32 勇者は結婚について語る
「―――は? どういうことだ! 怪盗の予告状?! 人魚族のとこに届いたって?」
俺は朝からつい怒った声を出してしまった。
そりゃ妻の可愛い寝顔を堪能してたところへ腹立たしい怪盗なんざのことを聞いたら怒りもする。まったく気分が台無しだ。
それでもすべきことはきちんとする。ジークに命令した。
「すぐ行く。お前たちも準備しろ」
「ちょっ、クラウス様!」
起きたリューファが飛びついてきた。
くっ、なんてかわいい。
「どこ行くんですか?」
「ああ、リューファ、おはよう」
一瞬で機嫌直ったよ。
「今日も俺の嫁はかわいいな」
抱きしめて栄養補給。心の。
リューファは兄たちに聞こえると必死で叫ぶのをこらえたが、あっち察してると思うぞ。
「ゆっくり寝てていいぞ。まだ朝早いからな。ちょっと出てくる。ジークとランス連れてくが、シューリとフォーラは残してくから心配するな」
「どこへ?」
「人魚族のとこに怪盗から予告状が届いたそうだ。これまでそんな真似してなかったのに、どういうことだ?」
始もなんでそんな真似……あの状態の人魚族は手がつけられないから加勢してくれるということだろうか。
だとしても怪盗はムカつくから一発殴る。
「わざわざ申告するとは、馬鹿なやつだ。速攻ぶちのめして帰ってくる。待ってろ」
「私も行きます!」
がしっと腕をつかまれた。
「リューファはここにいろ」
「我慢してましたけど、いつまでも閉じ込められるの嫌です。私も一緒に行きます」
「危ない。駄目だ」
「クラウス様」
彼女は真剣な面持ちで見上げた。
「私は守られるだけのお姫様じゃありません。隣で一緒に戦います」
「…………」
……そうだったな。君はそういう人だった。
凛として強く美しく。そんな君に俺は惚れたんだ。
彼女は微笑んで言った。
「それに、クラウス様がいれば大丈夫でしょう?」
「…………」
それってつまり、俺にずっと傍にいてほしいってことか?
うん、都合のいいように解釈しよう。
しっかり妻を抱きしめ直した。
「ちょ、何ですか! 潰れる!」
「そうだな! うん、俺がいればいいよな。ずっと傍にいてほしいとか、ほんとに嫁がかわいすぎてどうしよう」
「そんなこと言ってませんよ?!」
言ってねぇよアホ脳みそわいてんのか、ってジークが考えてるのが伝わってくる。無視。
「こんなかわいい子を嫁にできた俺は世界一幸せな男だな。好きだよ、リューファ。愛してる。俺は何があってもリューファを守るし、絶対離れない。うん、今なら嫁を賛美する詩が百篇作れる気がする。歌でもいい。ああでも、この愛らしさは到底言葉じゃ表せないな」
「いやあああああ! やめて――!」
「おい、そろそろうちの妹が羞恥で死にそうだからやめろや」
さすがにツッコミが入った。
「俺は全然恥ずかしくないが」
「お前が感覚おかしいんだよ!」
そうか? ジークのプロポーズ→ふっ飛ばされ繰り返してるのも相当おかしいと思うが。
リューファが涙目+上目遣いでにらんできた。
「ほんっ、ほんっとにやめて下さい! 泣きますよ!」
超かわいい。どうしよう。
「嬉しくて?」
「どこが!」
「そうだよな、俺も愛する妻とは片時も離れていたくないし。ずっとこうしてようか」
「待っ、私、ほんとにそういう意味で言ったんじゃなくて!」
「ん? 最愛の妻に置いてかないでって言われて置いてく奴はいない。一緒に行こう。確かに俺の傍が一番安全だな」
安全か?ってジークのツッコミは再び無視。
うきうきして妻を着替えさせ、アクセサリーもつけておめかしさせる。
俺が選んだもので飾るっていいよなぁ。前世は師匠のほうがはるかに稼ぎがよくてできなかった。
「さ、行こうか」
さくっと瞬間移動。
一瞬で海沿いの街へ。中心部が見下ろせる小高い丘の上に飛んだ。
驚いたリューファがきょろきょろして、
「え? ここって……」
「人魚族の街だろ」
声のほうを振り向けば、ジークら四人がいた。
全員戦闘準備万端。が、目だけは生温か~く、こっちに向けられている。ただしフォーラだけはゴミを見る目を俺にだ。
「そんな目で見ないでー!」
「リューファが自分から誘うなんて珍しいわね」
「誘っ?! 違う!」
「どうせさっきの言葉、すり寄りながら上目遣いで言ったんでしょ。無自覚に。好きで好きで仕方ないお嫁さんにされたら、そりゃこうなるに決まってるじゃないの」
「やってない、やってない!」
やってたやってた。
「自覚ないってのが恐い。天然ってこういうのを言うのかな」
「ま、旦那さんに対してだからセーフなんじゃない」
「シューリ、ランス兄様もっ。私やってないよ?! クラウス様も、顔が近い!」
ちっ、さりげなく髪の毛に顔うずめてたのバレた。
「来た目的忘れないでくださいー!」
「あ、そうだった」
うっかり忘れるところだった。
ジークに、
「怪盗が出たら、捕まえとけ」
「お前はやらねーの?」
「俺は嫁と過ごすのに忙しい。妻が優先。邪魔者は適当に……いや、二度と邪魔できないよう徹底的にぶちのめしておけ。もちろん仕上げは俺がやるから残しとけよ」
「『勇者』のセリフじゃねーぞオイ。まぁでもなんだ……お前は好きなだけリューファといちゃついてろ。気のすむまで、どうぞ」
「ジーク兄様あああっ! 兄のセリフかー!」
テオはカレンの幸せを願ってたからなぁ。
シューリがやれやれといった調子で咳払いする。
「はい、ちょっといい? 人魚族がえらいことやりだしてますよ」
ん?
指す方を見れば、海辺の広場に人だかりができていた。街の人全員が集まったんじゃないかというくらいの群衆。みんな人魚族だ。
変わっているのは全員アイドルの出待ちみたいな行動していたという点だ。
『怪盗LOVE』と書いた垂れ幕を持ち、写真張り付けたウチワも持ち、手書きの『怪盗大好き!』ハチマキをして黄色い歓声あげ、サイリウムまで振ってる。
「………………」
俺たちはしばし沈黙した。
なお、街の人々はすでに避難させた。人魚族を刺激しないよう、兵士は建物の影に隠れてぐるっと広場を囲むように配備している。海の向こう、見えない場所にもボートが何艘か隠れて兵士がいる。
「……なんだろうね、あれ?」
ランスが首をひねる。
「どうやら彼女たちは怪盗のファンみたい。むしろ来るのを心待ちにしてる」
「おいおい」
あきれ声のジークに、ランスは冷静な分析を述べた。
「ま、一般人はそんなものだろうね。報道されてる情報しか知らないから、悪人を成敗してくれた正義のヒーローと思ってるか、単純に面白がってるかだと思うよ。極秘捜査官じゃないかって憶測も飛んでるし」
堂々と行動して新聞にも載っている時点で極秘捜査官なわけがないだろう。
「はああ? 正義のヒーロー?」
「封印のアイテムのことを知らず、ただ悪人を次々やっつけたことしか知らなければそう映る。ほら、人魚姫もごたぶんにもれず、ド真ん中にいるよ」
イヤリングをつけた姫が、目をハートマークにして陶酔の表情浮かべている。妄想が繰り広げられてるようで、時々「ほうっ」とため息つき、頬を赤らめてモジモジしてる。
何をどうしたらそういう妄想ができるんだ。
「こんな目立つところに封印のアイテムを持ってくるとは、何考えてる。すぐに押収して、人魚族も安全なところへ移せ」
「待ってください」
兵に命じようとする俺をリューファが引っ張った。
「あんな状態の群衆をどかそうとすると、大変な騒ぎになります。姫も絶対手放さないだろうし。だってあれ、狙われるお姫様のシチュエーションに大興奮中ですよ。夢見る乙女の妄想邪魔すると後が恐いです。伝染して、集団ヒステリーくらい起こすかも」
それは面倒だが。
「じゃあ、どうするんだ?」
「姫は盗んでほしいんでしょ? だったら盗ませましょうよ」
目が点になった。
「盗ませるって」
「自発的な提出も無理、法律にのっとった強制執行も危険なら、そうするしかないじゃないですか。自分から手放すようもってったほうが、邪気の影響力も薄まります」
「それはそうだが」
「怪盗を利用して、上手く姫に外させる。そしたら人魚族にバレないように怪盗を逮捕すればいいんです。ね?」
「利用……」
悪くない、とランスとフォーラがうなずく。
言われてみればそうだな。始は狂った人魚族が自発的に外すよう、あえてこんなことしたのか。
「あの様子じゃ、キャー、イヤーとか言いながらまんざらでもなさそうに渡しそうですよ。憑りついてる姫から離れればこっちのものです。怪盗追いかけて封印のアイテム回収しましょう」
「怪盗は瞬間移動できるんじゃなかった?」
「封じる魔法ならある。辺りに仕掛けておこう」
俺はサラサラと紙に魔法陣を書き、地面に落として起動させた。
まぁ始あるいはその協力者相手にどこまで効くか疑問だが。あっちのほうがはるかに強い。
「そんなのもあったんですね」
「例えば捕らえた罪人が逃げたら困るからな。昔はよく牢獄に標準装備されてた」
「ああ、ですよね……。見てもいいですか? これ、魔法陣書かないと起動しないタイプなんですね」
魔法にもノータイムで発動OK型、呪文が必要なもの、魔具の補助がないと無理なもの、魔法陣描くタイプと色々ある。
リューファは覚えておこうと魔法陣を記憶した。
別に構わない。カレンの記憶が戻れば普通に知っている知識だからだ。
「てことはクラウス、それでいいのか?」
「ああ、リューファが言うんだし。かわいい嫁の言うことなら喜んできく」
「……お前も大概、うちの妹に惚れてるな。いいけど」
「あのっ、でも怪盗はいつ来るか分かんないし、それまで何もしないってわけにもいきませんよね? 昨日より邪気も増してる」
広場に漂う邪気はだんだん濃く強くなり始めていた。
「浄化魔法を使うのは簡単だけど、原因を取り除かない限り元の木阿弥。それに、悪化すれば、封印のアイテム外しても正気に戻るかな……」
「応急処置は考えておいた。ルチル」
呼ばれてレッドドラゴンがのっそり現れた。
「あら、おはよ」
「おはようございますー、奥様」
リューファはもう奥様呼びを直すのはあきらめたらしい。よし。
「あの邪気吸い取っておけ」
「はい、朝ご飯いただきまーす」
命じるとルチルは深呼吸した。体内で邪気を消化できるこのドラゴンは、気体も分解できるのだ。
「これでしばらくはもつだろ。また出てきたら、吸い込めばいい」
レッドドラゴンは「おいし」と舌ペロリしてる。おいしいのか。ドラゴンの味覚は分からん。
「そういえば、私達も朝食まだですよね。腹が減っては戦はできぬ」
「と思って、コックに用意してもらっておいたよ」
バスケットを持ち上げるシューリ。
「さすがシューリ、素敵な若奥様」
「やめて」
若奥様って響きに悶えてるジークは全員無視した。
バスケットの中身はおにぎりだった。この前はパンだったから、今度はご飯か。
のんびり広げて朝食を。
これはカレンとリューファの間の人生で住んでた国の文化だったな。この国や周辺諸国の主食は小麦で、米ははるか東の国にしか存在しない。懐かしく思ったリューファが取り寄せ品種改良して、こっちの気候でも栽培できるようにした。
品種改良か、懐かしいな。カレンに褒めてほしくて色々やったっけ。
師匠も相談に乗ってくれて、知識も惜しみなく授けてくれた。あの頃は優しい師だった。
師匠にとっては農作物の品種改良じゃたいした名声を得られないから、俺が成功しても構わなかっただけだろうが。より優れた魔法を編み出し世界を改革していくほうが目に見えて分かりやすく、人から称賛を得やすいため、師匠はそっちのほうを重視していた。
師匠にライバル視されないと知った俺はその分野に重きを置いた。そうして正解だったと言える。死ぬ前に俺個人からアローズ公爵家へ種益権を移行し、テオの資産も確保してやれたからな。
子孫も品種改良をお家芸にしたのは意外だったな。
「……どうでもいいけどクラウス様、当たり前のように私を膝に乗せるのやめてもらえますか」
あぐら組んで嫁乗せてたら文句言われた。
「ステルス使ってる」
恥ずかしいだろうと思って配慮したぞ? ほら、俺も進歩してる。
「見えなければいいってもんじゃないです」
「あと、どうでもよくない。俺にとっては重要事項。あ、リューファ、俺にも一つ」
「…………。はいはい」
あきらめた顔で食べさせてくれた。
こういう素直なところがかわいい。
「ところで兄さんはなんでそんなにガッカリしてるの?」
「……今日もシューリのドレス姿が見られると思ったのにー」
ジークは近衛隊の制服をうらめしげに見た。
「任務中」
「もちろん男装もかっこいいんだけどさぁ、ドレス滅多に見られないし……」
ぶちぶち言うジークにフォーラがのんびりと、
「男装してたほうがいいと思うわ」
「なんで」
「人魚族の男が見てみなさい、惚れたらどうするの」
「それは困る!」
あ、純粋に握力で強化素材のコップ壊した。
魔物討伐って仕事柄、食器も強化したものを使っている。ドラゴンが踏んでやっと潰れる代物だぞ。
あのかわいかった異母弟がどうしてこんな筋肉バカに……。遠い目。
「昨日は男性ほとんどいなかったからよかったけど、今はけっこういるでしょ。男装だったら、惚れるのは女性で済むわ」
「確かにそうだな!」
「帰ったらいくらでも着てもらいなさい」
「着ないよ?! 余計なこと言わないで! 何着あると思ってるの!」
数十着は注文してたような。やはり元兄弟、感性が似てる。
フォーラはきれいに無視してデザートをつまんだ。
「あら、おいしい。初めて見るお菓子ね」
「ああ、それ? お饅頭。クラウス様、この前、小豆を取り寄せてたじゃないですか。知り合いがそれでお饅頭作るのに必要だって言ってましたよね。だから私も懐かしくて作ってもらいました」
「懐かしくて?」
「日本……私が住んでた国のお菓子ですから」
やっぱり懐かしいのか。
帰りたいと思うのかな。
帰ってほしくはない。どうしても帰りたいというのなら俺がついていくが……。
「リューファが郷愁にかられてるからって物騒なこと考えてるんじゃないでしょうね」
フォーラが俺にだけ聞こえる小声で言った。
こちらも小声で返す。
「考えてない」
「嘘おっしゃい。あんたは昔っから涼しい顔して心の中じゃとんでもないこと考えてたじゃないの。実行してたことも相当だし」
そういや司法長官だけは俺がカレンを守るために裏でやってたことを全部気づいてたな。
「気づいてたのに止めなかったよな?」
「なんでわざわざ火中の栗拾わなきゃなんないのよ。巻き込まれたくないわ。それに、それくらいヤバイやつじゃないとあの子をあの男から守れないと思ったからよ」
「ヤバイやつから守るには、よりヤバイやつじゃないとってことか。ヤバさは別方向だが」
けど俺は、守れなかった……。
後悔と悲しみが襲ってきてマイナス思考に走りかけたが、ふいに口の中に甘さが広がって止まった。
ん?
もぐもぐ。甘い。ああ、リューファが食べさせてくれたのか。
「へえ、これがジュリアスの奥さんが作ろうとしてるってやつか。なぁリューファ、その国の料理作ってほしい」
「え? 簡単な家庭料理しかできませんよ?」
俺の破壊的危険物作成よりはるかにマシ。
「嫁の手料理が食べたい」
「……はあ。本当に簡単なのしかできませんよ?」
「嫁の手料理なら消し炭でも喜んで食べる」
「そこまで下手じゃありません」
知ってる。食えないほどヤバイもの作るのは俺だ。作ろうと思って作ってるわけじゃないんだが。
ランスが早くも五個食べながら、
「前世の記憶があったなら、もっと早くその知識使えばよかったのに」
「多少は使ってるよ。バレない程度に。魔具のリメイクも、前世見た漫画やアニメの再現してたりする。ただ、大っぴらにしたくなかった。厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだもん。第一、異世界転生なんて信じてもらえないと思って」
「ああまぁ、貴重な知識人ってことで目はつけられただろうね。でもリューファは平気だよ」
公爵令嬢で皇太子の婚約者、しかも『勇者の嫁』。武力と権力で守られてるリューファを利用するのは不可能だろう。何よりそうしようとしたら速攻で本物の消し炭にしてのける俺がついている。
「そりゃそうだけど、あんまり目立ちたくなかったのよ」
「よし、昼食は決まりな。さっさと片付けて帰ろう」
嫁の手料理のほうがはるかに大事。
うきうきしながらもう一個食べさせてもらった。
☆
怪盗が現れたのは食後しばらくしてのことだった。
和服だと言ってた異国のファッションは同じだった。が、今日は青で、海をイメージしたのか波と魚の模様が入っている。
こういう服装にこだわるところが始っぽいんだよな。すごくこだわりそうだろ、あいつ。
広場の中心にある時計塔の上に立っている。
妄想乙女がとにかく好きそうな、ベタな登場シーンだな。誰へのファンサービスだ?
少なくとも怪盗に化けてるのは女性だろう。ツボが分かりすぎている。
地響きかと思うくらいものすごいどよめきが起きた。
黄色い歓声あげてるのは女性で、男性は単に野次馬という意味での「うおおおおお」。
「結婚して―」
「愛してるー」
「キャー、こっち見たー」
どこのアイドルのコンサートだ。来る場所間違えたかな。
怪盗は優雅にお辞儀した。
「おはようございます、みなさん。朝早くからお邪魔してすみません」
「そんなことないです! ようこそいらっしゃいました!」
「怪盗さまー、ステキー! わたしを盗んでー!」
人魚姫まで叫び、ありえない数のハートが飛んでいる。
なんだこれ。ほんとにアイドルのコンサートに間違えて来てないか?
歓声に比例して再び邪気が漂い始めた。
「ルチル」
「はい~。今日は食べ放題ですねぇ」
レッドドラゴンが浄化してもまたすぐ漂ってしまう。
さっきより強力になってるな。
飛び降りた怪盗は、ふわりと広場の真ん中に着地した。
モーゼが海を割ったかのごとく、勝手に人の波が引く。怪盗と人魚姫だけが真ん中に残された。
姫の頬は紅潮していて、何を考えてるか一目瞭然。
「か、怪盗さま、わたくしを盗んでいただけるんですの?」
違う。
人魚族以外一同総ツッコミ。
兵などあきれかえって、「なんで自分ここにいるんだろ?」と顔に出てる。まったくだ。
傍から見れば相当おかしな状況なのに、狂気に憑りつかれた人魚族は誰も気いてない。
姫は大喜びで両手を広げた。
「喜んで! このまま結婚しましょう、今ここで式を挙げればいいんですのよ。ね? わたくしと結婚できるなんて名誉なことでしょ。この世界一の存在のものになるんですもの。さ、婚姻届けに署名なさい!」
人魚姫は初対面の怪盗に、ばっちり書きこんだ婚姻届けを突きつけた。
「うわぁ……」
思わず誰彼ともなくうめき声が。
そりゃドン引きだよな。
しばし一同沈黙し、そのうちなぜかジークたちの視線が俺へと向いた。
え、何で?
「何で俺見るんだよ」
「何でってそりゃあ……」
「強制的に結婚指輪はめさせて、国王の印章つき結婚証明書出させた人が何言ってるんですか」
「俺たちは両想いの婚約者だったんだからいいだろ」
全然違う。
「違わない気がする」
「ある意味同類」
「ヤバさではいい勝負」
なんかボソボソ聞こえるのは気のせいか?
「さあ! さあ!」
人魚姫はというとギラついた目、狂気をはらんだ顔で怪盗に迫っている。恐い。
あのな、できるわけないだろ。そもそも正体が始か最初の世代の誰かだぞ。
怪盗はそっと婚姻届けを持った手を下げさせ、
「申し訳ありませんが、それは無理です。予告状に書きました通り、こちらが欲しいのはそのイヤリングで……」
「まあっ、そんなの口実でしょ? 私と結婚したいっていう遠まわしな表現よね。奥ゆかしいんだから。そんなシャイなところ、嫌いじゃありませんわよ。そこまでわたくしと結婚したいなんて、うれしいわっ」
まったく聞いていない。
話が通じないとかいうどころじゃないな。完全に狂気。
発狂したことのある俺は何と言ったらいいやら。
「さ、結婚しましょ! そうすれば姫の無念も晴れ、そしてわたくしはやっと成し遂げたとして、至高の存在となり、永遠に唯一無二のものとして崇拝されるのよ!」
「―――」
背筋を冷たいものが流れた。
至高。
そのキーワードは。
まぎれもなく師匠の。
リューファも感じ取ったのか身震いする。
記憶がなくても魂に恐怖が刻みつけられているのか、呼吸がおかしい。
「リューファ、大丈夫だ」
安心させるように強く抱きした。
「大丈夫。俺がここにいる」
師匠に手出しはさせない。今度こそ絶対に俺が守る。
「……クラウス様……」
ジークとランスが心配そうにのぞきこんだ。
「リューファ、どうした?」
「具合悪い? 帰ろうか」
「あれは『招かれざる魔女』の邪気が元だからな。リューファが反応して怯えても仕方ない」
「ここにいちゃ危ないんじゃないか」
リューファは首を振った。
「……ううん、いい。私はここにいる……」
おびえる子供のようにぎゅっと服を握りしめ、顔をうずめてくる。
俺はしっかり支え、ゆっくりと髪をなでた。
「ああ、俺の傍が一番安全だ。何があっても俺が守るよ」
「……まぁ、否定はしないけどな」
でも本当に安全か?と言いたげだなフォーラ。
パニック起こしかけた妻への対応で反応が遅れた。気づけば姫がイヤリングを外して差し出し、イライラしながら叫んでいた。
「さ、どうぞ。口実でも欲しいならあげますわ。そしてわたくしももらってくださるのでしょう? ……ほら。何とか言いなさいよ。早くサインしなさい!」
さすがの怪盗も困り果ててる。
「え? あ、いえ、お断りしま―――」
「……ずるい」
ぽつりと人魚族の中からつぶやきが聞こえた。
ん?
「ずるい。結婚するのは私よ」
「いいえ、わたしよ。あんな女なんかにやらないわ」
「私こそが姫の無念を晴らした者として崇められるべき……」
じわじわとつぶやきが広がっていく。
邪気も比例して強まり始めた。
これはまずい。
いきなり何人かが姫に襲いかかった。
「崇拝されるべきはわたしよ! どけ!」
「何ですって? 姫であるわたくしを……いえ、神にも等しい存在であるわたくしに逆らう気か!」
「何が神だ! 私こそが神だ!」
たちまち大乱闘に突入した。
人魚姫に対しても遠慮がない。もはやただの暴動だ。全員正気をなくしている。
女性だけでなく男性にもそれは伝播し、自分以外は全員敵認識。バトルロイヤルだ。
とにかく自分が一番で、他の人間は認めない。自分が最も優れた存在で、称賛や名誉を独占するためなら他者を踏みにじることもいとわないという師匠の怨念に憑りつかれている。
師匠は実際そのためなら人殺しもした。ループを合わせれば何度も何度も。
このままでは大量の死者が出る。
「うわわわ、これヤバいです~」
ルチルが吸い込んでも吸い込んでも間に合わない。吸収分解を上回るスピードで邪気が増幅していく。
くっそ、ほんとに師匠は余計なことばっかりしやがる。
人魚族も影響され過ぎだろう。自分が神だと主張するとか、まったくなんでそんな神になんかなりたがるんだ? 理解ができない。人並み外れた才能を持ってたら、化け物だと敵認識されて惨殺されるのがオなんだぞ。経験者は語る。
こうなったら力ずくで止めるしかないか。
が、怪盗が動くほうが早かった。
「封印のアイテムです。どうぞ。まずこれを安全な場所に移さねば」
すばやく回収していたらしい、空を飛んで暴動を回避しつつ、イヤリングを投げてくる。
リューファがすぐさま浄化魔法をかけ、俺がキャッチした。
「どういうつもりだ?」
「初めから殿下にお渡しするつもりで予告状も出しました。よかったです、上手くいって。しかし、あれを何とかしないと。自発的に外せば影響力も薄まるかと思いましたが、邪気が想定以上でしたね。―――あっ、危ない!」
怪盗は暴動の中へ飛びこんだかと思うと、殴られそうになった人魚族の子供をかばった。殴りかかろうとした男をふっ飛ばす。
「早く逃げなさい!」
怪盗が非難させようとするが、子供は動かなかった。ゆっくり上げた目は狂気で血走っていた。
助けてくれた怪盗にとびかかる。子供とは思えないスピードだ。
おいおい、嘘だろ。
「わっ!」
怪盗は慌ててよけたが、すぐ四方八方から人魚族の攻撃が飛んできた。
これはまずい。
いくら本体じゃないとはいえ、見過ごすわけには。
「私が!」
リューファがすばやく呪文を唱えると、密かに広場の周囲に設置しておいた魔具が反応し、浄化魔法が作動した。広場が光りに包まれた。
補助道具を使えば広範囲も可能。
「よし、成功」
人魚姫はへたりこみ、バタバタと人が倒れ伏す。
どさくさ紛れに怪盗は消えたようでいなくなっていた。
「……これで暴動止められたかな。でも価値観とかは変えられないから―――」
「うおおおおおおお!」
人魚姫が姫らしからぬ雄たけびをあげて立ち上がった。もはや動物の咆哮に近い。
最も濃く邪気の影響を受けてた人だ。原因を体から離し、浄化魔法を使っても正気には……。
「わたくしに何をした、小娘えええええ!」
海水が盛り上がる。巨大な塊になって襲ってきた。
リューファは冷静にはじこうと手を挙げかけた。が、俺のほうが早く剣の一振りで薙ぎ払った。
「―――おい、今何をした」
1オクターブ低い声が出た。
当然だろ。師匠の怨念に支配された人間が、なに彼女を攻撃してんだ。
「ひっ」
あっけなく人魚姫が青くなってへたりこんだ。
コソコソ逃げ出しかけたジークをリューファがつかんでる。
「逃げないでよっ」
「いや、オレも命は惜しい。クラウスはリューファには絶対危害加えないけど、オレらはとばっちりくらうことあるんだよ」
「大丈夫、ジーク兄様は。……たぶん! クラウス様もいちいちキレないてください! こんなの魔物退治じゃよくあることでしょ」
いや、許さん。
「ネオ」
フォーラが警告するように小声で昔の名を呼ぶ。
こいつは師匠じゃない、分かってるさ。けど。
リューファが俺の腕を押さえつけて叫んだ。
「人魚姫! あのイヤリングは危険な魔具だったのよ。あなたたちの負の心を増幅させ、おかしくしてたの。行動が異常だったでしょ、思い返してみて。とにかく結婚すれば『人魚姫』が浮かばれると思い込んで突っ走って、そのくせ結婚後は復讐だって犯罪まがいの行為まで」
よほど俺の本気の殺気は恐かったらしい。人魚姫の狂気は吹き飛び、正常な思考が戻ってきていた。言ってることをちゃんと理解している。
「どれだけ人に迷惑かけてたか、恨みを買ってたか分からない? そんなんじゃ、相手が好きになってくれるわけないでしょ」
「だ……だって……人間と結婚すれば『姫』が喜ぶから……」
「それが間違いだって言ってんの!」
後方に目配せすると、待機していた兵がある人物を連れてきた。
誰かを認めた瞬間、姫が驚愕のあまり倒れそうになる。
そう、普通の人間の女性に転生した『人魚姫』本人だ。アローズ公爵夫人の情報網はさすがのもので、見事探し出してきてくれた。
「姫……姫様……!」
姫が叔母によろよろと近づこうとする。『人魚姫』は悲しそうにかぶりを振った。
「……私はこんなこと望んでないわ……」
『人魚姫』は泣いていた。
「……誰も、悲しみに囚われてほしくなかった……。私はあの方と結ばれなくても、あれでも幸せだったのよ。好きな人が幸せでいてくれるなら、それで十分だったの。たとえ私は泡と消えても」
「そんなバカな! くやしかったでしょ? 恨んだでしょ? 傍にいるのに気付きもしない鈍感な王子を、人間を! だからわたくしたちが仇を取るわ!」
『人魚姫』は再度首を振る。
「いいえ……。そんなことしなくていいの。仇なんかいないわ。私も、隣国の姫を殺して自分と結婚なんてさせなかったでしょ? 王子を恨んで殺しもしなかったでしょう? 私は誰も恨んでない。隣にいるのが私でなくても、あの方が幸せならそれでいいの……」
人魚族は動機の根本だった『姫』の言葉にうなだれた。邪気が跡形もなく消え去る。
リューファが補足する。
「『人魚姫』は務めを終え、人間に転生した。今は普通の女性として暮らしてる。……皮肉なことね、彼女もあなたたちに迫られてた一人だったのよ。誘拐されかけて辛くも逃げ、そのショックで記憶が戻った」
『人魚姫』を被害者の一人にしていたことに、人魚族が愕然とする。
「自責の念で病気になって、しばらく精神病院に入院してたんだから」
「そんな!」
人魚族が悲鳴をあげる。
『人魚姫』は顔を覆い、泣き崩れた。
「ごめんなさい。私があの方を好きになったばかりに……!」
「姫様のせいじゃありません! わたっ、わたくしたちがいけなかったんですわ!」
ようやく非を認めたか。
俺たちはホッと胸をなでおろした。
これで大丈夫。もう狂気に憑りつかれることはあるまい。本人たちが自覚し、反省することが大事だ。
辺りに漂うのは後悔の嘆きだけだった。
ランス兄様にうなずいてみせると、了解したと罪状を読み上げた。長い長い罪名だった。
「―――以上の容疑で逮捕します」
人魚族は連行され、これからそれぞれ取り調べて罰を受けることになる。
被害者の数も相当なもので、賠償金も支払えるかどうか分からないが。
姫も手錠をかけられ、大人しく連行されていく。すれ違いざま、リューファは言った。
「ちゃんと相手を思いやり、助け合い、二人とも幸せになる。それが夫婦でしょ? その約束が結婚ということ。決意も覚悟もなく、復讐と自分の願望のためだけに人に強制するなんて間違ってる」
「…………」
姫は小さくうなずき、うなだれたまま牢獄へ向かった。
『人魚姫』も看護師に付き添われ、帰っていった。どこか重荷を下ろしたような顔をしながら。
結婚とは何か、か。そうだな、君の言うとおりだ。
師匠にとっての結婚は自分の名声を高めること。常に自分を褒めて自尊心を満足させてくれ、かつ社会的地位のある人間を妻にすること。全て自分のためだった。
奥様にとっては名声ある人間を夫にして自慢できること。金銭的心配がなく、これまで通りの贅沢でわがままで自分勝手な生活ができること。これも自分の欲を満たすためだった。
『眠り姫』の父王にとっては政略的なものであり、世界征服のために使えるかどうか。野望の実現しか考えていなかったから最初の妃には逃げられた。
俺たちは……。
俺はただ、最愛の人を今度こそ幸せにしたい。たった一人の愛した人と幸せになりたい。―――それだけだ。
「リューファ」
剣はしまって、妻を抱きしめた。
「もちろん俺たちは一緒に幸せになろうな」
「ちょっ、人前でやめてくれます?!」
だから思いっきりにらんでもかわいだけだって。
「え? だって、大好きな奥さんの決意を聞いたら、夫としてはうれしいし」
「そういう意味じゃありません! 一般論です!」
照れ屋だなぁ。
フォーラが「マジギレしないでくれてよかったけど、塩まきたい」ってにらんできた。
「人前じゃ嫌だってはっきり言いましたよね!」
「てことは、二人きりならいいんだな。よし、帰ろう」
「断じて違う――!」
リューファは助けを求めるも、サッと四人とも明後日の方を向いた。関わりたくないと言わんばかりである。
ルチルはお腹いっぱいで寝たふり。ドラゴンも空気読む。
「ジークにランス、後かたづけは任せる。かわいい嫁が手料理ごちそうしてくれる約束だから、俺は帰る」
「作るのは作りますけど、聞いてます?! 私はみじんもそんなこと言って―――」
「誤解されても仕方ないわよ?」
フォーラが肩をすくめる。
「…………。言い間違えました、訂正します!」
「しなくていい。大好きな俺のかわいい奥さん、うちに帰ろうか」
俺たちの家に、さ。
☆
さあ、楽しみにしてた嫁の手料理タイムだ。
一仕事終えた後のすばらしいごほうびである。
作ってくれたのは、赤飯、おはぎ、みそ汁、卵焼き、肉じゃが、煮物という「定番」のメニューだとか。俺にとっては新鮮。
もちろん食べる時は妻を膝にのっけて「はい、あーん」してもらうに決まってる。
リューファは嫌がったが、フォーラが「さっきみたいにまた機嫌悪くなられても困る。上機嫌にさせといて」という援護なんだかけなしてるんだか両方なんだか分からない言葉でOKした。
フォーラ、グッジョブ。やはり女性側も一人協力者作っといて正解だった。
「おいしい」
「適当分量なんで、本職のコックが作ったもののほうがはるかに上手ですよ」
「大好きな嫁の愛情が入ってるから最高においしい」
「そういうこと平然と言うのやめてもらえますか!」
後始末終えてきたジークはこっちを完全にスルーして食べている。
「ジーク。ご飯粒ついてる」
シューリがハンカチでふいてあげると、ものすごくだらしない顔になった。
「シューリ、やっぱり結婚しよう」
「子供みたくご飯粒つけた顔で何のたまってんだ阿呆。食事中だから今は殴らない。食後に殴るから待ってろ」
嬉しそうな兄とはやはり兄妹の縁を切るべきか、とリューファにランスが考えてるのが分かった。
「とりあえず今は棚上げしとこうか。ところでこのスープ、面白いね。さっぱりしてて、なのに深みがある」
「出汁をちゃんととってるもん。普通の家庭じゃめんどいからって、出汁入り味噌を使うのが多いらしいけど、何でかきちんと出汁はとるよう教わったな。逆にそれが普通と思ってたから、後でそうじゃないって知って驚いた」
ひとつ前のご両親はきちんとした人たちだったんだろう。よかったと心の底から思う。
「まぁその、どれもこっちにはないから珍しく見えるだけだよ。私の料理の腕はたいしたものじゃない。向こうの知識を持ってるからって、自分が優れた存在だと錯覚はしないよ」
リューファは淡々と言った。
「この世界にはない知識と技術。それは確かに貴重なものだと思う。だけどそれは決して自分が選ばれた者だとか、自分自身がすばらしい存在だとかいう意味じゃない。そこをはき違えちゃいけないんだ。自らを神のごとき至高の存在だと思うのは危険―――」
はたと口を閉じる。不思議そうに首をかしげた。
……カレンの記憶が少しずつ戻ってきてるな。
「リューファ」
俺はスプーンを取り、一匙すくって反対に彼女に差し出した。
促されるまま大人しく食べる妻。もぐもぐ。
か……っわいい。小さい口でもぐもぐって。
小動物に餌付けしてる気分。
「分かってる。リューファは大丈夫だ。絶対勘違いしたりしないよ」
その実例を見てるからこそ、絶対ありえない。
「……はあ、ありがとうございます……?」
「デザートはこれか?」
「あ、はい。フルーツ白玉です。すぐ作れるので」
フォーラが頬を押え、
「あら、ふにふにしてて不思議な触感。タピオカやグミともまた違うのね」
「基本、和食は粉、豆、魚介類がベースだからね」
抵抗せずに食べさせられてるなぁ。あー、俺の嫁、素直で超かわいい。
「上新粉、白玉粉の類は入手しづらくて大変だったよ。なんとか入手できた種子を栽培してゲットできたけど」
「色々やってるね。この前は花の研究してなかった?」
「それはもう終わった。大抵の作物はやったかな」
国外だと農作物の品種改良で飢餓から人々を救った功績のほうが有名なくらいだよな。
「食べ物ばっかか、って言われそうなんで、それ以外もやったよ。最近はハート模様の金魚ができてね、まだ研究途中だから売らないっていうのに愛好家がものすごい金額提示してきた」
「それはかわいいわね」
「でも最近は時間とれなくて、あんまやってないんだ」
「当然だろ。嫁は夫とずっと一緒にいないと駄目だ。そう決まってる」
「決めたのは誰ですか。いつ決まったんですか。了承してません」
「俺が決めた」
「胸を張らないでください」
ここで張らないでいつ張れと?
「夫の権利を行使してるだけだ。そういうわけで」
当たり前のように、部屋に戻ってからもいちゃいちゃ続行。
なお、ジークら四人は我関せずと消えた。
「仕事! いい加減に仕事しましょうよ!」
「するぞ。ほら」
人魚族から回収した封印のアイテムを出す。
「準備はいいか?」
「はい」
一緒にイヤリングに触れると、カレンの記憶が流れ込んできた。
「パパ―――」
まだ幼いカレンの声。
師匠は娘を抱き上げ、奥様はすぐそばで微笑んでいた。
屋敷の周りにあった花畑が見える。
「おしごともうおわったの?」
「うむ。難しい内容ではなかったからな。危険でもない。だから連れてこれたのだ」
「ありがとう、あなた。この子も、パパと旅行なんて滅多にないから、すごく楽しみにしてたのよ」
「パパ、ねえ、きょうはあそべる?」
師匠は微かに微笑んだ。
あんな顔もできたのか。
かなり驚いた。
あれは娘を大事に思っている親の顔。打算も何もない、親の無償の愛情。
師匠……貴方にもあったんじゃないですか。そういう感情が。
そういえば師匠は最初の人生の最期、後悔してやり直したいと願ったんだった。最期の最期でようやく我が子への愛情を持てた。願いが叶ってやり直せたのだから、こういう表情が出てきても当然か。
……じゃあ、どうして。
ふつふつと怒りがこみ上げる。
今度こそカレンを愛しいと思えたなら、なぜまた殺したんだ。
「ああ、いつも遊んでやれず、寂しい思いをさせているからな。今日はパパとたくさん遊ぼう」
「やったあ! パパだいすき!」
幸せそうな親子のやりとり。
これがずっと続けばどれほどよかったことだろう。
リューファがぎゅっと左手で右手首をつかんだ。何かを抑えるように。
「どうした? 辛いのか?」
「……いいえ」
彼女は目を伏せた。
辛いよな。
でも、この幸せだった頃には二度と戻れない。
なぜならとうに壊されてしまったから。
―――今回の再生は幸せな幼少時代で終わった。
「……『最後の魔女』は、さぞ無念だったでしょうね」
「ん?」
「『招かれざる魔女』を消滅させれば父親も消えてしまうから、封印するしかなかった。……時間を稼ぐ意味もあったのかもしれませんね。時が経てば、新しい技術も出てくる。父親を助け出す方法、一度取り込まれた魂を分離する方法を未来に求めた」
「…………」
違うよ。俺もカレンも師匠を助け出したいとは思ってない。罪を償えと思ってる。
俺は肩に顔をうずめた。
「……今は分離する方法がある」
「えっ?」
「異世界へ飛ぶ魔法もそうだが、俺は作り出せなかった魔法の研究データをわざと人目に触れる形で残しておいた。後世の誰かが完成させてくれることを期待してな」
「クラウス様でもできなかったんですか。それ無理じゃ」
「俺は万能じゃない」
「大体なんでもさくっとできるじゃないですか」
そうか? 俺は不器用だが。
「異世界への魔法は遠い異国まで流れ、そっちで完成されたわけだな。魂の分離法はこっちの魔法使いが完成させたらしい。師匠のことは俺がやる。……心配しなくていい」
実の親を手にかけさせるわけにはいかない。トドメは俺がさすべきだ。
「……そうですか」
疲労感が襲ってきたようで、リューファの体が揺れた。しっかり体を支える。
「少し休め」
「……はい。お言葉に甘えさせてもらいます」
目を閉じ、体重を預けてくる。
「―――あと少しだ。もうすぐ全て終わる……」
だから大丈夫だよ。何も心配せず眠るといい。
☆
人魚族の事件が報道されたことで、思わぬ副産物があった。
これまで出し渋っていた人たちも含め、大量のいわくつき魔具が提出されたのだ。これまでは気楽に考えて、または「自分は平気♪」と根拠のない自信から保有していた持ち主が泡食ったともいう。
暴動の様子が流れ、異常行動をとる人魚族に皆ヤバいと思ったわけだ。映像撮らせて流したかいがあった。「今持ってくるなら所持に関する罪は問わない」って声明出したしな。
おかげで保管場所にくらい集まった。よくまぁまだ世の中にこれだけヤバいもんがあったものだ。
作るなよと言いたい。処理する人間の身にもなれ。一番危ないの片付けるのはうちの嫁なんだぞ。
「さて、やりますか」
「ちょっと待て。この量だぞ。やめろ。倒れたらどうする」
「だーかーらー。クラウス様が傍にいるから平気でしょ?」
ジークとシューリが親指立て、ランスとフォーラはため息ついた。
「…………」
それはアレだ、いつも傍にいてほしいってことだよな? そういう意味だ、違いない、うん。
俺はしばし黙考した後、かわいいこと言う妻を抱きしめてきた。
「ぎゃああああああ、放して――!」
「無自覚って恐い」
「そりゃお嫁さんかわいくておかしくなるはずだわ」
「何?! ねえ、ランス兄様、フォーラ、私何かまずいことした今?!」
「いや全然」
全員そろって首を振る。
「リューファはそのままでいいと思う。お前たち夫婦仲がよければ、クラウスが暴れることもない。世界は平和だ」
「平和て」
「だって、クラウスが暴走してみろよ。マジヤバいどころの騒ぎじゃないぜ。『魔王』より恐ぇ。オレ無理」
そんな震えるなよ。
「頼むから、そうやって手の中で転がしてろよ。世界の平和はお前の肩にかかってる!」
グッと拳を握りしめて断言された。
『勇者』が暴れないように妻が抑えなきゃならないってなんかおかしいような。
「意味わかんないんだけどなんでクラウス様うれしがってんの?」
「あなたほんとにこういうことに対しては驚異的に鈍感よね……。まぁ仕方ないのか……」
フォーラが「自分の言ったこと振り返ってみなさい」と目で答えた。
「…………」
十秒ほど理解したらしい妻が逃げようとしたんで即捕獲した。忘れられがちだが、魔物退治で捕獲も慣れている。
「逃げるなよ」
「そっ、そういう意味で言ったんじゃないです!」
「そういうつもりって、どんなつもり?」
「いつも傍にいてほしいとか、そういう意図は全然ありません!」
よしよし。
罠を仕掛けるのも俺は得意だ。
「夫婦なんだから、恥ずかしがることないのに」
「恥じらいとかTPOは重要ですよ?!」
「小動物がささやかな抵抗してるようにしか見えないわ。逆効果よ」
「じゃあ、抵抗するなと?! なことしたら、この人どこまでヒートアップするか分からないじゃないかっ」
「ガンバ」
ランス、一言で終わらせたな。
「~っ」
妻が上目遣いに睨みつけてきたから、いい笑顔を返しておいた。
「はぐっ」
真っ赤になって固まったから、飄々と抱き上げる。
「うんうん、いつも傍についてるから大丈夫だよな。全員ついて来い。手伝え」
「運び係かよ。いいけどさ」
瞬間移動を使わず、わざわざ転移魔法陣を利用。多くの人にラブラブっぷり見せようと思って。
用があったのは、城の中にある、今は使われてない塔だ。ここに提出されたいわくつきアイテムを仮置きしている。高貴な罪人用の牢獄として使われてた時代があり、元々警備・防備システムが頑丈なのだ。もしアイテムのどれかが暴発しても防ぐことができる。
父上と母上、なぜかアローズ公爵までついてきた。
塔内部では浄化魔法の使える魔法使いが延々と作業していた。レベル別の仕分けまでは終わっており、順次浄化して処分している段階だ。
疲れが出ていて顔色が悪い。栄養ある食事と回復アイテムはふんだんに届けているはずだが。
真面目に仕事しているところに、皇太子が文字通り嫁抱えて来たもんだから、みんな目が点になっていた。
「どうも、手伝いに来ましたー……。……クラウス様、下ろしてください」
「残念」
やむなく下ろしたが、しっかり後ろから腰ホールドしておいた。
「やりにくいんで、放してもらえますか……」
「倒れた時、これならすぐ対処できるだろ」
「クラウス様の反射神経なら、離れてても間に合いますよね」
「えーと、回復のために触れてるってことで。直接触れてたほうが、指輪の効力がある」
「今さらとってつけたようなこと言わないでください」
妻は冷ややかに言って、魔法使いたちに差し入れを渡した。魔力回復のお茶とお菓子だ。
「嫁の手料理やるのは惜しい」
「はいはい、クラウス様のぶんもちゃんとありますから!」
口の中にクッキーつっこまれた。
うん、うまい。
でも許せん。俺の嫁の料理食うからには必死で仕事しろよ。
察したのか、一番年長の男性―――フォーラの祖父でリューファの師が進み出た。ナイスミドルで「イケオジ」と言われる風貌である。
「お妃様もご結婚おめでとうございます」
呼び方に妻はビシッと固まった。今さら実感したらしい。
「ああ。式は諸々片付いてからやるけどな」
「そうですか。ははは。色々ほどほどにしたほうがよいですよ。まったく王家の人間は極端ですからな……。あの方も本当に……」
ため息つく彼は元々先代のパーティーメンバーだ。あの方とは父上の前の代、俺の祖母のこと。
ん? うちは別に男女どっちでも王になれるぞ。魔物退治が稼業なため、子の中で最も強い者が後を継ぐのが慣例だ。長子とか男子とか関係なし。
「ああ、おばあ様の武勇伝は今も語り継がれてるからな……」
いくつになっても若いころと変わらぬ化け物みたいな美貌を持つ祖母はまさに『女王様』。リューファいわく「まさに美魔女。強くてお美しィー」。ピンヒールで闊歩する音が聞こえるだけでかなりハイレベルの魔物でも死ぬ気で逃げ出すという人である。
小さい頃、大胆なスリットの入ったドレスの妖艶な美貌の祖母が一撃で倒した魔物をピンヒールで踏みつけてるのを見て、「俺の祖母なのにこの外見だし、魔物踏んでるし……色んな意味で化け物並み」と思っただけで察知されてしばかれた。この祖母には逆らっちゃダメだと悟った。
なお祖母とアローズ公爵夫人とフォーラは仲が良く、「三魔女」と恐れられている。三人そろって「フフフフフ」と笑い合い始めたら、周囲の者は全員猛ダッシュで逃げ出す。もちろん俺も全速力でできる限り遠ざかる。
だって恐いだろ! 絶対巻き込まれたくねぇよ!
「あの方は高笑いして魔物を調きょ……踏みつけに行くし、本当に、色々大変でっ。胃が。うっ、思い出すだけでキリキリ」
「はい、おじいちゃん、胃薬」
胃を押さえてうなる祖父に飲み薬渡すフォーラ。
「ありがとう。王家の人間はたいてい配偶者がセーブ役をやってくれるからなんとかなってたんですが」
「あー……おじい様もアレだから……」
強面でいかついゴリゴリのマッチョ。拳一つで山ぶっ壊せるんじゃないかという屈強な武将である。あ、実際マジでやったことある。
とにかく怪力。生まれは田舎の一般人で、一族はみんなフツーなのに一人だけ突然変異らしい。住んでる村が高レベルの魔物に襲われた時、まだ12歳にも関わらず一人&素手で退治してのけたという。拳のラッシュっていう物理攻撃で。魔法使わなくても肉体のパワーで余裕で勝てるって人間か?
それを受けて王家がスカウトし、当時王女だった祖母と出会ったそうな。
覇気放出すると下手したらそれだけで普通の人間なら気絶する。バトルものの小説に出てきそうな、天下とれる武人。
祖父母が並ぶと、猛獣とそれを従えた女王様にしか見えない。
ただし中身はいたって真面目な紳士で、「強きをくじき弱きを助けるナイスガイ」とは一般の評。実際迷子の子供がいれば保護者を探し、重いもの運んでる高齢者がいれば手伝い、子供が生まれそうな妊婦がいれば病院に運んであげるのを見たことがある。引退した今も国民の人気は高い。
ちなみにアローズ公爵の師でもある。公爵が脳筋なのは祖父のせいじゃないだろうか。
「世のため人のため、害をなす魔物は退治せねばって真っ当な感覚を持つ人なんだが、戦いとなると熱くなる人だから」
「ええ、感覚はとてもマトモなんですがね。熱くなりがちなので、いつもあの方のストッパーになれるかというと……。本当に苦労しましたよ……世代交代してくれてよかった……」
ハンカチで目をぬぐうフォーラの祖父。なんかうちの祖父母がすまん。
後始末には彼とやはり女性の先代アローズ公爵家当主にシューリの祖父が奮闘していたと聞いている。「またか!」「今度は何やらかした!」と悲鳴あげながら駆け回ってたそうな。胃薬と回復薬は携帯必須、過労死しそうな顔色してるのがしょっちゅうだったとか……やっぱスマン。
アローズ公爵家も男女や生まれ順に限らず能力が高い者が次期当主になるのがルールだ。
「その前の代も相当でしたし、三代続いたら私死んでましたよ」
「ひいおじい様は戦闘狂だったらしいな」
王家は父上みたいにマトモな人ばかりが生まれるわけではない。曾祖父のように単純に戦いが好きな戦闘狂もいる。
父が頬をかきながら、
「強い魔物がいれば大喜びでどこへでも飛んでいき、笑顔でつっこんでく。この時点でヤバイよなぁ……。いや私が生まれるよりはるかに前の話で、直接見たことはないが。周囲の被害などお構いなしに魔法ブチかましまくり、むしろこっちの被害のほうが多いとまで言われたほどだとか……。絶対王にしちゃいけない人物ナンバーワン認定されてたらしいし」
「それがある日ひいおばあ様と出会って真人間になったのは有名な話ですね」
他国で暴れてる魔物がいると聞きつけすっ飛んでった曾祖父は、いつものごとく暴れ回ってたらしい。そこをその国の王女だった曾祖母が顔ひっぱたいた。
「いいかげんにしなさい! 人々を苦しめる魔物を退治してくれるのはありがたいけれど、あなたのせいで傷ついた人がいるのよ!? 彼らは私の大事な国民です! 謝りなさい!」
曾祖母は小国の王女で魔力も平均的。力でも権力でも圧倒的に敵うわけがない。にもかかわらず国民のために抗議した。
自分より弱い年下の少女が震えながら涙目で必死に勇気を奮い立たせて立ち向かうのを見た曾祖父は一目ぼれしたそうな。
「ああ。それ以降人が変わったように大人しくなり、人の言うことをきくいい王子になった。彼女に嫌われたくないからと。そりゃそうだろう、返り血で血まみれ&笑顔の戦闘狂なんて誰も嫁に来てくれん。結婚申し込まれても何年も逃げ回った祖母の気持ちは理解できる」
その場で急に大人しくなり、「結婚してほしい」と言う曾祖父に曾祖母は当然断固拒否して叫んだそうだ。
「笑えない冗談なんだけど! ついさっきまで笑いながら嬉々として魔物に斬りかかってた危ない人と誰が結婚なんかするもんですか!」
至極真っ当な反応である。どう考えてもヤバいやつ。
そうしたら曾祖父は「分かった。やめる」と以来しなくなり、みんな仰天。
「やめたから結婚して」
「絶対嫌! 返り血で血まみれがしょっちゅうとか恐いし! 魔物の切断した首とか持ってこないでよ! すごいだろじゃないっ、グロい恐い! 普通の人にとっては恐怖なの!」
強いアピールのつもりが一般人には逆効果だったと知った曾祖父はそれもやめた。
そりゃそうだ。「素材になる!」って喜ぶリューファが特殊。父上も母上が恐がるから退治しても現物見せることはない。
「いくら強くても王子としての仕事してないなんて無責任な人は嫌です。魔物退治が稼業なのは分かるけれど、王族である以上それだけじゃないでしょう? 国を治めることも仕事のはずよ」
「分かった。政治もちゃんとやる」
曾祖母は絶対できないだろうと断る口実のつもりで無茶ブリしたが、なんとまぁ曾祖父はそれまでやってなかったのにめちゃくちゃできた。絶対ヤベェ戦闘狂が有能王子に早変わりである。どういうイメチェン。
慌てた曾祖母はその後もあれこれ言って逃げようとするが、どれも曾祖父はあっさりクリアしてしまった。「あのマジヤベェやつが真人間に!」と感謝・感激して号泣する臣下一同や当時の国王夫妻に何度も土下座して懇願されまくり、とうとう結婚してくれた……という実話が伝わっている。
「いくら変わったといってもそれまでの行いが行いじゃ、信じてもらえなかったでしょうしね。普通に考えてそんな男の嫁は恐怖ですよ。よくひいおばあ様も結婚しましたね」
「あのですね。あきらめたんですよ。王族直系が好きになるのは一人だけ、しかもターゲットをロックオンしたらどんな手段を使っても逃がさないヤバイ性質でしょうが」
「そーですねー……」
なぜか遠い目になるリューファ。
父が今さら気づいたというふうに、
「ん? うちの家系、おかしいのばっかしかいないな」
「そりゃそうですよ父上。稼業が魔物退治なんて家系にマトモな子供が生まれるわけがないでしょう」
「私はそこまでひどくないほうだと思うが、お前はなぁ……。下手したら虐殺王子パート2になってたかもしれん」
「本当に幼少時に配偶者が見つかって安心しましたよ。ストッパーが見つかるのは早ければ早いほどいい。クラウス様が自分から結婚したいと婚約したと聞いたあの日、関係者集まって祝杯あげましたよ」
目をぬぐうフォーラの祖父。
「あのう。その代わりに私が犠牲になったと思うんですけど?」
「あきらめなさい。王族直系に一目ぼれされた相手が逃げられるわけもないし、あきらめて極端な行動に走りがちな配偶者を止めるためどうにかがんばるしか……と先々代の皇后様がよくおっしゃっている」
「知ってますけどね! 私も言われましたよ! 何度かお会いした時に、すっごい同情と共感あふれる目で」
そういや静かに隠居生活送ってる曾おばあ様はリューファをことのほかお気に入りだ。なんでかと思ってたが同士だからか。
「俺、そんなに曾おじい様に似てますかね?」
「性質はそっくりですな。好きになった子のためにイメチェンするところとかもそうでしょう。ただし殿下の場合は失敗してましたが。そういうのは相手の好みに合わせなければ意味がないのですよ、私のように」
顎に手をあててドヤ顔のイケオジ。
「そういえばフォーラの祖母は老け専だったな」
実はフォーラの祖父は本来もっと若い外見なのだ。人類の寿命が延びた現代では若い肉体でいる時間も延びたと以前言ったはず。つまり本当は親世代とあまり変わらない外見年齢。
それをわざわざ得意の変装魔法で老けた姿にしているのである。
潜入捜査で老け顔に変装していた時にフォーラの祖母となる女性と出会い、彼女が惚れたらしい。本当の姿よりも年取った後の姿のほうが好みな彼女のため、常に未来の姿にしている。
「そうなんですよ~。妻がこっちの姿のほうがカッコイイと言うもので!」
「うんまぁ、嗜好は人それぞれだし、本人たちがいいなら何も言わんが……」
なお、一番複雑なのは親らしい。我が子があえて自分たちより老いた姿に変装していて、その妻もそれで大喜びとなればなぁ。
「忠告はしたはずですよ? 相手の好みをきちんと把握して、それに合わせなければイメチェンしても失敗すると」
「分かってる。大失敗した自覚はある。もういいだろそこは、つっつくな」
「ま、なんだかんだで収まるところに収まったようですし、終わりよければすべてよしと言いますからな。正直今の状況はくっつきすぎというか、溺愛しすぎで別方向にヤバイと思いますが。本人が嫌がってませんしなぁ」
「嫌がってますよ!?」
リューファの訴えをその師はスルーした。
「恥ずかしいのは分かるが、耐えろと先々代の皇后様もきっとおっしゃる」
「耐える以外の選択肢は?! なんで誰も止めないの!?」
場にいる全員がそれぞれあさっての方を見た。
「~~~っ。そ、それより私もやりますからっ! どれやればいいですか?」
残っているもののほとんどは難易度が高いものだった。その浄化ができるクラスとなると、フォーラの祖父やリューファくらいしかいない。だがフォーラの祖父は高齢だ。リューファがやらざるをえず、それでやむなく許可したわけだが。
「まとめて一気にできるのはしちゃいましょう」
集めて一気に浄化した。魔具で補助したとはいえ、数十個も一度にできるのはリューファくらいだ。ハイレベルさに魔法使いたちが息をのんでる。
「はい、第一弾終了」
「早いな」
「封印のアレに比べれば、はるかに簡単ですもん。あ、ジーク兄様、その悪魔が作ったあべこべ鏡のカケラはもらう。『雪の女王』のやつ。そっちの『青髭の花嫁』の鍵はいらない」
「おう、分かった」
払下げ品でゲットしたものは持ち帰る。だからジークが荷物持ち。
「リューファ、疲れたらやめていいんだぞ。椅子持ってこようか」
「いいですよ」
「俺が座ってリューファを膝に乗っけるって意味だけど」
「余計嫌です!」
なんで?
「邪魔しないでください。あっ、スサノオノミコトが八岐大蛇退治の時に使った酒の甕がある。高級酒が作れるじゃない。『若返りの滝』の水でレア度アップしよーっと。こっちは『吉備津の釜』? ……えーと……」
リューファはおそるおそる呼びかけた。
「あのう、磯良さん。警察で働く気ありませんか?」
釜から人影が立ち上った。異国の服装をした女性の怨念だ。もう浄化したから普通の霊魂か。
幽霊は不審そうに首をかしげた。
「警察で働く、ですか?」
「はい。女性に対して何かやった犯罪者へ罰を与える刑務官か、被害女性へのアフターフォロー役かどっちか。適任だと思うんですけど」
「やるわ」
かぶせ気味に即答だな。どんな恨みが。
「卑劣な真似する男は許せない! 特に浮気男は!」
ははあ、夫に浮気されたのか。
「何があったんだ?」
「占いで不吉って出てたのに結婚強行されて、案の定。夫がすぐ浮気して、愛人囲って入りびたり。果ては磯良さん騙して金作らせて、持ち逃げ&愛人と駆け落ちしたんですよ。憤死した彼女は恨みを晴らそうと……」
怨霊になって復讐したんだな。女の恨みは恐ろしい。
「気の毒に。それならそういう役職で働けばいい。ランス、さっそく手配を」
「分かりました」
「あとリューファ、俺は絶対浮気しないからな」
「分かってますよ。そっちの『ガチョウ番の娘』の馬の首は、魔法の鏡と一緒にしたらどうかな」
馬の首の飾りがバリトンボイスで朗々とした歌声を披露しているのを指す。浄化中もずっと歌ってたな。
釜の幽霊が手を叩いて喜び、
「あら、素敵な歌声! ね、一緒に音楽隊やりません? 私の釜もいい音するんですよ~」
「♪いいですね↑ すばらしい~↑」
なんだこの状況。
ここに魔法の鏡と『裸の王様』がいれば完璧なカオス完成だな。
ランスがニヤリと黒い笑みを浮かべ、
「いいね。他のメンバー、ヘイムダルのラッパ、オルフェウスの竪琴、スーホの白い馬の馬琴とかどうかな」
ヘイムダルは北方の国にいる、終末が来た時にラッパを吹いて知らせる人物。
オルフェウスは近隣の国の、冥界から恋人を連れ戻すのに失敗した音楽家。
スーホの白い馬はずっと東のほうだったか。
どれもバッドエンドじゃないか。どういうバンドメンバーだ。ランスらしい人選といえば人選で、そんな刑務官がいる刑務所には絶対入りたくないな。
「『ギルガメシュ叙事詩』の怪物フンババがいた森の杉の木? オシリスの棺を包んでた木のカケラ? 木が多いな。『ラーマーヤナ』のシータ妃が飛びこんだ火をつめたランプねえ。『勇敢な十人の兄弟』の仙人の薬……これはいらない」
「何の薬なんだ?」
オシリスは南、それ以外は西の国。
「『アラジンと魔法のランプ』の魔人が解放された後のランプか。危ないから誰か魔法使いが解放したって話、本当だったんだ。『シンドバッド』のターバンは『裸の王様』にでも回そう。『ウィリアム・テル』の弓矢は訓練用の備品にする? ランス兄様?」
「そうだね。もらっとこうか」
「『三匹の豚』の藁の家の残骸は、ホウキにしよう。『七ひきの子ヤギ』と『赤ずきん』の狼の毛皮はいいや。あ、『つむじ風の贈り物』の角笛も刑罰に使えそうだね。『ねずみのお経』の壁の一部? こんなんどうすんのよ。『桃太郎』の鬼ヶ島の錠前って、サルにあっさり開けられたやつじゃん。『一寸法師』の船代わりにしたお椀と『鉢かづき』の直した鉢? ……川……流す……お椀……素麺!」
リューファはポンと手をたたいた。
「そうだ、海でイベントやろう! お祭り!」
「祭り?」
「瓜つながりで、イメージガールは『瓜子姫』。『赤い蝋燭と人魚』の人魚に海難避けの赤い蝋燭もらったし」
人魚という言葉にみんな「えっ……」と思わずうめいた。
「違う違う。はるか東の人魚だから、種族違う。あっちのは肉を食べると不老不死になるって迷惑な伝説のせいで乱獲されて困ってるの。小さな島にひっそり暮らしてるって聞いた」
「……ならよかった」
「こっちは『殺生石』のガス入ってる瓶? 危な、廃棄。ガスって実は硫黄じゃないかって説も……ん? 硫黄? 温泉! 弘法大師の錫杖で地面突いたら、温泉噴き出るんだっけ。借りようかな」
「温泉? それならジュリアスの国にあるぞ。そこの温泉街復興のため、奥さんがオンセンマンジュウ作るとか言ってた」
「おおっ!」
奥方も向こうの世界出身だもんな。
「さっすが奥さん、よく分かってる。温泉と言えば饅頭だよね。浴衣はあるのかな?」
「ジュリアスの従兄弟が『裸の王様』だ。作ってもらうとか言ってた」
「ナイス。試作品できたら画像送ってもらえないかな。海といえば花火大会、お祭り。花火大会と言えば浴衣でしょ!」
「花火大会は向こうもやるって」
「おう、やはり現代日本女子、考えることは同じってわけね。花火大会はあちこちでやるもんだから、いいでしょ。なんならコラボしよう。それにしても浴衣かぁ」
「リューファの分はもう注文してある」
「手回し良すぎ」
ジークがボソッと言った。
「え? 何でですか? ていうか、サンプルあるなら画像見せてくださいよ」
「これ」
もらったサンプル品の画像を見せる。黒に花火柄のユカタとかいう異国の服だ。ジュリアスの奥方が監修したらしい。
「ああ、スタンダードな柄ですね。一番シンプルでいいと思いますよ。金魚や朝顔、桜もいいけど、大人っぽくていい感じ。下駄はシンデレラさんが作るのか。巾着と髪飾りは? 巾着の作り方……んーと、なんとなく覚えてる。バッグ職人と言えば、『マーシャと熊』のマーシャさんだよね。そうだ、このアフリカ神話の巨大ヘビの皮あげる代わりに作ってもらお。設計図渡せば作ってくれるはず」
超カラフルなヘビ皮を取り分ける。
全身カラフルのこんな蛇がいたら目立ってすぐに狩られるだろうに。なんでも深い湖の底にいたから倒せなかったらしい。
「髪飾りはとりあえず生花でいいか。それか、ブリザーブドフラワー。花ならうちの農園にあるし。この前、ラメ入ってる新種の薔薇ができてね」
「何それ。私が欲しい」
フォーラがくいついた。
「天然でラメ入りなの?」
「そう。キラキラしてて、夜も光ってて綺麗だよ。一株あげる」
「本当? ありがとう」
「でも危険な食虫植物とごっちゃにして育てないでね」
ああ、フォーラの魔窟もとい実験栽培場な……。巨大食虫植物や人食い植物といった世界中の危険生物を集め、研究って名目で調教するのがフォーラの趣味だ。
そういえば司法長官時代も似たようなの作ってたような。そしてそこで育てたのを刑務所に導入……うん、忘れよう。
「シューリはジーク兄様との結婚式の時のブーケにしてあげる」
「いらない。やらない」
「ちえ。……ところでクラウス様、人魚族が住んでた街って処分どうなりました?」
「元々貸与してた国有地だから、取り上げたぞ。ほとんどが刑務所に入ることになったしな。残りの病人や刑務所生活に耐えられない高齢者、子供をどうするかが問題だ」
「それなんですけど。その土地、私が借りていいですか?」
「借りる? リューファはもう王族の一員だから、タダで使えるぞ」
皇太子妃だろ。
「…………。私が代表やってる会社名義で借りたいんです。この間、ウナギの完全養殖に成功しまして。広い養殖場が欲しかったんですよねー。人魚が住んでたってことは水質いいし、穏やかな海ってことでしょ?」
指を折って計画を立てる。
「養殖場にして、魚の扱いに慣れてる人魚族を雇う。刑務所の作業所です。人魚族全員を収容できる土地、賠償金を支払うために必要なお金を稼ぐ手段。まぁ服役中の作業だから高額な給料は出せませんが、このままじゃ人魚族、絶対賠償金払えないでしょ。刑を終えても、あれだけ騒ぎ起こしたんじゃ、どこでも雇ってもらえない。それで逆ギレしてまたトラブル起こされても困ります」
「確かに」
「すでにあるものを応用するんだから、新たな刑務所を建てるわけでもない。国側としても、一か所にまとめて管理・監視できるメリットがあります」
これなら子供や高齢者・病人も同じところにいられる。人魚族の中にはまだ幼い子供もおり、親が服役するため引き離されるのはかわいそうで問題点だった。それを解決できるな。
ランスが早速そろばん弾き出した。
「脱走しないよう周囲に結界敷設しとけばいいくらいで、設備投資も少ないね。刑の一環で働くとなれば、規律を持った生活をさせることもできる」
「今のまま普通の刑務所に入れとくと、人間たちとトラブルになりそうだしな。すでに服役中の人魚族が危害を加えられたって報告が来てる」
「ああ、やっぱり。どっちにとっても、同じ刑務所内にいるっていうのはよくないですよ。で、上手く養殖できたら、その発売イベントやりましょ。花火大会と流し素麺とスイカ割りー」
リューファは穏やかに、
「罪を犯しても、罪を償って更生したら出所するでしょう? 犯罪者の社会復帰って難しいですよね。でも人魚族みんながみんな悪いわけじゃないし、今後のことも考えておかないと。そういうわけで借地の契約書を……ってなに?」
自分を見てうなずく一同を不思議がる。
「さすが『勇者の嫁』。被害者への賠償金問題のみならず、受刑者の更生後まで考えてるとは」
「うんうん、やはり彼女が未来の王妃なら安心だ」
「えっ……ちょ」
「俺の嫁は有能だろ。妃にふさわしい」
「あの……私まったくそういうつもりじゃなかったんですけど……」
「つくづく鈍感ねぇ」
そこがいいんじゃないか。
「どうせ土地余ってるし、タダでいいんだぞ」
「駄目です。いくら刑務所作業所でも、民間企業が運営して利益出す以上、借地料なしじゃ問題になります。きちんと相場払いますから」
ますます感心の度合いが深まった。
「さすがは皇太子妃殿下!」
「この国の未来は明るいなぁ」
「あ、言っとくけど俺は、国にとって役立つからとかそういう理由でリューファを嫁にしたんじゃないから。好きだからだぞ」
「さらっと人前でやめてくれますか……」
さりげなく手押しのけようとするなって。
「俺の嫁は真面目で照れ屋でかわいいなぁ」
「だ~か~ら~っ」
リューファは助けを求めるように父上と母上を見たが、スッと視線そらしていた。
「で、ええと、ユカタだったか? それは別に抵抗感ないんだ」
「全然? 日本じゃ夏のお祭りの時、普通に着てますよ。着物は七五三や成人式にも着ますし」
「しち……?」
なんて?
「女の子は三歳と七歳。男の子は五歳に着物を着て、無事ここまで成長しましたって神社にお参りに行く風習が古くからあるんです。成人式は二十歳。あ、でも十八歳成人て法律変わったから、どうなったんだろ」
へえ。
すかさず念写用紙を用意した。
「念写して」
「は? 別にいいですけど。成人式は私やってないんで、たまたま見かけた光景ですけど」
出てきた写真を見て悶絶。
一つ前の前世の子供時代が写っていた。それはもうカレンの時と今世と同様、妖精かと見まごう美少女。
な……っ、なんだこのかわいさは! 尊い! こんなかわいい子いたら、速攻で「結婚してくれ」って言うぞ。
「見せろ」
プルプル震えてるとジークが取り上げ、ランスものぞく。同様の反応。
「……? どしたの」
「かわいいっ!」×3
ハモった。
「いやいやいや、私は凡人……あ、子供は誰でもかわいいもんか」
「そうじゃないよ。うちの妹は世界一かわいい。世界にはこういう民族衣装と風習があるのか。興味深いね」
「ヤバい、オレの妹がかわいすぎるどうしよう。マジ天使」
「ああ、犯罪級のかわいさだな。こんな子いたら絶対自分のものにする。ジーク、返せ。これは俺のだ。リューファは今も昔も俺の」
写真を取り返し、いそいそとしまう。
「ちょ、それも携帯する気ですか?! 制服姿だけでもきっついのに……そういえばあれも返して!」
「クラウス、焼き増し! 焼き増しくれ」
「断る。これは夫の特権。お前はシューリに着てもらって撮ればいいだろ」
自分の嫁に頼め。
「着ませんよ」
「シューリ、着」
「ないっつってるだろうが!」
殴られたジークは周囲に結界が張られているため、箱の中で跳ねるピンポン玉みたいになった。
それでもしっかり人や物はよけて飛んでいるという、無駄にいい反射神経。
「ジークはほっとこう。で、キモノは普通に着てくれるのか。それじゃあ」
指を鳴らして妻の服をさっきの画像の浴衣に変えた。
「わー、懐かしいー」
怒られるかと思いきや、うれしそうだ。くるくる回ってる。
か、かわいい……っ。エキゾチックな服がさらによし。
「すごーい、下駄の再現も完璧。シンデレラさん、プロだなぁ。でもちょっと帯が寂しいかも。帯留めほしい」
そう言ってその場で作ってしまった。器用だな。
「うん、かわいくなった。それとヘアアレンジね。浴衣といえばアップでしょう。ポニテにしてお団子作ってー」
あかん、嫁がさらにかわいくなるんですけど。かわいさが限界突破してる。
「簪は昔作ったやつを転用して。さっき話した生花もつけちゃお」
「素敵! 私が欲しいわ」
「綺麗」
「同感です」
母上含む女性陣がくいついた。
「あ、これに香水かけたらもっと売れるかも? 色んな意味合い持たせるとか。香水やお香は私いっぱい持ってるし。農園に材料もたんまり」
「香水会社なら僕が持ってるよ」
「ランス兄様、たいていの会社は持ってるね」
ランスとフォーラの祖父三人でボソボソ商談。成立したらしい。
「これ、どうやってつけるの?」
シューリがきく。
「お団子んとこに差すの。こんな感じ」
髪飾りから垂れたパール、花、レースがひらひら揺れる。はあ、ほんとに花の妖精。
「かわいいでしょ。普段使いもできるよ」
「すごいね、細工が細かい」
「ああ、日本のって小さくて細かいの多いよね。繊細で精巧なものを極めようとするフシが。私が昔作った扇子やウチワも、元はと言えば日本のだよ」
「えっ、そうだったの」
「帯の飾りもかわいいわね」
「こっちは中国の結び方も使ってるー」
女子トークに花が咲く嫁を眺めながら俺はジークとランスに言った。
「なあ、あれ、俺は忍耐力を試されてるのかな?」
「……妹がすみません。天然て恐いですね」
「嫁のかわいさを見せびらかすか、反対に誰にも見せずにしまいこんどくべきか、本気で悩むんだが。どっちが正解だ?」
「さー、どっちだろうなー。ちなみにオレは隠しとく派だ。で、クラウス、シューリの分のあの服注文頼めるか?」
言うと思った。紹介しよう。
「国家政策でイベントやるんなら、まとめて発注したほうがいいんじゃないかな。クラウス様、会社が代理でやっていいなら、僕が全部手配しときます」
「頼む。ところで俺は見せびらかす派だ。リューファ」
「ぎゃあああああっ、やめてくださいってばー!」
さりげなーく抱え込んだらやめろと言われたがやめるつもりは皆無。
「かわいすぎるのが悪い。少しは我慢したぞ」
「そのままずっと我慢しててくれませんか?!」
「長時間『待て』ができるほど俺は器用じゃない」
不器用なのはよく知ってる、と一同心の声が聞こえたぞ。
「いいですか! 何度でも言いますが、人前です! ご自分の両親だって見てるんですよ、やめようとか思いません?!」
「あ、全然気にしなくてよいぞ」
「むしろ頑張りなさい」
止めるどころか嫁側を応援するのがうちの親である。
「息子がこんなことしてたら、どうにかしようと思いませんか!?」
「どうにかしようとしてもどうにもならないと悟ってあきらめた」
「運命だと思って頑張って!」
グッと拳を握りしめる国王夫妻。
うんうん、運命なのは間違ってない。
「ほら、誰も反対しないぞ」
「私は反対してますよ?! 何でそんなにテンション高いんですかっ」
「そりゃ、嫁が珍しい綺麗な格好してたらテンションも上がるだろ。他の誰も、こんなかわいい子を見ても見てるだけで手出しできないと思うといい気分だ。牽制にもなるしな」
「そういう意味かよ、お前。分からないでもないけど。ついでにランス、お前はどっち派?」
ランスは肩をすくめ、
「僕は残念ながら、誰に対しても恋愛感情持てないからね。そういう方面の感情が生まれつき稀薄なんだよ。よって、答えはどちらでもない。そもそも好きな子がいないから」
前から公言してることとはいえ、それもどうなのか。
まぁ価値観や幸福の尺度は人それぞれだからな。
「お前さあ……マジで大丈夫か?」
「ただの性格だよ」
「で、でも、今はいないだけで、いつか好きになる人ができると思うの」
「無理じゃないかしら。私たちは。別にいなくても困らないし。なにも必ず結婚する必要はないでしょ」
「そりゃ、性格や個人の主義は反対しないけど。ランス兄様はいいとしても、フォーラは跡継ぎ娘じゃん」
「親戚の誰かが継げばいいじゃない。爵位だの家だの、興味ないしね」
二人とも淡白だよな。
本人たちがそれでいいと言うのなら、外野がとやかく言うところではないか。
「なあ、リューファ。俺の分も頼むならどういうのがいいと思う?」
「自分の好きな柄にすればいいじゃないですか? ていうか、クラウス様も着てみたいんですね」
「リューファが好きなら着ようかと。それにあの怪盗もキモノだったろ。あれは衣装のせいで良く見えてただけだな。うん、そうに違いない。よって、俺が着れば上書きできると思う」
「なにその上書き保存」
「そんなら同じのにすりゃいんじゃね? ってのは嫌なんだな?」
「当たり前だ。あと、リューファが俺に似合うって考えてくれたものがいい」
「へいへい。ランスみたく無感情なのもどうかと思うが、お前の嫁バカもどうかと思うぜ」
不幸だったぶん溺愛するのの何が悪い。
「ええと、クラウス様はやっぱり黒地が映えます。柄は、断然古典柄で! しかも派手なのじゃなく、シンプルなのがいいです。そのほうが引き締まって凛々しく見えますよ」
「凛々しい? ほんとに?」
「何が似合うのかは人それぞれです。クラウス様なら落ち着いたテイストのがいいです」
ちょっと感涙にむせんだ。
「リューファが凛々しいって言ってくれた……」
「よかったな、クラウス。涙が出るよ」
「なに、ジーク兄様?」
「リューファ、あなたもっと旦那様褒めてあげなさい。気の毒すぎ」
うれしくて抱きしめる腕の力強めた。
「リューファ、大好きだ! あ、いい匂い。抱きしめるとちょうど花の香りが」
「やっぱ作るのやめます!」
とたんに女性陣からストップが。
「駄目! 欲しい!」
「分かった、分かりました、簪は作ります。でも、もっと褒めろとか無理! 今でさえこうなのに、やったらどれだけグレード上がると思ってんの!」
「……それは分かる」
ぼそっとつぶやく一同。
え、そうか?
「これ以上やられたら、それ以前にこれより上があるの?! もうお腹いっぱいだよ! 心臓破裂して倒れる!」
「へえ、そんなにうれしいんだ」
俺はにこやかな笑みを浮かべた。
気づいた妻は口を開けたまま固まった。
「ちがっ、一般論です!」
「うーん、そうかな? 心臓確かにドキドキしてるけど。喜んでくれてるんなら、もっとがんばろう。リューファも態度に出してほしいって不満だったんだしな?」
「いやああああ、がんばらなくていいいい!」
死んだ魚のような+生温かい目の一同はリューファに「ごめん何もできない。がんばれ」とエールを送りながら合掌した。




