31 勇者はかつての眠り姫と王に会ったり、正座で説教されたりする
人魚族が関わっているとなると国際問題である。リューファを連れて城に行き、父に報告・相談した。
話を聞いた父とアローズ公爵はうなる。
「人魚族か……」
「よりによってあのトラブルメーカーのところとは……」
まぁそういう反応だろうな。
「すでに何件も起訴されていて、追放の署名運動まで起きたことがある。これで意地でも渡さないとなれば、国外追放もやむなしだな」
「素直に出ていくとも思えませんから、軍を使った強制執行にならざるをえませんね」
「厄介な……。処置は考えるとして、まずはどうやって『封印のアイテム』を手に入れるかだ」
全員頭をひねる。
「力ずくなら簡単ですが、まずいでしょう」
「穏便な手段にしたい。しかし説得は不可能だし……」
母が頬に手をあてて、
「その港町って確かクレオの商会の支店あるわよね。前にトラブルがあったけど対処して、それ以降はないって聞いたわ?」
「ああ、あれはね。私が出向いてわからず屋の駄々っ子ちゃんたちをちょっとお仕置きしただけよ」
パシンと扇を閉じ、笑顔で言う夫人。
ヒイ。
震えあがる俺と父。
「それは効果抜群ね~。クレオはかっこいいもの」
「なんなら私が行きましょうか?」
「いいいやそこまでしてもらうわけにはいかないから!」
「全力で辞退します!」
必死で断る国王と皇太子。
「なんで敬語なんですかクラウス様」
「ムチャ言うなっ。俺にとって夫人はもう一人の母親みたいなもんだぞ。頭が上がらん」
文字通り尻たたかれてたんだぞ。
「まぁそうね、問題解決に親が出張るのはねぇ」
「と、とりあえず父上、邪気を払うことを優先にしましょう。そうすれば少しは話が通じるようになるかもしれない」
「そ、そうだな」
裏ボス降臨は回避された。
いやマジで夫人が裏ボスだって。夫人が恐くてうちの国に手出しできないやつ結構いるんだよ……。
「母様には説得のためにある人を探してほしいかな」
「あら、誰?」
「人魚姫の転生者だよ」
ああ、と全員うなずいた。
「人魚族がうちの国に移住したいと言ってきた時、そういえば姫はどうなったのか調べたっけな」
「確か空気の精としての役目は終えて人間に生まれ変わってるらしいとのことでしたよね。当時どこの誰かまでは特定しませんでしたが」
「今度は特定して連れてくる必要があるということね。分かったわ、調査させましょう」
夫人の実家の商会の情報網は最強である。
プロに任せるに限ることは任せておいて。
「リューファ、悪い。ちょっと出てくる」
「何やらかす気だ愚息」
立ち上がりかけたらすぐに父親からそんな言葉が飛んできた。
「なんで即座にそうなるんですかね? 別に想像してるようなヤバイことはしませんよ」
「今までの経験から言って信用できん」
「少しは息子を信用してくださいよ。ヤマトの具合が最近おかしいとシューリが言っていたから様子見に行くんです」
ヤマトとはシューリの弟の名前だ。
なぜこれまで一度も登場していないかは理由がある。
まず単純に年が離れていて、まだ子供だから。
いずれ近衛になるのだから色々同行したほうがいいかという提案も一年ほど前にあったが、俺が断った。
「大人の俺たちといるより、同年代の子供と過ごしたほうがいい。そうやって同世代の仲間を作っておくことは将来大事だ」
「てもっともなことを言ってるがクラウス、本音はリューファにあんま近づけたくないだけだろ」
ジークが半眼でツッコんできたっけ。
「さすが親友、よく分かってるな。その通り。惚れたらどうする。俺の婚約者はそれはそれはかわいいんだぞ」
「うちの妹がかわいいのは知ってるよ。あのなぁ、相手まだ5歳だぞ? お前心配しすぎ」
「俺は五歳の時に一目ぼれしたが?」
「………………そうだった」
というわけで特に出てこないのである。
「えっ、ヤマト君、具合悪いんですか? 私聞いてない」
「シューリも心配させたくなくて黙ってたんだろ。病気とかじゃない。ヤマトも前世の記憶もちだったようで、このところで戻って混乱してるらしい。それで気持ちがよくわかる俺が行ってみようかと」
「そういうわけだったんですね」
「まだ幼いし、早めに対処しておかないと下手したら人格崩壊の恐れがある。だから行ってくる」
「分かりました。行ってらっしゃい」
ぐはっ。
かわいい妻の「いってらっしゃい」の破壊力に悶える俺。
「今のイイ。もう一回」
「はい?」
「アホなこと言ってないでさっさと行ってこい!」
「早い対処が必要なんでしょ!」
両親に頭をハリセンでたたかれて追い出された。
まったく、せっかくもう一度見られると思ったのに。息子の扱い雑すぎやしないか?
ぼやきながら待ち合わせ場所へ向かった。
かつてのいばらの城が見える、小高い丘の上。立ち位置禁止区域ギリギリの境界線のところだ。
待つことしばし。
それぞれ別の方向から彼らはやって来た。
「お久しぶりです。……と言うべきでしょうか」
俺は振り向きながら、文官の制服を着た青年と見習い騎士服姿の少年に言った。
二人ともお互いを一目見ただけで誰なのか分かったらしい。驚いた顔をしている。
ややあって青年が首を振った。
「……私に敬語を使う必要はありません。私はただのヒラ官僚、貴方は皇太子なのですから」
「おや。昔この城に住んでいた頃は自分こそが最も優れた人間で、世界征服まで計画していたじゃありませんか、陛下」
嫌味たっぷりに言ってやる。
元『眠り姫の父王』は後悔に顔を歪めた。
「私は王の器ではなかった。なのに分不相応な野望を抱き、そのために何人もの犠牲者を出し、ついには国を滅ぼした。……今世はただの庶民でよかったと思っています。あの愚かな男はもう死にました。ここにいるのは罪を背負うただの男です」
「ずいぶん丸くなったもので」
この男は前世『眠り姫』の父であり、カレンの伯父だった。
師匠の暖房を増長させた原因でもある。
「貴方が今も私を嫌うのは分かりますよ……憎まれ恨まれても仕方のないことをしたのですから。死後、その罰を受けましたが、自分でもそれでは足りないと嘆願したのです。もしカレンが―――私が残酷な目に遭わせてしまった姪が戻ってこれたら、私を同時代に生まれ変わらせてほしいと。今度こそあの子を助けたいと頼み続けました」
死後、人の魂は裁かれて罪ある者は罰を受ける。そんな世界のシステムを作ったのは始だ。裁判官は始の子供世代だという。
彼らは始と相談し、償いのため同じ時代の転生を許可した。しかも同じ国内で城勤めの官吏に。後ろ盾も何もない一般庶民なのも意図的なものだろう。
「やっとそれが叶いました」
元王は臣下の礼をとった。
「今世では地位も名誉も世界征服も望みません。出世もお断りです。なぜなら私にその価値はないのだから。愚かな男は底辺がふさわしい。カレンにも合わせる顔がない。影から協力させてください」
「別に臣下の礼などとらなくていいんだが。それにしてもよほど懲りたらしいな」
「それはもう。二度とあんな悲劇は繰り返してはなりません。もう誰も死なせたくないのです……!」
はあ、と俺はため息をついた。
「もっと早くに気づいてくれれば、あそこまでの悲劇にはならなかったかもな。司法長官が俺よりずっと前から警告してくれてたろ」
「……ごもっともです。全ての罪は私にある。あの男を倒す役目は私にさせてください。命を捨てて道連れにしてやります」
「無理だな。実力差がありすぎる」
俺は冷静に答えた。
「たとえ命を捨てたとしても、近づくことすらできないだろう。元々お前は戦闘タイプじゃない」
青年はつまった。
こいつは戦闘能力には欠けていた。だからこそ話術や人心掌握の術を身につけたともいう。
「それは……」
「自分でも分かってるだろ。無駄死にするだけだ。それ以前に師匠を倒すときはみんなでと決めている。誰か一人だけが向かって犠牲になるなんてカレンと同じだ」
「…………」
「繰り返しちゃいけない。だからみんなで力を合わせる。その時になったら教えよう。それまでは余計なことはせず大人しく普段通りに仕事してろ」
下級官吏としてこまごまとした仕事をしているのを知っている。ネオの記憶が戻って落ち着くとジークたち以外にも前世の関係者がいるのに気づき、調べたんだ。
「ですが」
「貴女もですよ、姫」
俺は少年のほうに顔を向けた。
シューリの弟は姉によく似た美貌をくもらせた。
「……そういうわけにはいきません」
「そもそもの事件発生時、貴女はまだ生まれてもいません。責任などないでしょう」
「そうだ! 悪いのは私で……っ」
「でもお父様。カレンお姉さまにはたくさん助けてもらったんです。命まで救ってもらった。なのに何の恩返しもできず、みすみす死なせてしまったんです!」
少年は『眠り姫』の激情のままに叫んだ。
……かなり人格が姫寄りになってるな。ヤマトの人格が消されそうだ。
『眠り姫』が願ったのもカレンを助けることだった。いずれ近衛になると決まっている、カレンを近くで守れる家に生まれたのもそのため。
「ごめんなさい、お姉さま。何もできなくて、恩返しできなくてごめんなさい……!」
昔のように泣きじゃくり、前世の父親も泣いてかつての娘を抱きしめる。
「ぼく、わたし、まだ子供で。どうして。こんな子供じゃどうしようもない」
たぶんそれは始の介入だろう。始も姫には責任がないと考え、参戦しなくていいように遅れて転生させた。
なにしろまだ六歳である。
「きっと貴女が無茶しないよう、何らかの力が働いたんじゃないでしょうか。貴女も戦闘系じゃありませんし」
「今世は違います! 近衛の家系なんですよ。戦える」
「そりゃそうですが六歳ですよね。子供が戦場に出るものじゃありません」
「殿下はその年には魔物退治に同行してたじゃないですかっ」
「ほとんど見学ですよ。実際に倒してたのは父やアローズ公爵です」
嘘だが。
こうやって自分をさいなむと分かってたから、ヤマトが姫の転生者だと気づくと余計にリューファから遠ざけたんだよ。それで一度も登場しなかったわけ。
「ところで前世の記憶が戻ったのは」
「私は生まれた時にはすでにありました。でなければ贖罪できませんし」
「姫のほうはここ最近ですね? 言動に異常がみられると報告を受けたのがそれくらいですから」
シューリ経由で。
「……はい」
シューリの弟は涙をふきながら答えた。
「『招かれざる魔女』の復活を聞いたのが引き金となったか。現状をみると、あまりよくありませんね。前世の記憶に影響されすぎ、ヤマトの人格が保てなくなっている。精神状態もひどい混乱だ」
記憶が戻った直後によくある典型的な症状。
「このままだと今の人格が消えてしまうかもしれない。そのまま押さえてろ」
青年に命じ、ヤマトの額に手をかざした。
こういう時の対処法は決まっている。
「?! 何を……っ」
「『眠り姫』の記憶を厳重に封じる」
耐えきれない場合はよみがえった記憶を封じるのが一般的な治療法だ。
「ダメ! そんなの、だって私はお姉さまを!」
「お前はもう眠り姫じゃない。ヤマトなんだ。ヤマトとして生きろ。……カレンも貴女には幸せになってほしいと願ってた」
「……っ」
ヤマトの瞳がなつかしさと自責に揺れる。
「大丈夫。師匠を倒すその時だけは戻るようにしておく。後はまた消えるが、それでいい。いや、そのほうがいい。過去にとらわれるのでなく、前を向いて新しい人生を歩んでくれ」
「けど」
俺は決意をこめてはっきり言った。
「心配ない。カレンは俺が絶対に幸せにする」
『眠り姫』は肩の荷が下りたように微笑んだ。
「―――そうね。ごめんなさい。……ありがとう」
ヤマトが意識を失って倒れこんだ。
青年がしっかり抱きとめる。
「……ありがとうございます。これでいい。この子には幸せになってほしいんです。何の罪もないのだから」
「一つだけきこう。よく俺のことを覚えていたな。師匠にまつわることを消す代償として俺に関する記憶などが消えるようになっていたはずだが」
「らしいですね。ですがわずかに覚えている者がいました。私や娘、テオ・アローズなどが代表例です。おそらく本人の強い意志によるものでしょう。私は忘れるわけにはいきませんでしたし。それは己の罪を忘れることになる」
ヤマトを抱え直して続ける。
「いずれ妹にも会えるでしょう。妹にも必ず罪を償わせます。それが兄としての義務です」
「あの奥様が非を認めるとは思えないがな」
「……そうですね。あの子はいつも現実から目を背け、自分の都合のいいようにしか考えず、人に依存して生きていた。ですがそれはいけないと、いいかげん分からせねばなりません」
「取りこんでる師匠から分離させるのが先だが。とにかくそれを含めて俺には俺の計画がある。邪魔しないで黙ってろ。罪悪感から余計なことされるほうが迷惑だ」
「……承知しました」
「さっきも言ったように、その時が来たら教えてやる。じゃあ、ヤマトは俺が送り届けておこう」
手を差し出すと、青年は名残惜しそうに迷い……あきらめて俺に渡した。
「そうですね。もう私の娘ではないのですから。今後も会いません。会ってしまえばせっかく封じた記憶が戻るかもしれない。別の人間として新しい人生を送ってほしい」
俺がかけた魔法がそう簡単に解けるわけもないが。
「まぁ会わないほうがぶなんだろうな」
「うっかり偶然会ってしまっても、話しかけずにおきます。見知らぬただの官吏に戻りましょう」
「そのことだが、師匠の件が片付いたら異動を命じる」
「え」
「いつまでも贖罪だのなんだのとジメジメこそこそしたのが城にいるのは迷惑だ」
手を振って、
「言っとくが、俺は許したわけじゃないぞ。リューファがカレンの記憶を取り戻したら、お前が誰の転生者か気づくだろ。それでお前の行動を見れば気に病むに決まってる。俺の妻のために、働くにしても遠くの部署で働けと言ってるんだ」
「どこまでも行動原理は彼女なんですね……」
「当たり前だろ? それに死後の裁判で刑が決まったのなら、そこは尊重しないとな」
始が世界をそういうシステムにしたのは、俺が私刑を強行しないためでもある。もしも「人は死んだらただ転生するだけで、罪を犯しても逃げ得」だったら、それこそ何してたかな。
「眠り姫もその父王もすでに亡い。ヤマトと同じようにお前も別人だろう。師匠の件が片付いても贖罪を続けるか、別人として新たな人生を始めるかは自分で決めろ。ただしとにかく俺の妻の視界に入るな。ウジウジするなら見えないところでやれ」
「彼女を好きすぎでしょう。前世から知ってましたが。好きな人があの子でよかったですね。善良で優しいあの子を悲しませないということは、悪の道には入らず、あの男のようにはならないでしょうから」
「師匠のようには絶対なりたくないな」
「しかし前世もあの子を守るためといって、裏で害虫駆除をしているさまを聞いた時は正直背筋が寒く……」
ぶるっと体を震わせる青年。
へえ、気づいてたのか。仮にも王、報告を受けていたらしい。
「そこまで悪辣な手段でもなかっただろ」
「どこが?!」
元王は怒涛のように並べ立ててみせた。よく覚えてたな。
「ああ、なんだ。知ってたといってもそれくらいか」
「それくらい?! ということはもっと恐ろしいことをしてたのか!」
「婚約者を守っただけだが。なにしろカレンは人気者だったからなぁ、徹底的に潰しておかないと次々わいてくる。カレンは王の姪でやんごとなき身分なのにちっとも鼻にかけず、美人で優しくてかわいくて天真爛漫で頭よくて仕草がいちいちかわいらしくて柔らかくて肌スベスベで髪サラサラでいいにおいが」
「あ、そこらへんで」
死んだ目でストップかけられた。
なぜだ。
「三日三晩は余裕で語れるぞ?」
「あの頃もあんな涼しい顔して、内心じゃそんなヤバイこと考えてたとは……。うわっ……引く……」
物理的に2,3歩下がったな今。
「別にカレン以外の誰に引かれてもどうでもいい」
「うわぁ、本格的にヤバイ」
俺はひた、と青年を見た。
「当時そうと知ってたら婚約者候補から外してた、か? そうしてたら国が滅んでただろうな」
貧しい農民の俺には国に対する忠誠心も愛国心もカケラもなく、どうでもいい。邪魔をするなら掃除するだけだ。
まぁカレンが悲しむだろうから、そこはごまかして理由つけて国外へ旅に出るのが安全策かな。
「ヤンデレって知ってるか?」
「知ってるし自覚もある。だから何か?」
「ええー……。あの子って世界一ヤバイ男を抑えておく大事なストッパーだったんだな……。気の毒に……。……がんばれ……」
謎のエール送ってる。
青年は咳払いして、
「コホン。つい口調が戻ってしまい、失礼しました。話は分かりました」
俺のヤバさが分かったというように聞こえるが。
「では……ご命令通りにいたします」
青年は最後に深々と頭を下げて立ち去った。
俺はヤマトを家に連れて帰り、奥方に渡した。
「これで大丈夫だと思う。一旦前世の記憶は封じておいた。予想がついているだろうから言っておくが、俺の前世の関係者で……ここだけの話、『眠り姫』だ」
「!」
ヤマトの両親は唖然として何も言えなかった。
「シューリにも言わないほうがいい。普通の弟として接してやってほしい。お前たちもだ。姫はずっと昔の人間で、とうに故人なんだからな」
「そうでしたか……それはそれは……かしこまりました」
「決着をつける時だけ、ほんの一瞬戻るようにしておいた。手伝ってほしいのと、そうすれば重荷を下ろすことができるだろう。宿題を片付けてようやくヤマトとしての人生を生きられるさ。たとえ忘れてしまっても、心の底に安堵と解放感は残る」
姫。カレンは自分が無理だったぶんも、貴女には幸せになってほしいと願っていました。
「普通の子供として育て、戦いからは離れて同年代の子供と楽しく遊ばせてやってくれ」
ぽんぽんとヤマトの頭を優しくなで、城へと帰還した。
「片付きましたよ。これで落ち着くでしょう」
「そうか。よかった」
リューファもほっとしたように、
「よかったです。……ってなんでそこでムッとするんです? シューリの弟だもん、私にとっても弟同然なんですよ。心配するの当たり前じゃないですか」
そりゃそうだが。
不満げに嫁を囲い込む俺に、母があきれて、
「クラウス、相手は六歳の子供でしょう? あんまり嫉妬深い男は嫌われるわよ」
「分かってますけど母上、俺はその年には一目ぼれしてましたよ」
「お前は普通じゃない」
総ツッコミされた。
俺がカレンに惚れたから世界の滅亡が一度回避されたっていうのに冷たい話だ。
「俺が五歳の時に現在の姿のリューファに惚れたんだから、他にも出てくるでしょう。それを排除するのは婚約者として当然のことであ」
「うん、クラウス、ちょっと来い」
父に後ろから羽交い絞めにされて口塞がれた。
「ふぁんふぇふは」
「それ以上言うな阿呆。内密の話だ、いいから来なさい」
「クラウス様、排除って言いました?」
「リューファちゃん、なんでもないわよー。聞き間違いよー。それよりおいしいお茶菓子あるんだけど食べない?」
俺はズルズルと父の私室へ引きずられていった。
父は周囲に防音の魔法をしっかりかけ、
「―――で? ヤマトの前世は『眠り姫』か?」
俺はゆっくりまばたきした。
さすがは元世界最強の英雄。察しがよすぎる。
「ま、そうですね」
他言無用ですが、と前置きして俺はすべてを話した。
何度もリセットとループを繰り返していること、俺のシンクロ能力、始の存在までも。
いくらなんでも情報量が多すぎたか、話し終えても父は固い顔で黙っていた。
しばらくして、
「……た」
「え?」
「シェラに同じことされたら相手をどうしてくれようか考えてた」
殺気はらんでボソッとつぶやく父。
「話を信じないとか、俺を怒るとかじゃなく、真っ先にそういう思考に走るところに血のつながりを感じますよ」
似た者親子だな。
「だってそうだろう! 最愛の女性にそこまでされてみろ、キレるわ。お前が怒ってるのも当然。というか怒っていい! 私も一緒に元凶をボコボコにしてやろう」
「そりゃ心強い。でも父上、母上にこの前やりすぎって注意されてたのにいいんですか?」
母上の薬師としての才能を利用しようとした、大使としてやって来たどっかの国の王族を掃除してなかったっけ。
「セクハラまでしようとしたんだぞ。当然の処置だ」
「目が据わってるんですけど。というか、よくまぁ母上にやろうとしますよね。父上だけじゃなく俺っていう息子までいるのに……おっと」
とんできた暗器をとっさにつかむ。
「息子に魔法で強化した暗器投げないでくださいよ」
前線を退いたとはいえ、いまだにこういうの常時隠し持ってるんだよなぁ。
「何て言った。シェラが年だって?」
「違いますよ。『英雄』の夫と『勇者』の息子っていう最強コンビがついてる女性にセクハラしようとか、アホ中のアホだって言ってるんです。しかも一国の王妃。国同士の問題になりますよ。下手したら戦争だ。それも分からないほどのバカなんでしょうが」
「ああ、なんだ。そっちか」
嘘のように機嫌が直る父。
俺は暗器を指先でくるくる回しながらため息ついた。
「特にやりすぎてはいないんだがな。片付けたのは当人だけだ。そんなのを使節として送って来るのはいかがなものかと抗議はしたが」
「…………」
「……なんだその目は。言っておくが、お前のほうがやってることはるかにヤバイからな!」
「そうですか?」
首をひねる。
「まったく、なんでこんなに危ない子に育ったんだか……」
「確実に父上を見て育ったからですよ」
「多少は影響あるだろうが、タガが外れてる理由を理解した。そういうわけだったんだな」
父上はおもむろに俺の頭をぽんぽんとなでた。
「辛かったな」
「―――」
父は優しい目で俺を見ていた。
愛する者と別れ、失った経験を持つからこそ言える重み。
……前世の父親には秘密を話せなかった。善良で実直で穏やかな普通の人だったから。言えるわけがない。
始はきっとああいう性質の人間が育てたほうが俺がまともに育つと思って配置したんだろうが……俺に必要だったのは、苛烈な運命でも共に戦い、支え、時に叱り飛ばし、助言をくれる父親だったのだと今悟った。
俺の運命は独りで抱え込むには重すぎる。だれかに話せることが大事だったんだ。
「誰にも言えず辛かったろう。私ならいくらグチっても構わん。似たような経験してきて気持ちも分かるし、気質も似てるしな」
「……辛かった」
ぽつりと本音が口をついて出た。
あとはもう止まらなかった。
「なんで俺がこんな運命背負わなきゃならないんだ? そんな力、くれなんて頼んだ覚えはない。なかったらよかった。村の人たちも勝手すぎる。みんなのために役に立とうとがんばったら、強すぎて化け物だって惨殺してきた。父さん母さんまで巻き添えにした。殺されまいと力を隠しててもどこかでバレて同じ結末だ。俺が何かしたか? 何もしてないじゃないか。それどころか彼らのためにと必死だったのに!」
「そうだなぁ。人は同じ人間でも一定以上の才能を持つ者は自分に牙をむいてきたら危険だと邪推して排除する生き物だ。私も魔物退治の際に助けた人からそうやって恩をあだで返されたことがあるよ。悲しいことに一度や二度じゃない」
「師匠も奥様も自分勝手だ。この世界に押しかけてきてわがまま放題。結局あいつらの理想は実現不可能なくせに、カレンに無理難題おしつけて苦しめて。挙句、不要の烙印押して捨てて殺した。どうして満足しなかった。何度も殺すくらいなら初めから、早い段階でカレンを祖父母に渡しておけばよかったじゃないか。そうすればカレンの最初の人生はもっと幸せだったはずだ。そんな自分の役に立つためだけの理想の子供なんているもんか。世界一の天才だと自負するくらい頭がいいならなんで分からなかった」
「自分が世界一の存在だと言う人間がそうだった例はないなぁ」
「一番でいることのどこがそんなに重要なんだよ。人を殺して、たくさんの人に迷惑かけて、悲劇をまき散らしてもほしいものか? 一番じゃなくてもいいじゃないか。常に人から褒められ、すごいって言われないと気が済まないなんてどうしてだよ。自分に自信がなくて一番なんかじゃないと分かってるから、人に言ってもらえることで安心したいんじゃないか」
「マウントを取る人っているよな。本当は自分でも理解してるのに認められないんだろう。弱さの裏返しだ。自分よりも『下』の人間がいれば人は安心する。自分を褒める人がいる=自分は相手より『上』だと思えるからな」
「実際はそんな愚かで弱いただの人間なくせに。至高の存在だ、世界は自分のためにあるだなんて思い込んで。カレンがそのせいでどれだけ苦しんだと。カレンが―――」
涙がこみあげ、とっさに手で顔を隠した。
父は俺が落ち着くまで黙って優しく頭をなで続けていてくれた。
「……すみませんでした」
「ん? 何が? 親子の間で遠慮はいらんし、私はうれしかったぞ? 父親として頼ってもらえてさ」
父はあっけらかんと笑った。
「本来なら苦しみをぶちまけられるはずのリューファちゃんには言えないもんな。ループのたびに実の親に殺され続けてる事実を知ることになる。いくらなんでも気が狂ってしまうだろう」
「……当然言えるわけもありません」
「だろう? だから頼れるこの父にグチならいくらでもこぼしなさい」
「頼れるねぇ……」
ついジト目。
「こら、なんだその目は」
「いえ、母上に膝抱っこさせてほしいってお願いしてた昨日のことを思い出すと。二日前は『はい、あーん』おねだりしてませんでしたっけ?」
それで母上に「さすがにちょっと」と拒否られ、めちゃくちゃ落ち込んでたような。
「それはお前がやってるからうらやましくて! というかお前もやってるだろう」
「両親の仲がいいのはいいことなんですが、息子としては見てる前でやられるとちょっとキツイ」
「父も見てる前で息子がやってるとキツイんだが?」
どっちもどっちな状況に、同時に吹き出した。
「あー。ほんっとうに似た者親子ですね」
「なんだかなぁ。あ、ところで今のうちに聞いておきたい。『裸の王様』のVIP専用カタログに女性用ルームウェアシリーズが出たというのは本当か?」
キリっとした真面目顔できくので、真面目顔でカタログを出した。
「これです。ごく限られた客もとい愛妻家にしか渡さないと本人が言ってました。夫が妻に贈る、こだわりぬいた逸品ばかりを取りそろえた珠玉のラインナップです」
「おおおおお! こ、これは……っ。最高だ! このヒツジさんふわもこパジャマなんてシェラに似合うぞ!」
いい年した父親が母親に何贈んだというツッコミは黙っておこう。絶対に暗器が飛んでくるじゃ済まない。
「リューファはこっちのネコさんさらさらのほうだと思うんですよね。フードつきなのがポイント高い」
「お色気系は排除してるところがいいな、よく分かってる」
「そこです。妻側がちょっと恥ずかしいけどがんばって着てみようかというラインを狙ってるところが実用的」
「妻に負担をかけず、夫の願望を叶えるラインナップか……。グッジョブだ」
「なにをアホな話し始めてんのよそこの親子は」
氷点下な声が上から降って来た。
ん、この声は。
横を見れば腕組みした始が白い目でこっちを睥睨してた。
「始」
また意識体だけだな。というかいつから聞いてたんだ。
父が驚いて腰を浮かせかけ、条件反射で迎撃態勢取った。
「うわっ?!」
誰かがこんなに近くに来るまで父が気づかないなんてほとんどありえない。そりゃ驚くだろう。
「ああ、大丈夫ですよ。彼女が始。さっき話した、最初の人間の一人です」
「初めましてというところかしらね。こっちは一方的に知ってたけど」
「は、はあ、初めまして……」
「悪いな始、独断で父上には話した」
「別にいいわよ。むしろ手間が省けるわ。父親の言う通りあんたの運命は独りで背負うには重すぎる。誰か事情を知っていて相談できる相手が必要でしょ」
おや、意外。
「なに? 何度もよかれと思って調整してきたけど、どれも失敗したじゃないの。もうやめて運に任せようと手出ししなかった結果が今で上手くいってるわ。だからあたしのアイデアと介入は抑えようかと思ってね。よりによって最も避けてた、似たような親から生まれたほうが上手くいくとはねえ……」
始は何とも言えない表情で父を見た。
父は警戒態勢を解き、まっすぐ始を見返した。
「話は聞きました。色々お世話になったようで。ですが失礼を承知で言わせてもらいましょう。あなたが神のごとき存在だというのなら、なぜ悲劇を防げずループを続けているのですか」
「父上」
「この子がそんな目に遭わずに済む方法はなかったのですか? 『至高の魔法使い』を強制的に元の世界へ送り返し、二度と来ないようにすることは? 父親として、我が子が気が狂うほどの悲劇を繰り返し続けているのは許せません」
初見でも始が別格の存在だというのは分かる。父もどうやったって敵わない相手だと理解しているはずだ。
それでも言った。
……怒ってくれたのが、俺はうれしかった。
「…………」
始は冷静にため息をつき、
「あたしは神様じゃないわ。祭りあげられそうになる前に回避した。ただこの世界に初めにやって来た世代の一人というだけよ。いわば開拓団のメンバーね。偉くもないし、万能でもない。もしそうなら元の宇宙の破滅を防げてたはずだもの」
「始」
「この子たちのことは……あたしもすまないと思ってる。あたしなりにどうにかならないかとあれこれ模索したのよ。村人たちのメンツは何度も入れ替え、生まれる場所も環境も変えてみた。それでもいつも人間はこの子に刃を向けた。あの男を強制送還もやってみたわ。けど帰ってきちゃうのよ。あっちの世界にはいられないから逃げてくるの。出入口を塞ごうとしても、あっちも世界移動の力を持ってるもんですり抜けてくる」
「ならこの世界に来たところで捕獲、隔離するのは」
「それもやってみた。断固として妻子の魂まで離さないもんだからカレンが巻き添えくうし、どうにかしていつも抜け出すのよ。一度あっちの世界に戻ってまたこっちへ移動してくるってテを使ったりしてね」
「ろくでもない才能の使い方ですな」
「あの夫に依存してる妻は自己責任だからほっといていいとしても、娘はなんとか切り離せないかあの手この手やってみたわよ。どーやってもがっちりつかんでんの。そのくせ最後は切り捨てて自分の手で殺すのよ。信じられない。だったらもっと早く離してやれっての。皮肉なことに、悲劇が来ないとあの親は娘の魂を自由にしてやらない。あたしだって努力したわよ、でも神様じゃないから結局何もできなかったのよ」
「始」
始の握りしめた拳が震えてるのが分かった。
「……父上、もういいんです。前に謝ってくれたし、そもそも始自身が俺に何か危害を加えたわけじゃない。俺一家を殺したのは村人たちで、カレンを奪ったのは師匠だ。始は運命をどうにか変えられないか奮闘してくれたんです」
「分かっているよ。だが父として一度言っておきたかっただけだ」
父は頭を下げた。
「失礼しました」
「いいえ、親なら当然だもの。……いい父親を持ったわね、クラウス」
そうだな。
「父上、座ってください。始は……」
「あたしはいいわ。実体じゃないでしょ」
「話があって来たんだろうが、ちょっと待ってもらっていいか? もう一人呼んでおきたいんだ」
フォーラを呼んできた。
黙って説明を聞いていたフォーラは話が終わると、
「で、どうして私まで呼んだんです?」
「だって実は記憶戻ってるだろ。司法長官」
あえて昔の呼び方で言えば、フォーラは顔をしかめた。
「よく気づいたわね、ネオ」
「えっ、フォーラちゃん前世の記憶が?」
「今の自分は別の人間なんで、記憶は戻したくないと意思の力で止めてたんだよ。けど、リューファのために思い出すことにしたんだろ?」
「……カレンは私の大事な友達だった。けれど私は助けられなかった。一番年長で長老のような立場だった私が王やあの男を止めるべきだったのに、力及ばなかった。だからせめて再会できた今世は幸せになってほしいのよ。……大切な親友だから」
大切な、大切な親友、とフォーラは繰り返した。
「司法長官が責任感じることじゃないだろ。あいつらは誰が何を言ったって無駄だったよ。けど、協力してくれるなら助かる。事情を知ってる人間がいると色々楽だ」
「それでさらにネタばらししようと呼んだわけ? いいの? そんなにバラして」
「辛い時、この子が頼れる人間が最低男女一人ずついたほうがいいと思ってね」
始が言う。
「これまでの失敗は事情を知っている協力者がいなかったことが原因の一つじゃないかと。一人でできることなんてタカが知れてる。人の助けは必要だわ」
「協力者を作る……それが悲劇のループを終わらせるために必要だったのかもな。カレンだって一人で師匠をどうにかしようとしたから駄目だった。俺は今回大勢に協力してもらって、みんなの力で師匠を倒そうと思ってるしな。そもそも俺は自分がたいした存在じゃないって自覚してるからだが」
愛する女性一人守り切れなかった男だ。
「カレン=リューファをフォローするのに同性が一人はいたほうがいいしね。女性同士でないと無理なこともあるでしょ」
「確かにそうですね」
「記憶戻したのはここ最近だろ? 『招かれざる魔女』と封印のアイテムの場所探しがなかなかはかどらないんで」
「そうよ。何か記憶に手掛かりがあるなら、嫌だのなんだの言ってないでさっさと戻して調べるべきだと思ってね。そしたらあの男と『招かれざる魔女』が封印されてる場所が分かって、さらにあんたが何の魔法重ねがけしてるかも気づいてゾッとしたわ」
「そうか?」
「生かさず殺さず……あの男はもう死んでるけど、ジワジワネチネチとまぁ。あえて少しだけ抜け出せるようにし、常に力を吸い取り続け。まぁあれだけされたんだから気持ちは分かるんで止めないけどねぇ」
止めてもムダだしな。
「それはともかく、前世の関係者で記憶も戻ってることは知られたくないんだろ? 口外するつもりはないさ」
「ありがとう。片がついたら元通り前世の記憶は封じて忘れるつもりよ。今の私はフォーラであって、司法長官じゃない。私としての人生を歩むためには昔の記憶は邪魔だからね」
「そうか。そこは個人の自由だしな。分かった」
尊重しよう。
「予知能力はどうしたんだ?」
「ああ、捨てたわ」
フォーラはあっさり手を振った。
「元々たいした予知もできなかったんだし、親友も助けられない能力なんて持ってたってしょうがないでしょ。もう使えないわよ。アテにしてたんなら残念だったわね」
「いや別に。予知で封印のアイテムの場所が分かるならとっくに始がそうしてるだろ。俺が一番最初は世界レベルの異常気象を止める役目だったって分かったのは予知能力のおかげだったんだから」
「予知能力者? いることはいるわよ。ただ、予知って難しいのよね。精度も貴女と同じくらいよ」
始はフォーラを手で示し、
「というか貴女の予知はかなりハイレベルだった」
「あれでですか」
「そうよ。それだけ予知は難しいってこと。だからこっちも予知には頼らず探してるわ」
へえ、そうだったのか。
「それで人魚族のところにあるのを見つけたんで、耳に入るよう手を回したのよ」
「助かるよ。で、どうするかだが……」
作戦や今後の方針を話し合った。
「……さて、今日のところはこんなとこかしらね。そろそろ帰るわ。あの人も待ってるだろうし」
「あ、始。これダンナさんに渡してくれるか?」
『裸の王様』のVIP専用カタログ一冊目を差し出した。
同好の士がいたらあげてくれと宣伝用に何冊かもらったのだ。
分厚いそれで思いっきり頭はたかれた。いい音した。
「いてぇ!」
さすがミトコンドリア・イブ。かわせるけど甘んじて受けてる父のチョップと違い、これは本当にかわせなかった。
「いらん!」
「いやいや、一度会ったけど同類だって俺のカンが言ってる。似た者同士分かるもんだ。それに何度転生しても夫婦やってるってことは相当の愛妻家だろ」
「当たってるけどね! あたしに渡すの頼むな!」
「そんなこと言っても、連絡先知らないし。始から渡してもらうしかないだろ? それに変なこと教えるなって後で文句言われないためにも、先に本人に教えておいたほうがいいかと。あ、もしかしてこっちじゃなくて他のがよかったか? 他にはカジュアルウェアバージョン、ナイトウェアシリーズ、最新のはルームウェア……」
「アホかぁ!」
もう一回ひっぱたかれた。
なぜだ。
マジで気絶しかけたぞおい。
「…………」
フォーラはものすごいバカを見る目向けてきた。
「見てみなさいよ、あの目。かんっぜんにあきれてるじゃないの」
「別にリューファ以外からどう思われてもどうでもいい」
「真面目な話、始殿、ここのブランドはいい商品出してますよ。破廉恥なのはなく安心です。夫婦の仲を深めるのに最適かと」
加勢する父。
「マンネリ化も打破できるぞ。なんだかんだで長いこと夫婦やってるんだろ? どうしてもマンネリになるだろ」
「やかましいわ、この馬鹿親子」
「すみませんね、アホぞろいで」
「マトモなのは貴女だけのようね。やっぱり女性いてよかったわ。よろしく頼むわ」
うなずき合う始とフォーラ。結束が強まったらしい。
「で、渡してもらえるか?」
「断るっつってんでしょーが!」
始はカタログを置いて行ってしまった。
余談だが、後日話を聞いた始の夫がこっそり来て、「ほしい」と言うのであげた。
やはり気が合い、カタログ全部広げて語り合った。男の友情が芽生え、固い握手が交わされた。
そうしたらその翌日、息子やら友人やら、初代と二代目の男たちを連れてまた来た。
かくして男たちは熱き友情で結ばれたのであった。
以降、定期的に集まっては妻のノロケやおすすめ品など語り合うことになる。ちなみに父も参加。
うんうん、友情とはすばらしきかな。
「男どものアホには付き合いきれないわ。それでは私はやるべきことが色々あるので失礼します」
フォーラは元の口調に戻ると、さっさと出て行った。仕事が早く、できる。
「俺たちも戻りますかね。少しでも離れると寂しい」
「そのうち何分何秒離れてたとかカウントしそうで恐いな」
「え、もう計ってますけど?」
当然と答えればドン引きされた。
「こわっ! 息子の狂気が危ない! それ絶対リューファちゃんには言うなよ、ドン引きされるぞ」
「そうですかね」
そんなことを話しながら戻ると、彼女は両親と楽しそうに談笑していた。
安心して笑っている。この両親なら自分を捨てたり殺したりすることなどないと分かっている。
打算などではなく無償の愛を注ぎ続けてくれたから。
彼女がずっとほしかった、そんな当たり前で普通の家族の姿がそこにあった。
目頭が熱くなった。
父が無言で俺の肩に手を置く。
俺は大丈夫だとうなずいて、最愛の人に近づいた。
ひょいと抱き上げて俺が代わりに座り、膝にのっけて抱え込む。
妻はそのまましゃべっていて、数分も経ってからようやく叫んだ。
「ちょっと何してくれてるんですか!」
「遅い」
一同ハモリ。
「ちっとも気づかないって……だいぶ毒されてきてるわね」
「母様、毒て」
「自然だと感じるくらい普通になってるわけで、いいことだ。気づくまで4分38秒かかったな」
「え。数えてたんですか」
「どれくらいしたら気づくかなぁと思って。ちなみにさっきたみく離れてる時間も数えてるぞ」
「うっわ……」
妻は露骨に顔歪めて後ろに下がろうとした。がっちり捕まえてるんで無理だったが。
母が残念なものを見る目で、
「こういうキモイ息子だから、考えてること口に出すな黙ってろと言ったのよ」
「よく分かりました。道理で無口無表情になるはずだわ」
ものすごく納得された。
というか母上、息子にキモイってひどくないです?
「前のほうがいいなら戻すが」
「戻さなくていいです。かといってそういう病んでる思考もそれでいいわけじゃないですからね。やめてください」
「病んでる……まぁ病んでるか。分かった、気をつける」
時間カウントするのはやめよう。
「ありがとうリューファちゃん。こうやってこのバカ息子更生させてやってね」
「できるかな……手遅れじゃ……」
「父上母上、またしれっとディスらないでくださいよ」
「と言いつつ怒りはしないんですよねクラウス様」
「そりゃあ親子の愛情あっての言葉だからな。リューファだってそうだろ、けなしてもそこに愛情があると双方分かってるから父親にけっこうズケズケ言えるだろ」
前世の父親に対しては到底できなかったことだ。
下手なことを言えば怒らせ、殺される恐れがある。あったのは恐怖だけだろう。
今度はそういうことを言える親なのがどれだけ彼女にとってうれしいことか。
「……まぁそうですね」
「うんうん、父さんは自他ともに認める娘溺愛バカ親だからな。あっ、もちろんクレオもジークもランスも大好きだぞ!」
「はいはい」
そっけなく答えつつ夫をナデナデする夫人。
公爵めちゃくちゃデレデレしてる。
「父様、顔。みっともない……」
「いいじゃないか~」
ここにいる誰も君を殺したりなんかしない。
安心してこんな馬鹿なやりとりができる彼女を見られるのが、とても幸せだと思った。
余談の余談。しばらく後、俺が何を紹介したか知った始が夫の耳ひっぱってひったててきた。
「あ~ん~た~ね~。な~にを教えてくれてんのかしら~?」
「いでででで、始、耳もげるもげる! 俺もひっぱるなよ!」
「お黙り。そこに正座」
二人そろって正座させられ、しこたま怒られた。全人類の母にはさすがの俺もおとなしくするさ。
だがしかし、まったく後悔はしていない。
それが男の友情である。




