内変換してくれた。

「リューファ! よかった、父さん割と本気で助かった!」

「何言ってんの父様。意味不明な言動はいつものことだけど」

 母親似のクールな対応だな。

 それより不思議なことに一瞬で気分が晴れた。

 ものすごい効果である。

 背筋をしゃんとさせ、

「やあ、リューファ。とりこみ中だったか? 悪かったな」

 不機嫌さなどカケラもない、露骨なまでの俺の変貌に三人が唖然としてた。

「あ、クラウス様。いいえ、研究のデータ表とにらめっこしてただけです」

「何の研究?」

「食べられる花、エディブルフラワーの改良です。砂漠地帯でも育つサボテンの一種を使ってまして。実用化できれば水の乏しい土地でも野菜が採れるようになりますよ」

「それはすごい。そうそう、これまで尋ねた国のどこでもリューファは有名だったよ。品種改良した作物のおかげで飢饉が減ったとか、いわくつき魔具の浄化を引き受けてくれた上に貴重なアイテムに改良できる技術もあるって」

 特に生活に直結する作物のほうでの評価が高かった。実際、リューファが作り出した新品種がなければ世界の人口はもっともっと少なかっただろう。

「品種改良は私だけの功績じゃないですよ。何人もの研究者が手伝ってくれたんですもん。魔具のほうだって、すでにあるもののいいとこ取りして混ぜ合わせただけです。私が独力で考え出したんじゃありません」

「謙虚だなぁ」

 ちっとも偉ぶらない。素直にすごいと思う。

「クラウス様こそ、毎日お疲れじゃないですか? 回復魔法使えばいいや、ってのはナシですよ。きちんと三食バランスよく食べて質のいい睡眠をとってください」

 それより婚約者が傍にいてくれたほうが癒されるのに。

「あんまり疲れがひどいようなら、私がブレンドした薬草茶をランス兄様に渡してあります。効きますよ」

 バッとランスを振り返ると、ランスはすばやく動いて一杯煎じた。

「どうぞ」

 ジークが弟にささやく。

「あるならもっと早く出せよ!」

「とっくに出してたよ。二日目から飲んでたじゃん」

 言われてみればここんとこ飲んでる。でも婚約者が場にいるといないじゃ大きな違いだ。たとえ映像であっても。

「うん、美味い。ありがとな」

 その後三十分くらい話して終話した。

 とたんにテーブルにつっぷす俺。

「……余計会いたくなってきた」

 ジークが叫んだ。

「逆効果じゃねーか!」

「もうダメだ。なんでこんな切羽詰まってんだか分からねーけどもう無理。本人が傍にいなきゃ死ぬ」

「情けないを通り越して哀れみすら感じますよ!」

「何とでも言え。とにかく俺の中の何かが限界」

 精神的に不安定になってるのが自分でも分かる。

「今まで数日くらい会わないことあっても平気だったじゃんか」

「いや、毎日会いに行ってた。向こうは知らないけど。仕事は分身に任せて、ちょっとな」

 絶句された。

「……は? 分身、ですか?」

「習っただろ。ランスもできるんじゃなかったか?」

「どれが分身だったんだよ!? 本人と遜色ない、とんでもなく高度なもんなんて作れんの?!」

「現にできてるよ。本物じゃないってバレないよう改良したんだ」

 『彼女』に気付かれず追いかけるのを何年もやってた賜物である。

「僕らに今バレてますが」

「お前らは口外しないだろ? 大体、どの時が本物で分身か見分けつくのか?」

 誰も反論できなかった。

「あー、失敗した。分身こっち来させて、俺は残るんだった」

「技術と才能をろくでもないことに使うな!」

 アローズ公爵が「魔物退治のために教えたことが、娘に使われてる……」ってブツブツつぶやいて頭抱えてる。

「リューファが婚約者でよかったですね。まだギリギリ婚約者が好きすぎてって言い訳できますが、それもアウトだと思いますが、そうでなければやってること犯罪ですよ」

「犯罪? どこが?」

「自覚ないとは真性ですね」

 失礼な。

「やっぱ今から帰る。分身置いてくぞ」

「待て待て待て待て! 一応皇太子が公務ほっぽり出してくな! つーか、そんな離れても操作できんの?!」

「いける。たぶん」

 自分を信じろ。

「分かった、リューファの秘蔵写真やるから我慢しろ!」

 サッと三人そろってコレクション放出してきた。

 似た者同士というか、同じ穴の狢というか。

 リューファが子猫や子犬と戯れてるもの、ダンスしてるの、抱き枕ぎゅーして昼寝中。

「!」

 俺はすばやく回収した。

「かっ、かわいい……!」

 『豊穣の女神』『親指姫』と称されるゆえんのこのかわいさ! 尊い!

「踊ってるのはいつのだ? ドレスと背後の風景からして、この前の建国記念パーティーの時だな。抱き枕もキャンディ型とか。どこで買ったんだ、自分で作ったのか?」

「自分で作ってましたよ。器用ですよねぇ。ていうか、ドレスからいつのものか分かるとか、引くんですけど」

「分かるのも当たり前だ、これは俺がプレゼントしたんだよ」

「そうだったな。それなら理解できる。で、これで少しもつか? もつよな?」

「ちょっとは」

 胸をなでおろす親子。

 かくして婚約者に毎日電話することでどうにかモチベーションを保った俺だが、それもじき限界が来た。

「もうダメだ。本人に会いたい。でなきゃ発狂する」

「こっちが発狂してーよ! バカなの?!」

 もはや演技でごまかせてないようで、どす黒いオーラが漂ってるのが視認できる。

 数多の敵を倒してきたアローズ公爵ですら青ざめてるってことは、相当ヤバいんだな。色んな意味で。

 『彼女』を念写した写真取り出して何度目になるか分からないため息ついた。

「何ですかそれ? リューファ?……にしては年が」

「あ? リューファが大人になった時の姿だよ。なんだ、やらないぞ」

 ギロッとにらめば、三人とも一歩後退した。

「いえ、いりません」

「ちょっと待てよ。それ、想像図だよな。つまり妄想を念……」

 ランスがすばやく遮った。

「それ以上言っちゃ駄目だよ兄さん。どうにかこうにかプラスに考えとこう、大人の姿のリューファが好きってことは、クラウス様はロリコンじゃなかったってことだよ」

「そうか、疑惑は晴れたな」

「おい、誰がロリコンだ誰が」

 黙って指さされた。

 おいコラ。

「だって、生まれたばかりの赤ん坊と婚約するって断言したじゃないですか」

「婚約話持ちかけてきたのは親だぞ。俺は承知しただけだ。つーか、無力な赤子を守ってやりたいと思うのは健全な発想だろ」

「それはそうですが、クラウス様の場合その後の溺愛ぶりが度を越してるというか……。でも、成長した姿を想像してその未来のために刷り込みやってるなら納得しました。そっちもどうかと思いますが」

「刷り込みって何だよ。やってねーよ」

 自分でもなぜここまで執着してるのか分からない。

 正直、自分でもおかしいと思う。だけど、どうにも感情が抑えられないんだ。

 浮かんでくる想いはただ一つ。俺には彼女しかいないということだけ。

《―――そう。俺は彼女さえいれば、何もいらなかった。……ずっとずっと……未来永劫、君だけを愛してる―――》

 一瞬、別の風景が見えた気がした。

 廃墟と化した城。やたら青い空に金色の長い髪がそよいで。

 俺は、悲しいはずなのになぜか微笑んでいて……黒いローブから伸びた手が虚空をつかもうとして―――消えた。

《彼女に会いに行くんだ》

 ゆらり、と立ち上がった。

「リューファの所に帰る」

 とたんに三人がかりで羽交い絞めにされた。

「待て待て待て待て!」

「どうにかこうにか変更してあと一日に短縮したんですから、今日だけ耐えてください!」

「ここの国王との会談だけですから! 魔物だってすぐ終わるでしょうし、すぐ帰れますよ!」

「嫌だ」

 ―――もう離れ離れになるのは。

 一緒にいると誓ったんだ。

 もう一度会えたら、今度は絶対離さない。

《―――君に、会いに行くよ》

 三人ともふっ飛ばそうとした時、ジークが叫んだ。

「何のために皇太子やってるのか忘れたのかよ?! リューファのためだろっ!」

「…………」

 静かに振り返った。

 ……皇太子の座なんて欲しいと思ったことはない。

 それでも責務を果たしてるのは、育ててくれた父母への恩義と。

「リューファを守り、敵を排除する力を手に入れるためだろ。ここですっぽかして帰ってみろ。立場危うくなるし、リューファだって具合でも悪いのかと心配する。いいのか?」

「…………」

 婚約者のことを持ち出されたら俺が大人しくなるの分かっててムカつく。が、正論だ。

 ……はぁ。

 あきらめて殺気を消した。

「……分かった。これが最後だし、リューファのためだ。ただし終わったら即帰る」

 助かった、と公爵が長く息を吐いた。

 最後に訪れたのは某帝国。少し前に国交を持つようになった国だ。

 それまで付き合いがなかったのは、物理的に遠方だったのと、相手が多民族国家でしばらく内戦状態にあったためだ。今の皇帝が平定し、平和になった。

 有能だがものすごい威圧感と仏頂面で有名で、とにかく「恐い」としか言われないと聞く。会談中に逃げ出したどこぞの国王がいるとかいないとか。

 黒いオーラしょってるのがデフォルトの、通称『魔王』だったかな。

 もちろん本物の魔王じゃなく、それくらい恐ろしいって意味らしい。

「…………」

「…………」

 さて。ここにいますは、抑えてはいてもストレス溜まりまくってる俺と、標準状態が眉間にシワのジュリアス王。

 『勇者』と『魔王』がにらみ合いに見える構図。

 ハルマゲドン一歩手前の絵面だ。今すぐ両者剣を抜いて斬りかかってもおかしくない。

 どっちの側近も青くなって「逃げたい」って顔してた。無理もない。

 恐さを助長してる原因は服装もあると思うんだよな。相手はなにしろ全身黒。真っ黒。長髪黒髪にヘテロクロミアってだけでインパクト強すぎなんだから、せめて服は違う色使ったらどうよ。

 黒軍服の俺が言うセリフじゃないかもしれないが。俺も黒髪だしな。だけど差し色で刺繍とか入ってるし、何もかも黒ずくめってわけじゃない。

 ―――ていうか、こいつ同類だよな。

 直感でそう悟った。

 何となく同じものを感じる。

 やたら強大な魔力を持ち、自分でも扱いかねてる。使ったらどれくらいの影響を及ぼすか分かってるからこそ押さえ込み、本能的に色んなものから一歩引いた姿勢を保とうとする。

 ジュリアス王の無表情と不愛想はそのためだ。あえて「好きなもの」や「関心のあること」を作らず、力を使わずに済むようにしてるとみた。

 俺の『皇太子』の仮面も同じ理屈。リューファに会うまではそうやってた。

 少し前までの自分を見てるようで、親近感がわいた。

「初めまして」

「……お初にお目にかかる」

 どちらともなく握手する。

 みんなめちゃくちゃ驚いてた。

 何だよ、友好関係築きに来たんだろ?

「ところで、人がいると色々話しづらい。人払いしたいのだが……?」

「同感だ」

 さっさと人払いすると、向かい合わせに腰かけた。

「どうやらそちらも同類だと気付いたようだな。ああ、敬語はナシでいいよな? 俺のことはクラウスと呼び捨てでいい」

「こちらも同様に。……ふ、並外れた魔力を持ち、目的のためなら手段を選ばぬ悪辣さを持つ者が他にもいるとは」

「世界は広いな。それともう一点。愛する女性は一人だけで、彼女のためならどんなことでもやるってのもあるぞ。ジュリアスはまだ独身だったか?」

 俺より少し年上のはずだが。

「……ああ、いない。いるわけがなかろう」

 国内の平定で忙しかったから? それとも外見が理由?

 ところでそう言えば俺の瞳の色も紫だ。俺みたいなのは目の色が紫だって決まってんのかな。何か理由があるのかもしれない。魔力が影響してる、とか。

「普段かなり抑え込んでるだけに、いざ好きな子ができるとすごいことになる……と経験者として忠告しておく」

「婚約者殿の評判は聞いている」

「ああ、俺の婚約者は最高だ。世界一かわいくて優秀で、研究者としても優秀で。それで質問なんだが、こっちの魔法はうちと異なるらしいな。後学のために教えてほしい」

 会談は長時間に及んだ。

 実に有意義な時間だった。嫌々ながら残った甲斐があったってもんだ。

「クラウス様、だ、大丈夫でしたか? 色んな意味で」

 公爵、声うわずってる。

 さては、すわ戦争勃発か、って気が気じゃなかったな。向こうの側近たちも同じようなこと考えてたっぽい。

「何が。むしろ友人になったとこだ。それよりさっさと行くぞ」

「どこへです?」

「魔物退治」

 ジュリアスも同行した。なんでも俺の実力を見ておきたいらしい。

 本来、この程度の魔物ならジュリアスで片付くレベルだ。でも不安定な国内をまとめるほうが先で、手が回らない。そこで交流も兼ねて俺に依頼してきた、ということだった。

 その魔物はというとイナゴみたいな虫系。何年かに一度大量発生してあらゆる植物を食い尽くしてしまう。一体一体は弱くとも、数が膨大なんで大変なタイプな。

「どうやって倒す? 数が多く、広範囲だが」

「追い込んでも構わない場所はあるか?」

 焼き払っても問題ない荒れ地を教えてもらう。うん、よしここでいい。

「さほど広くない範囲で一般人が退治するなら、四方から煙でいぶして追い立て、集まったところで焼き払うのがよくある手だ。だが数キロにも及ぶとなると、煙じゃ大気汚染の問題が発生する。だったら冷気か蒸気を使えばいい」

 今回の場合、冷気を使うと無事な農作物までダメージを与えてしまうから蒸気にした。

 そこまで高温にならないよう注意して、と。

 ぐるっと半径数キロに円を描くように蒸気を発生させ、少しずつ縮めていく。荒れ地に誘導し、最後に火系攻撃魔法を一発。

 はい、終了。

 帝国軍の兵士たちが呆然としてた。

「数キロ先まで魔法の有効範囲に入るってすげー……」

「ジークだって本気でやればそれくらいふっ飛ばせるだろ。さてジュリアス、被害を受けた農家に最適な種を持っててな。俺の婚約者が改良した品種で」

 近くの畑にまくと、すぐに芽が出てぐんぐんツルを伸ばし、あっという間に地面を覆う。ぽんぽんと色とりどりの花が咲いた。これは適度な温度と湿度があれば急成長する品種なんだよ。

「浄化作用を持つ植物だ。ドライフラワーにしても効果があって、加工品としても有効活用できる」

「……ほお」

「種の購入はここの商会に問い合わせてくれ」

 アローズ公爵夫人の実家の名刺を渡す。

 さりげなく婚約者の利につながるよう工作して何か問題でも?

「……ふむ。やはり同類だな」

 ニヤリと互いに笑みを浮かべた。ジュリアスはほんの数ミリ口の端を持ち上げただけだったが、あれたぶん笑ってるんだと思う。

「そうだな。末永くよろしく」

 通称『勇者』と『魔王』の妙に迫力のある光景*傍から見ればトップ同士睨み合って戦闘開始一歩前、に周囲は震えあがってたが、その実態はただの似た者同士が同盟組んだだけである。

 おおいに収穫を得た俺は意気揚々と帰路につくことにした。

「じゃ、俺は帰る」

 言い捨ててさっさと空を飛んだ。

「ちょっ、待……速ええ!」

「ジークっ、とりあえずお前だけ追いかけろ!」

「分かった、追いつける気ぜんっぜんしねーけどな!」

 なんかはるか後方で怒鳴ってるのが聞こえたような。ほっとこ。

 本気も本気、魔法最大出力のフルスピードで駆け抜ける。

 フェニックスやら野良ドラゴンやら巨大怪鳥やら追い抜いたような気もするが、まぁどうでもいいや。

 とにかく彼女に会いたい。

《―――会いたい。彼女に会えるなら、俺はなんでもする》

 過去の声が背を押すように浮かんでくる。

 うんまぁ、今なら何でもできそうだ。ていうかこんな速度で飛べるって自分でも知らなかった。

 嵐巻き起こしてる雨雲も、雷落ちまくってるエリアもかまわず直進。こんなもん余裕で防げるし。

《彼女さえいれば、もう何もいらない。どうか。どうか、もう一度―――》

 アローズ邸が前方に見えた。

 最初に思ったのは意外な言葉だった。

「懐かしい」

 ―――懐かしい?

 なぜ?

 よく来てる第二の実家みたいなもんだから、じゃない。もっともっと長い間来てなかったかのような懐かしさだこれは。

《俺は》

 何かが―――無意識化にある箱のフタが開く感覚がする。

 中から漏れ出したのは、悲しみと苦しみと悲鳴。

 俺自身の絶叫。

 声は違う、でも紛れもなくこれは俺の。

 世界を滅ぼしかねないほどの激情。

「―――まずい!」

 本能が危険信号を発した。

 冷や汗がドッと流れ出る。

 とっさに心臓の真上を握りしめる。

 大きすぎる。

 これを解放したら、この子供の肉体と精神じゃもたないと悟った。

 ダメだ、抑えろ。元通り箱に詰めて封じておけ。

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 汗がぼたぼたと顎を伝って落ちた。

 どうすればいい。どうすれば……。

 本能的に答えを導き出した俺は屋敷に飛び込んだ。

 玄関から入ってる余裕はない。一番近い窓を蹴破って飛び込み、着地と同時に走り出し、一番奥のドアを蝶番ごとふっ飛ばした。

「リューファ!」

 工房で作業してた彼女をすくい取り、抱きしめ……いや、しがみついていた。

「うぎゃああああああああああっ?!」

 可憐な容姿からはとても想像のつかない、ばっちり濁音の悲鳴があがった。

 が、悪いけど今は聞いてる場合じゃない。

 傍にいて手伝ってたシューリとフォーラが条件反射で戦闘態勢を取り―――犯人が俺なのに気づいて唖然とした。

「は? え? クラウス様?」

「ん? これは殴っていいのかしら? 個人的には殴りたいんだけど?」

「くくくクラウス様ぁ?! なななな何ですかー?!」

 宙に浮いた格好になり、真っ赤になって暴れるリューファだったが、俺の様子があまりにおかしいのに気付いたらしくやめた。

「……どうしたんですか?」

「…………」

 俺は黙ってより強く力を込めた。

 ……あたたかい。

 やっとまともに呼吸できるようになり、ゆっくり深呼吸する。優しい花の香りがした。

 ぬくもりと香りが静かに染みてきて、おかしくなりかけてた精神状態が落ち着いてくる。

 ……ああ、彼女はここにいる。……だから、俺は大丈夫だ。

「具合悪いんですか?」

 わずかに首を振った。

「……ちょっと疲れただけだ」

 自分でも説得力がないのは分かってた。

「とてもそうは見えませんよっ」

 すぐ回復魔法をかけてくれる。

 まったく気づかなかったが、それなりに消耗してたらしい。体力と魔力が速やかに回復した。

 でもこの状態の原因は精神的疲労。こればっかりは魔法じゃ治せない。

 ……一気に戻りかけた前世の記憶を無理やり押し込めるのは、やっぱキツかったか。

 だけどああしなければ、確実に俺の精神はやられていただろう。

 前世の記憶もちはたまにいる。そのうち途中で記憶が戻った者はみな、しばらく人格の豹変や精神の異常を発症してる。心がパンクするんだろうな。

 中でも過去強烈な体験をしていた場合がひどい。最悪の場合、精神崩壊すると言われてる。

 まして俺はまだ発達途上。いくら大人びててもしょせん子供で、膨大な量の情報を受け入れるにはキャパが足りない。

 あんなサブリミナル本を国宝にして保管させるほど、昔の俺はヤバい奴だ。その記憶といったら推して知るべし。

 ただでさえここんとこ不安定なのに、そんなろくでもない時代の記憶なんか戻ろうものなら……。

「……リューファ。好きだよ」

 意思をつなぎとめるように、何かに祈るかのようにその言葉を口にした。

 それが『俺』でいられる呪文みたいに思えた。

 俺は、彼女さえいれば大丈夫だ。たった一人の愛した人がいれば壊れない。

 リューファは不思議そうに首をかしげ、

「? 私も好きですよ?」

「…………」

 『愛してる』の好きじゃなく、家族や友達への『好き』でしかないのは分かってた。

 分かってて、あえて額面通りに受け取った。

「……ああ」

「すごい汗びっしょりですよ。大丈夫ですか」

 どうにか腕を抜いたリューファがハンカチで汗を拭いてくれた。

 シューリが急いで、

「わっ、私、母を呼んできます!」

 シューリの母親は王家専属医師である。が、フォーラが止めた。

「待って。必要ないと思うわ」

 何やら意味ありげな視線を向けてくる。

「ですよね?」

「…………」

 フォーラの目には理解の色があった。

 直感的に確信する。フォーラもどうやら、前世の記憶が戻りかけたことがあるな。だけど同じように封じ込めた。

 俺のように重すぎるからじゃなく、今の自分の自我を保つためみたいだが……。

 自然に戻りかけたものを強制的に眠らせるのがどういうことか分かってる。

「……ああ。ただの精神的な疲れだ」

「やはりそうですか。じゃ、リューファ、あなたしばらくついててあげなさい。疲れると子犬や子猫愛でて癒されたくなったりするでしょ? 同じ理屈よ」

 理解者は上手く言いくるめてくれた。

「あー、私の外見がってことね?」

「うんそう。私達は用事思い出したんで出るから、そこの狂犬……猛獣……えーととにかく婚約者どうにか落ちつけといて」

 さりげなくディスったな。

「どうにかって……どうしよ……えっと」

 迷った結果、リューファは頭をよしよし撫でた。

 よく母の公爵夫人が夫にやってるもんな。めちゃくちゃ喜ぶ公爵が情けねぇと思ってたけどごめん謝るわ撤回する。分かる、うれしい。

「うん、それ気持ちいい」

 くすっとリューファが笑った。

「ふふっ。クラウス様のほうが犬みたい」

「そんなかわいいもんじゃないわ。というわけで私達はとばっちりくいたくありませんのでさようなら」

 空気読んだフォーラはシューリ急かして出て行った。

 ……あー、やっと邪魔者いなくなった。

「……あのー、クラウス様?」

「ん?」

 リューファがものすごく物申したいと言いたげに見上げてきく。

「何かおかしくないですか」

「何が?」

 本気で分からない。

「ナチュラルに私を膝に乗っけてるとこですよ!」

「え? ちょっと前までよくやってたじゃないか。最近嫌がるよな。なんで?」

「何でじゃないでしょ?! 私だってもう子供じゃないんですよ!」

 まだ子供じゃないか。特に外見が外見で、もっと幼いと誤解されるよな。

 やだなぁ、どいてほしくないなぁ。

 よし、演技しよう。

 こめかみを押えてうつむき加減に、

「ちょっとまだ精神的疲労が……」

「えっ! 分かりました、ここにいます」

 素直で優しいなぁ。そんなんだと、悪い男にアッサリ騙されるぞ。ってそれ俺か。

「長期間、国を離れることなかったですもんね。しかもけっこうタイトなスケジュール。詰め込みすぎですよ」

「うん。次があったらリューファも連れてく」

「私がいるいないの問題じゃなくて、工程表見直したほうがいいって言ってるんですよ」

「リューファ連れてく利点は他にもあるんだ。どの国でも知られてて、外交の助けになる。ああそうだ、今回ついでにいくつか浄化依頼頼まれたな。後で公爵とランスが運んでくるだろうから頼む」

「分かりました」

「農作物の品種改良研究者としても有名だったぞ。遠方の国にも売り込んどいた。近々公爵夫人とこに連絡があると思う」

「生きるのに食べ物は絶対必要ですもん。食糧事情の改善は世界的に重要なことですよ。お役に立てたならうれしいです」

 ああ。この世から、食糧がなくて弱り、病気になって死ぬ人間がなくなるといいな。

「そうだ。疲れてるならちょうどいいものありますよ」

 弱い風系魔法で棚から引き寄せたのは、何やら瓶詰の液体。赤紫色と微妙な色で、種だか何だかがプカプカ浮いてる。

 はっきり言わなくても、飲むのをためらうやーつ。

「リラックス・安眠効果のある薬草エキスです。見た目はアレですけど効きますよ」

「もらおう」

 並みの男なら拒否っただろうが、俺はためらいもせず一気飲みした。

 婚約者が作ってくれたものを飲まないという選択肢はない。そもそもリューファが体に悪いものを俺に勧めるわけがないんだ。

 予想に反して味は良かった。野菜ジュースっぽい。

「あれ、普通に飲める」

「見た目のイマイチさを改善したら売ろう、ってランス兄様が乗り気です」

「はは、ランスらしいな」

「さ、クラウス様、部屋用意しますからきちんとベッドで寝てください。今日は泊まるんでしょ?」

 俺が公爵邸に泊まることはたまにある。いきなり来て「今日泊まるわ」「OK~☆」が通用するレベルだ。

「動きたくない」

「もう。仕方ないですねー。下ろしてください、準備します」

 壁際にあった二人掛け用ソファーの特定の場所を押すと変形し、簡易ベッドができた。

「え?! 何これ」

「簡易ベッドにもなるソファーを作ってみたんです。医師連盟から依頼を受けまして。普段は待合室なんかとして使ってる部屋を、緊急時病床にしたいと。ついては家具をどうしたものか……と言われたんで、いっそそれを変形させちゃえばいいよねって思いまして」

「へぇ。これ、軍の休憩室にもあるといいな」

 夜勤が助かりそう。

「大量生産しましょうか。うちの家具工場に図面渡せばすぐできますよ」

 リューファの考案した中で大量生産できるものを作って売るため、公爵夫人が工場紹介したり建てたりしてる。

「ああ、頼む」

「あと、枕は……こんなのしかないんですけど、いいですか?」

 出してきたのは、数日前写真で見たあのキャンディー型枕。

 むしろそれがいい!

「全っ然構わない」

「中身はそば殻で、質は良いですよ。それにブランケットを」

 寝転がった俺にかけてくれる。

「このブランケットの手触り、初めての感触だな。毛や織物とは違うのか?」

「フリースっていうんですよ。フェルトみたいなもんです」

「リューファが発明したのか?」

「違いますよ。まだうちの国じゃ知られてないだけで、すでにあるものです。私は再現しただけ」

 つくづく謙虚だな。

「リューファは真面目だよな。こういうまだ誰も知らないものを自分の手柄にするやつって多いのに、いつもちゃんと言う」

「そんなアホなことしませんよ」

 バカらしいと肩をすくめた。

 多くの功績をあげながら、ちっとも偉ぶらない。自分の功績だと騙すこともなく公明正大で高潔。こういうとこが諸外国でも評価されてる理由だと思う。

「アロマ入りの加湿器もつけます?」

「いや、いらない」

 そんなのよりリューファの香りのほうが安らぐ……って言ったらさすがにドン引きされるだろうな、と考えるくらいの常識はあった。

「私は続きの作業してますけど、クラウス様はゆっくりなさってくださいね」

「ああ、ありがとう」

 横になりながら婚約者を眺めて、一時間くらい経っただろうか。へろへろのジークが現れ、倒れた。

「わああ、ジーク兄様?!」

 急いで駆け寄ったリューファが回復魔法をかける。

 俺はのんびりと、

「珍しくバテてんな。どうした」

 ジークはがばっと顔を上げて叫んだ。

「どうした、じゃねーよ! おま、必死で追いかけてきたんじゃねーか! 速すぎんだよ!」

「そうか?」

 まぁ、自分でもあの速度には驚いたが。

「死ぬ気でかっとばしても、姿すら見えねーし! このチート野郎! オレだってかなりがんばったよ?! なのにやっとこさで帰ってきたら、のんびりゆったりうちの妹眺めて寛いでるとか!」

 最高の回復薬じゃないか。

 顔を覆う幼馴染。

「もうやだー。こいつずっと機嫌悪いしさー。その理由が失笑どころじゃないしさー。もうやってらんねぇ! リューファ、頼むから今後は必ず一緒に来て、こいつのお守りしてくれ!」

 匙をはるか遠くの山の向こうへブン投げる勢いでジークは妹に懇願した。

 俺はとっくにそうしたいって主張してるだろ。

「え? うん、いいけど……父様の許可が出たらね」

「親父もOK出すよ。もうオレやだー」

 ジークが父親そっくりな感じで妹に泣きついてると、声を聞きつけてシューリが戻ってきた。

「ジーク? お帰りなさ……わっ!」

 いつものごとく、何もないとこでつまずくドジをやらかし、コケそうになる。

 すかさず飛び起きたジークが振り返りざまに片足のバネだけで跳躍した。一気に距離をつめる。素早く両手を突き出し、ほんのちょっとシューリの体が傾いだところでしっかり受け止めた。

 この間0.3秒。

 ジークの反射神経と運動能力もたいがい常人離れしてるよなぁ。

「あっぶねー。気をつけろよ」

「ご、ごめんなさい……っ」

「ケガなくてよかったな。女の子なんだから、顔でもケガしたら大変だ。ほら、オレにつかまってろ」

「うん」

 シューリはうれしそうにジークの腕につかまった。

 ふーむ。ジークとシューリの婚約話、本格的に決まりだな。

「ああそうだ。陛下からの伝言で、クラウスはしばらく長期出張の疲れとるために休暇やるってさ」

 要するに、「リューファといることで落ち着くなら、婚約者といさせてやるから大人しくしてろ」ってことな。

 異論はない。

「分かった。確かに疲れてるし、休む」

「八つ当たりしねーように、ぜひそうしてくれ。リューファ、見張り頼むぞ」

「見張りって」

「んじゃ、オレはちょっと片付けしたら報告しに城行ってくる。シューリも来い。そのほうが安全だ」

 どういう意味だよ。まったく。

 兄たちの後姿をリューファは小首かしげて見ていた。

「ジーク兄様、何言ってんだろ」


   ☆


「ほんっっっとヤバイんだって、お前の息子は!」

 城ではアローズ公爵が国王に訴えていた。

 息子世代とデジャブ。

 普段は国王に対して敬語を使う公爵だが、元々は長年の友人で戦友。気心の知れた間柄とあれば、非公式の場ではくだけたしゃべりになる。

 場にいるのが国王夫妻に公爵親子、シューリとフォーラだけだから、取り繕う必要がない。

「……これ、マジで……?」

 対する国王もしゃべり方がめちゃくちゃくだけてる。

 報告のため撮影されてた息子の様子を見、ギギギと機械音がしそうな感じで振り向く。

「マジだよ! とにかく分かったことはだ、お前んとこの息子はうちの娘と長時間離しちゃいかんってことだ! 今後の出張はリューファを同伴する」

「それしかなさそうだな……。ていうか、好きな子が傍にいないから機嫌悪くなるって、あいつ何? 子供か。バカなの? 冗談だよな?」

「冗談じゃありませんよ」

 俺は冷静に真実を述べた。

「………………」

「………………」

 場は硬直した。

 あ、面白い。どれだけ止ってるか測ってみよ。

 いーち、にーい……。

 たっぷり100数えたところで、全員一斉に俺を凝視した。

「クラウス?! いつからそこにいた?!」

「公爵が来た時、一緒に入りましたけど」

 ジークが眉をひそめ、

「え? 親父はオレより先に来てたよな。でも、オレが家出る時クラウスはうちに……あっ、まさか!」

「その通り。これは分身だ」

 使えるって言っただろ。

「み、見分けつかん……」

 実の父親でも言われなければ分からないっぽい。

「そりゃそうですよ。ダテに場数踏んでません」

 場数が何を指すか理解した両親はうめいた。

「得意げに語るとこじゃないでしょうっ。本体はリューファちゃんのところにいるのね?」

「もちろんです。なんで分身のほうを置いてこっちに来なきゃならないんですか」

「どれだけ執着強いのよこの子は」

「お前は物欲もなければ、地位も名誉も金もほしがらないし、人にも物事にも淡白で大丈夫かと心配だったが、まさかこうも反動が出るとはな……」

 なるほど。

 父親の分析が的確過ぎて納得した。

「普通の人間なら色んなものに欲が分散して適度なレベルに収まりますが、クラウス様の場合まったく発散してなかったために、一点集中で爆発的なエネルギーになったわけですね」

「うっわ。そんな重すぎるもん向けられて、リューファかわいそ」

 ランスの解説にフォーラが軽蔑の目を向けてきた。

「まったくだわ。リューファちゃんじゃなければとっくに逃げてるわよ。鈍いというかキャパが大きいというか、そういう子でよかったわー」

 そうなんだよな。リューファはどういうわけか、悪意や敵意には敏感なのに、自分に対する愛情や好意については超がつくくらい鈍い。

 父親&兄ズの溺愛ぶりがエスカレートしてる一因でもある。

「俺をこき下ろしはするけど、誰もリューファに危ないから逃げろとは絶対言いませんよね。何でです?」

「何を言ってるの? 今まで何もほしがらなかったあなたが唯一欲したものだもの。反対するわけないでしょ」

「…………」

 あ、そういうことか。俺のためか。

 息子のことを考えての判断らしい。

「親としては、息子が初めて『欲しい』と思ったものくらい与えてやりたいものだ。大体、もし婚約解消して逃がそうとしたら、お前暴れるだろう」

「そうですね、ありとあらゆる方法で阻止します」

 みんな身を震わせた。

「やっぱ、物理的にも離しちゃいかん」

「巻き起こす騒動が天変地異レベルだものね」

「冗談抜きで世界が滅ぶぞ」

「さっき行ったらさ、こいつ上機嫌でリューファ眺めてニヤついてやんの。態度急変ぶりがすげぇ」

「荒ぶる神や魔族に少女を与えて鎮めるって、よくある話だよ」

「ああ、嫁にベタ惚れになるから大人しくなるやつね」

「愛は世界を救うんだね」

 仮にも皇太子の扱いがひどすぎる。

「まぁ真面目な話、リューファ嬢は国家レベルで守らにゃならん重要人物だ」

 父が咳払いして言った。

「いわくつき魔具の浄化・改造ができるだけでも貴重なのに、作品が他に類を見ない」

「娘本人はどこぞの国のを真似ただけだとか、すでにあるアイデアを混ぜただけだとか言ってるが、何かを参考にしてたとしても再現できるのは並大抵の才能じゃない。しかも、装飾品から家具までオールマイティーだ。普通、魔具職人は得意不得意があって、苦手なジャンルは作れないものだ」

「ええ。私の祖父ですらそうです。得意な武器はともかく、他はスタンダードなものならできても造形は一般の家具職人にはるか及びません。美術品としても一級品を作れるリューファはすごいんですよ」

 公爵の言葉にフォーラがうなずいた。

 シューリがたまたま持ってた魔法の教科書をめくり、

「確かに再現って簡単じゃないですよね。例えばここに載ってる、北方の国にある有名なアイテム、ミョルニルの槌。写真をみんな見たことあるけど、じゃあこれのレプリカ作れって言われても無理ですよ」

 そう。リューファはそれができるんだ。

 その場にデータがあれば余裕で、そこになくても過去に見たことあって覚えてれば再現できる。

 そんなの誰でもできることじゃない。なのにリューファ本人は自己評価低いんだよなぁ。

 なんでだろ。

「なんだかなぁ、あの激ニブ妹」

「というか、異常に自己評価が低すぎるんだよ」

 公爵が顎をさすった。

「ふむ……何か原因があるのではと昔から思ってはいたが、思い当たることはないんだよな」

「むしろオレらが甘やかしまくってるよ。母さんは厳しいけど、きちんと評価はしてくれる人だし。自信打ち砕くような真似はしねー」

「ということは、やはり前世の記憶もちだろうな」

 …………。

 俺は静かに目を伏せた。

 ……やはり同じ結論に達したか。

「だよねぇ。リューファはよく、昔見聞きしたものを真似て作ったっていうけど、どこで知ったのか分からないものが多すぎる」

「出所聞いても、覚えてないって言うこと多いよな。母さんすら知らねー知識をあれだけ持ってるのも不自然だ」

「うむ。前世の記憶だとしたら納得できる」

 全員特に驚いてはいない。みんな予想はしてたらしい。

「やっぱそう思うか」

「私らが気づいてるとは、娘には言いませんが。あの子が黙っているのは何かわけがあってのことでしょう。本人が秘密にしておきたがっているものを、無理に聞き出す気はありません。知らぬフリを続けますよ」

「そうだな」

 そのほうがいい。

 前世の記憶もちは差別されてるわけでもなく、公言してる人だって何人もいる。それを黙ってるんだから、理由があるはずだ。

 たぶんそれは、あそこまで自信喪失させた原因に通じる。触れずにそっとしておこう。

 俺の大事な婚約者をそんなに傷つけた奴は八つ裂きにしてやりたいが。

 いや、生ぬるいな。生かさず殺さずじっくり己の罪を思い知らせて、それから……。

 つい物騒なことを考えそうになり、急いで他のことに思考を移した。

 やべ。またどっかに魔力漏れて何か起こすぞ。こういう時はリューファのこと考えよう。うん、落ち着く。

「……にしても、リューファの前世かぁ」

 ぽつりとつぶやく。

「どんな姿だったんだろ。気になる。絶対美人だったのは間違いない。断言できる」

「ノロケも大概にしてくださいよそこのアホ王子」

 すかさず毒舌吐くなよ、フォーラ。

 そこで察したらしいジークががばっと身を起こした。

「おいっ! 先に言っとくけど、リューファの夢に入って調べんなよ!? それ違法だからな!」

「しねぇよ」

 俺を何だと思ってんだ。

 夢は無意識化の世界で、潜って過去の探索が可能。だが法律で厳しく用法が制限されてる。

 許可されるのは、例えば犯罪者の取り調べで行方不明の被害者を探す時などだ。

「バレたら100%嫌われるじゃないか」

 スンとジークのテンションが下がった。

「情けないけど納得できるな」

「五歳も年下の婚約者に嫌われるの恐れてるヘタレって評価していいです?」

「何とでも言え。フォーラだって、好きな男ができれば俺の気持ちが分かるさ」

 冷徹な少女は冷ややかに返した。

「ありえませんね。私は恋愛感情といったものを持ち合わせておりません。そもそもそういう性格なんです」

「はは」

 同類のランスが苦笑してる。

 笑って流していい内容かこれ。フォーラだって仮にも高位貴族の跡取り娘で、ランスも爵位こそ継がないまでもあれこれ商売手がけてる有望株だろ。

 そこで、はたと気づいた。

「待てよ。リューファにも前世、好きな男いたかもしれないんだよな」

「ゲッ」

 ん? 今、複数のうめき声がしたか?

「ちょ、ちょっと待ちなさいクラウス」

「俺のリューファと付き合ってた男がいたとしたら……? そんなもん、消す。うん、チリ一つ残さず抹消しよう。痕跡すら残さず片付けてやろう。待て待て、それどころか結婚してたら……」

「その思考を止めんかっ。あああ周囲に魔力漏れだしてる!」

 両親が何か言ってるが無視しよう。

 わなわな手が震える。

「俺の婚約者の花嫁姿見ただけじゃなく式挙げて、生涯連れ添って傍で微笑みかけられてたわけだよな」

 『彼女』の花嫁姿はさんざんシミュレーション済だ。そりゃもう数えきれないほど色んなパターンでやったとも。鼻血出そうだよ。

 ん、妄想?

 違う。未来予想図だ。現実になると決まってる確約事項なんだからな。

「彼女は俺の嫁で、夫は俺だけだ。今すぐ消してくる」

「待て待て待て待て―――!」

 全員総がかりで取り押さえられた。

 本体だったらはね飛ばしていけるが、これは分身。元々そこまで魔力組み込んでないのが災いした。くそう。

「いるかもわからん想像上の相手に殺気出すなバカ息子! 大体どうやって行く気だ?!」

「そうよっ、時間移動の魔法なんてないのよ?!」

「どうにかして行きます」

「お前ならできそうなのがこえーよ!」

「無理ですって、タイムパラドクスが起きますよ。過去を変えれば未来も変わる。前世のリューファに恋人がいたとしてもそいつがいなくなるんですから、クラウス様がタイムトラベルする必要もなくなります。矛盾が生じますよ」

「…………」

 フォーラの言う通りだ。

 分かってる。過去を変えることはできない。

 タイムパラドクスが起きてしまうから、時間移動魔法は存在しえない。

「心配いりませんよ……たぶん! 娘はあの通りの鈍感です。恋人がいたとは思えません」

「そうそう、リューファがお前を好きなのはよく分かってるだろ?」

「しかもすでに婚約者、結婚が決まってます。誰にも取られる心配ないじゃないですか。ね?」

 シューリとフォーラまで加勢してきた。

「本体はリューファの傍にいるんでしょう? 大好きな婚約者眺め放題じゃないですか、よかったですねっ」

「一応さっき、リューファもクラウス様のこと好きって言ってましたしね。一応。で、あれからもかいがいしく世話焼いてくれたんでしょう? あの子優しいから」

 現金なもので、あっさり俺の機嫌は直った。

「ああ。疲れたって言ったら特性薬草茶作ってくれるし、簡易ベッド貸してくれるし。毛布までかけてくれてさ」

「そのままこのバカの攻撃性と暴走癖も寝かしつけてくれ」

 父上、ボソッと何か言いました?

「娘に任せとけば大丈夫だ。リューファは妻に似て賢い。ばっちり夫を手の中で転がせるさ」

「自分で言うか?」

「妻にならいくら転がされてもいい!」

 父のあきれ声にキリッとして答える公爵。

「胸を張って宣言するなよ。……まぁとにかく、お前んとこの娘に、うちの息子に首輪はめといてくれってくれぐれも頼んどいてくれ」

「本当に。手綱しっかり引き締めといてねって。頼れるのはリューファちゃんだけなのよお」

 なぜか俺が暴走しないよう周囲が決意を新たにしてた。


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