表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/33

4 勇者は婚約者がかわいくて仕方がない(初・魔物退治はついで)

 リューファは公爵夫人いわく「全然手のかからない赤ちゃん」だった。そりゃそうだ。

 三歳くらいの頃には実に庇護欲をそそる感じに成長し、あまりのかわいさにメロメロになる人間が続出した。

 私室で休憩しながらジークとランスとだべってるところに、リューファが母親に連れられてやって来た。

「クラウスさまー」

 ふわふわしたピンク色の小さな生き物がとてとて駆け寄ってくる。

 グフォッ。

 鼻血ふいて倒れそうになった。

 座ってなかったらヤバかったな。

「……っか、かわいい……!」

 ムリムリムリムリ。ただでさえ小さい子供が舌ったらずにしゃべりながら懐いてくれるなんて普通にかわいいのに、まして小動物・砂糖菓子みたいな女の子だぞ。破壊力ハンパない。

 これで落ちない男がいたらお目にかかりたい。

 生まれた時に予約しといてよかったと心底思う。この点だけは父に感謝する。

 さらに言うなら、犯罪まがいのことしてまで仕込みやった前世の自分グッジョブ。ていうか、こうなること分かってたからやったのかもしれないな。

 しかも、無駄に優秀な俺の脳みそは時々『彼女』の姿に脳内変換したバージョンまで見せてくれるもんで、さらに倒れそうになることうけあいである。

 必死で妄想してデレてるのを外に出さないようくいとめた。がんばれ俺の表情筋。

 成長するに従って自力で動けるようになったからか、『彼女』を見かけることはほとんどなくなったんだよな。少し残念。

 そのぶんを補完すべく脳内で自動的にやる俺の脳はおかしい気もする。

 しかし、思ったより落ち着いてるな、俺。好きな子に会えないとイライラするんじゃなかろうかと予想してたが、そうでもなかった。たぶんリューファがいるからだろうな。同一人物だもん。

「クラウスさまっ」

「どうした?」

 立ち上がって小さなかわいらしい生き物を抱き上げてやれば、うれしそうにつかまってきた。安心しきってにこにこ笑ってる。

 至近距離で倍加した攻撃受けて、俺は瀕死である。

 でもふんばった。ここで倒れたらリューファが物理的に地面に落ちる。

 意地でも阻止せねば。たとえ全身複雑骨折出血多量内臓破裂してる状況でも、リューファだけはかすり傷すら負わせない。決意。

「なんのごほんよんでるんですか?」

「リューファにはまだ難しいんじゃないか? 魔術の本だよ」

「わたしもみたいです」

 ずっと意識体で動いてたリューファならこれくらいは読めるだろう。本当のところかなり分かってるのをあえて隠してるよな。年相応のフリしてる。

「分かった。一緒に見ようか」

 椅子に戻り、膝にのっけてあげる。リューファは興味深そうに読み始めた。

 やっぱ全部理解してるな。気づかないフリしとくけど。

 それにしても、小さくて軽くてあったかいなぁ。子猫かウサギのっけてる気分。

 気の利くランスが後で写真くれた。丁重にコレクションにお迎えしておいた。

 ジークもランスもシスコンだが、生まれた時からの婚約者の俺は排除対象じゃないんだよな。むしろ協力してくれてる。

 つくづく予約しといてよかった。でなきゃ、こいつらガチで「うちの妹と付き合いたければオレらを倒した上で交換日記から始めてもらう」とかのたまってたに違いない。仁王立ちして殺気ふりまいてる姿が想像できる。

 しかもそれに絶対アローズ公爵まで加勢するときた。国内最強チームの誕生じゃないか。

 まぁ俺なら倒せるけど、さすがにこの三人相手は骨が折れるなー。

「……んー……」

 しばらくすると、リューファが疲れてきたのが分かった。目をこすってる。

 いくら精神は大人でも、肉体は年相応。集中力に限りがある。

「眠そうだな。また夜更かししたのか?」

 あとちょっと、あとちょっとと言いつつ、勉強したり作業して睡眠時間削る癖があるんだよな。肉体が中身に追いつけてない。

 図星だったらしく、リューファは視線をそらした。

「う……」

「あら。また夜更かししたの? 困った子ね」

「駄目だろ。きちんと睡眠とらないと成長を阻害するし、むしろ集中力低下で効率が悪くなる。逆効果だぞ」

「……はぁい」

 眉を寄せながらもうなずくリューファ。

 うん、素直でよろしい。

「リューファ、いらっしゃい。帰るわよ」

「いや。少し昼寝するくらい、ここですればいい」

 俺は本を閉じ、小さな体を自分にもたせかけた。察しのいいランスが持ってきたブランケットをかけてやる。

「ほら、ちょっと寝ろ」

「あらあら。迷惑じゃありません?」

「全然」

 むしろ何かのご褒美だと思う。

「ゆっくりお休み」

「……わかりました」

 リューファはしぶしぶ目を閉じ、寄りかかってきた。寝やすい姿勢を探してしばらくもぞもぞ。

 ……っか、かわいい。

 子猫が膝の上でもぞもぞして、位置が決まると丸くなって寝るアレだ。誰だってかわいいと叫びたくなるやつ。

 萌え死にする。

 ジークなんかモロにデレデレして、公爵夫人にあきれられてた。

 ランスすら優しい目で妹を眺めてる。

 そのうちポジションが定まったのか、小さな生き物は俺の服を軽くつかみながら寝てしまった。規則正しい寝息が聞こえる。

 公爵夫人は苦笑しただけで娘をどかそうとはしなかった。

 だって俺たちは婚約者同士だからな。

 満足げに小さな婚約者の髪を撫でる。

「あー、かわいいなもう。何だコレ、何この生き物」

「分かる。うちの妹世界一かわいい」

 深くうなずくジークは羨ましそうだが、この場所を譲る気はない。断固拒否する。

「リューファも安心しきって寝るもんですよねぇ。こう見えて意外と警戒心強いんですが、さすが婚約者ですね」

「クラウスの傍は絶対安全だしな。こいつ、もしリューファに危害加えようとする奴が現れたら速攻・全力で容赦なく排除するぜ」

「当然だろうが」

 力強く肯定する。

「娘を守って下さるのはいいですが、何事も限度というものはありますよ。常識の範囲内にしてくださいね」

 何かを察したように夫人が忠告した。

 うん? ちゃんと法律の範囲内でするとも。

 表向きは。

 ちょっと違法かな?ってのは、こっそりやるさ。バレなきゃいい。そうだろ?

 夫人はうろんげな目を向けてきた。

「……いやぁ、娘ってのはほんっとかわいいもんですな~」

「うむうむ。分かる」

 さりげなーくやって来た、仕事中のはずの父と公爵が後ろでのんきに親バカ談義し始めた。

 仕事しろ。

 リューファは父にとっても娘同然であり、かわいくて仕方ないらしい。実の子がかわいげもへったくれもない俺一人だもんで余計。

「最近は『親指姫』とあだ名がついてましてな」

「おお、ぴったりじゃないか」

 確かに『姫』だな。王族の姫じゃないが、未来の皇太子妃であるリューファは一般的にそれと同程度の社会的地位と思われてる。

「この前、私のプレゼントしたドレス着てくれてねっ。ピンクでフリフリなガーリーテイストの。もう、超かわいくって! つい庭園連れ出して記念写真撮っちゃったわー」

 母も来た。

 国王夫妻ヒマか。

「母上も何やってるんですか。ていうかそれ俺にも一枚ください」

「お前もほしいのかよ」

 ジークがつっこんだ。

 ランスは苦笑してる。

「いいわよ。ふふっ、早くお嫁に来てねー。そしたら毎日着せ替えし放題だわっ」

「母上。リューファは人形じゃないんですよ。今だって贈りすぎです。加減してください」

 息子よりはるかにあげまくってるじゃないか。構わないけど。かわいいリューファ見てると俺も癒される。

 腕のいい薬師である母はいくつも薬の特許を持っていて金持ちだ。義娘に買ってるのは全てその個人資産から出してる。

「いいじゃないのよ。それとも、クラウスが着せ替え人形になってくれるなら話は別だけど?」

「ゲッ」

 思わずうめいた。

「丁重にお断りします」

「あら、残念」

「それより、リューファも母上がくれすぎるの気にしてるんですよ。悪いと思うけど、断るのも悪いって。俺だって分かってるから、買ったもののあげずにためこんでるじゃないですか」

「あなたも私の子よねぇ。行動似てるわぁ。貯まりすぎて、とうとう一部屋埋まりそうだものね」

 まったくだよ。我ながらどうしよう。

 なお、俺のプレゼント代も税金じゃなく個人資産からだ。前に公務で父についてある地方に行ったとき、魔法石の鉱脈を発見したことがある。

 どうも俺にはそういうレーダーが搭載されてるらしい。

 その鉱脈はけっこう質が良くて、コンスタントにかなりの売り上げをあげてるんだ。

「自分のためには一銭も使わないで、婚約者に使いまくってるってのもどうなのかしらね」

「自分が欲しいものなんて特にないので」

「物欲がないっていうか、こだわりもないし冷めた子ねぇ。まぁ、リューファちゃんを喜ばせたいって気持ちはよく分かるわよ。でもたまには他にも楽しみ見つけなさいな」

「と言われても、他に興味抱けません」

 肩をすくめた。

「じゃあ、夕ご飯食べたいものある?」

「特には。栄養が摂取できれば何でもいいです」

 好き嫌いはない。

「リューファちゃんおねむなら、今夜うちでご飯食べればいいわ」

「リューファの好物出してください」

 すばやく注文つけた。

「食にも衣にも無関心なくせに、リューファちゃんが関わると途端に変わるわよね。ねぇ、ところで私にも抱っこさせて」

「嫌です」

 きっぱり断った。取られぬよう抱え込む。

「リューファは俺のだ」

「……ほんとに独占欲強いわよね。なんでリューファちゃんにだけはこうも執着しちゃってるのかしら」

「まぁ、相手が婚約者だから問題なかろう」

 母は考え込んでいたが、父に言われて引き下がった。

 そこでアローズ公爵が思い出したように言い出した。

「もらうといえば、近頃は娘に手紙を送ってくる輩や何とかして接触しようと謀る輩が出てきてましてな。変態はもちろん潰しておきましたが、子供が純粋にかわいい子に一目ぼれしたようなケースは少々扱いに困……」

「あ?」

 思わずドスの利いた声が出た。

 周囲の気温が氷点下まで下がる。イメージじゃなく、本当に。

 つい漏れた魔力が場を凍りつかせてた。

「ヒッ」

 全員身をすくめたとこをみると、殺気がダダもれになってたらしい。

「?!」

 リューファもびっくりして飛び起きた。

「なっ、なになに?!」

「おっと」

 いけないいけない。

 すぐに殺気を消した。

 リューファはさすがアローズ公爵の娘というか、とっさにまず周囲の状況を確認して敵がいないかチェックした。

「クラウスさまっ、今なにかありました?!」

「いや? なんでもないよ。気にせず寝てな」

 にこやかに混じりけのない笑みを向ける。

 ジークが口の端ひきつらせてたのは無視する。

「でも、その、魔物があらわれたとかじゃないですよね?!」

「違うよ。仮に出たとしても、俺が消しておくから安心しろ。リューファには指一本触れさせないよ」

「……消すって言ったわよこの子……」

「下手な魔物より、うちの息子のほうが危ないんじゃなかろうか……」

 両親が何やらボソボソ言ってるのも無視。

 失礼な。

「眠気とんじゃったか? 悪かったな。じゃあ、寝なくてもいいけどまだのんびりしてろ」

 抱き寄せてなでる。リューファは抵抗するでもなく、大人しくされるがままでいた。

 素直でよろしい。

 俺は笑みを浮かべたままアローズ公爵のほうに目を向けた。目はちっとも笑っていない。

「で?」

 一文字で色々察した公爵が慌てて手を振る。

「もちろん執事がチェックした段階で排除してますよ!」

 公爵令嬢であるリューファに手紙が送られてきても、まずは執事や侍従がチェックする。ノーチェックで本人に渡されることはない。

 分かってるさ。分かってるよ? でも、他の男から婚約者にラブレターが送られてるって知って楽しいわけがないだろ。

 手のひらを上にして出した。

「見せろ」

 保管してあるよな?

 笑顔で威圧。

 後で「あれはトップクラスの魔物でも裸足で逃げ出すレベルだ」と父に言われた。

 危機察知能力にたけた公爵はすぐさま飛んでった。

「すぐ持ってきます!」

 城とアローズ家は非常時用に転移魔法陣で行き来できる。今こそその非常時といわんばかりだった。

 あっという間に戻ってくる。

 早っ。

「これです!」

 どんと箱一杯、目の前に積み上げられた。山のような手紙と報告書。

 多いな。チッ。

 内心舌打ちする。

 俺の婚約者だと知っていながら、これだけふざけた連中がいるとはな。

「俺も舐められたもんだな」

 対外的には無難な『皇太子』の仮面をかぶってるから、甘く見られたか。

 だとしたら、思い知らせてやらないとなぁ。

 ふふふ……。

 父がびくびくしながらストップかけてきた。

「……クラウス。目が笑ってないどころか邪悪すぎるぞ。何考えてるか知らんが、そのナイスアイデアは今すぐ破棄しろ」

「ナイスアイデアなら廃棄しなくていいじゃないですか、父上?」

「お前以外の人間にとっては全然よくないんだっ!」

 さすが父上、よく分かってらっしゃる。

 リューファが首をかしげ、

「父様、これなに?」

「リューファは知らんでいい、気にするな!」

 ものすごい速度で首を振る公爵。

「そうそう、リューファは見なくていいぞ。目が腐る」

 特技の速読を最大限発揮し、目にも止まらぬスピードで全部チェックした。

 続けてすばやく書類をいくつか作り、書記官や侍従を呼んであれこれ手配する。彼らもみんなビビった様子で走って行った。

 そんなにまだ殺気出てるか?

「これでよし」

「……聞きたくないが訊かなきゃいかんよな。何やった」

「たいしたことじゃないですよ」

「たいしたことだろどうせ!」

 目をむく父。まったく信用がない。

「そこまで言うなら確認して下さいよ。国内の人間なら、左遷したり降格処分にしてるだけです。国外は、例えば交易内容を見直したり」

 父は書類を見て、確かにその通りなのを確認した。

「一応皇太子の俺がいるのにこういうことやるってのは、先見の明も能力も忠誠心もないと明示してるも同然でしょう。そんな連中は相応の対処をしませんとね」

「……本当だ。マトモな対応すぎて逆に恐い」

「とか言いつつ、危ないことやろうとしてないわよね……?」

「まさか」

 にっこりと両親を安心させるように微笑んだ。

 もちろん嘘である。

 現在同時進行で一気に十人ほどシメてるとこだ。

 いやぁ、分身って使えるなぁ。ほんっっっとーに。

 前に作っておいた呪符があるんだよ。最近じゃ『彼女』が現れなくなったから使う機会のなくなったやつが大量に余っててさ。とっておいてよかった。

 分身を複数同時行使するのは初めてだが、意外といけるもんだな。

 五歳児をそういう目で見てる変態どもは暗がりに引きずり込み、容赦なく締めあげた。

 こういう連中は速やかに潰す。物理的かつ社会的に。放っておいたら害悪だ。

 といっても暴力はふるわない。単に襟元ひっつかんで宙づりにしただけだ。別に肉体的ダメージを加えるのは簡単だが、十歳のガキに片腕で持ち上げられて締めあげられるだけで精神的に十分ダメージを与えられる。

 まして、これまで「いい子、真面目で勉強熱心な王子」な程度にしか思ってない、舐めきってた子供にやられるんだからな。

「俺の嫁に手を出すな」

 ――『彼女』は俺のものだ。

 眼光鋭く一言で十分だった。

 八割が泡ふいて失神。二割がこの世の終わりみたいな断末魔の悲鳴あげて気絶。大の大人が。

 ……抵抗もしないのかよ。

 拍子抜けだ。

 なんだ、あっけない。

 まったく、これくらいで気絶するならケンカ売るんじゃねぇよ。

 次は子供連中。仁王立ちで威圧する。

「俺の嫁を奪うつもりなら消すぞ」

 貴族なら、子供が勝手に公爵令嬢へラブレターなど送れるわけも、接触できるわけもない。さらに相手は『皇太子の婚約者』で、王女と同程度の扱いを受けてるリューファだ。それでもやったってことは、そこの家の執事の職務怠慢か、当主に報告が行ってても構わないとほっといたかだ。

 どっちにしても俺への侮辱、ひいては王家への反逆の意思ありとみなされても反論できない行為である。投獄、お家取り潰しになってもおかしくない。

 暗い笑みを浮かべれば、みんな慌てて土下座した。ものすごく必死に謝罪の言葉をどうにかこうにかわめいてる。

 そんなに恐いか? 子供相手だから、これでもさっきよりかなり抑えたぞ。気絶してないし、しゃべれてるじゃないか。

 ま、軽くトラウマにはなるかもしれないが。

 あと、少なくとも将来潰しておこうか。

「大丈夫だぞ。リューファは俺が守る」

 心の底から言ったのに、なぜか奇妙な表情された。

「……なんか、おこってます?」

「何で?」

 父がぼそっとつぶやいた。

「何でもないだろう……ところで、いつまでこの部屋むちゃくちゃ寒いんだ……」

 え?

 見れば、俺とリューファ以外みんな寒そうにしてる。

 そういやさっき、氷系の魔法が暴発したっけ。

「温度上げればいいじゃないですか。火系魔法で」

「とっくにやっとるわ! お前がまだ暴発し続けてるせいで全然温度上がらないんだろうがっ」

 あ、そうなの?

 父がキレ気味に突き出してきた温度計の数値は一桁。

「これは失礼」

 漏れてた魔力を制御し、室温を平常値に戻しておいた。

「まったく、無意識に自分と大事な婚約者だけはガードしておって。無駄に優秀だな」

「完全に無意識なんだから仕方ないじゃないですか。自己防衛本能ですよ」

 周りの環境が体にとってあまり良くない状況になると、俺は自動的にバリア張るんだ。もちろんリューファがいれば彼女もきっちりガードする。

「クラウスさま」

 ちょんちょん、と大事な婚約者がつついてきた。

 うわあああ、小鳥がつついてるみたい。小さいかわええ。

 イラついてた心が急回復する。

「何だ?」

「あのですね、今日おかしつくってきたんです。めしあがりますか? よくわかりませんけど、イライラしてるときはあまいものですよね」

「食べる」

 即答。

 不愉快が一瞬できれいさっぱり消え去った。

 我ながら現金だな。

 公爵夫人が持ってたバスケットから中身を出し、人数分に取り分ける。

「はるか東の国のお菓子でカステラというものだそうです。レシピを教えてもらいまして。近頃はあちらとの交易が増えたんですのよ」

 ああ。分身の術が役立つもんで、他にもいいのないかと交流増やしてみたんだよな。

「へぇ。それよりこれがリューファの初・手料理か。食べるのがもったいなさすぎる」

「そんなすごいものでもないですし、お口にあうかわかりませんけど……」

「いいや。リューファの作ったものなら何でも食べる」

 国宝にしてこのまま永久保存したいレベルだ。祭壇作って祀りたい。

 ……誰だ、何の変哲もないスポンジ生地だけじゃんって言ったのは。しょせん五歳児が母親に手伝ってもらって作った程度のクオリティでしかないって?

 やかましい。

 『彼女』の、婚約者の手料理だぞ?! うれしすぎるに決まってるだろうがっ!

 じっくり味わってばっちり記憶に留めておこうと決意し、口に入れた。

「ふぅん。マドレーヌやパウンドケーキとは違って、なんていうか、優しい甘さだな。おいしい」

「よかったです」

 花もほころぶような笑顔になるリューファ。

 ああああもう攻撃力が強すぎる。勝てねぇ。勝つつもりもないけど。

 戦うまでもなく全面降伏する所存である。

「リューファは料理も上手だな。手先器用だし」

「母様や料理長が手伝ってくれたからですよ」

「いや、俺だとたぶんこうはいかない」

 不器用さには定評がある。料理はやったことないが、たぶん駄目だろう。

「んー、どうでしょう。一度やってみたらどうですか? こんどいっしょになにかつくりましょうよ」

「やる」

 再び即答。

 婚約者と一緒に料理とか。素敵すぎるイベント。

 なにしろ俺の脳は『彼女』の姿に自動変換してくれる優れものだ。こういう時こそ最大限に発揮しよう。

 両親があきれかえってるのはほっとく。

「なにがいいでしょう? かんたんなので好きなのがいいですよねー」

 俺が好きなものは『彼女』に決まって……なんでもない。

「料理長にそうだんしてみますね」

「ああ。リューファが食べたいもの作ろう」

 あれにしようかこれにしようかと話してると、侍従が駆け込んできて急を告げた。

「大変です! 北方の街に魔物が現れました!」

「何だと!?」

 父とアローズ公爵がすぐさま立ち上がった。

 詳細を確認し、公爵が討伐に向かうとその場で決定。慣れまくってて慌てもしない。

 それも当然で、この頃公爵は世界にその名をはせる猛者だった。国内一どころか世界レベルで最強といってもいい。国内に強い魔物が現れると、たいてい彼が退治に向かう。

 普段は妻の尻に敷かれまくってる感が強い妻バカ親バカだが、実際はかなり強いんだ。英雄と言われるだけはある。

 俺に戦闘についてたたきこんだのも彼だ。元々父が皇太子だった頃にコンビを組んでた相手でもある。

 父はこれでも王家の魔力持ちというかそれなりに強く、若き日は公爵や他数名と魔物退治をしてた。皇太子が魔物退治やるのはうちの伝統みたいなもんである。ただ権力の座でふんぞり返ってるだけじゃなく、ちゃんと仕事しろってことだな。

 働かざる者食うべからず。

「では、行って―――おっと」

 公爵はふと思いついたように俺を振り返った。

「クラウス様も行きましょうか」

「俺?」

 目をぱちくりさせた。

「まだ十歳で実戦経験もないガキ連れてっても足手まといじゃないか」

「ですからその実戦です。訓練はいつもしてますし、そろそろ実地で学ぶいい機会じゃないですか」

 公爵のことだ、初心者がついてっても大丈夫な程度の魔物だと判断して言ってるんだろう。

「陛下が初めてついて行ったのも十何歳かでしたよ」

「そういえばそうだったな。うん、行ってきたらどうだ」

 ピクニックみたいな気軽さだな。

「分かりました」

「ジークも来なさい。ランスは今度な。もう少し大きくなったら。今回は家で母さんとリューファを守る大事な役目だ」

「へーい」

「はい」

 めんどくさそうに返事するジーク、殊勝なランス。

 俺はごめんな、と言って小さくて軽いリューファを持ち上げて立ち上がり、空いた椅子に座らせた。

「じゃあ行ってくる。お土産何がいい?」

「観光じゃないんですよ。きをつけてくださいね」

 上目遣い←身長からいって当然そうなる、で見上げてくる。

 はぐッ。

 胸を撃ち抜かれたかと思った。

 ヤバいヤバい超かわいい。

「かわいいなぁ。念のため言っとくけど、そういうの俺以外にやったら駄目だぞ。他の男が見たら、目潰……」

 ジークがすかさず俺の口を塞いだ。

「ジークにいさま? どしたの? クラウスさま、さいごなんて言ったんですか、よくきこえなかったんですけど」

「何でもない! 何でもないぞ。じゃっ、兄ちゃんたちはちょっくら出かけてくるからな~。あっ、料理作るんだろ? 何にするか決めて、準備しとけ」

 そのまま俺を羽交い絞めにするようにして連れ出した。

 かなり歩いてからようやく解放してくれる。

 俺はムスッとして幼馴染を見やった。

「何だよ」

「何だよ、じゃねーだろ! お前、うちの妹の前で恐いこと言うな! あれマジっぽかったぞ!」

「そりゃ、冗談じゃなくて本気だからな」

「目潰すって、どうやってやるつもりだった?!」

「どうって、指で物理的にこう」

 チョキの形にしてみせる。魔法とか一切使わず、単純にこれでいける。

 公爵とジークがそろって頭を抱えた。

「どうするよ親父。このままいったら危ない気がするんだけど」

「うむ。いつか傷害や暴行で捕まえる事態にはなりたくない」

「実際にはやらねぇよ」

 あきれて否定した。

「ほんとか?」

「本当だって。乱暴者はリューファに嫌われるだろ」

「すごく納得した」

 異口同音。

 なぜそこで深く納得するのか分からないが、異論がないならよしとしよう。

「ていうか、そこまでしなくても睨んで威圧するだけで充分って分かったしな」

「どうして分かった!? ……っおま、さてはさっき部屋を極寒地帯にするだけじゃなく他にもやってたな!? 分身使ったんだろ!」

 察しがいいな。

 公爵が首をかしげ、

「分身? ああ、あれか。でもあれは使うのが結構難しいぞ。前もって人形作っておかないといかんし」

「こいつのことだから、ストックくらい何かの時用にって作っといておかしくない。で、リューファにラブレター送って来た連中んとこ回って何した!」

「別にたいしたことはしてない。ちょっと睨んで、俺の嫁に手を出すなって警告しただけだ」

「…………」

 公爵親子は沈黙した。

「……絶対ちょっと睨んだレベルじゃねぇだろ……」

「……あと、ツッコんでいいのか分からんが、『嫁』って。まだ婚約者だろう。そりゃ、いずれは結婚するわけだが」

 ん?

 言われて初めて気づいた。

「ああそうか。自然にそう口に出してたんだよな。でも問題ないだろ?」

「そうだけど……。うっわぁ、クラウスの独占欲と執着、甘く見てたかも……」

「しかもだな、実はさっき他にも報告があった。一年中雪で覆われてるはずの山の雪が、一瞬で全部蒸発したそうだ」

 ジークは冷や汗流しつつ父親を見あげた。

「……え、まさかそれって……」

「そっちにも魔物が現れたんじゃないかと言われたが……たぶん違うな」

「ん? あー、それ俺かも。あっれー、他でも暴発してたか。反対に火系魔法かな。とにかく雪降らせとこう。そんなことより、ところで、リューファの手料理も美味かったよな。魔法で永久に保管して、祭壇作って祀りたいレベルだと思った」

「アホですか?!」

「お前バカなの?!」

 師と幼馴染の親子は容赦ないツッコミを入れると、額を寄せ合って真剣に会議を始めた。

 どうしたんだろ。


  ☆


 街にほど近い場所に突如現れたという魔物は、すでに駆けつけた近隣都市に配備されてた軍の小隊と交戦状態だった。

 ドリミア王国では時折出現する魔物対策として、国内各所にそれなりの戦力を配備してる。経験豊富で戦力になるチームを主軸とした部隊だ。普段は警察の仕事をしてもらってる地方公務員で、有事の際は特殊部隊として駆けつける。

 今回も最寄りのチームが対応したが、キツくて応援要請したらしい。

「あー、ドラゴンじゃきつかったろうな」

 魔法使って高速で空を飛びながらコメントする。

 ドラゴンは魔獣・幻獣の中でもトップクス。中には友好的な一族もいるが、そうでないのもいるわけで。

 フォーラの祖父が状況を分析して言った。

「まず、応戦している彼らを保護しましょう。負傷者がいるようです」

 杖を一振りすると、彼らの周りにバリアができた。

 フォーラの祖父は裏方仕事や人のサポートを得意とする。父とアローズ公爵がコンビ組んでた頃はその補佐としてよく同行してたと聞く。

 見かけはのんびりした好々爺で、現在はリューファに魔具作りを教えてる。

「皆、無事か?」

 俺たちは部隊をかばうようにその前に下りた。

 フォーラの祖父がテキパキと負傷者の手当てをする。

「けが人はこっちへ。傷から魔力が入り込みかけている。薬を投与しなければなりません」

「頼みます。私とジークとクラウス様でうって出ます」

「分かった」

 俺とジークは落ち着いて剣を出し、構えて共にバリアの外へ出た。

「どけえッ! あれはどこだ、食わせろッ!」

 黒いドラゴンが吠えた。

 ドラゴンは体の色である程度の強さが分かり、黒はトップクラス。見るからに禍々しく毒々しいし、めちゃくちゃ固そうなんで色でなくても判別できる。

 うーん、常駐部隊じゃこれは確かに無理だったな。

 振り下ろされる尻尾を俺たち三人は飛んでよけた。

 大地が割れ、岩がドズンドズンと落ちる。

「あれ? あれって何だ。食いたいものでもあるのか、こいつ」

「腹減ってるのかな。ドラゴンは個体によっても食べる物が違うから、何やったらいいか分からないな」

「ふむ。どうやら空腹なわけではなさそうですよ。これは魔力を欲している感じですな」

 会話する余裕のある俺たち。

「魔力?」

「魔獣や幻獣は食料のほかに魔力も補充しないといけません。この辺りに魔石の鉱脈や古代の魔具でも埋まってるのかもしれませんな」

「鉱脈……ないな」

 そういったものは見当たらない。

「のんきにくっちゃべってるなッ! どけえぇぇ!」

 ドラゴンが巨大な口を開ける。口だけで3mはありそうだ。

 魔力が集約していく。ビーム発射準備中。

 これ発射されたら半径数十mは吹き飛びそうだな。

「おー、来るぜ。どうする」

「俺がやる。魔物相手にどれくらい効くか、試してみたかったんだ」

 俺は剣に魔力をこめた。

 これまで練習ではジークやアローズ公爵といった人間相手にしかやったことない。魔物相手に攻撃してみたら、どの程度のダメージを与えられるだろうか。

 いくら魔力をこめても折れたことのないエクスカリバーを一振りした。

「はっ!」

 一閃。

 ……一撃でブラックドラゴンは崩れ落ちた。

 きれいに横に真っ二つ。

 ズーンズズーンと巨体が地面に落ちて地響きがする。

「……あっれぇ?」

 俺はあっけにとられた。

 もう終わっちゃったよ。

 おっかしいなー。このドラゴン、実は弱かったのかな。

 首をかしげつつ振り返れば、全員目が点になってた。

「……楽勝とは思ってたが、まさかここまでとは……」

 青ざめてるアローズ公爵がつぶやく。

 んん?

 きいてみた。

「なあ。俺ってもしかして魔物と戦ってもそこそこいけるのか?」

「そこそこどころか! 前から言ってましたよね?!」

 ほえる公爵。

 そういや、これならいつ実際に魔物退治やっても心配ないって言ってたな。

「半分お世辞かと」

 へー。あれマジだったんだ。

 ジークがげんなりしてる。

「あのなぁ。親父はお世辞なんか言わねーよ。お前って自分の周りが強い奴ばっかで、基準狂ってね?」

 英雄とうたわれた父とアローズ公爵のタッグ。

 国一番の薬師である母。女傑と名高く、夫を手の中で転がせる公爵夫人。

 もう一人の師であるシューリの父は近衛隊隊長で、元は父のパーティーの一人だった人物。その妻は王家専属の医師。

 魔具についての師であるフォーラの祖父と、祖母は魔法使いの元締め的存在。

 ……あ、これ『普通』じゃないのか。

 言われて初めて気づいた。

「へぇ。てことは、さっきの一撃レベルを訓練で受けてるお前もけっこうできる奴だったんだな」

 ジークが目をむいた。

「全っ然平気じゃねーんだぞ?! 死ぬ気でがんばってんだからな!?」

「あー、クラウス様。親の欲目じゃなく、ジークも強いんですよ。大きくなったら私を超えるでしょうね。こいつ相手にしたのを基準にしないでください」

 へー、そんなに俺の価値観ズレてたんだ。知らなかった。

「指摘されないと気付かないもんだな。教えてくれてありがとう。以後気をつけよう」

「そのほうが助かります。味方にとばっちりくらわさないように」

 それは確かに重要だな。

 俺は獲物を振り返り、ため息ついた。

「ところで、これだけ損傷が激しいと採れる素材が少ないな。あーあ、品質が落ちた」

「気にするとこそこかよ」

「ドラゴンから採れる素材はレアで高品質だろ。リューファが喜ぶと思って」

「うちの妹のために倒したのかよ」

 ジークが何とも言えない表情になった。

「いいけどさぁ。何かおおいに間違えてる気がしないでもなくないか?」

「末尾おかしいぞ。だってリューファは今、魔具作りの勉強してるだろ。凄腕の魔具職人になれるってお墨付き。そりゃあげるさ」

「うんまぁ、勉強のために教材提供するのはいいけど」

「なるべく傷つけず、大きいままあげたかったんだけどなぁ。失敗した。次からは倒す方法よく考えよう」

 どうやったら今回も素材傷めずゲットできたか、反省点を挙げておこう。次は失敗しない。

 ああやってこうやって……。

 真剣にイメトレ。

「この前リューファが欲しがってた材料、クラウスがツテ使って買って持ってったらめちゃくちゃ喜んでたな。それで今回もって思ったわけか」

「ああ。『もらっていんですか? ありがとうございます、クラウス様大好きっ!』って抱きついてくれた。かわいさで死ぬかと思った。なぁ、マジで何なのあのかわいい生き物。かわいさが犯罪級」

「お前、すっげぇデレデレしてたよな。今もちょっとおかしいぞ」

「だって、あのかわいい子の笑顔のためなら何でもする気になるじゃないか。お前も思うだろ」

「もちろんかわいい妹のためなら、オレだって何でもするさ」

「私も愛娘のためなら、たとえ火の中水の中です」

「……ツッコミ役がいない……」

 フォーラの祖父がぼそっとつぶやいた。

「似た者親子・師弟……」

ん? 何か言ったか?

「てわけでコレ解体しよう。手伝ってくれ、俺は不器用だ。さらに使えるパーツ減らすわけにはいかない」

「つくづくクラウス様の行動原理は婚約者に尽きるんですね……」

「当たり前だろ。って、リューファにあげようって勝手に決めてたけどいいよな? みんなの取り分は俺が買い取って金で払うから」

 チームで魔物退治をした場合、分配は当事者の話し合いで決まるのが普通だ。大体は貢献度の高い順に分配される。ごく当たり前のことだ。

 取り分が少なくても、出動すれば国から法で定めた報奨金が支払われる。タダ働きにはならない。

 まぁ、中には無理やり取り分多くガメようとする者もいるが、不正防止のために魔物退治の際は映像記録を取ることが義務化されてる。今回も兵士の一人が撮ってた。さらに分配の内訳は書類にして国に提出しなきゃならない。

 正直、それらごまかしてまでブン取るのは割に合わないんでそういう輩はまずいない。給料の安定した国家公務員をクビになるだけだからだ。

 なにしろフリーの魔物退治人なんてコンスタントに収入ない、ケガした場合の補償もない。はっきり言って、よほどのレベルじゃなきゃ食ってくこともできないのさ。

 それに引き換え、公務員として参加してれば福利厚生も給与体系もしっかりしてる。社宅完備、ボーナス有。真面目に勤めてれば定年までいられるし、定年退職後も年金ばっちり。公務員は世間的にも印象良くて縁談にも有利。

 これだけのメリットを棒に振るのは馬鹿げてる。

 さくさく決めた分配表を基に、俺はさっさと小切手書いた。

「別にオレの分は元々妹にあげようと思ってたからいらないぜ。オレは使わねーもん」

「私も娘にあげようと思ってたので構いません」

「こちらも弟子の教材にするつもりでしたから、はい」

「結局みんな考えてたこと同じじゃないかよ」

 なんだかんだ言って、みんなリューファに甘かった。

 アローズ公爵とフォーラの祖父という専門家の指導の下、無毒化などの処理をして片付けに入る。

 二次災害が起きないようきちんと片付けるまでが魔物退治だ。

「牙、ツメ、皮に骨。予想より採れましたな」

「ああ。リューファ、喜んでくれるかな」

 喜んでくれるといいなぁ。

 俺は手当ても終わり、休憩してた隊員たちを振り返り、

「君たちのおかげで大きな被害が出ずに済んだ。礼を言う」

「い、いいええっ! とんでもございません!」

 直立不動で敬礼された。

 皇太子に言葉かけられて驚いてるのか、さっきの一撃でビビってるのかどっちだろう。

「あの現物は俺の婚約者に渡したい。そこで分配表に基づいた金額を君たちには支払おう」

「あの、ご婚約者様というとアローズ公爵家のお嬢様ですよね?」

「そうだが」

 ぱあっと彼らの顔が一様に輝いた。

「金などいりません、ぜひ、喜んで差し上げたいと思います!」

「我々はあの方に救われたんです。わずかながら恩返しさせてください!」

「恩?」

 どういうことだ?

 彼らはこぶしを握り締めて矢継ぎ早にしゃべった。

「はい! お嬢様の品種改良された穀物のおかげで、故郷の皆は飢えから救われました!」

「うちの村はお嬢様が痩せた土地でも育つ新種の種イモを無償で提供して下さったおかげで、みんなお腹をすかせることがなくなったんです。も、もう子供や年老いた親がひもじくて泣くことはないんです……!」

「うちの村はお嬢様が赤ん坊用のミルク工場を建ててくださって、大勢の母親が助かりました。妻もあまり乳が出ず一時は大変なことになったのですが、おかげで母子ともに健康に暮らしております!」

 ありがとうございますありがとうございます、と屈強な男たちが涙ながらに頭を下げる。

 すごい光景。

 そこまでリューファが人々のためにあれこれやってたとは知らなかった。

「いや、俺じゃなくて礼はリューファに直接言ってくれ。俺の功績じゃないし。……そういや品種改良はアローズ家の十八番だったな」

 公爵に問う。

 アローズ家の祖先に得意な人物がいたそうで、種苗権で財を成した。そのノウハウは子孫に受け継がれてて、今も主な家業としてる。

「どうやら最初の話は、娘が前に作った米の一種のことですな。東の方では主流だという品種を改良し、湿地で育つようにしたのですよ。これまで水の多すぎる土地は畑にできませんでしたが。採れた米は王室にも献上しましたな。ほら、三角形の形に握ったものがあったでしょう?」

「ああ、あったな」

「娘が『オニギリ』だと言ってました。東の方ではああやって携帯食にして食べてるそうです。中身の具をあれこれ替えて、弁当として売り出そうとランスが計画してました」

「ランス、あいつは一体いくつだ」

 母親に似て優秀な商人だな。

「イモはおそらく『サツマイモ』のことかと。乳児用粉ミルクも確かに娘のアイデアで妻が工場作りました」

「色々やってるな。そういえば、話戻すとして、ドラゴンが狙ってたものは一体何だったんだろう? 魔力のある何かなら、それもリューファにあげたい」

 辺りを見回した。

 魔石の鉱脈を発見したことがある、って前に言ったよな。どうやって見つけたかっていうと、探知能力に加えてこの目を使ったんだ。

 俺の目は生まれつき特殊能力がある。モードを切り替えると透視みたいなことができるんだ。

 といっても人間に使ったら骨が見えるとかホラーな効果じゃない。それだったらとっくにそんな能力捨ててる。

 そうじゃなくて、魔力の流れが見えるんだ。

 ほっといても勝手に周囲へ探知能力を使ってる防衛本能が、地下に魔力の塊があるって気づいた。そこで目を地面に向けてみたら、鉱脈があるって分かったわけ。

 そういう感じで、今も魔力を含むものがあるなら分かるはず……。

「ん?」

 右手に反応があった。

 岩が積み重なった下に何かある。

 何だあれ。丸くて小さい。

 近づいてみると、岩は自然に重なったものじゃないのが分かった。

「人為的に積み重ねたといった感じですな」

「この下に誰かが何かを隠したんだろう。奪われないよう、岩を積み重ねた。どかしてみよう」

 魔法で岩を浮かせ、どかした。

 下にあったのは卵だった。

 真っ赤でダチョウの卵くらいの大きさがある。

 あれだけ岩が上にあったのに、よく無事だったな。

 フォーラの祖父が眉を上げた。

「おや! これはドラゴンの卵ですよ。珍しい」

「ドラゴンの?」

「ええ。カケラなら稀に出回ってますが、孵化する前の状態は初めて見ました。色からしてさっき倒したドラゴンの子ではありますまい。魔物や魔獣はお互いを食うことがあります。魔力を持ちながら身を守るすべのない卵は格好のエサだったことでしょう」

 ドラゴンが他のドラゴンを食らう事例は過去に記録がある。

「おそらく母ドラゴンは狙われた子を隠し、自らが囮となって引き離そうとしたのでしょう。しかし殺されてしまった。黒いドラゴンは戻って来て卵も見つけようとあちこち掘り返し、そうしているうちに魔物出現の報を受けた部隊が駆けつけた、といったところですか」

 たぶんその通りなんだろう。

 俺は卵をなでた。

「かわいそうに。お前、独りぼっちなのか」

 ―――よし、決めた。

 卵を持って立ち上がる。

「こいつ、俺が飼う」

「えええ?!」

 全員仰天。

「ドラゴンを飼育なんて無茶ですよ! そりゃ、友好的な種もいますが、これがそうとは限りません!」

「そうですよ、前例もない。どうやって育てればいいか、誰も何も分からないんですよ?!」

「北方の国は人間とドラゴンが共存してるらしいじゃないか。聞いてみればいい。黄金のリンゴの木を守ってる番犬みたいに大人しいのもいるって聞くぞ」

「ですから種が違います。どっちにしろ孵化させるところから面倒みた人間なんていませんよ。あっちでもドラゴンはドラゴンが子育てしてるんです」

「アローズ家が最初にペガサスの人工飼育を始めた時だって、知識も経験もなかったろ。それでも成功したじゃないか」

 ちょっと違うと公爵はうなった。

「ペガサスは元々温和な性質です。ドラゴンとは違います」

「生まれた時から人間に飼われてれば平気じゃないか」

「猫じゃないんですから」

「大丈夫。万一こいつが暴れても、俺なら取り押さえられる」

 その点は誰も反論しなかった。

「とにかくこのままにはしておけない。持って帰る」

 かくしてドラゴンの卵を土産にすることにした。


 ☆


 空を飛んで帰る。王都が遠くに見えてくると、俺は気づいた。

「リューファが城の屋上にいる」

 ジークが驚いて、

「は? お前なに、見えんの?」

「魔法を目にかければお前だって見えるだろ」

「見えねーよ。遠すぎるよ。なぁ、ますますヤバイと思うんだけど」

「どこがヤバイんだ?」

 先に通信で帰路につくと言ってあったから待ってたらしい。俺が降りると同時にリューファもジャンプして飛び込んできた。

「おかえりなさいっ、クラウスさま!」

 うわあああ、ちっさい、軽い、ふわふわしたものが飛び込んできた!

 何これ何なんだよ悶え死ぬ。

「ただいま、リューファ」

 すかさずしっかり抱きとめる。

 飼い主の帰りを待ってた子犬みたいだ。かわいすぎる。犬の耳としっぽが見えるのは幻覚か。

 幻覚じゃなかったらやばい。

 幻覚だとしても、俺の脳みそおかしいな。どっちにせよ大丈夫か俺。自分で自分が心配だ。

 ともかく、それくらいリューファのかわいさが犯罪級だってことだな。うん、それは確かで間違いない問題ない。現に、見てた衛兵たちがキュン死にしかけてる。

 言っとくがこの子は俺の婚約者だぞ。

 片腕で抱え上げ、もう一方の腕で抱え込む。リューファのほうが目線が上になった。

「あのなリューファ、他の男にこういうことしちゃ駄目だぞ」

「? クラウスさまにしかしませんよ? あとは父さま母さま、兄さまたちくらいです」

「それはよかった。もし他の男がご褒美もらってたら八つ……」

 八つ裂きにしてやる、まずは抱きしめ返せないよう腕の腱を……と言いかけてジークとアローズ公爵のジェスチャーに気付き、やめた。

 ジークはさらに「ご褒美ってなんだよ」って口パクしてる。

 え? そうだろ? かわいい女の子が「お帰りなさい」って出迎えてくれるのはさ。一仕事終えた褒美じゃねーの?

 ジークが「ちげぇよ」って返してきた。

 違くねぇよ。ところで、出発時から半日くらいしか経ってないんだが。

「行く時とドレス違うな」

 俺は目ざとく気づいてた。

 白いフリフリのレースや生花がちりばめられ、頭にはおそろいの花飾り。

 さては母上、着せ替え楽しんでたな。ずるい。

「あ、はい。王妃様が」

「何着てもかわいいな。よく似合ってる」

 正確に俺の心情を読み取った我が母は肩をすくめた。

 あ、一応両親も出迎えに来てたぞ。

「だって、せっかく三人おそろいの色違いコーデができあがったんだもの。着せないわけにはいかないじゃない」

「三人?」

「シューリちゃんとフォーラちゃんのも作らせたの」

 俺は視線を巡らせた。

 ああ、そういえばシューリとフォーラもいたな。

「言われてみれば」

 興味ないから気にしてなかった。

 えー、シューリが水色でフォーラが黄色の色違いか。

 で? それがどうした。

「あなたはほんっと極端よね」

「逆になぜ興味を持たなきゃならないのか分かりません」

 何でシューリやフォーラの服装なんか気にしなきゃならないんだ? 意味が分からない。

 リューファが俺を見、

「なんのお話ですか? あの、おケガとかされてませんか? 初めての討伐でおつかれですよね、ごめんなさいおろしてください」

「いや、全然疲れてない。そのままでいい」

「……リューファ、そのままでいてやりなさい」

 アローズ公爵が微妙なおももちで言った。ありがとう。

「よく分かんないけど、はい。父さまたちもケガなかった? 大変だった?」

「まったく。なにしろクラウス様が一撃で終わらせたんで、出番ナシだ」

 説明を聞き、父がこめかみを押えた。

「さもありなん……」

「クラウスさま、知ってはいましたけどすっごく強かったんですね」

 うんうん、純粋に慕ってくれてかわいいなぁ。

 微笑んで、

「自分でも魔物相手にあそこまで通用するとは思わなかったぞ。でもこれで安心だな、どんな魔物が来てもリューファを守れるって分かったんだ。何があっても俺が守ってやるからな」

「むしろ過剰防衛っていうか、チリも残さず殲滅しそうだな……」

 何か言いましたか、父上。

「クラウスさま、私は守ってもらうだけのお姫さまじゃないですよ。クラウスさまのとなりでいっしょに戦える人になるようがんばります」

 小さな少女はぎゅっとこぶしを握って言った。

「……そっか」

 強いな。

 こういうとこがリューファはそこらの女の子と違うんだよな。

 えらいと素直に思う。

「えらいな。でも無茶はするなよ。一人で無理するとこがあるからな」

「……ちゃんとねますってば」

「そうそう。ところで、色々素材持って帰って来たんだ。好きなの選んでいいぞ、おいで」

 中庭に下ろした荷物のとこまで降りる。魔法を使えば楽に着地できるさ。

 山盛りの土産にリューファは目を丸くしてる。

「どれがいい? 欲しいだけやる」

「え、クラウスさまがたおして持って帰ってきたものじゃないですか。だめですよ。ちゃんとお代はらいます」

「いいのに」

「だめですって。そういうとこはきちんとしなきゃ」

 まぁ、俺も献上しますって譲らなかった兵士たちに、無理やり小切手握らせてきたしな。

「じゃあ、勉強の教材を貸すってことでどうだ? 完成したらくれればいい。ほら、俺が持ってても宝の持ち腐れだろ。不器用すぎて自分じゃ作れない。それだったら得意な人に渡して加工してもらったほうがよっぽどいい」

「……あ、はい、それなら」

 作戦成功だが、不器用なのを否定されなかったのはちょっとむなしい。

「他にも珍しいもの見つけたんだ。これ育ててみようかと思って」

「わっ、これドラゴンのたまご!」

 聞きつけてフォーラも飛び降りてきた。

「ドラゴンの卵ですって?! 見せてください!」

「リューファの後でな」

「分かってますよ。ほんとリューファ以外はどうでもいいんですね」

 あきれた目で見てきた。

 だから何だ。

 フォーラもリューファと同じ五歳年下だが、別の意味で大人びてると思う。まるで姉にような存在だ。

 おそらく前世の体験が影響してるんだろう。本人は嫌がって記憶が戻るのを拒絶してるが、何かしらの未来を避けようとする強い思いが無意識化で働いてる。

 意図的に記憶の復帰を避けようとしてるのは俺と同じだな。

 昔何かあったのかな。どうでもいいけど。

 はっきり言って、俺の邪魔をしてこなけりゃ興味はない。

 リューファは卵を持ち、興奮気味に調べてる。

「孵化まえのなんてはじめて見ましたっ。ほんのりあったかくて重いですね。これどうやって孵化させるんですか? 鳥みたいに? それともトカゲ……っていうか、育てるって飼う気なんですか」

「こいつ、みなしごみたいだしな。どうやら俺が倒したブラックドラゴンに親を殺されたらしい。かわいそうじゃないか」

「クラウスさま、やさしいですよね。そういうとこすきです」

 花が咲き乱れた。←俺の心象風景

 え? 小さなかわいい女の子に「すき」って言われたら普通うれしいだろ?

 愛してるって意味じゃないって?

 分かってるよ、ちょっと黙ってろ。

「おーい……クラウス、周りの草木、時期じゃねーのに満開になってんぞ……」

「そうだね兄さん、幻覚じゃなくて現実だねあれ」

 あ、物理的に花咲いてた? 魔力漏れてたか。

 まぁいいや、今回は害のあるもんじゃなかったし。

「フォーラ、まってー……」

 シューリが城壁から顔をのぞかせる。

 と、やっぱりというかズルッと落ちた。

「きゃあああああっ!」

 ―――が、マジで落っこちる寸前でジークが捕獲し、ゆっくり地面に下ろしてやった。

 完全に慣れた手つきだ。

「危ねーなぁ。ああいう時はオレが連れてってやるから待ってろって」

「ふええええ、ジーク、こわかったよぉ」

 シューリが涙目でジークにすがりつく。

 俺たちはやれやれと肩をすくめた。

 いつものごとくジークが助けるだろうと信じてたとはいえ、ヒヤッとはするさ。

「ジーク兄さま、ナイスキャッチ!」

「シューリはよくコケたり落っこちたりするとはいえ、兄さんも慣れたものだね」

「ははっ、手のかかる妹みたいなもんだ」

 近衛隊長の娘でありながら、シューリはかなりのドジだ。これで将来大丈夫なのかと心配にならなくもない。ま、ジークがいつも通りどうにかするだろう。

 リューファが手がかからないぶん、ジークはよくシューリの面倒をみてやってる。こっちのほうが兄妹みたいだ。

「ジーク、ありがと……」

 ジークはシューリの頭をぐりぐりなでてやって、

「なんてことねーよ。ほれ、またコケるといけねーから手つないでろ」

「うん」

 ぱっと明るい顔になって、うれしそうに手つないでる。

 懐いてんなー。ジークもいい兄貴だよ。

 フォーラが小声で俺にきいてきた。

「クラウス様、今の見ても何とも思わないんですね」

「別に。何でだ?」

「小さな女の子が純粋に慕ってくれて懐いてくるんですよ。かわいいと思う人は多いでしょう」

「リューファならかわいすぎて死にそうになるが、シューリだとまったくそんな気分にはならない」

 なぜかフォーラはリューファを気の毒そうな目で眺めた。

「先が思いやられるわ……」

「何が問題なんだ? シューリはジークの嫁最有力候補だろ」

 親同士仲が良く、家柄も釣り合ってる。いずれリューファ付きの護衛となるシューリが、その兄の妻になるのは妥当な線。

 本人たちの意思を尊重しようと公式には婚約してないが、暗黙の了解だ。

「友人の婚約者暗黙の了解相手になぜそんな感想が出てくる」

「そういう意味ですか。ならまぁ……」

「どしたのフォーラ? あれ、なんでこんなに周りお花さいてるの?」

「気にしないことね。あなたはスルースキル身に着けたほうがいいわ、今後のために。それよりクラウス様と料理作ってみるとか言ってなかった?」

「あ、うん。でも帰ってきたばっかりだからつかれてるんじゃないかな」

「いや全然疲れてない。準備できてるなら今すぐ厨房借りよう」

「こらこら、待ちなさい」

 母が止めに入った。

「今日は初めての魔物退治だったでしょ。なんだかんだいっても疲れてるはずよ」

「平気ですが」

「まだテンション上がってるからよ。ともかくまだ準備してないし、その卵もどうするの」

 それもそうだ。

 卵は汚れてもいい布でくるみ、念のため周りに結界張って古い塔に一晩置いておくことにした。回収した浄化前のいわくつきアイテムを置いておく場所だ。ここなら万一なにかあっても警報装置やら防衛システムやらがある。

 さて、明日は経過観察に朝からリューファが来るっていうし。早く寝よう。

 早寝早起きの健康的な生活を心がける俺だった。


   ☆


「おはようございます、クラウスさまっ」

「おはよう、リューファ。今日もかわいいな」

 天使が駆け寄って来てぴょんと飛びついてきたよ。

 超幸せ。

 後ろでジークが胸張ってる。

「当然。うちの妹は世界一だ」

 そこは事実だが、なんでお前が得意げだ。

 リューファはあきれて、

「ジーク兄さま、そういうのシスコンていうんだよ。ねぇクラウスさま、昨日のドラゴンの卵どうなりました?」

「朝一で持ってきたよ。あっためるんで間違ってなかったみたいだ。少し大きくなってて、時々かすかに動く。孵化が近いかもな」

 毛布にくるんだ卵を見せた。

「卵に沿うようにして、薄く周囲に結界張ってある。温度と湿度を一定に保つ意味もあってな」

 参考にしたのは鳥系魔物の孵化のデータ。

「ほんとですね」

「卵は僕と兄さんが見てますよ。クラウス様はリューファと料理作ってきたらどうですか」

「いいな、そうしよう」

 気遣いの上手いランスの提案に従って、リューファと手をつなぎ厨房へ向かった。

 料理長がすでに準備してくれていた。

「まず、初心者でも簡単にできる混ぜて焼くだけのカップケーキはいかがでしょう。型もあります」

 というわけで、料理長の指導のもとやってみた。材料は全部計ってくれていて、ほんとに混ぜるだけ。

 あっという間に完成、超簡単。

「簡単……のはずなのに、なんでだろうな」

 俺はできあがった物体を眺めながらコメントした。

 見るからにヤバイ危険信号発しまくりの紫色で、キメラかってくらいグロテスクな形がそこにある。

 モザイクかけたほうがよさそうだ。

 料理長以下、厨房で働く人間全員絶句してる。

 なんかヤバイ生き物生んじゃった。

 ……あっれェ?

「リューファのほうはちゃんとできてる。同じようにやったのに何でだろうな?」

「……うわぁ。なんていうか、個性的ですね!」

 婚約者のフォローがんばり具合が悲しい。

「味はいいかもしれませんよ」

「リューファは触るな。責任取って俺が毒見してみる」

「毒見って」

 味見じゃなくて毒見だろこれは。

 意を決して一口かじってみた。

「―――うっ」

 速攻ゴミ箱に吐き出し、残りも全部ぶち込んだ。

 ヤバい。これマジでヤバい。何がヤバいって全部ヤバい。

 まずいとかいう問題じゃない。

 不器用もここまでいくと凶器だと悟った。

「だ、だいじょうぶですか?!」

「リューファ、絶対食べるな! 触るなよ?!」

 念には念を入れ、ゴミ袋ごと火系魔法で灰にしたうえで別の袋に厳重に封印した。

 後で生き物の住んでない僻地に埋めるか海溝に沈めてこよう。

 料理長が冷や汗かきながら、

「どうやら、殿下の魔力が影響してしまっているようですね」

「俺の魔力?」

「はい。人は平常状態でも微弱な魔力を発しているんですよ。そのせいではないでしょうか? 実は、稀ですがこういったケースはあるんです。きちんと手順通りにやっても食べ物が食べられないものになってしまうという」

「そうなのか」

 俺だけじゃなかった。

 ちょっとホッとした。

 世界のどこかにいる同志たちよ。この苦しみを分かち合おう。

「人によって魔力の性質に違いがあります。例えばわたくしやここにいる料理人たちは、素材の良さを引き出し、効果を活性化するという性質の魔力を持っています。料理人はその性質を持っていることが多いんですよ。逆に言うと、そういう魔力のおかげで料理人になれたともいえます」

「それとは反対の作用をする魔力の持ち主もいるってわけか」

 良くする性質の魔力があるなら、逆にぶち壊す性質の魔力があってもおかしくない。

「ええ、料理下手な方はそれが理由なことがあるんだそうです」

「俺はまさにそれだな。魔具作りが下手なのもそのせいに違いない」

 よかった、不器用すぎるせいじゃなかった!

 俺の極度の不器用のせいじゃない!

 ―――と喜んだのもすぐ粉砕された。

「……それはどうでしょう。おそれながら。魔具は当然ですが魔力を受けても大丈夫です。食材はそうではないので影響を受けますが、魔具は無意識に発してるレベルの魔力ではそこまでは……」

「…………。そうか」

 教えてくれてありがとう。

 涙をぬぐいたくなった。

「く、クラウスさま、元気だしてくださいっ。これでもたべて」

「ありがとな。ちょっと元気出たよ」

 リューファが作ったほうをもらった。美味い。

 リューファはたぶん料理長たちと同じく、物を『良くする』性質の魔力なんだろうな。

 料理長がテーブルの上を見ながらきいた。

「本当にその性質をお持ちかどうか、確かめてみましょう。試しに、ここにある野菜を適当な大きさに切って鍋で煮て頂けますか?」

 切るところまでは問題なかった。刃物の扱いは慣れてるんで、難なく皮むきは終了。

 スープに入れても問題なし。

 ……最初は。

 途中から臭いが変わり始めた。

 いい香りだったのが妙な刺激臭になり、悪臭ってレベルに。

 色も赤くなってゴポゴポいってる。と思ったら固まった。

 触ってみたら鉄より硬い。

「えええ、ガッチガチじゃんか。固っ!」

 なんでいきなり固まるよ。色もこんな色素の入れてないぞ。

「岩みたいですねー」

「間違いなく魔力のせいですね。しかし、ここまで影響出る方は初めて見ました」

 そりゃそうだろうよ。こんなのがゴロゴロいたら大惨事だ。

「何とかする方法はないのか?」

「生まれ持った体質なので、どうしようもないです」

 ガッカリ。

 危険物その2も廃棄物となった。

 リューファと一緒に料理できないなんて。

 はあぁ。

 ちょっとうなだれるも、すぐ立ち直った。

「うん、体質なら仕方がない。あきらめるのも大事だ。自分の欠点は潔く認めよう」

 俺のこういうとこは長所だと母は言う。プライドがないだけだとも言われたが。

 いやいや、完璧な人間なんていないじゃないか。誰だって欠点弱点はある。

 自分のできないことはできる人に任せる。蛇口から水漏れしてたら水道屋に頼むのと同じだ。プロにやってもらおう。うむ。

「自分が何でもできる万能の存在だと思うのは危険だからな」

「…………」

 それを聞いた時、リューファが一瞬妙な顔をした気がした。

 本人も気付いてない無意識の現れ。

 …………?

 どうしたのか聞く間もなく、その表情は消えてしまった。

「そうですね。それに、『悪くする』性質ってわけじゃないとおもいます」

「え?」

「『突然変異をひきおこしやすい性質』なんじゃないですか?」

 突然変異?

「だって、ものに悪影響をあたえる性質だったらさわるもの全部こわれちゃってるはずでしょ。魔具ですらなんらかの影響がでるんじゃないですか。でもそうじゃないし、クラウスさまは『改良』はじょうずです。てことは、おもいもよらぬ変化をひきおこす作用があるんじゃないかと」

 あー……。

「言われてみれば……」

 予想外の魔法が出来上がったり、なんとなく改造してみたら新発明の魔具ができてたりする。

「たまたま、今回たべものだとこういう方向に突然変異おこしちゃっただけで。こんどやってみたらちがうかも」

 なるほど。

「突然変異を誘発する性質なら悪くない気がしてきたな。でもまぁ料理はもういいや」

 できないならできないで、他の楽しみがある。

「いいんですか?」

「ああ。あんまり興味ないし、性格的に合わないっぽい。そもそも俺は不器用だ」

 そこんとこ、やっぱり誰も否定しなかった。

 俺たちはリューファが作ったのを持ってジークたちのところへ戻った。

「兄さまたち、たべるー? あれ、シューリとフォーラもきてたんだ」

「お帰り。おじい様がドラゴンの卵に興味あるっていうんで、かわりに見に来たのよ」

 みんなで食べながら話した。

「へ? クラウス、そんなとんでもないもん作っちまったのか」

「ああ。あまりに危険すぎて灰にした。後で始末しとく」

「泊りがけで魔物退治とか今後あっても、お前にはメシ作らせないようにするわ」

 それが無難だな。

「まぁ、一生代わりに作ってくれる人間が傍にいるんですから、困りませんしね」

 ランスがちら、と妹を見やる。

 ああ、そうだな。俺たちはずっと一緒だ。

「その通り。それに、考えてみれば作ってくれてるとこずっと眺めてられるだろ? それはそれでいい」

 愛妻料理作ってくれるのを眺めるのに専念できるんだ。よくないか?

 フォーラが白い目向けてきたのはなぜだろう。

「斜め上なプラス思考ですね」

「いいじゃないか。ところで卵に変化あったか?」

 だいぶ中の気配が濃くなっていて、心臓の音みたいなのも聞こえてきた。

「あと少しって感じだな」

「ほんとですか?! 生まれるしゅんかん見られるかなぁ」

 リューファが卵を毛布ごとぎゅーっとした。

「もっとあっためればはやく生まれるかもですよねっ」

 うわああああ。

 何これ何なのこれ、慈愛というか聖母というか。癒しの光景。見てるだけで癒される。

 無垢な少女が慈愛に満ちて卵を包みこむこの光景、見せただけでそんな悪人も改心するんじゃなかろうか。魔物だって浄化されそうだな。

 か、かわ……っ。

 俺が叫ぶより早くジークが悶えた。

「かわいいいいい。何だこの構図っ。天使だ、天使がいる!」

「兄さん、落ち着きなよ。正直キモイ。それと、うちの妹がかわいいのは当然じゃないか」

 動作に出してないだけで、考えてることは同じかこの兄弟。

「ランスもたいがいシスコンだな」

「僕は暑苦しい父と兄、女傑な母に囲まれてるんですよ? 余計妹がかわいくなりますよね」

 ものすごく納得した。

「あっ、クラウスさま!」

 サッとリューファに視線を向ければ、卵に亀裂が入っていた。

「リューファ、こっち来い!」

 すぐに卵を取り上げてテーブルに置き、リューファを後ろにかばう。

 ピシピシと音がして、ヒビはどんどん大きくなった。

 出てくる。

 敵意や悪意はない。俺はそういうのに敏感で、たとえ相手がどんなに隠していても察知してしまうんだ。

 とはいえ一応用心しないと。

 固唾をのんで見守っていると、一気に二つに割れた。

「ピィ!」

 鳥のヒナみたいな鳴き声をあげ、ちっちゃなレッドドラゴンが飛び出した。

 トカゲくらいの大きさだ。実際羽の生えたトカゲっぽい。

「わあっ、かわいい!」

「いや、かわいさはリューファのほうがはるかに上だ」

 反射的に返す俺に、ジークとランスもうなずく。

 シューリとフォーラがため息ついてた。

「アホだこいつら……」

「すかさず言うのがそれってどうなの……」

 え? 事実を述べただけだろ。

 レッドドラゴンはくるりと空中一回転し、俺に向かってお辞儀した。

「はじめまして、ごしゅじんさま」

 おや。

 人語を話せるのは驚かなかった。

 しゃべれる魔物はけっこう多い。口で言えなくてもテレパシーで伝えてくるのもいる。

 驚いたのはそこじゃなくて。

「外のことが分かってたのか」

 俺は眉を上げた。

 ドラゴンは孵化前でも殻の外のことを見聞きできるのか。記録しとこう。

 どうやってるんだろうな。視覚や聴覚じゃなく、他の方法だろうが。

「はいー。たすけてくださってありがとうございます。あなたさまはいのちのおんじんです」

「黒いドラゴンに狙われてたことも分かってるんだな」

「おかあさんはぼくにいいました。わたしがおとりになるから、あなたはここにかくれてなさいって。……でも、ころされてしまいました。あのままだったらぼくも」

 フォーラの祖父の予想は間違ってなかったらしい。さすが経験値が違う。

 俺は首を振った。

「俺はそうとは知らずに黒いドラゴンを倒したんだ。たまたま助ける結果になっただけ。ときに、父親や仲間はいるのか? もしいるなら、送り届けてやろう」

 研究者たちにしてみれば貴重な研究対象がいなくなってものすごく悔しいだろうが。家族がいたら帰してやるのは当然のことだ。

 ちびドラゴンは悲しそうに目を伏せた。

「……いません。わかりません。しってるかぎりでは、おかあさんしかいませんでした」

「そうか。じゃあ、お前はどうしたい? 母のいた場所に帰りたいか?」

 もう母親はいなくても、暮らしていた巣はあるはず。

「いいえ。ここにいたいです。ぼくにはいくところもありません。おんがえしさせてください!」

「恩返しなんかいいのに」

 何度も言ったが、ドラゴンの決意は固かった。

 じっと観察するも、やはり敵意はない。

 ―――大丈夫だろう。

 こうして義理堅いレッドドラゴンがペットになった。

「となると、名前つかないとな」

 何がいいか。

 しばらく考えて、

「ルチル、なんてどうだ?」

 体の色からの連想だ。

「『火』の魔石の名前だ」

 石の色には赤以外の色のもあり、共通してるのは内部に針状の金色の鉱物が含まれること。かわいく見えてもドラゴンはドラゴン、気をつけろ、て意味合いもこめてみた。

「はいっ! ありがとうございますぅ~!」

 ルチルはうれしそうにくるくる回った。

「ちっちゃくてかわいー」

 リューファが両手をそろえて「おいで」と示すと、ルチルはそこにちょこんと座った。

 ぐはぁッ。

 再び悶絶しかけた。

 『親指姫』『花の妖精』と言われる少女が、ちびドラゴンと戯れる図。かわいすぎる。

 さっきに引き続いてこの攻撃。回復が追いつかない。回復ってなんの。精神的な何かだ。

「ちっちゃくてかわいいのはリューファのほうだろ……っ」

「分かる。超分かる。うちの妹超かわいい。この光景、国一番の絵師に特大サイズで描いてもらって美術館に飾らねぇ?」

「落ち着いてください、クラウス様。兄さんも。握りこぶしほどいて。リューファがかわいいのはよく分かってるから」

 ランスが冷静に俺たちの肩をたたいてなだめた。

「それより、飼うなら食べ物どうするか考えときませんと。ドラゴンの生態はまだあまりよく分かってないんですよ。ねぇ、君は何を食べるの?」

 ランスの問いに、生まれたばかりのドラゴンは首をひねった。

「えっと……すみません、よくわかりません。まだうまれたばかりで……」

「うーん、まぁ仕方ない。色々試してみよう」

 ランスはあれこれ持ってきた食べ物を並べた。用意のいいやつだ。

「ランス兄さま、そこまでかんがえてたんだ。すごいねぇ」

「事前に予想して準備しておくのは大事なことだよ。一般的にドラゴンは人間の食べられるものはOKと聞いてる。それ以外だと何かな。データがある限りでは金属、岩石、魔物……」

 最後の単語を聞いた途端、ルチルの口からよだれが垂れた。

 あ、分かった。

 満場一致。

「間違いなく魔物だな。昨日狩ったブラックドラゴンの残り部分、焼却処理しようと思ってたが、食べるか?」

 それもどうかって気がするが。

「食べます!」

 ルチルは食欲というより恨みで吠えた。

 食われた代わりに食い返す? 人間とはやっぱ常識違うな。

 持ってこさせると、ほんとにガツガツ食べた。

 親の敵と言わんばかりに……ってか、事実そうだな。

 ぺろりとたいらげ、

「ごちそうさまでした。これでおかあさんもむくわれます」

「……そうか?」

 いいのかな。ドラゴンの感覚は分からん。

「食物連鎖だな」

「なんかちがう気もするよ、ジーク兄さま」

 考えこんでたランスはおもむろに本を出した。

「なるほど。クラウス様が卵を持って帰る気になった理由が分かりました。ルチルは邪気を消化できる、ドラゴンの中でも珍しい体質を持つ希少種ですよ」

「消化? 浄化じゃなくて?」

「同じです。体内で分解し、栄養にしてしまう。文献にあるんですよ。ただし非常に珍しく、何百年も前に一件の目撃例があるのみです」

 これです、と差し出されたのは本じゃなくて報告書のファイルだった。軍に保管されてる公式文書。最近俺たちの手伝いやってるランスは借りる権限がある。

 リューファが横合いからのぞきこんできた。

「へー、そんなドラゴンいるんだねー」

「リューファだって浄化魔法が使えるじゃないか。それを体内でやってるようなもんだよ。にしても、これでだいぶ助かりますね。これまで魔物のリサイクルできない部分は焼却処分して埋めるしかありませんでしたが、埋め立て地問題もありましたし」

 もう変な作用はないといっても、周辺住民は嫌がる。やむなく人の住んでない僻地で国有地に埋めてた。しかし長年の間には場所が減ってきて困ってたんだ。

 他には火山の噴火口に落とすくらいしか代替案がなかったもんなぁ。

「確かに。消化してしまえるなら一番安全で効果的、場所も取らないな」

 てわけで、普段は人間と同じものを食べ、魔物が手に入った時はそれを与えることになった。

  魔物退治のその場で適切に後始末するため、以後ルチルは討伐に同行することになる。

 アローズ公爵が言った。

「魔物退治はなんといっても経験。実践あるのみです。成人するまでは私も同行しますので、なるべく数こなしましょう。で、きちんとコントロールする術身に着けてください」

 最後が非常に納得できる。

 それから間もなくして、二度目の討伐出発時リューファがプレゼントをくれた。

「クラウス様、父さま、ジーク兄さま、これ」

「護符か?」

「守りの魔法組み込んだ通信機です。もしかしたら別行動取ったりするかもしれないでしょ? 使ってください。それからこっちはブラックドラゴンの皮で作ったテントです。たたむとコンパクトサイズでも広げれば千人収納可能。民間人を守る時にどうぞ」

 すでに当代一の魔具職人の片鱗を見せていたリューファの作品はさすがにすごかった。性能もさることながら、造形も随一。

「ありがとう。うれしいよ」

「娘よ! 父は感動だ!」

「親父、暑苦しい」

 三人でめいっぱいかわいがりまくり、最後はあきれた公爵夫人に尻叩かれて出発させられた。

 文字通り叩かれました、はい。

 母は強しである。


   ☆


 婚約者に喜んでもらうため仕事がんばってたら、いつの間にか俺は有名になっていた。

 連戦連勝負け知らず、どんな魔物もやっつけてくれる―――と『英雄』を超えて『やっぱり勇者だ』と祭り上げられる始末。

「よう、勇者サマ」

「からかうなよジーク、名声とかマジいらない。つーか誰だよ、そもそも俺が生まれる時に『勇者の誕生』だなんて言い出した奴は」

「誕生時からお前が世界を救うとか言われてたのが現実味おびてきたんだから仕方なくね。つか、予言書に描いてあった文言じゃねーの?」

「そんな単語は出てきてない。後世の解釈が間違ってるせいだ」

「はいはい。リューファにすごいって言ってもらえれば、他人からの評価なんかどうでもいいのは知ってますよ。だったら呼び方もどうでもいいですよね? じゃ、さっさとうちの妹んとこ行って今回のお土産渡して機嫌直してきてください」

 主君に対する扱いが雑な気がする。ランスは段々性悪さに磨きがかかってきたな。

 それはともかくうきうきして婚約者に会いに行こうとしてるとこへ急報がもたらされた。

「大変です、殿下! 今、アローズ公爵邸付近に魔物が現れ、屋敷に向かっているとの知らせです!」

「何だって?!」

「すぐ帰―――ってクラウス様もういない!」

 俺はとっくに部屋から飛び出し、廊下を疾走していた。

 あ、しっかり土産をつかむのは忘れなかったぞ。

「はええええええ!」

 慌ててジークとランスが追ってくる。

「落ち着けよ! うちは元々バリア張ってあるし、そう簡単には突破できねーっつの!」

「使用人も全員訓練を受けたプロです。クラウス様の婚約者ってことで娘が狙われる可能性はすでに検討して対策立ててあります!」

「って、親父まで焦って来てんじゃねーか!」

 全員転移魔法陣に飛び込む。城と公爵邸は非常時用に瞬間移動できる魔法陣を敷設してあるんだ。

 これが非常時でなくてなんだってんだ。

 邸に移動すると建物から飛び出す。手近の廊下の窓蹴破って。

「リューファ!」

 外にリューファの姿を認め、叫んだ。

 危ない!

 婚約者は平然と立ち、上空を見上げていた。大量の狼の形をした魔物がバリアを破ろうと攻撃してる。

 ボス格は一匹、ひときわ大きいのだ。他は家来。とはいえ数が多すぎる。百単位だぞ。

「なんであんな目立つとこに?!」

「狙われてるのは自分なんだよ?!」

「逃げろ!」

 聞こえてるはずなのにリューファは微動だにしなかった。

 必死で手を伸ばす。

 ……それが一瞬黒いローブをまとった大人の手に見えた。

 え?

《―――あいつは俺が守る!》

 長く聞こえなかった声が脳内に響いた。

《二度と傷つけさせない。今度こそ―――》

 そうだ。だから……俺から彼女を奪う者は、滅ぼす。

 呼応するように、ドス黒い何かが俺の中で膨れ上がる。思考がのみ込まれた。

 混乱が魔力として発現しそうになった時―――リューファが動いた。

「よ、っと」

 杖を落ち着き払って空に掲げた。

 バキィン!

 ものすごい魔力がほとばしり、一瞬でボス狼が氷漬けになった。

「…………………………えっ」

 呆けたようにつぶやいたのは誰だったかな。全員かな。

「やれやれ」

 リューファは部分的にバリアを解除し、カキンコキンの獲物を目の前に落とす。

「まったく、命知らずだね」

 肩をすくめて言った。

 余裕しゃくしゃく。大物の風格すらある。

「いくら私の外見が小動物でも、中身は違うっつーの。そんな弱くないわ」

「…………」

 俺たちは無言のまま固まっていた。助けに飛び出そうとしてたらしい護衛達も停止してる。

 それを無視した婚約者は満足げに、

「うん、火系や雷系魔法使わなくて正解。毛皮が使えそうだわー。傷つけちゃもったいないもんね」

「……私の子だし、魔物ごときでビビらないとは思ってたが……」

「一瞬で返り討ちにしてるよ……」

「しかも加工まで考えて対処する冷静ぶり……」

 アローズ家の面々が末っ子の行動にちょっと引いてる。

「今日は大量入荷でうれしいね! 素材のほうから来てくれるなんて助かる~」

「ちょっと待ちなさい。リューファ、まさかわざとここまで来るのほっといたのか?!」

 慌てて父親がきく。娘はあっけらかんとうなずいた。

「うん。私の立場的にも外見的にも狙ってくるのはみんな予想してたじゃん。だったら、どうせ使えるんだし誘き寄せて一網打尽にしちゃおうかなーって」

 ビッと親指立てた。

「…………」

 開いた口が塞がらないアローズ親子。

 ……そうだった。リューファは見かけによらず豪胆なんだった。

 脱力してしまった。

 家来狼たちもあんぐり口開けてる。

 そこへ悠々と公爵夫人が出てきた。

「あなたたち、ずいぶん急いで飛んできたのね」

「そりゃ、かわいい娘が危ないとなれば当然だって!」

「バカ言わないでちょうだい」

 夫人はぴしゃりと言った。腕を組む。

「私とあなたの子よ。魔物ごときにやられるわけないでしょ。そんな育て方してないわ」

 ものすごい説得力。

「自分で自分の身くらい守れるよう教えてるわよ。ねえ、リューファ」

「うん、母様」

 さては魔物の軍団がここまで来るの見逃したの、公爵夫人が噛んでるな。商魂の逞しさは折り紙付きだ。

 それよりも、と夫人は俺たちを睨んだ。

「で。あなたたち、窓ガラス壊したわよね。どうしようかしら……?」

「ひえっ」

 俺とジークとランスはこの前ひっぱたかれたお尻をとっさに押さえた。

「すすすすいませんごめんなさい!」

 情けない? いやいやいや、オカンに勝てるわけないだろ! 無理!

 夫人は「ふふふ」と笑ってる。恐い。

 アローズ公爵ですら青くなって、わたわたと手を振った。

「ままま待って、ちゃんと修理する! すぐ替えのガラス買ってくるよ!」

 リューファが気の毒そうに助け舟出してくれた。

「窓ガラス一枚に至るまで魔術組み込んであるじゃん、普通のガラスじゃダメだよ。在庫あるし、私がやっとく」

「ありがとうリューファあ~!」

 四人そろって拝んだ。

 助かった。

 夫人は情けない男どもをねめつけると、

「さて、それじゃあリューファ、残りの魔物も捕獲するわよ」

「はーい」

「ひえええええええ!」

 今度悲鳴をあげたのは魔物たちのほうだ。さすがは魔物、相手の強さが直感で分かるらしい。

 どうあがいても勝てないと気付いたな。遅いってば。

「合掌……」

 母子が楽勝で片付けてる間、俺たちは合掌してた。

「大漁大漁♪」

「母様、後かたづけまでしなきゃ」

 どこから出したのか、リューファは工具持って解体を始めた。

 まだ年齢ひとケタの少女が体より大きな魔物を手際よく処理していく様は実にシュールである。熟練の職人のように迷いがない。

 すげぇ。

 ジークとランスがうめいた。

「ええ……」

「ちょ……」

「おい、ドン引きするなよ二人とも。実の兄だろ」

「むしろ引かねーほうがすげぇよ」

「なんで?」

 俺は首をかしげた。

「リューファは俺の婚約者だ、必然的に魔物退治に同行することになる。そのたんびに恐いだの悲鳴あげて逃げるだのじゃ話にならない。むしろ一緒に戦えるなら好都合だ。逆に『勇者の嫁』の素質があるってことだろ」

「……………………」

 三人は何とも言えない感じで俺を眺めた。

「何だよ」

「いや別に……つくづくリューファが好きなんだなと、もはや感心しただけだよ」

「プラス思考もそこまでいくとあっぱれです」

「娘は幸せ者ですな」

 ほめられてる気がしない。

「? みんな何しゃべってんのー?」

 作業を終えた末娘がてくてく歩いてきた。仕事終えた親方みたいだな。

 血の一滴もついてない、きれいなものである。

「クラウス様も心配して来てくれたんですか? お仕事の邪魔しちゃってごめんなさい。大丈夫ですよ、お仕事戻ってください」

「あー、うん……全っ然楽勝だったな」

「当たり前ですよ。クラウス様と共に戦えるようにって、小さい頃から訓練受けてますもん」

 今も小さいだろ。

「それはそうだが、父さん心配で心配で」

「父様のほうがそこらの魔物よりはるかに強いと思う。それ相手にしてんだよ?」

 確かに。

「それにしても、俺はリューファが攻撃タイプの魔法使ってるとこ見たことなかったな。本気でやったらどれくらいなんだ?」

「本気出した父や兄さんと互角に張り合えるレベルです」

「…………」

 ランスの答えに沈黙した。

「世界レベルの猛者と引き分けにできるって、めちゃくちゃ強いじゃないかよ!」

「さらに強い人が何言ってるんです。ただリューファは実戦経験はないわけですし、小さくてかわいいので過剰に心配になるのも分かりますが」

「ランス兄様。私は弱っちくないって言ったでしょー」

「ごめんごめん」

 リューファは溺愛する兄の手を頭からどかし、俺の腕を押さえた。

「だからクラウス様、爆発しないでください」

 あれ。

「そんな表に出てたか」

「いえ、あと数秒で前触れなく一気に魔力が放出されそうだったんで、先手を打ったというか。あれやってたら、かなり広範囲にわたってふっとんでたんじゃないでしょうか」

 うわっ。やべぇ奴だってドン引きされる!

 慌てて言い訳した。

「リューファには間違っても向けない! ちゃんとバリア張るし、攻撃するのは敵だけだって」

「クラウス様。大丈夫ですよ」

 ぎゅっとつかむ力が強くなる。

 ……まるで、落ち着けと諭すように。

「…………」

 彼女を見る。彼女は『彼女』と同じように微笑んでいた。

 昔俺が惹かれた『彼女』の。

《―――……ああ、そうだ。彼女はここにいる。俺の傍に。……だから、俺は、大丈夫だ》

 俺の中の何かが安心したように落ち着きを取り戻したのが分かった。正気に返ったというか。

 リューファが笑い、俺に触れてることで確かにそこにいると実感して。乱れていた魔力も平常に戻る。

 あのままだったらリューファの言う通り、辺り一面吹き飛ばしてただろうな。後にはぺんぺん草の一本も生えない。

 俺は彼女を抱きしめ、ようやく息をついた。

「……無事でよかった」

「もう。そんな心配しないでくださいってば」

 ぽんぽんと背中を優しくたたかれるのが、なんだかうれしかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ